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【妖精譚】勇者のお供をするにあたって   作者: 佐々木弁当
Ⅲ章【勇者ロゼ・前編】
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勇者のお供をするにあたって・14

 その後も私達は、広場に群がる魔獣を剣で、拳で、魔法で駆逐していく。

 しかし、魔獣達は一向に減る気配がなかった。


「妙です」

 私が感じた違和感を口にする。


『妙って?』

 魔獣を切り裂きながらロゼが言う。


「私が到着してから随分経ったわ。それからかなりの数の魔獣を私達は倒した筈であるのに、魔獣の数が減っている様子がない」

 私の言葉にロゼが僅かに視線を動かし、魔獣を確認する。


『確かに』

「おそらく、魔獣を呼び寄せている個体がいるんじゃないかしら」

『魔獣が魔獣を? 魔獣は意思無き獣なんだろ? そんな事があるのか?』

「統率個体って言ってね。大量の禍を獲得した魔獣が稀に意思を持つ。それがこの街のどこかに居るのかも知れない」

 そう言って私は屋敷での出来事を思い出す。


 少女の中から這い出てきた魔獣。

 言葉を話し、魔法を行使した。おそらくはあれが統率個体であろう。


『キリがない』

 私達の元へと後退してきたクゥが愚痴を溢す。

 彼女は先程まで、いつの間にか手に持った槍で魔獣相手に無双を繰り広げていた。

 特に扱いに慣れている訳ではなく、ただ振り回しているだけだったのだが、彼女の元々の身体能力の高さと戦闘センスが無双を実現させていた。


『どうする?』

 剣を構え、正面を向いたままのロゼが私に聞いてくる。


「統率個体を探しましょう。それを何とかしないといずれ此方の体力が尽きてしまう」

『ああ、それは良いが、統率個体ってのは一目見れば分かるもんなのか?』

「心配ないわ、私は一度会ったから。人語を理解し猿の様な姿をしてるわ。そいつが統率個体よ」

『私じゃないよ?』

 私の言葉にクゥが小首を傾げ否定の意見を述べてくる。


「わかってるわよ」

 クゥの言葉に、戦闘中にも関わらず思わず笑ってしまう。

 猿は猿でも向こうは魔獣、クゥは魔族である。


『とにかく、その統率個体を探せば良いんだろ? とは言ってもこいつらをほっとく訳にもいかないだろうし、足止め役がいるな』


『なら私が残る。二人はそいつを探しに行って』

『大丈夫なのかクゥ?』

 クゥの言葉にロゼが心配そうに尋ねる。


『大丈夫。勇者の妻はこんな奴らに負けたりしない。だからこっちは任せて、だ……だ、だ、』

「だ?」

『ダーリン!』


 なんですって!? 唐突に飛び出した単語に思わずクゥを見る。

 後ろからは顔が見えないが、耳を真っ赤にしたクゥが槍を構えて魔獣に対峙していた。


『お、おう……こっちは任せたぞクゥ』

 行くぞマーちゃん、と付け加えたロゼの言葉に戸惑いがちの私も行動を開始する。



 そう言えば、大会はどうなったのだろうか?

 途中で観戦を止めてしまったが、この騒ぎで中止になってしまったのかも知れない。

 この騒ぎが終わった後にでも聞いてみよう。


 そんな事を思いながら私はクゥを残し、統率個体探しに向かう為、一歩を踏み出す。あばらがズキリと痛んだ。




  

 統率個体を探す為に二人と別れたのだが、探し始めて10分。高い場所から街を見てみようかと考えた私が、この街で最も高い時計塔に登ったところ、それはアッサリ見付かった。


