鈴虫のお供をするにあたって・3
改めて俺の自己紹介を終え、本題である宝玉の話に触れる。
『ふ~む、妾は心当たりが無いのぅ』
『俺の感覚では確かにこの城に宝玉の気配を感じるのですが』
『爺はどうじゃ? 何か知らぬか?』アキマサの言葉に鈴虫が問う。
『ん~、爺めにも心当たりは……』
爺と呼ばれた口髭の老臣が答える。
十兵衛と云う名のこの爺さん、家臣では一番の古株なのだそうで、俺が思うに鈴虫のおてんばぶりに最も頭を痛めている人物だろう。
先程の俺の自己紹介時、何を思ったのか突然にタラを鷲掴みにした鈴虫が『ほれ、これがアレらしいぞ』と十兵衛の手の平にタラちゃんを乗せた。
途端に、十兵衛は慌てふためきタラを落としかけ、鈴虫がわはははと笑いながらタラを十兵衛から取り上げた。
十兵衛の話しによれば、5年程前に突如として海に現れたタラスクと、元々の造船技術の低さも相まって異国との交流が途絶えてしまったらしい。
海に囲まれた島国ゆえ、漁業が無くなる事はなかったが、それでも漁獲量が半減し、タラスクの出現は大変な頭痛の種であった。
ならばと業を煮やした鈴虫が、1年程前にタラスク討伐の為に数名の共だけを連れ勝手に海に出たのだが、その圧倒的な防御力の前に敗北。
直ぐに姫様不在に気付いた十兵衛が救出へと向かい、何とか逃げる事には成功したものの、姫様にもしもの事があってはと気が気ではなかったらしい。
十兵衛が鈴虫の元へ駆け付けた時は、鈴虫はボロボロで虫の息であったそうな。
そんな十兵衛の気持ちなど露程にも知らず、帰りの船で『力を蓄え再戦じゃ!』と息を巻く鈴虫に『お止めください! 姫様に万が一の事が御座りますれば、爺めは、爺めは』と号泣する十兵衛に説得され、再戦は叶わず仕舞い。
その後しばらく、鈴虫が無断で城を抜け出す度に、あの時の姫様の姿を見た爺は心の臓が止まるかと思いましたぞ、とすすり泣く始末だったと言う。
閑話休題
『そうか、爺も分からぬか。父上ならば何か知っておるやも知れぬが今は何処に居るのか見当もつかん』
鈴虫の父親、つまりは東方三国同盟の初代将軍であり、三つの国を1つに纏めた東方三国同盟の立役者である。
20年前の同盟ののち、15年程、国造りに精をだし、国が安定したのを皮切りに、5年前、将軍の座を7歳の娘に丸投げ、政を家臣に任せるとさっさと旅に出てしまったらしい。
俺はその破天荒っぷりを聞いて、鈴虫との血の繋りを感じた。
『致し方無い。白百合城に在るのは確実なのだ、隅から隅まで探せば出て来るじゃろう』
扇をパタパタと動かしながら鈴虫が何でも無い事の様に告げる。
『まぁ、それは明日から始めるとしてじゃ、お主ら宝玉とやらが見付かるまでは白百合城に滞在するが良い!』
『宜しいのですか?』とアンが聞き返す。
『無論じゃ、その代わりと言ってはなんじゃがのぅ』
悪巧みを思い付いた何処ぞの大臣の様に、スススッとアンに近付くと扇を口元に構え耳元で呟く。
『手合わせをひとつ』
『姫様!またその様な』鈴虫の言葉に、間髪入れずに十兵衛が諌める。
『堅い事を申すな爺、たまには良いでは無いか。のぅ?』
とアンに同意を求める鈴虫。
『私達は構いませんが、でも……』そう言ったアンが横目で十兵衛を見て渋る。
しかし、鈴虫が扇を構え、その視線を遮った。
『今のは同意と捉える。決まりじゃ!』そう言って無理矢理話しを終わらせた鈴虫がニヤリと笑い、十兵衛はガクリと肩を落とした。
強権発動と云った所か、十兵衛の苦労に同情を覚える。
『庭……では狭いのぅ。外の広場にて行うとしよう!』
お茶を一気に飲み干した鈴虫がそう宣言する。
そうして、全員でぞろぞろと移動を開始。
また、そんな俺達を見た他の者達も何か始まる様だと感じたのか、こぞって後に付いてくる。気付けば数十人の集団となって外の広場を目指していた。
何だこれ? ピクニックか?
