亜人のお供をするにあたって・2
亜人達を伴い森の中を歩いていると、木々の切れ目から一際大きな巨木の姿が視界に映り始めた。
空へと真っ直ぐ伸びた巨木の先には、太陽の光を抱き締める為に数多の樹葉が両の手の平を拡げていた。
風が駆け抜ける度に緑の海に波が押し寄せ、風の形を浮き彫りにしている。見方を変えればそれは巨木が脈打っている様にも見え、その鼓動は命を感じさせた。
そんな生命力溢れる巨木の周囲を取り囲む様に形成された村の名はエディン。亜人の住まう村である。
亜人の村に到着した俺達を待っていたのは、多種多様な姿をした亜人達の歓迎の声であった。
狼、兎、猫等々の獣型の亜人を始め、下半身が蛇のラーミアや両腕が鳥の翼をしたハーピー、全身に鱗を持つリザードマンなど、実に多くの種族が見て取れた。
中には翼を持つリザードマンなど俺が見た事が無い亜人も居た。
俺が手を振る。
途端に此方に頭を下げてくる亜人達。
反対側にも手を振ってみると、やはり同じ反応が返ってきた。
その反応に楽しくなってきた俺は、プチの頭の上でクルッと一回転、そのままビシッとポーズを決めてみた。
その瞬間、巻き起こる大歓声。
背中がゾクゾクする。
やべぇ、超楽しい。
その後も調子に乗って投げキッスをしてみたり、ウィンクをしたりと色々試すが、その度に大歓声が起きるのだ。
そうやって彼らをからかう俺に『馬鹿みたい』と小さな声でキリノが毒づいた。
村の中央。巨木の根元へと足を進めると、数人の亜人達が俺達を待っていた。
その一人、猿に良く似た老人が声を掛けてくる。
良く見たら猿の亜人か。ただの猿顔かと思った。
『最後の妖精皇帝様、良くお出で下さいました』
そう言って頭を下げる猿顔。
『ワタクシがこのエディンにて大長老を任されておりますモンジィと申します。何卒宜しくお願い致します』
モンジィて。モン爺て。
タイガーと云い、ここの連中の名は体を表す感は何なんだ?
まぁ、覚え易いので良いけど。
「ふむ、モンジィか。宜しく頼む」
『大したもてなしも出来ませぬが、どうぞワタクシめの家へ』
モンジィは右へ半歩引くと片手を上げ、俺達を奥へと促した。
ちょっとドキドキしながらモンジィの自宅へと向かう。
本当に亜人達は皆、俺を皇帝だと信じているのだろうか?
皇帝なぞ、つい最近になって自称したに過ぎないのだが……。
実は罠でした、なんて事にならないよな?
ちょっとボケてみただけなのに、なんかエライ事になってしまい閣下ちょっと不安。
しかし最早、後には退けぬ。今更、ウッソぴょ~ん、なんて言った日にゃそれこそ食われそうである。
彼らが本気で皇帝だと信じているならトコトン利用するまでだ。
植物の葉を用いて幾重にも編まれた簾を潜りモンジィの家へと入る。
中は広い空間がひとつあるだけで、部屋と呼べる様なものは無かった。
板間の床に直線敷かれた薄い座布団が中央の炉を囲む様に並べられている。
森の中にある為か、はたまた他種族との交流が無い為か、お世辞にも文化水準が高いとは言えない様である。
『どうぞお座り下さい』
連れの者に新しく座布団を用意させたモンジィが促す。
俺達が座布団に座ると同時に、家の外からお盆を持った若い女性の獣人がやってくる。彼女はやや緊張した面持でお盆に乗せられた飲み物を配り終えると、そそくさと家の外へ出て行ってしまった。
モンジィが配られた飲み物を一口飲む。それから、身振りだけでどうぞと勧めてくる。
うん、飲みたいんだけどね。暑さの中、森を進んで来たので喉はカラカラなのだ。でもね俺にはちょっと、いや凄く大きいカップなんだよね。
