勇者のお供をするにあたって・5
夜明け前。
昨日の夜にロゼからクゥの話を聞いた私は、先に眠りについた。
それから数時間程立った頃にロゼと見張りを交替する。
特にやる事も無いので、ボンヤリと星を眺めていた。
先代の妖精王が森に居た頃は、時々、一緒に星を眺めていた。
星を見る事自体は好きなのだが、私はあまり星についての知識は無かった。森にそう云った知識を学ぶ場が無かったせいもあるだろうけど。
そんな私とは違い、先代はとても星に詳しかった。
どこで得た知識なのかは聞かなかったが、二人で星を眺めながら先代が色々と話して聞かせてくれた。
星座やそれに連なる物語などである。普段は私にイタズラばかりする先代に少々うんざり気味ではあったが、先代の話す物語を聞くのは私の楽しみのひとつでもあった。
時には、アレとアレをアレを結べばこの星座になるよな、と勝手に星座を作り、勝手に物語を作っては私を笑わせたりしていた。
そんな先代との日々も今では何百年も昔の事である。
ごく稀に、好奇心に負けた妖精が、ふらっと七夜の樹を離れる事はあった。先代もそんな一人である。
今は何処で何をしているのやら。けれども先代の事だ、今も何処で元気にしているだろう。
もしかしたら、この旅で再会出来るかも。
私がそんな事を考えていた時だ。
小さな寝息を立てていたクゥが突然起きて来たのだ。
突然の事に驚いた私だが、直ぐに理由を悟る。
どうも魔獣が近付く気配がする。まだ大分離れてはいる様だが、鼻が良いのか、向こうも此方に気付いてジワジワと距離を詰めて来る。
私はロゼを起こすと、魔獣の存在を告げる。
夜明け前の薄明かりの中。警戒していた私達の遠く、草原を駈けてくる魔獣の姿が目に付いた。
犬の姿をしたソレは、この大陸では時々見掛ける魔獣であった。
魔獣は動物が禍を取り込み変異したものなので、基本的に大陸に生息する動物の姿に酷似している。時々、翼を持った魔獣が海を渡って来る事もあるが、それは稀である。
姿形は似ていても、魔獣の強さは大きさだけで判断出来るものでもない。重要なのはどれだけの禍を取り込んでいるかである。
大抵の場合、大きさ=強さではあったが、魔獣の中には大きさを抑えたまま身体能力に特化したものや、禍を自在に操るものなども存在する。
西の大陸に君臨するという狼帝フェンリルや、過去、東の大陸を恐怖のどん底に叩き落とした黒猿リトルマザーなどがその代表だろう。
とは言え、少なくとも今此方に向かって来る四頭からは、然程の禍を感じない。私一人でも十分に対処出来るレベルだ。腐っても妖精王なのだこれ位は朝飯前。
勇者一行に加わって、初めての戦闘である。
私がどの魔法を放つべきか悩んでいると、ロゼとクゥが魔獣に向かい駆け出した。
ロゼは絶対王者を抜くと、擦れ違い様に魔獣の一体を両断する。
俺の居た世界は平和だ、とか言ってた割りには中々の強さである。もっとも力任せに剣を振っている感じではあった。まだまだこれからであろう。
一方のクゥはやはり、と言うか場馴れした感じであった。
魔族として生きるのは厳しい世界である。生き残る為の強さを彼女は確かに持っていた。
クゥは飛び掛かって来た魔獣の牙を避けると、そのまま素早く魔獣の首を真後ろに捻る。
離れて見ていた私の耳にも骨が折れる鈍い音が届いた。
可愛らしい彼女から想像も出来ない。しかし、いくら可愛くても魔獣にそんなものは関係無い。生き残る為には戦うしかないのだ。
二人の戦いを見ながらも魔法の詠唱を行っていた私が、残りの二頭に目掛け、弓を射る様に構え氷魔矢を二発同時に放つ。
高速で空気を切り裂き進んだ矢は、一頭を正面から、もう一頭を真横から、それぞれの頭を精確に射抜いた。
こうして私の初陣はあっさりと終了した。
鞘を納めながら一息つくロゼと、ぴょんぴょんと楽しそうに戻って来るクゥを見て、少しは役に立てるって事を証明出来たかな、と私はそんな事を思うのであった。
初陣から二日後の夜。
途中、何度か襲いかかる犬や鰐、蛇などの魔獣を退けながら、私達は王国へと辿り着いた。
陽が落ちきった頃に、遠くの篝火が目についた。
近付くと明るい篝火に照れされ映し出されているのは立派な門であった。
門の前には数人の兵士がテーブルを囲み座っている。
兵士の一人が此方へ気付くと、門の上部に顔を向け何やら合図を送る。
