鈴虫のお供をするにあたって・2
鈴虫の案内、と言っても周りの家々よりもずっと高いその城は常に見えているが、鈴虫が案内すると言っているのだ無粋な発言はすまい。
ニコニコと笑顔で俺達を先導する鈴虫。
鈴虫が歩く度に頭に飾られた丸い金色の鈴がリンリンと小気味良い音を奏でていた。
そんな鈴虫を通り行く人々が頭を下げて見送っている。
時々、鈴虫姫様と声を掛け挨拶する者もおり、そんな彼らに鈴虫も上機嫌で挨拶を返していた。
人々の反応から察するに鈴虫はこの国に於いて、それなりの地位がある様だ。
『鈴虫ちゃんって本当にお姫様なの?』
アキマサも同じ様な感想を持ったらしく鈴虫に質問する。
『当然じゃ! 見れば分かるじゃろう?』
いや、見ても分からんよ。
確かに上等そうな服を着ているし器量も良い、美人というよりは可愛いに分類される容姿をしている。が、どこの世界に初対面で『手合わせしよう』等と言ってくる武闘派な姫がいるのか。
『は、はぁ、え~と、では鈴虫姫様、姫様は一人で出歩いたりしても良いんですか?』
『ふむ、駄目じゃろうな』
『え……』
駄目なのかよ。でも、まぁそれはそうだろう。
一国の姫が一人で外を彷徨くなんてちょっと非常識。誘拐なり事故なり外は危険がいっぱいだ。それとも余程、腕に自信があるのだろうか?いや、腕の問題でも無い気はするが。
『とは言えじゃ、護衛位は付いて居るぞ。多分、今もその辺に居るじゃろう』
カラカラと笑って鈴虫が答える。
護衛? 居たのか? 何処に居るんだろう?
もしかすると隠れて守っているのかも知れない。全然、そんな気配しないなぁ、と思ったがそもそも俺に気配を探知するとかそんな達人的な事は出来なかった。
『おい、松虫。お主も客人に挨拶せぇ』
そう言った鈴虫が歩く視線の先、道の傍らにドシリと構えた大人の腰程の大きさがある岩に注視する。
松虫とは護衛の名だろうか、やはり隠れていたのだろう。鈴虫に釣られて俺達も岩を見る。
『はい~只今~』
間延びした声が後ろから聞こえて来た。
『あ、そっちか』と鈴虫が声の方へと振り返ったので、てっきり岩の後ろから現れるものだと岩を凝視していた俺達は、またまた釣られて此方に目をやり、―――ギョッとした。
人の背丈程の樹木が数本、道の脇に立ち並んでいた。その内の一本がモソモソと動き出し、此方に向かって来たのである。
樹木は葉を揺らしながら、俺達の前に辿り着くと『どうも松虫です』と挨拶し、中腹で折れた。いや、これは頭を下げたのか?
足下を良く見ると根が若干浮き上がり、下から足が見える。
変装なのか?
たが、わざわざ木に成らなくても……。
挨拶を終えると松虫と言う名の樹木はまた元の位置へと戻っていった。
何ともシュールな光景であった。
『変な奴じゃろう。じゃが、妾の護衛だけあって腕は良いぞ。あと見れば分かるじゃろうが変装が得意じゃ』
鈴虫がモソモソと動く松虫を見ながら変な奴と言い切った。
この姫にしてこの護衛と云った所だろう。口には出さないけど。
しかし、変装は見事だ。周りの木々と見比べても区別がつかない。
現に俺だけでなくアキマサやアンも、今の今まで松虫の存在に全く気付いていない様子だった。
キリノは気付いていたのかも知れないが、無表情なのでどっちか分からない。
「凄いな。アレが出来たら覗きし放題だな」
と、俺が使い方を間違った方に誉める。実際、本当にそう思ったので仕方無い。
『ワハハハハ! 幼子は良い所に気付いたのぅ! その通りじゃ! あやつは毎晩ああやってオナゴの風呂を盗み見ておる助兵衛じゃ!』
マジか!? 変人って言うか変態じゃん!
