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【妖精譚】勇者のお供をするにあたって   作者: 佐々木弁当
Ⅱ章【カーラン・スー~東方三国同盟篇】
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鈴虫のお供をするにあたって・7

 激しい地響きと共に大地が大きく揺れる。

 木々は葉を散らし、川は泡立つ。

 とても立ってはいられない程の揺れの中、俺はプチの背中に必死にしがみつく。流石、四足歩行。安定感が違いますわ。

 ここに来てようやく俺の祈りが通じたのか、横を見れば、アキマサと松虫がすっ転んでいる。流石だなお前ら。自分達の役目を良く分かってる。


 数秒のち。

 揺れが少し治まった、と思ったのも束の間。

 地面が割れた。

 広場の小川が割れ目へと吸い込まれる様に消えていく。


『姫様!』変人2、3、4が同時に叫ぶ。


『走れ―――!』

 鈴虫の言葉を合図に全員が駆け出した。

 このままだと確実に地面に呑まれる。

 麓を目指し、全員脇目も振らずひた走る。

 俺はプチに乗ってるだけなので少し余裕があるが、アキマサは必死だ。

 後ろに目をやると俺達が走り抜ける傍から、地面を割り、木々を呑み込みながら切れた大地がこちらに迫ってくる。まるで巨大な口にでも追い掛けられている気分だ。

 捕まれば美味しく頂かれてしまうだろう。しかも良く噛んだ上で。

 走り続けていると、山の麓近くで揺れは完全に治まり、地割れも終わった様である。

 立ち止まり、呼吸を乱した皆が山を見る。

 山は頂上から押し潰した様に潰れ、元の大きさの半分以下の標高程になってしまっていた。


 何がどうしたらこんな事になるのか。お山さんがキリノの逆鱗にでも触れちゃったのかしら? いや、それはないか。キリノなら潰すどころか更地だろう。



『宝玉も気になるけど、取り合えず一旦城に戻ろう』

 未だはぁはぁ、と息を吐く皆を代表して俺が提案してみる。

 鈴虫が頷き、渇れた声で『ぞう"ずるどじよう』と答える。ひでぇ声。

 皆が城へと踵を返す中、一歩踏み出したアキマサが自然に出来たであろう小さな穴に足を突っ込み、転けた。

 二回祈ったしな。天才だなお前。





 城に戻る手前、城下町は大パニックであった。

 アチコチで大きな荷物を背負った大勢の人々が見える。

 それはこの世の終わりとでも言う様な阿鼻叫喚の地獄絵図。

 男は喚き、女は悲鳴をあげ、子は泣いていた。

 中には両手を組んで膝をつき、山に向かって祈る老人の姿も見えた。


 これはアレか、天罰か何かが起こってるとか思ってるのかも知れない。まぁ、山が1つ潰れたのだからそう思っても無理もない話である。


 その蟻の巣をつついた様な大騒ぎの中、鈴虫が近くにあった家の屋根へと飛び乗った。


『静まれ―――!』

 空気がビリビリと震えたと錯覚する程の大声で鈴虫が叫ぶ。

 町に静寂が戻る。


『皆落ち着くが良い!

荷など捨ておけ!

動ける者は動けぬ者を連れ遠江の地へと向かえ!

良いな!

遠江じゃ!

知らぬ者にも伝えよ!』


 鈴虫はそう叫び、一度、潰れた山、その上にある暗雲を睨み付ける様に見て、屋根を飛び降りた。

 俺も釣られて山を見る。潰れた山の様子がどうも可笑しい。何かは分からないが嫌な予感がする。


『急ぐぞ』

 鈴虫が告げ、城へと足早に歩いていく。俺達も後に続く。

 


