勇者のお供をするにあたって・3
「それでそれで、何処に行くの?」
仲間と受け入れられた途端に馴れ馴れしくなった私がロゼに尋ねる。
私は二人よりも遥かに歳上だが、敬語は無しで、と言い含めてある。ロゼとクゥは親しい間柄を表す様にタメ口なのに、私一人だけ敬語は嫌だから。
『え~と、やっぱ魔王のとこ?』
ロゼが誰かに問う様に答えた。
「いきなりそこ行っちゃうか~、ロゼは大物だね~」
『や、やっぱ駄目かな?』
不安気にそう口にするロゼ。
「さぁ~? 私は勇者に加護を与えるだけで旅とかした事ないから~。でも聖霊力が馴染んでない今戦っても負けちゃうかもよ?」
『それはごもっとも』
私の言葉にロゼが深く頷く。
この子案外、抜けてるかも知れない、私はロゼにそんな感想を持った。
「折角だから、世界を色々と見て回りたいなぁ~。ね? クゥもそう思わない?」
私はクゥに同意を求めてみた。
私の言葉に少し戸惑うクゥに「世界は広くて、綺麗で、美味しい物も沢山あると思うんだ」と拳を握り力説する。
特に美味しい物に力を込めて。
『見たい』
クゥがうんうんと頷く。
『まぁ、鍛練は基本だしなぁ』
ロゼがそう口にしながら小さく頷く。
『じゃあ、まぁ軽く世界一周とかしちゃいますか。どうせ魔王の居場所とか知らないし』
ロゼが本当に軽く世界一周と言ってのける。異世界から来て間もない事もあるだろうが、魔王の誕生による世界の危機なんかの深刻さはイマイチ実感が無さそうである。私も森から出ないのであまり無いが。
『あ、先にミラ国王に報告に行かなきゃ。報告ついでに船が貰えないか聞いてみよう』
ロゼが軽くそんな事を言う。乗った事ないが船ってそんなついでに貰える様な代物だっただろうか?
というか今までの勇者は大陸を移動する際、どうして居たのだろう。今更ながらそんな事を思う。
『よし、とにかく王国に戻ろう』
「あ! 待って待って!」
徒歩で森を抜けようとするロゼを制止する。
「皆~、お願~い」
『は~い!』
私に呼び集められた妖精達が、空中で輪を描く様に舞う。
空中にキラキラと舞う鱗粉はやがて人の背丈程の光りの輪となった。
そうして、何が始まるのかと眼を輝かせるロゼとクゥが見守る中、それは完成した。
「妖精の抜け道と呼ばれてるものよ。これを使えば一瞬で森の外に抜けられるから」
そう告げ、先ずは手本を、とばかりに私が輪の中を潜って見せる。
一瞬の眩い光の後、輪を抜けた私の顔に飛び込んで来たのは、
白と薄桃の花びらで作られた塊であった。
それを認識した時には塊は眼の前に迫っていた。
ボフッと私の顔にぶつかる花びらの塊。
僅かに湿り気を帯びた花びらが私の顔に大量に貼り付き、鬱陶しい事この上ない。
『あははははは』
『マーちゃん引っ掛かった』
『また引っ掛かった』
『た』
それは何の事はない、妖精達のイタズラである。
妖精の抜け道っぽいモノを作って、それを潜らせる。潜る瞬間は眩しさで目が開けられない為、そこを狙い打ちするのである。
考案したのは先代の妖精王。
彼は妖精達からイタズラ界の知将という2つ名で呼ばれる程にイタズラに情熱を注いでいた。
そして彼が思い付いたイタズラの実験台は大抵が私であった。先代は私に何か恨みでもあるのだろうか? 先代が憎い。
「何故このタイミングでイタズラを」
私はガックリと肩を落とす。
ロゼとクゥに見せ付ける様に、私は意気揚々と自慢気に妖精の抜け道を潜り抜けたというのに、とんだ赤っ恥である。
『『『このタイミングだからさ!!』』』
妖精達が自信満々に口を揃える。
そんな妖精達の後ろで先代が笑い転げている姿が目に浮かぶ。
まさかのタイミングを狙うのだ、と鼻息を荒くして妖精に教え込んでいた先代が憎い。
「はぁ、もう良いです。私が作ります」
