鈴虫のお供をするにあたって・12
その日の夜。
ラナを寝かし付けたキリノが戻って来た所で、お預けになっていた今後について話し合う。
「昨日の話では南の大陸に向かうんだよな?」
昨日、アキマサに宝玉の事を尋ねた際に『南。とにかく南です』と言う返事を貰った。
相変わらず距離なぞ不明な方角のみの適当な探知機である。
『ビクトリアに地図を借りて来ました』
そう言ってアンが1メートル四方の紙を拡げる。
紙は俺達の居た西の大陸の東部を中心に、現在滞在する島、南の大陸、それと地図の端っこに大きく海を挟んで僅かばかり東の大陸が描かれた地図になっていた。
『南の大陸はこの島からだと少し東寄りの南南東の方角になりますが、南はいくつかの小さな無人島と海しかありませんので、向かうなら人のいる南の大陸の西側』
ここです、とアンが地図を指差す。
「まぁ、そうだな。闇雲に無人島向かって餓死したんじゃ話しにならん」
『はい。ですが、少々問題もありまして』
「ん? どんな?」
『南の大陸の中心から西側にかけては大きな森になっているんですけど、そこは亜人達の住まう森です』
「ふ~ん、亜人かぁ。アレな」
『亜人って俺は本とかでしか見た事ないんですが、人間みたいな猫とか犬みたいな?』
『そうです。獣人に限らずエルフやトレントなども亜人に含まれます』
「妖精も?」
俺の問いにアンが少し考え込んでから答える。
『ん~、どうでしょう? そもそも妖精は400年前、妖精王と共に全て滅びたとされる種族ですから。クリさんが妖精かどうかもちょっと怪しいですよ?』
アンがフフッ、と小さく笑う。
俺の今の身体が妖精じゃなければ何だと言うのか? 虫?
酷い女である。
「だがちょっと待って欲しい。俺が妖精の最後の生き残りだとすればだ、これはもう俺が妖精王って名乗っても良いんじゃないか?」
『さぁ……? 別にどうでも良くないですか?』
「何を言う。これは俺が出世する好機だ。よし、俺は今日から最後の妖精皇帝を名乗るぞ。うん、皇帝だ」
『はぁ』
アキマサとアンが全く興味無いとばかりに気の抜けた返事を返してくる。
馬鹿やろう! 皇帝だぞ!?
俺しか妖精が居ないならば誰も文句は言うまい。
後で王冠を作ろう。マントも欲しいな。あとアレとか、アレも欲しいな。
『それでは閣下、話を戻しても?』
皇帝に就任しニヤニヤと妄想する俺にアンが声を掛ける。
「ふむ、続けたまえ」
『南の大陸の西側は亜人達の森になっている訳なんですが、亜人は人間をあまり良く思っていないらしくて。ここが問題です』
『それは、やっぱり差別とかそういう事でしょうか?』
『そうですね。昔程ではないにしろ、見た目なんかを理由に今も差別はあると思います。ただ、400年前の勇者一行の中に亜人が居た事や、その勇者の計らいなどで大分良くはなったと聞いていますが、それでも私達を何処まで受け入れてくれるかは分かりません』
「はっ! そうだろうな。人間ってのは見た目が違うってだけで」
そこまで言って俺は言葉を止める。
別にアキマサ達に愚痴や説教を言いたかった訳ではない。ついポロッと言葉が出てしまっただけである。ちょっと悪そうな顔をしていたかも知れない。
閣下ちょっち失敗しちった。
「なんでもない」
それで話しを無理矢理終らせる。
『そうですか。……では閣下、気分転換に膝枕など如何でしょう?』
そう言って笑顔のアンがポンポンと膝を叩いた。
「ふむ、苦しゅうない!」
俺は遠慮なくアンの膝枕を受け入れる。俺のサイズだと膝枕というより太股ベッドだろう。
アキマサざまぁ。と思ったが俺の太股ベッドにアキマサは特に気にした様子は見せなかった。
違う。俺が求めているのは羨ましそうにする顔だ、そんな真顔じゃない。
まぁ今はそれはいいか。
「結局行ってみないと亜人がどういう態度を取るかは分からないって事だろ? こっちは勇者様が居るんだ、何とかなるよ」
な? とアンを見上げ同意を求めてみる。
『そうですね。私達には勇者様が付いていますからね』
そう言ってアンがアキマサに向けて微笑んだ。
『あまり期待されても困るのですが』
少し困惑した様にアキマサが返してくる。
良い加減に勇者として、俺に任せろ、位は言って欲しいもんである。アキマサの性格上、言わないだろうが。
「それはそれとしてさぁ」
アンに身体を預けたままペチペチと太股を叩く。次いで、
『ラナは』
