鈴虫のお供をするにあたって・4
『さて、次はどちらが出る?』
鈴虫がこちらを見据え問うてくる。
『私が』
と、答えたアンが中央へと歩み出る。
ふ~む、と鈴虫が逡巡する。家来達を一通り見回し『よし!』と大きく頷く。
『妾じゃ』
鈴虫がそう言って席から降り立つ。その顔は喜色満面。楽しみで仕方無いと云った様子であった。
『鈴虫姫が闘うのですか?』
アキマサが少し心配そうに鈴虫へ声を掛けるが、当然とばかりに鈴虫が頷く。
『こやつらは揃いも揃ってオナゴとの闘いには向いておらぬ。まぁ、分からぬでは無いが女を舐め過ぎじゃ』
鈴虫がジト目で家来の男衆を一瞥すると、慌てて一斉に目線を逸らすザ・男衆。
まぁ、うん、フェミニスト何だろう。こればかりは中々難しい問題かも知れない。
『ゆえに妾が相手じゃ』
そう言い残すと鈴虫はアンの待つ広場中央へと進んでいく。
『鈴虫姫様ー!』
『姫様ー!』
いつの間にか騒ぎを聞き付けた民衆達が広場の周りを囲んでおり、民衆達の間から鈴虫への応援が飛んでいる。
また姫様が面白い事をやっている、そんな雰囲気が民衆達の笑顔から見てとれた。
傍若無人ではあるものの、この国に於いての鈴虫の人気は高い様だった。それは城へ来るまでの道中で鈴虫と町の人々が笑顔で挨拶を交わしていた事からも判断出来た。
木刀を受け取ったアンがその場で何度か素振りを行い、重さを確かめる。それから何も持っていない鈴虫に目を向ける。
『姫様は宜しいのですか?』
素手の鈴虫にアンが確認する。
『妾は武器は扱えん』
その代わりに、とでも言いたげに鈴虫が2度、両の拳を合わせ構えを取る。
どうやら鈴虫のスタイルは徒手空拳の様であった。らしいと言えばらしい。
構えたままの鈴虫が顔だけを向け『合図じゃ』と家臣に告げる。
その鈴虫の言葉にアンも木刀を両手で構える。
真剣な表情のアンとうっすらと笑みを浮かべる鈴虫。それを静かに見守る周囲の者達が僅かに息を飲む。
暫しの静寂の後。
『始め!』と広場に声が響いた。
開始と共に動いたのは鈴虫であった、らしい。
らしいと云うのは俺が何も見えなかったからだ。合図がしたと同時に、リン、と鈴の音が聞こえ鈴虫の姿を見失い、気付いた時には鈴虫の拳がアンの顔面目掛けて放たれた後だった。
アンには見えていた様で、首を捻り、鈴虫の拳を紙一重で避けていた。
拳の風圧でアンの長い髪が後方へとなびいていた。
嘘だろ!? 何だあの姫様!?
俺が驚愕で目を見開く。アキマサも驚いた様に鈴虫を見ていた。
速すぎて見えん、俺には無理だ。
以降、アキマサの補足による解説にてお送り致します。
再び、リンと鈴の音が響く。アンの顔へと跳躍にて拳を放った鈴虫が着地し、流れる様に拳を突き出していく。
アンも必死に鈴虫の攻撃をいなしていくが、どんどん後方へと押されている。
人の壁に追い込まれたアンがそこで初めて反撃へと転じる。
その鈴虫の肩を狙ったアンの木刀を、鈴虫が左拳の甲にて受け流しそのまま体勢の崩れたアンへ中段蹴りを繰り出した。
パン!と何かが弾ける様な音と共にアンが横へと吹き飛ぶが、直ぐに体勢を立て直す。
キョトンとしているのは鈴虫であった。蹴りを繰り出したままの体勢で固まっている。何だ?