溜め息をついた後に私はそう告げ、指先に聖霊力を集中する。
そうして、僅かに屈むと先程、妖精達が作ったモノよりも一回り大きな縦長の楕円を光で描いた。
ふぅ、とひと息ついた後、「お二人でどうぞ」とロゼとクゥを輪の中に誘う。
『ありがとう』と礼を述べたロゼがクゥの手を引きながら輪を潜る。
バフッバフッ
ロゼとクゥの顔に花びらの塊が命中した。
「イエーイ!」
『マーちゃんイエーイ!』
『イエーイ!』
私は妖精達とハイタッチを交わしてイタズラの成功を喜んだ。
『このタイミングでまさかの裏切りだよ!!』
顔に花びらをくっつけたままのロゼが嘆く。
「『『このタイミングだからさ!」』』
私と妖精達が自信満々に口を揃える。
『ううぅぅぅ』
呻き声の方に目をやると、大量の花びらで化粧を施したクゥが今にも泣き出しそうな顔をしていた。
『泣かした』
『マーちゃんが泣かした』
『泣かした~』
妖精達が口早に私を攻めたてる。
花玉を投げ付けた時点で妖精達も共犯の筈なのだが、阿吽の呼吸とでも言うのだろうか。こういう時の口裏合わせが完璧に出来あがっており、私が全て悪い感じになる。おのれ先代。
いや、確かに私が悪いのだが。
慣れない事はするもんじゃないと痛感した。
「ごめんね、クゥ。悪気はなかったのよ、本当に」
今にも泣き出しそうなクゥを宥める様に謝る私。
わざとではない事はクゥも理解しているらしく、目の端に涙をいっぱい湛えながらも泣き叫んだりはしなかった。
うぅ、罪悪感でいっぱいだ。
本当に私はイタズラに向いていない。そして、こんな良心の痛む真似を先代はよくもまぁ、私に散々仕出かしたもんである。
私がそんな事を思っていると、クゥの肩付近に三匹の妖精がスススッと降りて来た。
その手に花びら玉を抱えて。
「え?」
私がそれを目にし、間抜けな声を出すと同時に後ろから羽交い締めにされた。
『よし、やれクゥ』
私を羽交い締めにしたまま、ロゼがクゥに告げる。ロゼは薄く笑っていた。
花玉を手にしたクゥは、え? 良いの? と云った顔で妖精達とロゼを交互に見やる。
「待って! 謝る! だから待って!」
私の言葉をまるっと無視したクゥが、花玉を手に思いっきり振りかぶった。
ボコッ!
およそ花びらとは思えない衝撃音が私の顔から響く。
「いったぁぁぁぁぁあい!」
信じられない衝撃であった。
投げ付けられた瞬間、まぁ所詮花びらだし、などと油断した自分を呪いたい。花びらとは云え塊なのだ。
妖精達のソフトな対応とはまるで違う、クゥの全身を駆使して放たれた近距離爆撃である。その破壊力たるや凄まじい。
顔を押さえて地面をのたうち回る私を余所に、クゥと妖精達が『イエーイ!』とハイタッチを交わすのが横目に見えた。
自業自得なのだが、納得出来ない憤りを感じる。そもそも今のはイタズラでも何でもない、ただの物理攻撃である。
仮にも妖精王たる私が何故こんな目に。
私はしばらくのたうち回った後に、引いて来た痛みに安堵を覚えながら立ち上がる。
「本当に、ちょっとした出来心で酷い目に遭いました」
そう言いながら、私は先程と同じ様にして妖精の抜け道を作成する。
今度はちゃんとした正真正銘の妖精の抜け道である。
私は本物だと正銘する為に「いってきます」と妖精達に告げてから最初に輪を潜る。
一瞬の閃光の後、目を開けるとそこには平原が広がっていた。
見上げた空は鬱蒼とした森とは違い、視界いっぱいに青空が広がっている。
私が平原の空気で肺を満たす様に、一度大きく深呼吸する。
私が平原の空気を堪能していると、遅れてロゼが、次いでクゥが妖精の抜け道を潜り抜けやって来た。
「酷い顔」
顔に花びらをビッシリつけたままの二人に小さく笑って私が言う。
『お互い様だろ』
ロゼがそう返し『みんな一緒』とクゥが笑った。