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【妖精譚】勇者のお供をするにあたって   作者: 佐々木弁当
Ⅲ章【勇者ロゼ・前編】
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勇者のお供をするにあたって・19


 切り立った山脈が拒絶を表す様に聳える。

 山脈の中央付近、周りの山々よりも頭ひとつ飛び出した山がある。

 その頂きには薄く白雲がかかり、その先を世界から朧気に隠している。

 晴れる事のないその雲の先に待つ土地こそ、竜王ザ・ワンの居住する地。

 ドラゴン達の楽園である。



「あそこに降りましょう」

 雲のやや下、切り立った岩々の中にあって僅かに広がり整った地面を示しながら言う。


 ジャズの背に乗り、ラヴィールの街から半日を掛けて辿り着いたのは竜王の棲む山。

 ジャズのお蔭で不毛な山々を飛び越えて来たのだが、流石に許可もなく居住地へ直接赴く訳にはいかない。

 竜王の不興を買いに来た訳でも、まして戦いに来た訳でもない。あくまで少し話を聞くだけである。

 そう考え、山の頂きから少し下った場所に降り立ったのだ。


『なんにもないね』

 ジャズの背から降りたクゥが辺りを見回し、そんな感想を漏らす。

 全く何も無い、と言う訳ではないのだが、目につくのは尖った岩とそれに張り付く様に生えた僅かな苔だけである。

 森に長く暮らしていた私やクゥからすれば、何も無いのと大差ない風景であった。


『空気も薄い、かな? ちょっと寒いし』

 ロゼが何度か深く呼吸をしながらそうボヤく。


『竜王はこんななんにも無い所に棲んでるの?』

 クゥがそんな疑問を投げ掛けてくる。


「ええ、先代の話が本当ならその筈よ」

 まさかこの期に及んで先代の冗談と云う事は無いと思う。思いたい。

 あの先代なので、可能性がゼロでは無い所が恐いところである。


『食べ物とかどうしてるんだろう?』


『頂きはここまで荒れ地ではありませんよ』

 クゥのそんな疑問に、唐突に返答があった。


 私達の誰とも違うその声に、驚いて声の方へ顔を向ける。

 目線の先、薄い雲の中からゆっくりとした歩調で現れたのは人間の男性であった。

 男性はゆったりとした白いローブを纏い、僅かに微笑みながら私達へと歩み寄り、少し距離を置いて立ち止まる。


『竜王様よりの言伝にて、お迎えに上がりました。どうぞ』

 男性はそう述べ、片手を少し上げて私達を雲の中へと促す。


 どうやら案内してくれるらしいが……。果たして信用して良いものか。


 私が僅かに怪訝な顔をしていると、ロゼが『行こう。イチイチ疑ってたらキリがない』そう言って男性へと歩み寄る。

 私とクゥもロゼに続く。

 男性は少し笑うと、『こちらです』と雲の中へと進んで行く。

 後に続く。



 雲の中を歩いたのはホンの十数秒程度であった。

 唐突に雲が晴れ、視界に緑が広がる。

 大地を草花が多い、いくつもの木々が並んでいる。

 僅かに駆け抜けるそよ風は冷たいが、そんな身体を頭上から照らす陽射しが温める。


『わぁ~』

 ピョコピョコとロゼの後ろを歩くクゥが、辺りを見回しながら感嘆の声を上げる。

 視界の先には、草花を枕に眠るドラゴンがいた。

 岩の上、温かい陽射しで寛ぐドラゴンも見える。

 また、上を向けば力強く空を飛ぶ、数体のドラゴンの姿も見えた。

 草の生い茂る広場でじゃれ会う小さなドラゴン達を眺め、余所見をしていたクゥの鼻先に岩がぶつかる。


『うっ、痛っ』

 小さく呟いたクゥに、岩が長い首を持ち上げる。

 それは岩などでは無く、翼の無い灰色の大きなドラゴンであった。

 慌ててクゥの前へ飛び出そうとして、足を止める。


『ご、ごめん』

 クゥが鼻先を押さえながら小さく謝ると、灰色のドラゴンは何事も無かったかの様に昼寝の体勢へと戻ってしまった。

 私はフゥと胸を撫で下ろす。


 その様子をクスクスと笑ってみていたローブの男性が『こちらです』と声を掛けて来る。


 ローブの男性に連れられ辿り着いたのは、自然溢れる風景の中にあって、何となく置いてみた、と言った様子の周りに似つかわしくない大きな建物であった。

