勇者のお供をするにあたって・4
妖精の抜け道を用いて森を抜け、平原へと着いた私達は、その足で王国へと向かう。王国は徒歩でまる三日程の距離である。
直接、王国に向かうと告げたロゼに「途中の村には寄らないの?」と尋ねてみた。その村までならここから半日も歩けば着く筈である。
『面倒臭いからね』
と笑うロゼ。
いや、面倒臭いって……。
旅と云うのは普通、村や町などの拠点を経由しながら進むものだと思っていたがロゼ的にはそうではないらしい。
それでもやはり、まる三日の徒歩は辛いんじゃないだろうか?
旅に出る際、私は蔓で編んだ袋の中に食べ物を沢山放り込んで来たので、三日程度なら食糧の心配は無い。
しかし、魔王の誕生で魔獣も活発化している為、野宿だって楽ではない筈だ。
私がもう一度、村への経由を打診しようかと思った時、暗い表情のクゥが目に止まる。
そこで私は漸く、自分の失言に気が付いた。
私やロゼは気にしなくても村の人間達はきっとそうではないのだろう。魔族であるクゥを見て、邪な感情を持つに違いない。
この世界で魔獣と魔族は駆除すべき対象なのだ。
そもそも魔族と魔獣では全く違うと言うのに、本当に嫌になる世界である。
魔獣は禍という力を糧として、人間に害を与える魔王に連なるモノである。
対して、魔族は禍など必要としない。むしろ禍など毒である。人間と少し見た目が違うだけだ。
勿論、人に危害を加える事も無いとは言わないが、それだって極一部の話しである。それは人間も同じ。良い人が居れば、悪い人もいるのだ。
魔族と云う呼び名も人間が見た目で勝手に付けたに過ぎない。
どうしてそんな簡単な事にも人間は気付かないのであろう。
考え込む私に何かを感じたのか、クゥが小さな声で『ごめんね』と謝ってきた。彼女は何も悪く無いと云うのに。
私は、気にしなくても良い、と云う様に微笑み、彼女の頭を撫でた。
私も人間じゃないし、村に行けば多分クゥと同じ様な対応を受けるだろう。
彼女の今まで歩んで来た道を思えば、たかだか三日程度の移動なぞ苦労の内にも入らない。
「うおりゃああああ!」
何だか無性に走りたくなった私が突然、雄叫びを上げながら平原を全力疾走する。
正面をひた走っているので、後ろは見えないが、後ろの二人は何事かと言った顔をしているに違いない。別に何事でもない。ただ走りたくなっただけである。
数十秒程走ったところで、普段の運動不足が祟り、足が縺れて盛大にすっ転ぶ。
しばらく、乱れた息を整える為に平原に仰向けで倒れたまま空を眺める。
私がそうやってボーと雲を見ていると、顔に影が差し込んできた。
私の顔に影を作ったクゥが心配そうに覗き込み『大丈夫?』と声を掛けて来る。
「平原を走るのは楽しいね~クゥ。この旅はさ、世界はさ、きっともっとずっと楽しいだろうね」
私は差し伸べられたクゥの手を取りながらそう笑った。
クゥは意味が分からないと言った顔を見せたが、「楽しみでしょ?」と更に笑う私を見て、
『うん、楽しみだね。マーちゃん』と笑顔で言葉を返した。
「そうか! よし! 走るか!?」
特に意味の無い行為をクゥに提案してみた。
『うん! 走ろうマーちゃん!』
そうして、私とクゥが雄叫びを上げながら平原を走る。
は、早い。クゥが滅茶苦茶早い。私の運動不足とかそんなの関係ない程にクゥの足は早かった。
どんどん引き離されていく。
が、数十秒走ったところで、クゥが盛大にすっ転ぶ。
平原に見事なダイブを決めるクゥ。
そんなクゥに「あはははは!」と笑いながら走り寄った所で、石に蹴躓いた私が再び転ぶ。
何だかそれが無性に可笑しくて、平原に寝転びながら二人で腹を抱えて笑い合った。
二人の笑い声は『何してんの?』と言うロゼの声が聞こえるまで草原に響き渡り続けた。
そんなこんなで歩き続けた一日目。
昼間は特に問題は無く順調であった。
その日の夜。
私達は、平原に数本並んで生えている木々の下で野宿をしていた。
夜空には浮かぶ半月と、砂を巻き上げたのかと見紛う程の無数の星が輝いている。
私はひとつ小さく溜め息をつく。
世界はこんなにも美しいのに……。
私が座った膝に目を落とす。
昼間歩き続けた疲れもあってか、夕食代りの果物を食べ終えたクゥが私の膝を枕に小さな寝息を立てていた。
『たった一日で随分と懐かれたもんだ』とロゼが小さく笑う。
元々は人懐っこい性格なのだろう。
しかし、魔族というしがらみと生きてきた環境がそれを完全に塗り潰していた。
先程、クゥが寝息を立て始めたのを確認してから、私はクゥの事をロゼに尋ねた。今後、長く旅をするにあたって、早い段階で彼女の事を知って置くべきだと昼間に感じたからだ。
『知り合ったのは偶然だよ。異界からこちらへ渡って来て、右も左も分からずに南の森をさ迷ってたら偶然出会ったんだ』
3週間くらい前の話だ、とロゼは付け加える。
『俺がクゥを見付けた時、クゥと一緒に居た仲間数人が武器を持った連中に追い回されてる真っ最中だった。俺の居た世界は平和でさぁ、武器を持った人間が次々とクゥの仲間を殺す姿が怖くて、ずっと隠れて見てたんだけど』
ロゼは小さく寝息を立てるクゥに視線を向け、呟く様に話を続ける。
『いよいよ、クゥが殺されそうって時に、クゥがさぁ、助けてって言ったんだ。別に俺に言った訳でも武器を持った連中に言った訳でもない。まぁ、敢えて言うなら神頼み、みたいな?
