勇者のお供をするにあたって・17
『ただいま』
「あら、おかえりなさい」
『おかえりなさい』
奇声を上げて部屋を飛び出していったロゼが半刻程で部屋へと戻ってきた。
絶対王者も持たずに出ていたのだが、戻ってきたロゼは何やら大きな袋を背負っていた。
ロゼはそれを一旦テーブルに乗せ、袋の口を開きひっくり返す。
「どうしたのこれ?」
袋から出てきたのは色取り取りの箱であり、察するにチョコレートの様だ。
『貰ったんだ。昨日余ったから食べてくれって』
「食べたいって話してたとこなのよ。ひとつ貰って良いかしら?」
私がそう言うと、ロゼがひとつ差し出してくる。
「あらあら? これってプロポーズ?」
『もうやらん』
「冗談よ」
クスクスと笑い、ロゼからチョコレートを受け取る。
「それにしても妙な風習だったわね」
箱を開けながら、この街の風習について話す。
『そうだな。風習も妙なんだけど、何より街の外から来た人への説明が足りてない気が』
「そんなハプニングもイベントのひとつ、ってとこじゃないかしら?」
『なのかな?』
『ロゼ、私へのプロポーズもただのハプニング?』
チョコレートを食べていたクゥがここで会話に割って入ってきた。
お口の回りにチョコレートが付いているが、表情はいたって真面目。
「あら~、それは本気よね~ロゼ? 旅が終われば結婚するんですもの」
『……それは……そうなんですが……』
ロゼが僅かに言い淀む。
『私とは嫌?』
クゥがちょっと泣きそうな顔で聞く。
『嫌とか、そう言う事じゃなくて……。その……このまま無事に旅が終われるのかなって……』
ロゼが深刻そうに言葉を紡ぐ。
『昨日、統率個体を探しに街を走り回った時に思ったんだ。俺、勇者としての自覚がまるで足りてないって』
ロゼの言葉に、昨夜の街の様子を思い出す。あの惨状を。
家々は崩れ、燃え、人々は傷つき、息絶える。
おそらくロゼもそう云った惨状を目の当たりにして、そんな事を思ったのだろう。
「ロゼは勇者であって、預言者じゃないもの。まさか魔獣が街を襲うなんて誰も予想なんてして無かったわよ。むしろ、このタイミングで私達が、勇者がこの街に居た事が不幸中の幸いとも言えた筈よ。だからこそ、街の人もあなたに感謝こそすれど、誰も責めたりしなかったわ」
『それはそうかも知れないけど……でも――それでも、浮かれ過ぎたのかなって、俺なら未然に何とか出来たんじゃないかなって、そんな風に思ってしまうんです』
「責任感を持つ事自体は良い事よ。でも、これから先、こんな事はいくらでもある。その度に、あなたが責任を感じていてはいつか……」
いつかきっと、あなたは潰れてしまうわ
勿論、そんな事にならない為に、させない為に、私は今ここにいる。
『アイツは、……あの魔獣は一体何なんだ? 姿は見てないけど、異常な禍を感じた……。そもそも魔獣って何? 魔王と魔獣の関係ってどういうものなんだ?』
「私も先代の妖精王から聞いた話以上の事は知らないのだけど」
そう前置きして話を続ける。
魔王とは。
灰より産まれ出でたモノ。
母の怒りと嘆きの代弁者。
代弁者は嘆きの灰を以て、命を怒りの尖兵と化し、愚かな子らに罰を与える。
それは咎人たる我が子への、母からの最期の贈り物。
それこそが魔王という存在。
魔王は魔獣を生み出し、子らを滅する。
魔王は止まらない。咎人を殺し尽くすまで。
魔王は止まらない。それが母の望みだから。
しかし、母はひとつの希望を残しておいた。
愚かな子らがやり直す為の希望を。
「希望。それが妖精の持つ聖霊力。嘆きの灰、つまり禍に対抗する力」
私はそう説明する。
「妖精はね、唯一、咎人という枠から外れた存在なの。言い換えれば、妖精以外は産まれた時から咎人である。というのが魔王側の言い分なのよ。
妖精は亡き母を蘇らせたとは言え、それは最初の母と全く同じでは無いの。姿を蘇らせただけで、失われてしまった母の力を取り戻す事は出来なかった。
それは咎人がいるせいだ、と魔王は考えているんじゃないかと。まぁ、それはあくまで先代の推測だけれど」
『それだと魔王と妖精王が同格って事では無いの?』
「違うと思うわ。それなら、わざわざ妖精王が勇者に加護を与えたりしない。妖精王が魔王を倒しちゃえば良いって事になっちゃうからね。
多分ね、魔王というのは母が用意した試練なのよ。ゆえに咎人とされる者逹が乗り越えなきゃ行けないのよ。ただ……」
『ただ?』
「私が知る限り、私が加護を与えた勇者は全て異世界から来た者逹だった。ロゼも含めてね。異世界人がこの世界で咎人扱いされる謂われは無いと思わない?」
『あ~、確かに。この世界とは関係無い筈だよな?』
「そう。そこが腑に落ちない。魔王が母の代弁者ならば、それを倒すのはこの世界の人でなくてはならない筈なのに……。まぁ、そこは考えても答えは出ないと思うわ」
