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【妖精譚】勇者のお供をするにあたって   作者: 佐々木弁当
Ⅲ章【勇者ロゼ・前編】
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勇者のお供をするにあたって・7

 翌朝。

 昨日、閉め忘れた部屋の窓枠で、ちょこんと羽を休める小鳥の声で目を覚ます。


 私は軽く身支度を整えてから隣の部屋へと足を運び、部屋の前に立つと二度、扉を叩き返事を待った。


『どうぞ』

 ロゼの返答を確認し、部屋の中へと足を踏み入れる。


 部屋の中に入ると、既に準備を整え、お行儀良く椅子に座るクゥと目が合った。


「おはよう、クゥ」


『おはよう、マーちゃん』

 挨拶を交わし、横に視線を向けると絶対王者(ザ・ワン)を手入れするロゼの姿が視界に入る。


 これは絶対王者(ザ・ワン)を手にしてからのロゼの毎日の日課であるらしい。


「おはよう、ロゼ。昨晩はお楽しみでしたね」

 手入れをするロゼの背中に向けて、からかう様に言う。


『ちょっと! 誤解を招きそうな事言うなよな!』

 ロゼがこちらを振り返り慌てて否定する。


「ふふ、何を勘違いしてるか分からないけど、私は昨日の盗み聞きの件について言っただけよ」

 ちょっとした仕返しのつもりでそう言うと、『うっ、それは』とロゼが口ごもる。


「ま、別に構わないけど」

 私がそう言うと、『何か大人って感じでした』とロゼが感想を述べてくる。


 別に感想は求めてないのだけど……。



 それから部屋に運ばれて来た朝食をロゼとクゥの部屋で三人仲良く取る。

 朝食を食べ終え、そのまましばらく寛いでいると、部屋にやって来た女性に『陛下がお呼びです』と告げられる。


 そうして、女性に案内された先には、ミラとお付きの兵士数人が待っていた。


 そんな彼らの背後に、深緑の鱗を纏った十メートル程のワイバーンが大人しく寝転んでいるのに気付いた。


 ワイバーンはドラゴンの一種で、一般的な四足のドラゴンとは違い、二足であり、両腕に当たる部位は翼になっている。

 ドラゴンの中では比較的小型で、山の中腹部に巣を作る事が多い。その為、人間の目にも付き易い。

 とは言えドラゴンはドラゴン。そこらの魔獣よりもずっと強い。


『すっげー』

 そんな感想を洩らしたのはロゼである。


『ああ、来たか』

 ロゼの声に反応して、こちらを振り向いたミラが言う。


『コイツがワイバーンだ。ロゼは見るのは初めてか?』

 言葉使いに少々地が出てしまっているミラがそう言って、ワイバーンの頭を撫でる。


 ロゼがコクコクと首を振る。

 ワイバーンは稀少な生き物だ、ロゼが知らなくても特に不思議ではない。


『コイツがいりゃあ、世界のどこにだって飛んで行ける。足としちゃ最高だ。だが、昨日も言ったが気性が荒い。プライドが高いと言うべきか。コイツを手懐けるには根気が必要だぞ』