皇帝で通す予定なので、流石にバルド王国などの他の場所の様に頭からカップに突っ込んで飲む訳にも行かないし、小さいカップも期待出来ないだろうな。諦めよう。
俺の困惑を感じ取ったのか、アンが俺を持ち上げ膝の上に乗せてくる。次いで俺のカップを持ち上げると、俺の顔の前で僅かに傾ける。
なんと言う気配り上手。流石は我輩の嫁である。偽嫁だけど。
『陛下、今日はどう云った用件で御座いましょうか?』
アンがカップを置くとモンジィが口を開く。
「ふむ、実はな、我輩達はある物を探しておってな。それを探す為にはこの大陸の西側の海を探索する必要がある。しかし、亜人達の許可も得ずに海を探索するのは具合が悪いだろうと。故に今日は探索の許可を求めに参った」
『陛下の頼みとあらば我らに断る理由は在りませぬ。どうぞお好きなだけお探し下さいませ。それで、もしご迷惑で無ければ我らも是非ご協力させて下さいませ』
モンジィがアッサリと許可をくれ、しかも協力まですると話す。
願ってもない話なので承諾し、礼を言う。
『その探し物とはどう云った物で御座いましょうか?』
「宝玉だ。かつて妖精王が勇者へと与えた加護の源たる宝玉を探しておる」
その俺の話しにモンジィが返した言葉は意外なものであった。
『やはりそうでしたか。かの宝玉は人魚族が大切に保管してございます』
『ほ、ホントですか!?』
モンジィの言葉にアキマサが飛ぶ様に食い付き、尋ねる。
『はい。いつか必ず必要になると信じて、400年前から我らが守っておりました』
そう言いながらモンジィは目頭を押え涙を流す。
『我らの行いは間違いではなかった。こうして陛下と勇者様のお役に立てる日が来ようとは』
モンジィが嗚咽を洩らしながら言葉を紡ぐ。気付けば周りの獣人達も泣いている。
何なんだ?
そんな泣く程の事なのか?
多数対少数、泣いていない俺達が空気読めてないみたいで、ちょっと居心地が悪い。
全然状況が見えない。見えないが、400年も守ってくれていたなら礼を言って置くべきだろう。探す手間が省けた事も踏まえて。
「長きに渡り御苦労であった。そなたらの行いに感謝する」
『なんと勿体無き御言葉』
そう言って更に大泣きするモンジィ達。
分からん。泣く要素が全然分からん。
顔を上げ、膝の上に俺を座らせたままのアンに視線を送る。
それを受けてアンは小さく頷くと、俺の代わりにモンジィへと疑問を投げ掛けた。
『モンジィさん。私は陛下と知り合って日が浅く、亜人の皆様と陛下、妖精との関係を把握しておりません。良ければその辺りを教えて頂けませんか?』
『おお、左様でございましたか。では我らと妖精、並びに妖精王様と関わりを順を追って御話致しましょう』
そう告げ、モンジィは静かに語り始めた。
☆
遠い昔。
亜人にとっては何百年と続いた冬の時代の事であった。
その頃の亜人は人とは見なされず、魔族として人間に虐げられていた。
魔族は人の姿をした魔獣であり、人間にとっては駆除すべき悪であった。
魔族が何をした訳でない。彼らは魔獣の様に人間を襲う訳でもなく、ただその容姿のみで悪とされた。
圧倒的な数を以てして人間は魔族を弾圧し、力を誇示していく。魔族は人間に見付からぬ様に森の奥で、山の中で、海の深くで身を寄せ合い、ただただ怯えて暮らす毎日であった。
魔族の歴史。それは即ち、平和とは無縁の生き残りを賭けた血塗られた歴史でしかなかった。
そんな彼らの生活に変化が訪れたのは400年前。
一人の青年の旅から始まった。