勇者のお供をするにあたって・6
『良く戻った勇者ロゼよ』
ミラ国王がロゼに労いの言葉を掛ける。
次いで、私に視線を向ける。
『そして……、久しいな妖精王マロン』
「お久しゅう御座います、ミラ国王」
私の言葉に僅かに顔を綻ばせるミラ。釣られて私も微笑む。
私を妖精王と呼んだミラの言葉にその場に居た者達からどよめきの声が聞こえてくる。
仕方無いと思う。私の存在を知っては居るだろうけど、基本的に私が人前に姿を現すのは勇者の前だけである。
『森を出る事の無かったソナタが何故、この様な場に勇者と共に参った?』
吊目ゆえ怒っている様にも見える彼が、そう質問してくる。
「私はこの度、勇者と共に魔王討伐へと赴こうかと思っております」
私の言葉に周りの者達がざわつく。
『左様であるか』
ややあって、ミラは口を開く。
『そなたが動くのであれば、我らもそれなりの援助を行わねばなるまい。何か望む物はあるか?』
ミラの言葉に私はロゼを見る。
『それならば国王様、大陸を渡る為の船を御用意出来ませんでしょうか?』
私の視線に促され、ロゼがそう申し出る。
『船か……。当然必要になるとは思っておったが、ふむ、しかしそれではなぁ……』
ミラは顎に手を当てると、少し難しい顔して考え込んでしまった。
しばらく考え込んだミラが決心を付けた様に大きく頷く。
『船の代わりにそなた達には飛竜を与えよう』
『宜しいのですか陛下!?』
ミラの発言に、側に居た大臣が声を上げる。
『構わぬ。妖精王自らが動くのだ、これ位せねば示しがつかぬ』
そう言ってミラは大臣を納得させる。
まさかワイバーンを寄越すとは思って居なかった私も、これには少し驚いた。
ロゼとクゥはワイバーンが良く分かっていない様でキョトンと成り行きを見守っている。
『だが、気性が荒いのでな、懐くまでは城に足止めになるやも知れぬが構わぬか? しかし、一度手懐けさえすれば船よりも楽な旅になると保証する。どうする?』
ワイバーンを良く知らないロゼが返答に困り、視線だけで私に助けを求めてくる。
私はロゼに顔を向けると小さく頷く。
『お願いします』
ロゼが頭を僅かに下げて了承する。
『ふむ、ではワイバーンとは明日の朝にでも引き合わせるとしよう。慣れぬ旅で疲れておるだろうし、部屋を用意するゆえ今日はゆっくり休むが良い』
それだけ告げてミラは奥へと引っ込んでしまった。
それから私達は部屋をあてがわれ、各自の部屋の中へと入っていく。
クゥにも個室が用意されたのだが、不安であるらしく、断固としてロゼから離れたがらなかった。
男女が一緒の部屋だという事にロゼはかなり抵抗がある様で、私にクゥを預けようとしたが、結局、ロゼと一緒が良いと涙を浮かべるクゥに根負けし、ロゼはクゥと同室となった。
クゥの歳を考えると論理的に問題もあるかも知れないのだが、こればかりは仕方無いと思う。ロゼなら大丈夫だろう。何の確信もないが。
私が一人、あてがわれた部屋の窓際で星を眺めて寛いでいると、誰かが部屋をノックしてくる。
ロゼ達かと思い「どうぞ」と返す。
部屋に入って来たのはミラであった。
国王の来訪に少々面食らったものの、直ぐに気を取り直し「どうぞ」と椅子を引いてミラを招く。
「老けたわね~ミラ」
ミラが椅子に座ったと同時にそう言ってからかう。
『二十年だぞ? そりゃそうなるだろ』
ミラが笑って言葉を返してくる。昔のままの口調で。
『マロンは変わらないな。あの頃のままだ』
僅かに視線を私に向けたミラが小さく微笑む。
「妖精だもの、人間とは寿命が違うわ」
『ははっ、そうだな』
