勇者のお供をするにあたって・8
時刻は昼前。
ジャズの背に乗り、海を越えて辿り着いたのは東の大陸の南西に位置する街であった。
船ならば早くとも3日は掛かる工程を、僅か半日程でこなしてしまった。ジャズさまさまである。
この街に何か用事があった訳ではない。空を移動していたら偶々目に付いたので寄ってみよう、とそれだけの事。
魔王討伐ついでの、世界一周の旅である。街や村を見掛けたら寄らなきゃ損だしね。
街から少し離れた場所に降り立つ。
流石に、ジャズを街に入れる訳にはいかないだろうから。
何処かに身を隠す様に伝えると、理解してくれたらしく、ジャズは小さく鳴くと飛び去っていった。
出発前、ミラに貰った人差指程の笛を首に掛ける。これを吹けばジャズは直ぐに来てくれるのだとミラは言った。俺がそう調教したんだぜ、と自慢気に。
ジャズを見送った後、街へ入る。
パッと見た限りだと、街の大半の家が石造りの二階建て以上の建物で、それがこの街の豊かさを物語っている様でもあった。
また、王国程の広さは無いものの、整備された道には多くの人の姿が見えた。
上を見上げると、屋根から屋根へと結ばれたロープが目に止まる。ロープには色とりどりの布が等間隔で結ばれ、それらは緩やかな風に吹かれて泳いでいた。
そして、そんな街の何処からか陽気な音楽が微かに聞こえている。
「随分賑やかね。お祭りでもやっているのかしら?」
『かも知れない。もしそうなら良い時に来れたね』
「見に行く?」
『勿論!』
私達は更に街の奥へと進む。
街の家々の屋根に張り巡らされたロープは尚も続き、道の脇にポツポツと出店が並んでいるのが確認出来た。
やはり祭りの真っ只中らしい。
街の中心部に近付く程、目について人の往来も増え、混雑していた。
「チョコレートを売ってるみたいね」
出店を観察していた私がそう言う。
『ちょこれいと?』
小首を傾げたクゥが呟く。
「クゥはチョコレート食べた事ないのか?」
ロゼの言葉にクゥがコクコクと頷く。
「よし、ちょっと待ってろ」
そう言って、人波を掻き分け、近くにあった出店へとロゼは向かっていった。
その出店の幟には【絶対成功】と大きく書かれている。
何が成功なのだろうか?
そう思い、他の出店を見渡すと、どの店も【成功率100%】や【彼女のハートをぶち抜く甘さ】と云った幟が掲げられている。
分からない。どう云った祭りなのであろう?
私が色々な幟を観察していると、ロゼが戻ってくる。その手には両の手の平程の大きさの赤い箱が握られていた。
『三つくれって言ったんだけど、頑なに一つしか売ってくれなかったよ。ルールだからって。おまけに結構な値段だった』
ロゼがそう不満を口にする。
『まぁ、他の店で買えば良いか』
そう言ってロゼは、クゥへとチョコレートを手渡した。
クゥがそれを受け取り『ありがとう』と微笑む。
『おおー!』
『おめでとう!』
『おめでとう! やるなお前!』
『可愛い子捕まえたなぁ!』
突然、周りの人々がロゼとクゥに向かって祝福の声を上げた。
何事? と小さく呟くロゼに尚も、贈られる祝福の声と拍手。
どう言う事だろうか?
訳が分からないので近くにいたオジサンに声を掛け、理由を尋ねる。
『ああ、あんたら旅の人なのかい。そいつは良いタイミングで来たね』
オジサンはにこやかにそう話した。
『これはこの街の古くからの風習でね。年に一度の今日、こうやって街の至る所でチョコレートが売られるんだ。
そいでもって、そのチョコレートを買った人は意中の相手にそのチョコレートを贈る。相手が無事、そのチョコレートを受け取ってくれればプロボーズ成功。晴れて夫婦って寸法だ。
この街じゃプロボーズ出来るのは今日一日だけ。若い連中は男も女も皆、必死さ』
説明するオジサンの顔は、どこか愉快そうであった。
『は?』
話しを聞いていたロゼが間抜けな声を出す。
「えっと、それはつまり、たった今ロゼが、いえ、彼がプロボーズをして、そしてそれを彼女がOKしたと?」
ロゼとクゥを交互に指差しながら私はオジサンに問うた。
ちなみに現在、クゥは魔族だと分からない様に大きめの帽子を深く被っている。
魔族だとはバレて居ないが、体つきで女性である事は周囲の者達も気付いている様子であった。私は特に変装じみた事はしていない。しいて言えば羽を服の下に隠しているくらい。
『ああ、その通りさ』
私の質問に笑顔でオジサンが答える。
『プロボーズ……ロゼが、私に……。結婚……ロゼと?』
クゥが無表情のまま呟いた。
そりゃまぁ、いきなり結婚とか言われたらそんな顔になるよね。
『あ、いや、そんな意味があるなんて知らなかったし! それにあくまでこの街の風習だし』
慌てて弁解するロゼの言葉を遮る様に『この先の広場で合同結婚式が行われる予定だよ。良かったら参加すると良い』とオジサンが告げ、最後に、結婚おめでとう、と付け加えた。
『いやいやいや、結婚式とか』
『ロゼ、行こう!』
満面の笑みを浮かべたクゥがロゼの手を抱き締めて強引に引っ張って行く。
『え? いやいや、ちょっとクゥ? クゥさ~ん』
そんな言葉を残して二人は街の奥へと消えていった。
私は訳が分からず、その場で立ち尽くした。
ロゼにプロボーズされて、満更でもないと云った風のクゥが結婚式に?
一体、この街に到着して間もない短期間の内に何が起こったのだ?
私は何故ひとりなんだ?初めて来る街で一人なんて不安しか無いじゃないか。
何処なのここは?
何なのあの幟は?
ああ、甘い匂いがする。この匂いはチョコレートだ。
チョコレートを最後に食べたのはいつだったっけ?
あれは、確か……そう、ミラがくれたんだった。
美味しかったなぁ。食べたいけどお金はロゼが持ってるしなぁ。クゥも付いて行っちゃったなぁ。合同結婚式だっけ?
え? 結婚式?
突然置いてきぼりを食らい大混乱の私がハッと我に返る。
私が慌てて二人の後を追おうと動き掛けた時、後ろから声を掛けられた。
振り返ると、上等そうな服を着た若い男性が桃色の箱を手に持ち片膝をついている。
『受け取って下さい』
真面目な顔付きで男はそう言い、私に桃色の箱、恐らくチョコレートを差し出してくる。
『ちょっと待ったー!』
『待て待て、俺が先だ!』
『お前ら引っ込んでろ! 俺が行く!』
そんな声を出しながら人々を掻き分け男達が私の元へと歩み寄って来た。
男性達は年齢こそ幅広いが、誰もが上等そうな服を着込み手にはチョコレートとおぼしき箱を持っている。
『受け取って下さい!』
合計五人に増えた男達が、一様に片膝をつきチョコレートを差し出してくる。
右から順に、馬、豚、猿、猿、芋だ。
「け、結構ですぅ」
顔を引き攣らせながらも、何とか私はそれだけ口にした。
私の返事にガックリと項垂れる馬、豚、猿、猿、芋。
『やるねぇ、お姉ちゃん』
その様子を見ていた犬、もといオジサンが私を褒めた。
そんな事を言われても全然嬉しくない。いや、うん、私って結構モテる? ミラも私の事を……。
いやいやいや、それは今はどうでも良い。
私は気を取り直すと、街の奥へと消えていったロゼとクゥを探しに向かうのだった。