んで、気付いたら、俺は棒切れ握って武器を持った連中の一人の後頭部をぶん殴ってた』
ははっ、とロゼが笑う。
『はっきり言って生きた心地がしなかったね。こりゃ死んだなと思った。ところがドッコイ、残りの三人相手に棒切れで勝っちゃった訳よ。
まぁ、今にして思えば、勇者としてこの世界に来たみたいだし、その辺の人間なんて俺の敵じゃなかったんだよね』
俺すげぇ、とばかりにロゼが胸を張る。
『四人全員を気絶させた所で、大丈夫か?ってクゥに声掛けたらさぁ、コイツいきなり飛び膝蹴りを繰り出して来てさぁ、咄嗟に腕で防がなきゃ顔面に当たってたねアレは。んで、クゥはそのまま逃げた』
「逃げたんだ」
笑って私が感想を述べる。
『あっと言う間に見えなくなったよ。そっから気絶してる連中の剣を全部川に投げ捨てて、クゥの死んだ仲間達を川の近くに集めたんだ。
血なんて見慣れて無いし、正直嫌だったんだけど、野晒しも不憫かと思って。
んで、クゥの仲間を集めてたらクゥがひょっこり出てきたんだよ。仲間をどうするつもりなのかって。
埋めるか川に流すか考え中、って答えたら、そのままで良いって。無意味だからって。
何が無意味なのかはその時の俺には良く分かんなかったけど、多分、そんな事する暇あるなら生き抜く事を考えろ、的な考え方が魔族では普通なのかもな』
そう話したロゼが少し哀しそうな顔をしてみせた。
『それからお互いに自己紹介して、俺に敵意は無いって事をクゥに伝えた。クゥはあんまり信じて無いみたいだったけど、それから俺にチョロチョロくっついて回った。
多分、コイツは役に立ちそうとか思ったんじゃないかな。
特に行く当ても無かったから、しばらくはクゥと森で過ごしてた。と言うか面倒を見て貰ってたってのが正しいかな。なんせどれが食える植物だとかキノコだとか俺には分かんなかったし。
2週間位を森で過ごして、クゥとも他愛ない話しをする様になって来た頃に、王国の存在をクゥから聞いてさぁ。
嫌がるクゥを絶対俺が守るからって説得して、王国への道案内を頼んだ。この世界では世間知らず所じゃ無いからね俺』
「ふ~ん、俺が守るって、女の子なら一度は言って貰いたい台詞かもね」
からかう私に、そんな良いもんじゃねーよ、とロゼが笑う。
『クゥは全身を布で隠して王国に向かったんだけど、流石にミラ国王と面会する時に、クゥの正体バレちゃってね。もう大騒ぎ。
二人で兵士に追い回されて、行き着いた先に、この剣が祀られてたんだよね』
ロゼがトントンと絶対王者を小突く。
『クゥを守るって約束した以上は戦わなきゃと思って、偶々目についたこの剣引き抜いたんだけど、抜いた途端、これまた大騒ぎ。そっからはあれよあれよと勇者に奉られたよ』
ロゼが惚ける様に肩を竦める。
『勇者の仲間が魔族って事に問題は合ったみたいだったけど、強引に納得させた。認めないなら勇者止めて、魔王とは戦わない。勝手に死ね、まで言ったね。クゥを殺せだ何だと騒ぐ連中に腹が立ってたからガツンと言ってやりましたわ』
クックッと愉快そうに笑うロゼ。
少々、危なっかし所も見受けられるが、優しい青年であると改めて私は思う。
この世界で魔族を仲間だ、友人だと公言し、魔族の為に怒る人間など聞いた事がない。
異界から来た彼だからこそ、持ち得た価値観だろう。
『まぁ、そっからは勇者一行として妖精の森に向かった訳。後は知っての通りだよ。ああ、クゥとは俺が仲間と言った辺りから急に親しくはなったかな。そんな俺でも3週間近く掛かったのにマーちゃんときたら』
たった一日で随分懐かれたもんだな。
ロゼはそう言って話を締め括った。