勇者のお供をするにあたって
『あの、すいません。ちょっとお尋ねしたいのですが……』
いつもと変わらない昼下がり。木々が生い茂る森の中で私はそう声を掛けられた。
私が声の主の方に目を向けると、視線の先には白い鎧を纏った金髪の青年がこちらを見て突っ立っている。
「こんな森の奥深くでどうされました?」
道にでも迷ったのだろうか?少し疲れた顔の青年を見てそう思った。
『え~と……。あ! そうだ! ミラ国王より手紙を預かっています』
青年はそう言って懐から取り出した手紙を差し出してくる。
私は手紙を受け取り開ける。
「ふむ」
手紙を読むと、確かにミラ国王のサインと王国の印が押されている。どうやら本物の様だ。
もう一度、青年を見る。表情こそ不安気ではあるものの、その瞳は優しく、かつ光に溢れている。
視線をやや下に向けると、腰には聖剣絶対王者が飾られている。
勇者だけが扱えるとされるそれを持っているという事は、手紙に書かれた通り勇者なのだろう。
「ひとつ聞いても構いませんか?」
『え、あ、はい』
『加護を得て、貴方は何を目指すのです?』
私の抽象的な質問の意味が良く分からなかったのか、青年は少し悩んだ様な仕草の後、後ろを振り返る。
そして何かを確認した様に小さく頷くと、私に顔を向け答えた。
「友達がずっと笑顔で暮らせる様な世界を作りたいです」
青年は真っ直ぐ私の眼を見て、力強くそう告げた。
青年の答えを聞いた私は、青年から視線を外すと、青年の後方、木の陰に隠れる様にこちらの様子を心配そうに伺う人物に目を向ける。
茶色の髪を持ったその少女は猿の姿をした魔族であった。
「そうですか」
私はそれだけ言って微笑んだ。
魔族を友人だと言った青年。それを心配そうに見守る魔族の少女。
人間と魔族による友達という関係。
ただそれだけ。何も難しい事など在りはしない。
しかし、この世界ではその関係を築く事すら出来ないでいた。人が信頼の手を差し伸べ、魔族がその手を信じて受け入れる。そうしてお互いが歩み寄る。ただそれだけで築ける筈であるのに。
私は小さく手招きし魔族の少女を此方に来る様に促す。
私の手招きに少女がビクリと身を震わせ、そのまま木の後ろに隠れてしまった。
「怖がらないで。大丈夫、怖い事なんてしないわ。こちらへいらっしゃい」
隠れてしまった少女に向け、極力優しい声色を意識して言葉を投げ掛ける。
それでも少女は隠れたまま動こうとはしなかった。
『クゥ、心配ない。こっちおいで』
青年がそう少女に語り掛け私の援護をしてくれる。
青年の言葉を受け、少し不安そうな顔をしながらも少女がこちらへと近付いてくる。
「そう言えば、まだ二人の名前を聞いてませんでしたね」
『あ、すいません。俺はロゼフリートと言います。こっちがクゥ』
ロゼフリートに紹介されたクゥが小さく頭を下げる。
「もう知っているとは思いますが、改めて自己紹介致しましょう。私はこの森を治める妖精王マロン・ウッドニート。気軽にマロンちゃんって呼んで下さい。ロゼフリート、クゥ、私はあなた方を歓迎します。ようこそ、我が妖精の聖域へ」
そう告げて微笑んだ。
『マーちゃん、果物取ってきたー』
『俺もー』
『冷たいちょっと甘甘水持ってきたー』
『きたー』
「みんなご苦労様。テーブルに置いて頂戴。あとナイフも持ってらっしゃい、運ぶ時は気を付けてね」
私の指示に従い、木の幹で作られたテーブルに果物と飲み物を並べていく妖精達。
ロゼフリートとクゥは自分達の周りを忙しそうに飛び回る妖精達を物珍しそうに眺めながらテーブルを囲んで座っていた。
「森を歩くのは大変だったでしょ?ここらは暑いし。どうぞ遠慮しないで」
そう言って二人に飲み物を勧める。
『では遠慮なく。頂きます』
ロゼフリートがそう言って、冷たいちょっと甘甘水を一気に飲み干した。
『はー! 生き返るー! クゥも飲んでみろよ。冷たくてちょっと甘くて美味いぞ』
ロゼフリートに言われて、クゥも真似をして一気に飲み干した。
『はー。冷たくてちょっと甘くて美味しい』
クゥはロゼフリートに顔を向け笑顔でそう感想を述べた。
笑った顔がとても可愛らしい。
「こちらもどうぞ」
私はナイフで皮を剥いて切り分けたアプーを皿に乗せ二人の前に差し出した。
ロゼフリートがひとつ手に取り口に運ぶ。
『美味い。バナナ味のリンゴだ』
バナナが何か私には分からなかったが、ロゼフリートがそう感想を述べた。
次いで、アプーを食べたクゥも『美味しい。バナナ味のリンゴ』と楽しそうに言った。
『あれ? こっちの世界にもバナナってあるんだっけ?』
『知らない』
『適当だなお前』
ロゼフリートが楽しそうに笑い、それに釣られてクゥも笑う。
私はそんな二人を観察する。
友達、というよりは仲の良い兄妹に見える。
ロゼフリートは20歳前後のお兄ちゃん、クゥは14歳位だろうか?言動が少々幼い感じがするので実際はもう少し下かも知れない。
『美味しいって』
『バナナ味のリンゴだって』
『バナナって何だろう?』
『分かんない』
『妖精の果実はアプーだよ』
『食べる?』
『食べたいねー』
『妖精が食べたらオナラが出るよ』
『そりゃ出るよ、だってアプーだもん』
『出るねー』
『何でかな?』
『分かんない』
『人間は出ない?』
『出ないねー』
『何でかな?』
『分かんない』
『でも美味しいよ』
『美味しいねー』
二人の様子を木の上から眺めていた妖精達がお喋りを始める。
この子達はとにかくお喋りが大好きだ。あとちょっとだけイタズラも。
『あのマロンさん』
妖精達の会話に聞き耳を立てているとロゼフリートが声を掛けてきた。
「マロンちゃんで良いよ~。妖精達みたくマーちゃんでも。ほら、私って長生きじゃない? さん付けで呼ばれるとオバさんっぽくなるって言うか、何か急に老けた気分になっちゃうのよ~。
まぁ、オバさんって言っても私に性別は無いんだけどね~。一応ね、立場上こんな服を着てはいるんだけど、別に裸でも全然平気なのよ? むしろ暑いから脱ぎたい位なんだけど、でもほら、妖精王がすっ裸じゃ流石にねぇ?