 と言うか最初から本気で隠れるつもりなど無かったのかも知れない。


 統率個体は時計塔の頂上にて、外へと足を投げ出して座り、眼下に広がる街を眺めていた。

 統率個体の体躯が小さい事もあり、遠目に見ればそれは子供が座っている様にも見える。

 私は上空に閃光を放ち、ロゼへと合図を送る。辺りが閃光によって眩く。

 そこで初めて私の存在に気付いたらしく、余裕綽々の統率個体がこちらに顔を向ける。


『またあなたなの?』

 曇った様な少女の声で統率個体が私に声を掛けてくる。

 ここまでハッキリと人語を理解する魔獣は見た事がない。多分、今、私の目の前にいる魔獣こそ噂に聞く魔獣なのだろう。


「こんばんは、黒猿(こくえん)リトルマザー、で良いのかしら?」

『うん、人間は私をそう呼ぶよ』

 肯定の返事。やはり間違いない様である。


 かつてこの東の大陸中を暴れ回った恐怖の魔獣。

 強力な魔法を操る特殊な魔獣であり、当時、東の大陸南部に繁栄していた王国を滅ぼし、北部に君臨していた帝国を壊滅寸前まで追い込んだとされる。

 幾万の魔獣を従え、大陸中を蹂躙するその姿に付いた名は、黒猿(こくえん)リトルマザー。


 七大魔獣のひとつに数えられる伝説の魔獣である。


 しかし、東の大陸を恐怖のドン底に叩き落としたリトルマザーは一月程暴れ回った後、突如として姿を消した。

 その後、今の今までその姿を見た者はいない。

 そのリトルマザーが何故、少女の姿であの屋敷に居たのか。

 フェレスは少女を拾ったと言ったが、十中八九嘘であろう。知っていて私を少女に引き合わせたのだろうと思う。そこにどんな意図があるかは分からないが……。


『ねぇ、あの男はどこ?』

「あの男って言うのはメフィスト・フェレスの事かしら?」

『うん、それ。あのムカつく奴は私が殺してやるんだ』

 その言葉からフェレスとリトルマザーがグルという考えは消えた。それからあの男の目的が少しは分かるかも知れない、と考えた私が会話を続ける。


「彼の居場所は私にも分からないわ。そもそも彼は仲間では無いし」

『違うの? 私を迎えに来たからてっきり仲間だと思ってた』

 少し驚いた様にリトルマザーが問うてくる。


「ええ、違うわ。あんな胡散臭い男の仲間なんて真っ平ごめんだわ」


『うん、胡散臭いよね。何よりムカつくし』

 私の言葉にクスクスと笑うリトルマザー。


「聞いても良いかしら? あなたは何故、少女の姿であそこに居たの?」

『ずっと前に……捕まっちゃった。―――捕まってあの身体に押し込まれた。あの身体は特別で、えっと、ホムクンロス? とか何だって。私を閉じ込めて置けるって』

「ホムクン? ……ホムンクルス?」

『そうそれ!』

 我が意を得たりとばかりにリトルマザーがうんうんと頷く。


 逡巡する。

 人工生命体(ホムンクルス)を用いて、リトルマザーを取り込み彼は何を造り出そうとしていたのだろうか?

 そもそも人工生命体(ホムンクルス)の研究自体、殆どの国で禁止されている筈である。まぁ、あの男にそんなルールなど在ってない様なものであろうけど。

 研究自体が驚くべきものであるのに、加えて、伝説とまで言われる魔獣を取り込ませるなど、とてもではないがマトモな研究だとは思えない。


 私が考え事をしているとリトルマザーが話し掛けてきた。


『ねえ、あそこに居るのはあなたの仲間?』

 リトルマザーが眼下を指差しながら聞いてくる。

 私が眼下に視線を向けると、ここから少し離れた広場で魔獣を相手に戦っているクゥの姿が目に入る。


 どう答えるべきか迷う。

 手下の魔獣を殺され怒っているのかも知れない。しかし、ここから見ていたなら当然、先程まで一緒に居たところを見られているかも知れない。私を試しているのか……。


「ええ、そうよ」

 結局、私は仲間であると肯定した。平静を装いながらもリトルマザーの次の行動に注意を向ける。


『ふ~ん、そっか』

 私のそんな心配を余所に、リトルマザーの返事は素っ気ないものであった。どうやら怒っている訳ではないのかも知れない。しかし、油断はせずに注意を向け続ける。


 リトルマザーはクゥをぼんやり眺めながら、何かを考え込んでいるようだ。

 ハッキリ言って隙だらけだが、自分から藪蛇をつつく様な真似はしない。見た目は小さな猿だが、実力は伝説級である。

 倒さなければいけない相手には違いないが、ロゼが来るまでは下手な事はしたくない。



『やーめた』

 考え込んでいたリトルマザーがそう言って立ち上がった。


「やめた?」

『うん、やめた。だってさ、この街にあの男の仲間が居ると思って仕返ししてたのにさ、違うんじゃ意味ないもん。だからやめた』

「そ、そう。探すの彼を?」

『勿論! アイツはズタズタに引き裂いてやらなきゃ私の気が済まないよ』

 薄く笑い、そう話すリトルマザーから膨大な禍が溢れ、漏れだす。


 凄まじいまでの禍の奔流に腰を抜かしかける。


 尋常ではない。

 まさに怪物。


 ロゼの聖霊力に匹敵するのではないかとすら思った。

 多分、今の聖霊力の馴染んで居ないロゼやクゥ、私の三人掛りでも黒猿(こくえん)リトルマザーには敵わないと判断する。

 それ程に強大な禍であった。

 すぐ近くに存在する恐怖の塊に息を飲む。これが七大魔獣か、と。


 しかし、幸運な事に今回は戦わなくて済みそうである。


『じゃあ、私はアイツを探しに行くから。バイバイ』

 そう別れを告げて、リトルマザーは小さく手を振ると暗闇の広がる空へと飛び去っていってしまった。



「た、助かった……」

 私は安堵の声を呟き、その場にヘナヘナと座り込んだ。


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