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【妖精譚】勇者のお供をするにあたって   作者: 佐々木弁当
Ⅲ章【勇者ロゼ・前編】
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勇者のお供をするにあたって・18

 この世界で最も広大な土地を有するのが西の大陸である。

 その大陸に700年以上も前から君臨している王がいる。

 王はその圧倒的な力を以て、大陸を支配した。

 闇よりも黒い身体は恐怖の色であった。

 音よりも速い身のこなしは絶望の影であった。

 統率個体や、王とは名ばかりの孤高の存在。

 王は自分こそが大陸の絶対的支配者であると理解していた。

ゆえに自由奔放で、時には街中で昼寝をする事もあったという。

 しかし、王に手を出す事なかれ。反逆の先に待つものはただ滅びのみ。

 その王の名こそ、―――狼帝フェンリルである。




 東の大陸には、かつて災厄を撒き散らした小さな母がいた。

 人語を操る彼女は、当時、東の大陸に栄えていた王国にて見世物として檻に入れられやって来た。

 人の言葉を介すその小さな魔獣を王は大層気に入り、面白がって彼女に言葉と文字を教えた。彼女は賢く、教えられた事を直ぐに覚えた。

 そうやって、首輪を付けられたまま王国で一年程を過ごした彼女は、突如として王国に牙を剥いた。

 彼女は一年の期間で得た魔法の知識を用い、一夜にして王国を滅ぼした。

 そんな彼女に最初に立ち塞がったものは二体の魔獣とその配下達であった。

 共にトカゲの様な姿をしたその二体の魔獣は、当時、東の大陸を縄張りとしていた一対の大魔獣ヘカロスとケヘロス。

 彼女達の戦いは大陸中を巻き込み、三日三晩続いた。

 激戦の中、彼女はその強大な禍を以て、ヘカロスとケヘロスを打ち破り、東の大陸の新たな支配者となる。

 そうして大陸に棲まう全ての魔獣を従え、大陸を絶望へと染め上げた。

 彼女の名は、―――黒猿(こくえん)リトルマザー。幾万の魔獣を従える小さな暴君である。





 一年の殆どを雪と氷に覆われた北の大陸。

 この大陸には東と西で二部する様に二体の大魔獣が棲み着いていた。

 東を縄張りとする巨大な魔獣、白帝ホワイトテリウム。

 それと対を成す西の魔獣。それこそが―――死槍(しそう)スノーディアである。

 死槍の由来ともなった身の丈程の巨大な角を持ち、幾多の眷族を従える大魔獣。

 その角は最強の矛であり、不老すらもたらす万能の薬だと信じられていた。

 しかしながら、性格は穏やかとされ、自ら進んで人に災厄をもたらしたという記録はない。

 そんな他の魔獣とは気色の事なるスノーディアを過去に一度、怒られた愚かな国があった。

 今は無きその北の帝国。その王は強い野心を持つ男であった。

 資源の乏しい北の大地を統べる王の、何処までも膨らむ野心が他大陸を目指すのは必然だったと言える。

 王は他大陸進行の足掛りとする為、強力な武器と不老の命を求めた。

 そして、王はスノーディアの持つ死槍を欲し、手に入れようと画策する。

 しかし、その事がスノーディアの触れては為らない逆鱗に触れる事になった。

 傲慢な王はスノーディアを嘗めていたのである。或いは、野心に目が眩み冷静な判断が出来なかったのかも知れない。

 スノーディアにさえ手を出さなければ、王の野心は叶ったかも知れない。その不興を買いさえしなければ。

 しかし結果として、栄華を誇った北の帝国は滅びる事となる。

 そのたった一度の出来事で、スノーディアは七大魔獣の仲間入りを果たしたのである。






 世界に広がる海を統べる蛇がいた。

 魔王が生み出した三つの尖兵の一体とも言われている。

 その真相こそ不明ではあるが、そう言わしめる程、古くから海に君臨し続けている魔獣である。

 一鳴きすれば豪雨を呼び、二鳴きすれば風を伴う嵐となり、三鳴きすれば海が山となって大地に押し寄せるとも言われる程、巨大な力を持つとされる。

 名を―――海神リヴァイアサン。海の支配者である。






 魔獣と言うには異質な姿をしていた。