俺が言葉を発するよりも早く、今まで沈黙を守っていたキリノが口を開いた。
『ラナはここに置いていく。のが、良い。と思う』
俺もラナについてを話そうとしていたのだが、まさかキリノから切り出してくるのは予想外だった。俺の予想ではラナを置いて行く事に1番渋るのはキリノだと思っていたからだ。
キリノは口数こそ少ないが、常にラナの傍で世話をしていたし、ラナも一番なついていた。
キリノとキャッキャッと楽しそうに遊ぶラナ。仏頂面のキリノもラナといる時は楽しそうに笑顔を見せていた。それ故に情が移り過ぎて離れ難くなるかもと心配していた程だ。
なので、キリノからの言葉は俺には意外だったのである。
「キリノがそれが良いと思うなら俺が言う事は何もないよ」
アキマサとアンも俺の言葉に頷く。
『では、出発はいつにしましょうか?』
「ん~、どうしようか? アキマサが決めれば良いんじゃない?俺はいつでも良いよ」
アンの問いかけを俺はアキマサに丸投げする。
『え? 何で俺に決定権が?』
「何でってお前。うちのパーティーのリーダーだろ? 出発時間くらいパッと決めちゃえよ」
『いつから俺がリーダーに?』
「最初からに決まってるだろ? 勇者一行なんだから勇者がリーダーに決まってる。前にも言った筈だぞ」
俺の言葉にアンがうんうん、と小さく頷いていた。
コイツは今更何を言ってるんだ。勇者どころかリーダーの自覚すら無かったのか。
急に決めろと言われ、困ったアキマサが助けを求める様にキリノを見る。
『明日の朝、が良い。出来ればラナが寝てる間に』
キリノは少しだけアキマサに視線を向けて、そう告げた。
ラナに泣き付かれて決心が鈍る前に行きたい、ってとこだろう。
『分かりました。キリノがそう言うんであれば俺もそれで良いと思います。出発は夜明け前に』
アキマサの決定に俺達も同意する。
それからアキマサは船の準備をお願いする為、城の外の広場で松永と飲んだくれているビクトリアの元へと向かった。
アキマサが出て行った後、三人でラナの事を頼む為に鈴虫の所に行こうと立ち上がる。
その時に俺がハッとある懸念を思い出した。
「アン! アキマサが酒飲まない様に追い掛けてくれ!」
アンがキョトンとした顔を見せた後、少し頬を赤くしながら『別に飲んでも良いんじゃないですかね?』などとほざいてくる。
コイツ、何をちょっと期待してやがる。
アキマサは酒が入ると普段は抑えている羞恥と云った感情が皆無になる。かなりストレートに気持ちをぶつけて来る様になるのだ。
それを分かっているからこそのアンの発言だろう。ああいうアキマサも満更でもない、と言った感じである。
だがまぁ、
「……別にアンが良いなら構わないけど」
要は俺がアキマサに近付かなきゃ良い話でもある。そこに思い当たった俺は放って置く事にした。好きにしてくれ。
嬉しそうにアキマサの後を小走りで追うアンの背中を見送り、キリノと鈴虫の元へ向かう事にした。あの様子だと止めるどころか嬉々として酒を勧めそうである。
『ん? なんじゃ? 妾に用か?』
大広間に赴くと鈴虫と十兵衛を含む数人の家臣達が何かを話し込んでいた。魔獣戦の事後処理か何かだろう。鈴虫は12にして中々の働き者である。流石は姫将軍。
「忙しいとこ悪いんだけど就任の挨拶をしようと思ってね」
『就任?』
「ああ。実はな、今日から俺は最後の妖精皇帝に就く事になった!」
ドドーン! と空中で胸を張る俺。
『はぁ』
鈴虫は気の抜けた声を出し、十兵衛達は意味が分からずポカンとしていた。
何故だ? 皇帝だぞ? 驚けよ!
『お主、身体が小さくなって頭の中身も小さくなったのではあるまいか?』
鈴虫がそんな事を言うんです。
『コイツはどうでも良い』
そう言ってキリノが俺を畳へとハタキ落とす。
皇帝にこの扱い。納得出来ぬ。
『ラナの事を頼みに来た、来ました』
そう告げたキリノがラナの事情を説明し、面倒を見て欲しいと頭を下げた。
必ず迎えに来るから、と。
『ふむ、構わんぞ。お主らには世話になったからのぅ。それ位の頼み何でも無いわい。お主らが戻るまで妾が責任持って強いオナゴにしてやろう』
扇を片手にワッハッハッハと高笑いする鈴虫。
どういう耳の構造をしたら強いオナゴにしてくれと変換されるのかは理解に苦しむ所である。まぁ、面倒は見てくれると言ってくれているのだ、素直に任せよう。十兵衛や松永もいるし。
鈴虫に礼を述べて部屋を後にする。
そうして出発の朝を迎えるのだった。