「私の中では昔のミラのままで時が止まってるせいか、玉座でのあなたの態度に吹き出しそうになったわよ?」
『クックックッ、俺もだ。何と言うかな~、気恥ずかしいかった』
そう言って互いに笑い合う。
「妖精達は元気にしてるかい?』
「ええ、あの子達も変わりない。つい最近も私やロゼ達にイタズラをして楽しんでたわ」
あの時の事を思い出し、私が小さく溜め息をつく。
『クックックッ、そりゃ良かった。俺も何度嵌められた事か』
昔を思い出す様にミラが笑う。
『二十年か~』
そこでもう一度、ミラが年月を口にする。
寿命の長い私にとっては二十年はそれ程に長い期間ではないが、人間のミラにとってはそうではないのだろう。
「あなたが国王に成ってから、この国は随分良くなったと聞くわ」
私は窓から外を眺めながら、友人として彼の国王としての仕事ぶりを誉めた。
夜の暗闇の中、遠くに点々と輝く篝火が見えた。
『どうかな。まぁ、少なくともマロンがもしもこの国に訪れた時に、誇れる様な恥ずかしくない国にはしたつもりだよ。なんて言うか、国王になるのは兄貴だと思って遊び回ってたツケを一気に払わされたよ。
がむしゃらに国王やって、気がついたら人生の半分を国王として過ごしてた』
私と同じ様に窓の外に視線を向けたミラが自嘲気味に笑って言う。
「でも、それでも、立派だわ。そんなあなたの友になれた事は、私はとても誇らしい」
私は依然として外に視線を向けながらも、微笑みそう彼に告げる。
『友、か』
そう言ってミラは頭を小さく掻いて、椅子から立ち上る。
『まぁ、俺も歳を取ったしな。友人で我慢しとこう』
ミラはそう言いながら微笑み、踵を返すと部屋の扉まで歩を進める。
『今だから言えるんだが』
扉を開けて、一度こちらを振り向いたミラが言葉を続ける。
『俺はマロンに惚れてた』
ミラは小さく笑いながらそう言って、最後に、おやすみと言葉を残して去っていった。
「ええ、……知ってたわ」
誰も居ない部屋に向かって、私は一人言を呟いた。
妖精に性別は無い。その容姿は中性的でどちらとも言えない。
だからだろうか。言葉使いひとつで男とも取れるし、女とも取れる。
私はどちらかと言えば女性なのだろう。胸こそ無いが、髪は長いし。
いつからだろうか。そんな私に彼が異性を見る様な視線を向ける様になったのは。
いつからだろうか。彼が文句を言いながらも深い森に足を運ぶのは、私に会う為だと気付いたのは。
彼は、森に来るのは好奇心だと語ったが、もしかしたら、最初からそういう目的があったのかも知れない。
妖精である私はそういった感情は持ち得ない。と思う。あまり自信はない。
寿命も住む世界も違うのだ。友人以上の関係を彼から求めらても困ってしまう。
彼も、そんな私の気持ちを察してか、結局、最後となった二十年前のあの時も、ハッキリと感情を口に出す事はなかった。
でも、それで良かったと思う。
人間には人間の生がある。今だに、伴侶を得ずに過ごす彼がどういった想いであるかは、私には分からないけれど。きっとこれで良いのだ。これまでも、これからも良き友人で。
私はそう自分に言い聞かせる様に小さく頷く。
しばらく、扉を見詰めたまま物思いに耽っていた私は、コホンとわざとしらく大きな咳をする。
「盗み聞きは良くないと思うわよ!」
開けっぱなしの窓に向けて、隣の部屋に聞こえる様に言う。
途端に、バタバタと慌てた様な音と窓が閉まる様な音が響く。
やれやれ、困った仲間達だ事。
私の溜め息が、窓の外へと抜けていく。
そうして夜は更けて行くのであった。