鈴虫のお供をするにあたって・5
『皆の者! 大掃除じゃ!』
朝、城の大広間に家臣を集めた鈴虫が強権を発動させた。
実際は大掃除とは名ばかりの宝玉大捜索作戦。
宝玉がこの城の何処かにあるのは宝玉検知器アキマサの証言により判明している。
しかし、鈴虫を始めとした城の者達は宝玉を見た事が無い、と口を揃えた。
ならばと、鈴虫が家探しを敢行したのである。
城に仕える総勢150名が、朝から城をひっくり返しての探し物である。
畳を捲り、
床板を剥がし、
屋根裏に潜り、
壁を壊した。
流石に壁を壊すのはやり過ぎだと思ったが、城主である鈴虫が率先して、楽しそうに壊していたので誰も文句は言わなかった。いや、言えなかったと言うべきか。
鈴虫が嬉々として壁を拳ひとつで破壊していく様は、まるで障子紙に穴を空けるイタズラ小僧の様。
壁に穴を空ける度に穴を覗き込み、外!、風呂!、爺の部屋!、壁!、厠!、爺の部屋!と一々穴の向こう側を説明している姿は少女らしい可愛らしさがあった。
わざわざ壁を壊さなくても分かるだろ? とは誰も言わなかった。いや、言えなかった。
鈴虫が丁度4回目の、爺の部屋! と告げた時、一人の女中が俺達の元へやって来た。
『蔵の中の物をお出しして並べております。一度御覧頂けますでしょうか?』と女中が告げた。
『おお、そうか。よし、アキマサよ付いて参れ!』
楽しそうに鈴虫が言い、女中を伴って蔵へと歩き出す。俺達も後に続く。
歩き始めて直ぐに十兵衛と擦れ違った。
十兵衛は自分の部屋の前で愕然と膝をついて白くなっていた。
そりゃ、知らない間に自分の部屋の壁に人の顔程の穴が4つも空いていれば誰だって愕然とするだろう。しかもその内の二つは綺麗に横並びで空いていた。明らかに分かっていて空けた穴だ。確信犯である。
白髪を更に白くした十兵衛の哀愁漂う背中をやり過ごし、蔵へと辿り着く。
蔵の前には数人の家来が立ち並び、家来達に囲まれる様に様々な物が綺麗に並べられていた。
『うわ~、これはまた凄いですね』
アンが並べられた品々を見渡し言う。
アンの言葉に、確かにこれは凄い、と品々を見渡す。
壺や、屏風、掛軸等々、見るからに高そう物ばかりが見える。
いや、もう何か嫌な予感しかしないんですが?
かなりの量があった為、手分けして宝玉を探していく。
とは言え、宝玉は一目見れば分かるので順にササッと目を通す程度であり、たまに壺の中を覗き込み位の手間であった。
並べられた物の中には、謎のお札が貼られたつづらに入った鎧兜やおどろおどろしい絵など、日が高いにも関わらず背筋がゾクッとする様な品もあった。
『そっちはどうでした?』アキマサが問うてくる。
『ありません』とアンが返し、キリノが僅かに首を横に振る。
俺も片手を振って、無いと伝える。
駄目か。ここならと思ったんだが。
全てに目を通し、宝玉は無い事を家来に告げる。それから家来達が品々を蔵へと片付け始めたのを確認し、城内へ戻ろうと踵を返す。
丁度そこに少し怒っている様な十兵衛がこちらに走って来るのが見えた。
『姫様――!』
と叫びながら走る十兵衛の足下に向け、鈴虫が、てい!と円柱型のつづらを転がした。
突然のつづらの襲来に老体の十兵衛は反応出来ずに躓き、走って来た勢いそのままに俺達の脇を華麗なダイブで飛んでいく。
背後でガシャンと破滅の音がした。
流石にやり過ぎたと思ったのか、鈴虫が『よいか、絶対に振り向くでない』と小声で囁き、全力疾走で城の中へと入っていく。
走りこそしなかったが、俺達も鈴虫を見習い、後ろを振り向く事なくその場を後にした。
昼過ぎ。
大捜索にも関わらず未だ宝玉は見付けられずに居た。
『ん~、どこにあるんでしょうね?』
アンがそう愚痴を溢す。
いくら広い白百合城とはいえ、これだけの人数なら直ぐに見付かると思っていたが見通しが甘かった様だ。
俺が溜め息をついていると、丁度そこに松永がやって来た。
ただ歩いているだけでも絵になる男である。憎らしい。
『姫様、栄助の奴をお見掛けしておりませんか?』
『いや、見ておらぬが、栄助がどうかしたか?』
栄助と言うのは家来の一人で松永の直近の若者である。
『いえ、栄助に又五郎という大工の棟梁を連れて来る様にと言い付けたのですが』