 建物とは言うが、それに扉などは無く、いくつもの太い柱に屋根を乗っけただけの簡単な造りである。柱に巻き付いた蔦や、張り付いた苔が年季を感じさせた。



『お連れしました』

 そう言ってローブの男性が僅かに頭を下げた視線の先。数十メートルはあるであろう白く巨大なドラゴンが首を大地に預けたまま眠る様に鎮座していた。

 その身体にはいくつもの深く大きなシワが幾重にも彫られ、この個体が老体であると知らせてくる。


『ああ~、良く来た今代の勇者よ』

 少し気だるそうにした様子で首を持ち上げ、しゃがれた低い声でそう言葉を発するドラゴン。


 目の前のドラゴンこそ、最初の竜にして竜達の王、ザ・ワンであった。


『妖精の王に、それに獣人の娘も。人間にしては随分と変わった者達を引き連れておるな』

 ドラゴンの為、表情は見え難いのだが、そう話す竜王は少し愉快そうな声色をしている気がした。


『は、はじめまして、竜王様。えと、ロゼフリートと言います。こっちがマロンで、その隣がクゥって言います』

 ロゼがそう挨拶する。


『ふむぅ、ロゼフリートよ。そう畏まる必要もない。儂は見ての通りただの老いぼれよ』

 竜王がそう話し、一度、大きく呼吸する。

 数千年も生きて来た老体なのだ、話すのもキツいのかも知れない。


『して、この老いぼれに何用であろうか?』

 頭を下げ、ロゼに代わり私が答える。


「先ずは、お招き頂き感謝致します竜王様。不躾ではございますが、本日は、長きに渡り世界を頂きより見続けて来られた王の御知恵を御借りしたく参りました」


『最古の種族たる妖精の王に、儂が教えられる事があれば良いのだが……』


「お恥ずかしながらわたくしは若輩者ゆえ、知らぬ事の方が多過ぎるのです」


『ふむぅ、つかぬこと事を聞くが、妖精の王よ』


「はい。何でございましょう?」


『お主が、王に就いてからどの位が経つ?』


「先代より妖精王の位を授かりましたのは300年程前になります」


『300年か……と言う事はあれはお主に何も話してはおらぬのか……』


「あれ、とは先代の妖精王の事でございましょうか?」


『ふむぅ、300年前と言うならば、おそらくその先代であろうな』


「申し訳ございません。身内の不手際で王の手を煩わせる様な事になってしまい、お恥ずかしい限りです」


『よいよい、お主が謝る必要などない。王がそう頭を下げるな。……あれとは古くからの付き合いじゃが……あれは昔から変わらぬ。

 口は軽いくせに、肝心要の部分を隠そうとする、何でも己で抱え込む、それでいて飄々として不安など見せぬ。何とも面倒くさいヤツじゃ。

 お主もあれには苦労したであろう?』


「え、ええ、まぁ、はい。重ね重ね返す言葉もございません」


『ハハハッ、あれは本当に昔から変わらぬ様じゃな』

 そう楽しそうに竜王が笑う。


「竜王様は先代と古くから付き合いがあるのですか?」

 先程、少し気になったので問うてみる。


『ふむぅ、あれは儂がほんの子竜の頃から知っておる。あれは儂などよりもずっと古いからのぅ』


「―――え?」

 竜王の言葉が一瞬理解出来ず、絶句する。


『ふむぅ、それも聞いておらんか』

 少し呆れた様に竜王が小さく溜め息をついた。


「せ、先代はそれ程に古くから存在していたのですか?」


『左様。あれはな、原初の母なる樹を知っていると言っておった。ゆえに正確には分からぬが、ずっと遥か昔から世界を知っておる筈じゃ。

 儂と知り合った時はあれはまだ妖精王では無かったし、そもそも、あれは……』

 そこまで言って竜王は言葉を止めてしまった。

 


『何処まで話して良いものかのぅ。……あれは一体何を考えておるのやら』

 怪訝そうな顔をする私を見ながら竜王が呟く。


『すまんが、あれが教えておらぬ事を話す訳にもいかんじゃろう。あれについては機会があれば本人に聞くが良い。今も何処かで元気にしておるじゃろうて』


「……はい。その様に」

 とても気にはなるが、気持ちを切り替える。今日は先代の話を聞きに来た訳ではない。


「では竜王様。魔王についてお聞きしても?」

 私はそうして本題を切り出したのである。


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