 それは全身に強固な鎧を纏い、背中には薄い虹色の羽を持つ女王。

 女王から産み出された幾億の小さな兵達は、世界の至る所に居を構える。

 死を怖れない軍隊は進撃を繰返し、緩やかに、着実に大地を侵食して行く。

 統率された軍隊の通った大地にはただ荒野が広がるのみ。

 彼らはありとあらゆる物を食い尽くす小さな大食漢。

 その全ては彼らが女王へと捧げられる。

 統率された兵を束ねる者の名は、―――幻蟲(げんちゅう)クイーンビー。

 最も広大な領 地(テリトリー)を有し、最も多くの配下を持つ大魔獣である。




 南の大陸にある山岳地帯。

 切り立った岩々が連なる山々の頂きに棲む王がいた。

 数千年もの長きに渡り、君臨し続けるその王は魔獣ではない。

 ゆえに意味も無く人々にその牙を突き立てる事はしない。

 しかし、その圧倒的存在感と畏怖を以て、人々はいつの頃からか王を大魔獣のひとつと数える様になる。 

 誇り高き王の名は、―――竜王ザ・ワン。

 最古にして最初の竜であるとされる。




 


「今はまだ魔王が誕生して間もない事もあってか、大魔獣達は大きな動きを見せていないけど、いずれ人々に牙を剥くでしょう。戦力が整い次第、ね」

 私はそう言って話を締め括った。


 これはあくまで先代と先の勇者の話を総合した200年前の戦力図である。現在も同じとは限らない。

 リトルマザーの様に旧代を打ち破り、新たな大魔獣が台頭している可能性もあるのだ。むしろ、リトルマザーが不在であった事を鑑みるに、東の大陸等は戦力図が書き換わっている可能性の方が高い。


 私の話を真剣な表情で聞いていたロゼ。

 話が終わると何かを考え込む様に、一点を見詰め続けている。

 そんなロゼを心配そうに見るクゥ。

 クゥの心配は目下、勇者としてこれらを相手取る事になるロゼの事のみに注視している様だ。


 一方、クゥの心配を一身に浴びるロゼはそうではないのだろう。

 魔獣の情報を得るのは、それらの脅威の一端を知る事にもなる。

 それは勇者たる自分の肩に、どれ程の人々の希望がのし掛かっているのか、改めて知る事になるのだ。


「そんなに心配しなくても、人間も馬鹿じゃないのよ? 長い歴史の中で、完全にとは言えないけどある程度対抗する知恵と術を持っているわ。だからこそ、今まで滅びる事なく存在し続けているのだから。魔獣が進行を始めたからって、すぐに滅びたりはしないわ」

 私はロゼの憂いを何となく察し、そう声を掛ける。

 人間はただ蹂躙され、滅びを待つ程に弱くはない。

 その鍛え上げられた武器で、磨き抜かれた技で、高められた知識で。それらを以て、魔獣と戦い続けている。



『そう……だな』

 私の言葉に少しホッとした様子のロゼが小さく頷く。


『俺に、―――勝てるかな?』

「……不安?」

『そりゃ、まぁ』

 ロゼの不安ももっともであると思う。

 二体数を減らしたとは言え、戦う事になる七大魔獣はあと五体―――いや、正確には四体か。

 それに加えて、それらの頂点に魔王が君臨し、魔王の矛として、盾として、あれら(・・・)もいる。

 あれら(・・・)については、折りを見て話す事にしようと考える。

 わざわざ存在を知らせて、ロゼの戦おうする相手を増やすつもりは毛頭ない。今のロゼならばあれらとも自ら進んで戦うと言い出し兼ねないのだ。

 どの道、避けては通れないのではあるけれど……。


「ねぇ、ロゼ」

 あの王がどう反応するかは分からない。


『ん?』

 けれど、やはり会う必要があるのだろう。


「会えるかは分からないのだけど、会ってみない?」

 数千年の長きを生きるあの老王ならば……。


『誰に?』

 或いは、現状を打破する何らかの知恵を授けてくれるかも知れない。


「南の大陸に戻る事になるから、二度手間になってしまうんだけど、居場所がハッキリとしているし……」

 ロゼを含む、歴代の勇者だけが持つ事を許される聖剣。それと同じ名を持つ、老王にして、南の大君主。


「会うのは、―――竜王ザ・ワン」

 始まりの竜。


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