『でも、魔王って倒されたんだよね? 200年前に。なんで復活したんだろう?』
「さぁ……そこまでは」
『俺が魔王を倒しても、また……復活するのかな?』
ロゼが不安そうにそう口にする。
「分からない。……けれど、少なくとも数百年は現れないんじゃないかしら……」
そう返すが、それだって何か確証がある訳じゃない。
きっとこの世界には、私達が知らない法則が存在するのも知れない。
それを知る事が出来れば、或いは……。
私の言葉を受け、目を瞑って何かを考え込んでいたロゼが言葉を発する。
『昨夜から考えていた事なんだけど……。例え、復活するにしても魔王は倒す。倒さなきゃいけない。それはきっと俺の役目だから……。
でもきっとそれだけじゃダメなんだ。脅威は全て排除しなきゃ。と言っても魔獣全てなんて俺逹だけじゃとても手が足りない。だけど、昨日のアイツとか、強大な禍を持った統率個体の様な魔獣は俺が倒さなきゃいけないと思うんだ』
それは……。
「それは、七大魔獣を相手するという事よ?」
『七大魔獣?』
「ええ、そう。世界各地にはね、そう呼ばれる魔獣逹がいるの。昨日の、統率個体もその一体」
『教えて貰えないか、その七大魔獣について』
何かを決意する様にロゼがそう告げた。
「魔王さえ倒せば魔獣は影を潜める事になる。禍の顕著が極端に少なくなるから。だから、わざわざ今、相手をする必要は無いものよ?」
それについては先の勇者による魔王討伐によって事実として証明されている。
ゆえに、魔王亡き世界では七大魔獣の討伐が優先事項とされ、各国が総力を持ってそれらの討伐へと当たる事になる。
先の勇者も、魔王討伐後、私の元にやって来た時にその事に触れていた。
また、ミラから聞いた話では、その後勇者は七大魔獣討伐に余生を費やしたのだという。それは150年程前の話である。
先の勇者は魔王討伐を成した後も、長く戦い続けた。
強く、優しく、そして気高い彼の人生の殆どは戦いの人生であったそうな。
それは彼にとって異世界の出来事である。彼には何の義理も無い話だと私は思う。それでも彼はこの世界の為に戦い続けた。
しかし、そんな生涯を賭けた彼であっても七大魔獣の全てを討伐する事は、終いぞ叶わなかった。
何故か?
答えは、魔獣が姿をぷっつりと現さなくなったからに他ならない。
知恵亡き魔獣は数こそ少なくなったが、稀に村を襲っていた様であったのだが、統率個体とおぼしき魔獣は姿を一切見せなくなったのである。
確証は無いが、おそらく知恵のある統率個体は自らの弱体を理解し、世界の何処か奥深くに身を隠し続けたのだろうと推測する。
それゆえ、知恵ある魔獣は現在まで密かに存在し続けた。
彼の世代で、討伐が確認された大魔獣は二体だけ。
西の大陸に於いて、狼帝フェンリルと肩を並べていたという、大空の支配者、帝翼・ナイトメア。
その翼は空を切り裂き、災厄を運んだとされる。
もう一体は、北の大陸を縄張りとしていたとされる、零度の巨象、白帝・ホワイトテリウム
その巨体を持ってして、大陸中を踏む砕いた。
これら二体はどちらも勇者率いる大陸の戦士逹によって結成された義勇軍によって討伐されている。
私の知る限り、残る大魔獣は五体。
しかし、それから150年の歳月が流れている。
加えて、魔王の誕生により新たな知恵ある魔獣が台頭している可能性もある。
魔王討伐前であればそれらを見付ける事は容易であろうと思う。
だが、魔王を討伐してしまうと彼らは一様に姿を隠してしまい発見は困難となるのだ。
強大な禍を秘めたまま、遭遇が容易である魔王討伐前に戦うか。
禍を弱体化させた、遭遇が困難となる魔王討伐後に戦うか。
どちらにもメリット、デメリットはある。
しかし、私はロゼをわざわざ魔王討伐前に七大魔獣とぶつける事を望んではいない。
遭遇は容易でも、強大な禍は大変なリスクであると考える。
昨日、リトルマザーが見せた強大な禍を思い出す。
ロゼを、仲間を、あんなモノと何度も戦わせるなど……。
『マーちゃんが……マーちゃんが俺の心配をしてくれるのは嬉しい。けど、ダメなんだ。俺の目指す世界はアイツらが居ちゃダメなんだよ』
私の考えを読んだかの様にロゼがそう告げる。
「それは、あなたの望む世界を実現させる為に、必要な事なの?」
ロゼの目を真っ直ぐ見詰めて、そう質問を投げ掛ける。
『ああ、そうだ』
ロゼもまた、私の目を真っ直ぐ受け止めそう言葉を返す。
それがあなたの決断なら、私は何も言わない。
あなたを信じて、供に戦いましょう。
それがあの日、森を出ると決めた私の決断だから。
「さっきも言ったんだけど、先代から聞いた以上の話は分からないの……。だから、随分古い情報にはなってしまうんだけど」
私はそう切り出して、 七大魔獣についてを語り始めた。