意外な答えに驚き、松虫に目をやると『してません』と書かれた立て板を持った木が見えた。
いや、声の届く範囲にいるんだから声出せよ。変人なのは間違いなさそうだ。
そんな変人に見守られながら一行は城を目指すのであった。
木製の大きな門を潜り抜け、石垣に囲まれた階段を登っていく。
広く、時に狭く、ちょっとした迷路の様な道を進んで辿り着いたのは全体が白く美しい壁をした城であった。
均等の取れた左右対象の造りは芸術性も高く、思わず見蕩れる程の綺麗さを写し出している。
天高く聳えるその城こそ、この国の王が住まう白百合城であった。
城に到着するなりズカズカと奥へ突き進む鈴虫。
まぁ、自分家何だろうから構わないが、トコトンおしとやかとはかけ離れた姫であった。
すれ違い様に『客じゃ』と女中に告げる姿が何とも偉そうである。
いつの間にか鈴虫の傍らに付いていた二人の家来が、進行方向の扉を手慣れた動きで次々と開けていく。
最後に開けた扉の先は大広間になっており、大広間には既に数人の男性が正座で待機していた。
おそらく、家来、それも上の方の家臣達だろう。
鈴虫は部屋の左右に座る家来達の間を進み、一番奥、上座に敷かれた座蒲団の上にドカッと腰を落とし胡座をかく。
『まぁ、座るが良い』
懐から取り出した扇を畳に軽く打ち付け促す。
慣れない異国の様式と周りの家臣達の品定めする様な厳しい目に戸惑いながらも腰を下ろす。全員正座である。
『して、姫様。この者達は?』
立派な口髭を蓄えた白髪混じりの家臣が問う。
『ふむ、異国の旅の者達だそうじゃ。何やら探し物があるらしくてのぅ、話しを聞くため連れて参った』
『ほほう、異国の。それではもしやあの魔獣を?』
『その様じゃ』
家臣達がおお、と驚きの声を上げる。
『それは何とも、かなりの腕前とお見受け出来ますな』
口髭の家臣が小さく頷きながら俺達を眺める。
『話しを聞く前に改めて紹介じゃ。妾が東方三国同盟2代目将軍、鈴天じゃ。鈴虫は愛称じゃな。どちらでも好きな名で呼んで構わぬ。宜しくのぅ』
そう言って不敵に笑う。
その後、口髭の家臣を筆頭に紹介が続くが、鈴虫が国のトップだと云う事を知り、他の話しが頭に入って来なかった。
鈴虫が姫様って事は、父親が国の代表だとばかり思っていたがまさか国の女王だったとは。
城までの道中の事を思い出す。鈴虫にかなり失礼な態度、というかフレンドリーに接していた事にちょっと焦る。たがまぁ、今更だ。忘れよう。
その後、俺達も自己紹介をする。
アンの紹介に『オナゴにして兵を率いておるのか!』と嬉しそうに言い、キリノの紹介に『魔法を後で見せてたもれ!』と喜んだ。
劇的だったのはアキマサが勇者と名乗った時だった。
勇者! と目を輝かせてズズズイとアキマサに顔を近付けて、
『じい! 聞いたか! 異国の伽噺に出て来る勇者ぞ! 見知らぬ不思議な闘気だと思っておったがまさか勇者とな!』
鈴虫は興奮して顔を赤くし心底嬉しそうに話した。
流石、勇者。異国でも有名人な様だ。
最後に俺が、ラナとして自己紹介する。
途端、鈴虫がちょっと不機嫌そうな顔になる。
『妾はな、嘘は好まぬ』
俺の自己紹介を嘘だと言い切る鈴虫。酷い。まぁ、実際8割嘘なんだけど。
『妾の眼は特別での、妾に嘘は付けぬ。お主からはアキマサと同じモノを感じる。同時に魔獣に似たモノも感じておる。他にも色々混じっておる様だが、とかく混ざり過ぎて良く見えぬ』
鈴虫が俺を舐め回す様に観察する。
そんなに見詰められるとちょっとテレちゃうんですけどー?
『ふむ……その袋の中も見せてみよ』
んが、マジか。そこまで分かるのかよ!?
今、俺の小袋の中には空っぽの妖精と小さいタラスクが入っている。
小袋を手に取り、どちらを見せるべきかホンの一瞬だけ迷う。
鈴虫はその一瞬の迷いすらお見通しとばかりにニヤリと笑い『両方じゃ』と言い放った。
しまった。少女と甘く見た。完全に見た目に騙された。やはり一国の君主、伊達では無いと云う事か。
そんな能力を持ってると知っていればもう少し上手く誤魔化した紹介を用意したが、後の祭りか。
あからさまに嘘とバレてしまった以上、これ以上の嘘は不味いかも知れない。仕方無い。
俺は小袋から取り出した妖精とタラちゃんを見せながら、自分が妖精である事、カーランでの出来事によりラナの身体へと移った事、タラちゃんを仲間に引き入れた事を順序良く話して聞かせる。
全て話しを終えた俺に対して鈴虫は、
『お主……中々濃いのぅ』と呟いた。