『聞いたか! 遠江だ!』

『荷車をかき集めろ! 年寄りと子供もだ!』

『遠江に!』

 背後で、冷静さを取り戻した町人達の声が響いた。

 姫将軍の素晴らしいカリスマ性である。



 城に着くとアンや松永が出迎えてくれた。

 お互いの無事を確認しあい、城の中へと入る。

 城の頂上に目をやると、仁王立ちのキリノが見えた。

 海賊船でもそうだったが、何かと仁王立ちが好きなんだろう。

 城の外では槍や鉄砲を持った兵達が忙しそうに走り回っていた。

 嫌な予感がより一層深くなる。

 こんな時、毎回思うのだ。森に帰りたいと。


『皆を大広間に集めよ』

 歩きながら鈴虫が家来に申し付ける。


『十兵衛様を始め、皆、集まっております』

『左様か』


 大広間に入ると十兵衛を含め20名程の家臣達が正座し待っていた。

 家臣達の間を突き進み、上座へと座ると鈴虫が口を開く。


『して、城では何があった?』

 鈴虫の問いに十兵衛が答える。


『はっ! 恐れながら、私どもが宝玉探しの』

 そこで十兵衛の話に鈴虫が割って入る。


『その様な些事は良い。何故、兵を集め武具を持たせておる?』

 当然だが、城の中で走り回る兵に鈴虫も気付いており、その事に触れる。


『はっ! キリノ殿が言うには、かの山に多くの魔獣が集まっていると』

『魔獣か……まことに忌々しい奴らじゃ。して数は?』

 鈴虫の言葉に十兵衛が僅かに言い淀む。


『数はと聞いておる』

『キリノ殿によれば……およそ2万』

「はぁ?」

 俺が思わず声に出す。

 2万て……大軍じゃねぇか。

 頭の中で2万の魔獣を想像してみる。

 うん、無理だった。2万とか検討もつかん。


『直ぐに周辺の男達を集めて参ります』

『いらぬ。魔獣相手では農民では役に立たぬ。犬死するだけじゃ』

『ですが、2万が相手では』

『今、動かせる兵は如何程じゃ?』

『精々、500程かと存じ上げます』

 報告を受けた鈴虫がひとつ溜め息をつき、目を瞑る。


 500対20000の戦力差など戦に無知な俺でも分かる程に絶望的だ。鼻水でるわ。

 どんな策を弄してもこの戦力差をひっくり返すのは厳しいんじゃないか?

 俺達が加わった所で、どうにかなるとも思えない。

 魔獣の強さもピンキリだ。タラスクとまでは行かなくとも、プチレベルが2万もいたら……。

 考えただけでも恐ろしい。出来たらネズミくらいのが望ましい。ネズミ2万なら勝てそうな気がするし。


 目を瞑ったまま考え込んでしまった鈴虫に、両手を付いて頭を下げた十兵衛が口を開く。


『恐れながら申し上げます。幸いにして今、我が国にはアキマサ殿達も居られます。姫様だけならばアキマサ殿達と外海へお逃げする事も可能かと存じ上げます』

 十兵衛が土下座の体勢でそう告げる。

 途端、十兵衛の話を聞いた鈴虫がカッと目を見開き立ちあがり、憤怒の表情で扇を十兵衛へと力任せに投げ付けた。


『笑えぬ冗談じゃ! 十兵衛! 貴様、妾に国を見捨てよと申すか!』

『姫様が国や民を大切にしておられるのは、この十兵衛、重々承知致しております!』

『分かっておるならば二度と逃げろなどと戯れ言を申すな!』

『いいえ! 何度でも申し上げます! 姫様さえ御存命ならば国はまた建て直せまする!』

 頭を下げたままの十兵衛が声を荒げ食い下がる。

 十兵衛も必死なのだろう。


『民、居らずして何が姫か!? 何が国か!? 妾に生き恥を晒せと申すか十兵衛!』

『仰る通り生き恥を晒せと申し上げておるのです! 齢12にして国と運命を共にする必要など御座いません! 生き抜いて下さいませ! 何卒! 何卒!』

 依然として、頭を下げたままの十兵衛が懇願する様に叫ぶ。

 その肩は震え、畳の上にはポタポタと涙が落ちている。

 見れば周りの家臣達も一様に両の手をつき頭を下げていた。

 鈴虫が絶句する。


 我が儘で、

 お転婆で、

 偉そうで、

 その小さな背中に国を背負った小さな主君を、皆、愛しているのだろう。



 鈴虫は怒るとも泣きそうとも取れる複雑な表情で、頭を下げたままの家臣達を見る。

 しばらくそうやって立ち尽くしていた鈴虫は、静かに腰を下ろし呟く様に、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


『皆の気持ちは嬉しく思う。じゃが、妾もこの国を、民を、愛しておる。じゃからのぅ』

 鈴虫が家臣を見渡し、告げる。


『最期までお主らの姫で居させておくれ』 

 そう言って、齢12の姫将軍は優しく頬笑んだ。


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