そうそう、最初にミラ国王と会った時に」
『マーちゃんお喋り~』
『お喋り~』
妖精に言われ、ハッとして会話を止める。
そんな私の様子にロゼフリートが少し怪訝そうな顔を見せた。
私も妖精達の事をとやかく言え無い様である。
「えと、とにかく、さん付けは禁止よ?」
ふふふと笑って誤魔化しておく。
『は、はぁ、じゃあマーちゃんって呼びますね』
「そうそう、そっちのか親しみ易くて断然良いわ~。あ、私もロゼって呼んで良いかしら?」
『どぞ。クゥもそう呼んでますし』
な? とクゥに同意を求めるロゼ。クゥが、うんうんと頷く。
『それで話しって言うか質問って言うか、俺に勇者の加護は与えて貰えるんでしょうか?』
ロゼが少し不安そうに尋ねてくる。
「うん、大丈夫よ。絶対王者に認められた時点で、加護を受ける条件は満たした様なものだから」
『良かった』
ロゼがホッと一息つく。
そんなロゼを見て、私は少し複雑な気持ちになる。
彼は聖剣・絶対王者を持ち、私の加護を受けると云う事がどういう事か分かっているのだろうか?
それは即ち、勇者になる事。魔王を滅ぼす人々の希望。
それはとても険しく辛いモノに違いない。
勇者だからと言って無敵では無いのだ。人である以上、当然、死ぬ事も十二分に有り得る。
私は過去に6回、つまり6人の勇者に加護を与えた。
しかし、魔王を打ち倒したのは200年前の一人だけ。他の五人はその過酷な運命に負けてしまった。
200年前に勇者が魔王を倒して以降、先日、新しい魔王が誕生するまでのここ200年は平和であった。
けれどこれはあくまでも人間視点の平和である。
魔獣は影を潜め、人々は魔獣に脅える夜を過ごす事は無くなった。
でもその事が魔族達にとっての悲劇を加速させる要因にもなってしまったのである。
魔王無き世界で人間は己らこそが世界の頂点であるかの様に他種族を見下し、弄んだ。
魔王はここまでの弾圧はしなかった。
圧倒的な力による支配ではあったものの、強者の余裕ゆえか例えそれが表面上の忠誠であったとしても、庇護下に置いた者の命まで取る事は無かったのである。
結果、魔族達は魔王の庇護を求めた。
魔族は人間に殺されるよりも、魔王による絶対的な支配を選択したのだ。当然だろうと思う。死ぬか働くか、どちらか選べと言われれば答えは明白である。生きてさえいれば希望は0では無いのだから。
奴隷として過酷な労働の中にあったが、働きさえすれば殺される事は無かったし、数も緩やかに増えていった。
そして、勇者の活躍により魔王を失った。
それからは魔王軍の残党として以前よりも厳しい弾圧を受ける事になる。
元はと言えば、魔王の庇護下に入ったのは人間の弾圧のせいである。にも関わらず人間は自らの行いを棚上げし、魔族を虐げる。
何と愚かしい事であろうか。
勿論、人間にも言い分はあるだろう。人間からすれば魔王という恐怖の残り香こそが魔族である。消してしまいたいという気持ちは分からない訳じゃない。
私は思う。
勇者達は何の為に戦い、何の為に死んでいったのか。
この見せ掛けの平和が勇者の望んだ世界なのだろうか。
魔王を倒した後、彼はどんな思いでこの世界を見ていたのだろうか。
私の加護は、勇者の命は、こんなつまらない世界を築く為にあるのか?
『マーちゃん?』
黙り込んでしまった私を心配したのかロゼが声を掛けてくる。
「ああ、ごめん。何でもないよ~。ちょっと考え事をしていただけ~」
ロゼを見る。魔族の少女が笑顔で暮らせる世界を作りたい、と彼は言った。
彼にそれが出来るかは分からない。
けれど、彼ならばやってくれるんじゃないだろうか?クゥと笑顔で話す彼に私は希望を見た気がした。
そして思う。
私も君の作る世界が見てみたい。