しばらくして、ガコンと云う音と共に門が開き始めた。
ロゼが礼を述べ、開いた門を潜り抜ける。
そんなロゼの背中にくっつく様にして、オドオドとした様子のクゥも進む。
私は門の直ぐ横に居た兵士に『ご苦労様です』と微笑みながら言葉を送り、ロゼの後ろをついて行った。
兵士が、誰だ? と言いたげな顔をしたが気にしない。
王国に入ると、煉瓦を用いて立てられた家々が目につく。
門から真っ直ぐ伸びた道は広く、道の端には点々と篝火が掲げられていた。
この大陸では一番大きく、華やかで、人口も多いのだが、篝火に映し出される人影はまばらで、道幅の広さも相まって少々寂しく感じる。
つい先日、魔族が侵入したと大騒ぎになったばかりであるからして、夜間に出歩く人は少ないのだろう。
家々から視線を外し、件の張本人二人に目をやると、特に変わった様子も見られないロゼと、そんなロゼの腕に抱き締める様に歩くクゥの後ろ姿が見えた。
若干身長差こそあるものの、後ろから見る限り、それはまるで恋人同士の夜の散歩にしか見えない。
私は小走りに二人の前に来ると、顔を覗き込む。
クゥは走る私が立てた音に敏感に反応し、僅かに縮こまったが、怯えた目で私を見た後、音の正体が私だと分かると少しホッとした様な顔を見せた。
一方、クゥに腕を抱き締められたロゼは少々照れ臭そうに、クゥとは反対側に僅かに顔を向けている。
ロゼは覗き込んで来た私に『なんだよ?』と少々無愛想な感じで質問して来る。
「別に~。ただどんな顔をしているのかと思って」
からかう様に私は言った。
それから私は二人の前を歩きながら「お城に到着する前に言って置きたいんだけど~」と話を切り出した。
「お城では妖精王らしい振る舞いをするので、そこのとこ宜しく!」
後ろ向きに歩きながら、片手を上げてそう宣言する。
私は妖精の聖域を統べる妖精王である。
勢いで旅に出たとはいえ、私には七夜の樹を守る役目もあるのだから、王たる私が嘗められる訳にはいかない。威厳を見せるべき時には見せて置かないと、後の火種になりかねないのだ。
人間は欲深い生き物だから。
『畏まりました。妖精王様』
歩きながらのロゼが畏まった顔をしてそう告げる。
「ちょっと~、頼むから皆の前では笑わせないでよ」
笑いながら私がロゼに文句をつけた。
城に着くとそのまま玉座の間まで通される。
夜だと云うのに中々働き者の王様だなぁ。私ならもう寝てる。
ミラ国王に、そんな感想を抱きながら待っていると奥から彼が現れた。
40代の細身の男性。目が若干つり上がり気が強そうな印象を受けるが、そうではない事を私は知っている。
最後に彼と会ったのは20年位前だっただろうか。
新しく国王に即位する、とわざわざ報告に来たのが彼と会った最後である。
それ以前の彼は王家の三男坊として、気ままに大陸をふらふらと遊び歩いていた。
王の跡目は長男が次ぐのが慣例な様で、三男坊の彼はただ王子という肩書きだけの存在であるらしかった。
そんな遊び人だった彼は時々、妖精の聖域に遊びにやって来た。
最初こそ、奥に辿り着く前に妖精の抜け道を用いて追い払ったものの、何度もめげずに森へとやって来る彼を妖精達が面白がり、幾度となくイタズラの対象にして遊んでいた。
落し穴の中に妖精の抜け道を仕掛けてみたり、突然、降り注いだ泥を避ける為に退避した木陰に妖精の聖域が仕掛けてあったりとあの手この手で彼を罠に嵌めては楽しんでいる様だった。
彼の方もそれを楽しんでいた様で、15度目のチャレンジにて遂に私の元へと辿り着いた頃には、挑戦し始めてから約一年が過ぎていた。
辿り着いた彼に、何故この森に拘るのかと問うと、好奇心、と言う言葉が返ってきた。要するに暇なのだろうと私は思う事にした。
それから彼は、暑いだの、草が痒いだのと文句を垂れつつも、何度も森へ足を運んでは遊びにやって来た。
しかし、20年程前に起こった大規模な魔獣の進撃により、二人の兄を失い、その事で彼は繰り上がりで国王へと即位する。
最後の日。王になったらもう気軽には来れ無いかもな、と寂しそうに言ったのが印象的であった。
風の噂によれば、遊び人として知れ渡り余り期待もされていなかった彼だったのだが、遊び人だからこそ見える王国の問題点も有る様で、今では民に慕われる自慢の王として王国を統治していた。
彼の噂を聞く度に、私にとっては唯一の人間の友である彼の活躍を嬉しく思ったりした。