 もはや地を隠そうともしないミラがそう話す。


「ねぇ、ミ……陛下、まさかとは思いますが、このワイバーンは」

 ミラに釣られて地が出かけた私が問う。


 私の問いにミラはニヤリと笑い『そのまさかだ』と返す。


「そうですか。大きくなりましたね」

 そう言いながらワイバーンへと近付く。


 今まで目を瞑っていたワイバーンが警戒する様に首を持ち上げ、私を睨み付ける。

 ロゼとクゥが心配する様な気配を見せたが、私は怯む事なくワイバーンの傍に寄ると、ワイバーンの顔に向け手を伸ばす。

 そうすると、警戒し、私を睨み付けていたワイバーンが私の手に顔を擦り寄せて来る。そうして甘える様な声を出し、私の撫でる手を受け入れる。


「覚えていてくれて嬉しいわジャズ。本当に大きくなって」

 私は微笑みジャズの頭を優しく撫で続けた。



 私はジャズが幼体の頃から知っている。

 いつもの様に森へとやって来たミラが、大事そうに抱えていたのが卵から孵ったばかりのジャズであった。


『ワイバーンって何食うんだ?』

 私の元へ来るなり、開口一番にミラがそう尋ねて来た。


 聞けば、北の山を探索中に偶然、卵を発見したのだと言う。

 しばらく待ったが親が帰ってくる気配もなかったので、持ち帰り、ダメ元で温めたら二日後に孵ったのだそうだ。


 ミラは一目でワイバーンだと理解したそうなのだが、何を食べさせたら良いのか分からず、色々と試している内にいよいよ衰弱が目に付き始め、慌てて私の元へ駆け込んで来た。


 とは言え、私もワイバーンの生態に詳しくは無い。

 必死に知識を掘り起こす。


 そう言えば、と、

 ずっと前に、先代がワイバーンの話をしていた事を思い出した。


 そう、確かに先代はアプーを与えて手懐けた、と言っていた覚えがある。


 私は妖精に命じ、直ぐにアプーを持って来させる。

 それをミラに手渡すと、彼は片手でアプーを握り潰しポロポロと小さくなったアプーの一切れをワイバーンの口の中へと押し込む様に持っていく。

 ワイバーンは僅かだけ警戒する素振りを見せたが、ミラの手の中のアプーを食べ始めた。


 はぁ~、と大きく溜め息をつくミラ。


『まさか妖精の食いもん欲しがるとは』

 アプーを与えながらミラがぼやく。


 妖精の果実とも呼ばれるアプーは、基本的には妖精の住まう土地にしか自生しない。

 自生はしないが妖精の居ない土地にも生えてはいる。しかし、妖精が居ない土地では何故か種が芽吹かないのだ。

 生えてさえいれば成長するし、実も成るのだが、種が芽吹かない為、枯れればそれで終わり。

 この森には沢山生えているが、他の土地では大変貴重な果実である。

 他の土地でアプーの木があれば、それは恐らく、過去にこの森を離れた妖精が棲んでいる、或いは棲んでいた場所なのだろう。


 その事を鑑みるに、ワイバーンがアプーだけしか食べないと云う事は無いだろうと思う。

 もしそうなら、この大陸以外のワイバーンはとっくに滅びている。


 その事をミラに伝える。


『話しは分かったが、他の食いもんが分かるまではアプーの世話になるしかねぇ。悪いけど、しばらく面倒見てやってくれないか? ちょくちょく見に来るからさ』

 頼む、と手を合わせるミラに、分かったと返事をした。


 それから、アプー以外のエサが見付かる二ヶ月程、ジャズは私達と暮らした。

 その二ヶ月の間、言葉通りミラは足繁く森を訪れては、あれやこれやとジャズに色々と食べさせ様と頑張っていた。

 ちなみに、ジャズと言う名前は、卵を見付けた北の山ことジャズ山から来ている。


 ミラが即位した事で、ジャズとも会う機会は無くなってしまったが、二十年の時を経て、ジャズはこうして大きく成長を遂げていた。

 そんなジャズが私が覚えていた事に思わず頬が緩む。


『懐くかどうか心配していたが、覚えていたのは僥倖だったな』

 ミラが嬉しそうに笑う。


「本当に連れて行っても?」


『勿論だ。俺の代わりだとでも思って連れて行ってやってくれ。きって役に立つ』

 そう言って、ニカッとミラが笑う。


「ええ、ありがとう。大切に面倒見るわ」


『さて、勇者よ。準備は整った。出発はいつにするのだ?』

 急に国王口調になったミラがロゼに問う。


『そう、ですね、出来れば今すぐにでも出発したいのですが』

 今すぐは具合が悪いだろうか? と心配する様にロゼが答える。


『ふむ、今か。随分急だな。だが、まぁ止める理由も無い。旅の路銀を直ぐに用意させるゆえ、それを受け取ってから出発するが良い』

 そう告げた後、ミラが片手でロゼを呼び寄せる。


 ミラはロゼに体を寄せると何やらコソコソと耳打ちし始めた。

 ロゼ以外には聞かれて不味い内容なのか、護衛の兵士すらも遠ざけている。


 しばらく二人で話しをした後に、『頼んだぞ』とミラがロゼの肩を叩いた。


 聞かれて不味いのなら聞いてもまともに答えてはくれまい。

 気にせず、行き先の話などをしながら準備が整うのを待つ。


 しばらくすると、袋を持った大臣がやって来た。

 大臣はロゼに袋を手渡し、『気を付けてな』と声を掛け離れる。


 そうして私達はワイバーンの背に乗り、取り付けられた手綱を握る。ワイバーンの操作は私が行う。扱い方も既に聞いている。準備も万端。

 私達を乗せたワイバーンが翼を広げ、羽ばたき始める。


 いよいよ、飛び立とうと云う時にミラが叫ぶ様に別れの言葉を述べてきた。


『また会おう! 旧き友よ!』


「ええ! 必ず!」


 そうして、私達は旅立ったのである。



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