『今のは何じゃ?』と鈴虫がアンに問う。
『物理攻撃を遮断する結界魔法です。一瞬で壊されちゃいましたけど』
アンが苦笑いを浮かべながら答える。
どうやら蹴りが当たる直前に結界による防御を試みたらしいのだが、殆ど意味を為さなかった様子だ。
苦笑いを浮かべるアンとは対照的に鈴虫の目がキラキラと輝いて見えた。
『凄い! 凄いのぅ異国の闘い方と云うのは!』
楽しい!と鈴虫が笑う。
蹴りでいとも簡単に結界をぶち破る鈴虫も十二分に凄いと思うが……
末恐ろしいとはこの事か。
ふぅ、とひとつ深呼吸をしたアンが木刀を横向きで正面に突き出し刀身に左手を添えて構える。
『では、こういうのはどうです?』
アンが木刀へと魔力を込めると木刀は蒼白い光を纏う。
『暴風の刃!』アンが木刀を横に一閃し空を切る。
木刀から放たれた剣撃が土煙を上げながら、高速で鈴虫へと迫った。
扇状に迫るそれを鈴虫が真上に跳躍し避ける。
鈴虫が上に逃げたと同時、アンがクルッと木刀を返すと、剣撃が上方向へ直角に向きを変え鈴虫を追い掛けた。
それを見た鈴虫は不敵に笑うと拳を振りかぶり剣撃を殴りつける。
その激しい衝突による衝撃波が周りの俺達にも届き、凄まじい力のぶつかり合いだと云う事を認識させる。
衝撃を間近に受けた鈴虫が更に上空へ大きく吹き飛ぶが、空中でクルリと1回転し体勢を立て直す。
リン、と鈴の音を鳴らして着地する鈴虫。その着地と同時に更にいくつもの剣撃が襲いかかる。
鈴虫は大きく踏む混むと拳の連打で剣撃を相殺していく。
パン!パン!と途切れる事なく連続して衝撃音が広場に鳴り響く。砂埃が舞い徐々に広がっていく。
一際大きな剣撃を放つと同時にアンが一足飛びで鈴虫へと斬りかかった。
鈴虫もそれに合わせる様に右手をグッと脇に構える。
アンの木刀と剣撃がクロスする。更にそこに真正面から鈴虫の渾身の拳が炸裂する。
轟音と共に広場全体に砂埃が舞う。衝撃波で鈴虫専用の日傘が後方へと吹き飛んでいた。
僅かに砂埃が収まり、視界が戻ってくる。
広場には両者が攻撃を繰り出したままの状態で静止していた。
どうなった?と静まり返る広場にカツーンと音が響いた。
アンの木刀が根元から折れ、刀身が地面へと落下したのだ。
『あー…』
アンが折れた木刀を眺めながら間抜けな声をあげ、どうしたものかと鈴虫を見る。
鈴虫はアンの視線に気付くと家臣へ向け手を軽くあげる。
その鈴虫の動作に、二人の試合に魅入っていた家臣がハッと我に返り『そ、それまで! この試合引き分けとする!』と宣言した。
試合終了の宣言と共に大きく歓声が上がった。
うん、凄かった。アンが凄いのは知っているが、そんなアンと互角に渡り合う鈴虫が凄かった。
正直、アンが圧倒するだろうと思っていたが、いざ蓋を開けてみれば引き分けである。
またまた見た目に騙された。少し前に少女と甘くみて失敗したばかりなのに、俺は全く反省出来ていなかった様だ。
機嫌良く此方へ戻ってくる鈴虫。ニコニコだ。
ドカッと席につくと『流石じゃ』とアンを誉める。
試合によって鈴虫の着物は所々破けボロ切れの様になっているが本人は全く気にしていない様だ。
むしろ、十兵衛の方が頭を押さえて首を振っている。気苦労の絶えない爺さんだ。
こうして、アン対鈴虫の試合は終わった。
『さて、最後じゃ! 楽しみじゃのぅ!』
鈴虫が扇を片手にそう笑う。
最後の試合。
アキマサの試合にアンの試合、ここまで徹底して無表情を貫いていた稀代の天才魔導士キリノの出番であった。