『又五郎? 誰じゃ?』
『この城を建てた大工に御座います。城を建てた者ならば或いは宝玉の在り処も知っているかと思い、呼び寄せた次第に御座います』
『成る程のぅ』
そう言って鈴虫は少し考え込む。
確かに、城の建築に携わった者なら宝玉を隠してある場所等も把握しているかも知れない。
流石、松永。出来る男は腕も知恵も良く動く。憎らしい。
「なぁ、鈴虫姫、いっそ俺達で直接又五郎に話しを聞きに行かないか?」
俺が提案してみる。
『ふむ、妾も今そうしようかと思っておった所じゃ。城に居ては爺に小言を言われそうじゃからのぅ』
カラカラと笑う鈴虫。
『松永、又五郎の家は知っておるのであろう?案内せえ』
『承知致しました』そう言って松永が鈴虫に頭を下げる。
『では早速参るとしよう』
『あ、では俺も。アンさん達はどうします?』とアキマサ。
『大勢で押し掛けても迷惑でしょうし、私とキリノは城にいます』
『分かりました』ちょっぴり淋しそうにアキマサが了承した。
こうして、俺を含むアキマサ、鈴虫、松永の4人で又五郎の元へと向かう事になった。いや、5人か。護衛として松虫がどっかにいるだろう。
鈴虫の話では、昨日、キリノに玩具にされ朝方まで広場でのびていたらしい。
誰か介抱してやれよ……
☆
又五郎の家を目指し城下町を散策中、至る所で町民から声が掛けられた。
主に鈴虫とアキマサがである。
鈴虫は元からだが、昨日の試合の一件は観戦者により口から耳へ、耳から口へとほうぼうに広まっていた。その為、アキマサは一夜にして有名人の仲間入りだ。しかしながらその実体は中身が残念なアキマサである。
いや、最近は随分と勇者らしくなってきたか?ある意味残念だ。
町民の好奇の視線にさらされながら30分程歩いて、又五郎の家へと到着した。
『これは姫様、良く御越しくださいました』
そう言って又五郎は頭を下げた。又五郎は還暦をゆうに過ぎているであろう男性だった。顔の皺は深くハゲた頭がピカッと眩しい。
『ふむ、翁、そう堅くならずとも良い。楽にせえ』
そう又五郎に告げ、出入り口から直ぐの畳の上にチョコンと座る鈴虫。
『実はな、今、城にてある物を探しておるのだが、城中ひっくり返しても見付からぬ。それでお主ならば何か知っておるやも知れぬと思っての』
『おや? それならば昼前に、確か、栄助という若者で御座います。その栄助が話しを聞きにこちらへ参りました。それで、確信は御座いませんがひとつ心当りが御座いましたのでその事についてお話し致しました』
又五郎は思い出す様にそう話した。
『栄助め、何処をほっつき歩いておる』
松永が苦い顔をしてそう口にする。
『左様か。翁、何度も相済まぬが、栄助に話した事をもう一度妾にも聞かせてくれぬか?』
鈴虫の言葉に、へぇと了承する又五郎。
『探し物の話を聞いた時に思い出した事が御座いまして、あれは城の基礎が出来上がった頃に御座いました。20年程前になりましょうか。音天丸様に隠し部屋が作れぬかと御相談されまして』
『父上が?』
『左様で御座います。隠し部屋と言っても大きいものでは御座いません。人の頭がやっと入る程度の引き出しの様なものに御座います。それを入母屋屋根の上に在ります、右側の鯱の下に御作り致しました。右側の鯱は左方に動かす事が出来まして、そうすると取っ手が出て参ります。それを上に持ち上げると隠し部屋が開く仕組みに御座います』
鯱ってあれか、屋根の上の変な銅像だよな。あんな所に…
そりゃあ見付からない訳だ。
『成る程のぅ。相分かった! 済まぬな翁、時間を取らせてしまって。礼を言う』
そう告げた鈴虫に向かって又五郎が頭を下げる。
『後で褒美を持って来させる。僅かばかりの礼じゃ受け取っておくれ』
要らんと言っても置いて帰るがのぅ、そう言ってわはははと鈴虫が笑った。
傍若無人かと思っていたが、先程から又五郎に掛ける鈴虫の言葉には目上を敬う気持ちが表れている気がする。
十兵衛にその気持ちの一欠片でも分けてあげて欲しいものだ。
俺がそんな事を思っていた時。
『あ……』
とアキマサが間抜けな顔で間抜けな声を出した。
どうしたのか、と俺が質問する前にアキマサが呟いた。
『宝玉が動いてる』