城の門を出て、少し歩くと大きく拓けた場所に辿り着く。
どうやらここが鈴虫の言っていた広場の様だ。
到着するなり広場の端に、女中がテキパキと手慣れた様子で何かを作り始めた。脚の生えた四角い箱の上に座蒲団を乗せ、その傍らに日傘を立てる。そうして、あっという間に即席の観客席(鈴虫専用)が完成した。
鈴虫は完成したそれの上で胡座をかくと、家来を見渡す。
ややあって『松永!』と畳まれた扇の先を一人の家臣へ向ける。
名を呼ばれた家臣・松永が一歩前へ歩み出て、鈴虫へと一礼する。
松永は三十前後の凛々しい男性であった。髷を結い、背筋を伸ばした立ち姿が様になっている。
『お主らは誰が出る』と俺達に顔を向けた鈴虫が聞いてくる。
『じゃあ俺が』とアキマサが軽く手を挙げ、意を示す。
鈴虫は軽く頷くと松永へと声を掛ける。
『松永、お主の相手は勇者アキマサじゃ。伽噺に出る勇者ぞ。胸を借りるつもりで全力で当たるが良い。得るモノも在るであろう』
鼓舞する様にそう告げた鈴虫に松永はもう一度一礼し広場の中央へ進む。
あまりアキマサを持ち上げないでやって欲しい。勇者には違いないが中身が残念なアキマサなのだ。下手するとボロ負けする可能性すらある。だってアキマサだし。
そんな俺の心配をよそに、アキマサも松永の後ろを追い掛ける様に中央へ進み、広場の中央にて二人が対峙する。
そんな二人に家来が二人、小走りに近付きそれぞれに自前の武器と引き換えに木刀を手渡す。
二人の家来が中央から離れた事を確認し、鈴虫が片手を上げて合図を送る。
『両者共に準備は宜しいか!?』
鈴虫の傍にいた家臣の一人が中央の二人に向けて声をあげる。
二人はお互いから目を逸らさず、軽く首を動かして返事をする。
『始め!』
皆が見守る中、アキマサ対松永の試合が始まった。
両者共に直ぐには動かなかった。お互いの出方を伺っているのだろう。中央で木刀を構え睨み合う。
しかし、それも最初の数秒だけであった。
松永が先に動いた。
一足飛びでアキマサへと近付くと、頭へと木刀を振り下ろす。
アキマサがそれを受け止め、そのまま互いに木刀を押し合う。
僅かな押し合いの後、松永が木刀を左に滑らせ少し腰を落としながらアキマサの胴に向け横凪ぎで払う。
それをアキマサは慌てる事なく木刀の先を下に向け、受け止める。
その後も様々な角度から松永の怒涛の攻めが続くが、アキマサはそれらを全て受け止めてみせる。
そんな彼らを見る周りの者達の目にも熱が籠る。
皆、声こそ発してはいないものの、その激しい打ち合い(もっとも打ち込んでいるのは未だ松永のみだが)に興奮した様子で魅入っていた。
後から聞いた話だが、この松永、かなりの剣の腕前だそうで東方三国同盟では五本の指に入る程の実力者なのだそうだ。
松永の動きを見る限り、バルド王国の部隊長ポールより上であろう。
素人の俺がそう感じる程に松永の動きは洗練されたものだった。
しかし、そんな松永を相手取り、一太刀も浴びないアキマサも流石勇者という所か。
アキマサのくせにちょっと格好良いのが悔しい。
アンも顔を少し赤らめながらポーとアキマサを見詰めている。
数分の打ち合いの後、松永が少し後方へと下がり頭の横で木刀の切っ先を真っ直ぐアキマサに向け構える。
アキマサの肩目掛け松永の突きが放たれたのだが、ハッキリ言って見えなかった。
いや、突きを繰り出そうと動いたのは認識出来たのだが、気付いた時には突きが放たれて松永の腕が伸びきっていた。
恐るべし松永。
が、そんな目にも留まらぬ高速の突きをアキマサが木刀の先端で受け止めていた。
突きに対して突きで返したのだ。
流石にこれには俺だけでなくアンも驚いた様だ。宝玉を得たアキマサはプチと初めて戦った時よりも遥かに強くなっている様だ。
たが、一番驚いたのは松永であろう。信じられないと云う様に目を見開き、固まっていた。
しかし、松永は直ぐに冷静さを取り戻すと、木刀を左の脇下に下げ『参りました』とアキマサに頭を下げた。
『ふむ、仕方あるまい』と鈴虫が片手で合図を送る。
それを受けた家臣が『それまで!』と試合終了を宣言し、幕引けとなった。
松永が笑顔でアキマサに握手を求め、何やらアキマサに話し掛ける。アキマサは握手を受け入れ、照れ臭そうに空いている手で頭を掻いた。
試合を終えた二人が此方へ戻る中、健闘を称え、周りの者達からの拍手が二人へと贈られた。
松永が鈴虫に三度一礼し、それを受けた鈴虫も『良き試合であった』と笑顔で家臣・松永を誉めた。
こうして、アキマサ対松永の一戦は幕を閉じた。