海賊のお供をするにあたって・5
『先に言っておく』
キリノが神妙な面持ちでアキマサへ言葉を送る。
『今から私が貴方に眠る聖霊力を呼び覚ます。けれど其れは無理矢理叩き起こす不完全なモノ。力の調整は期待出来ない。一気に最大値まで高まるソレは負荷が強すぎて今の貴方では持って30秒。30秒で聖霊力は空になる。だから』
『30秒で決めろ、って事ですね』
アキマサの言葉にキリノが頷く。
『頑張って』
そう言うとキリノは杖の先端をアキマサの背に軽く押し付ける。
次の瞬間、爆発でも起こした様にアキマサの身体から白金色のオーラが広範囲に噴き出した。
『うっ……ぐぅ……』
苦しそうに小さく呻くアキマサの身体の至る所で皮膚が裂け、血が流れ出す。
『行って!』
キリノが回復魔法をアキマサに掛けつつ、背中を押し促す。
裂けた皮膚は回復魔法により、一瞬で完治したものの、直ぐ様新しい傷が溢れる。その傷が回復した頃にまた新しい傷が。
破壊と再生を繰り返すアキマサの身体はじわりじわりと赤く染まっていく。
全身に走る激痛に苦悶の表情を見せるアキマサだが、それを吹き飛ばす様に雄叫びを上げるとタラスクを睨み、空を駆ける。
自分へと真っ直ぐに迫るアキマサへ向け、タラスクが口を開き、巨大な炎の渦を吐き出した。
躊躇する事なく、頭を庇う様に腕を突き出したアキマサが渦の中へと飛び込む。
数秒のち。
炎を突き破ったアキマサがタラスクの眼前へと辿り着く。
途中で回復魔法に込められた魔力が切れたのだろう。そのアキマサの左腕は黒く炭化しており、全身からも煙が立ち上っていた。
アキマサが残った右腕振り上げると、今まで全身から噴き出していた聖霊力が腕へと集中する。その時点でアキマサの右腕は負荷に耐えきれず、ズタズタに裂けていた。
タラスクに触れたアキマサが聖霊力をタラスクへと送り込む。
それを嫌がる様にタラスクが蒸気を噴き出し、纏わり付く敵の排除に掛かる。
片腕で踏ん張りが効かず吹き飛ばされかけたアキマサの身体が、一瞬だけ背後から支えられる。
蒸気による風圧を見越したアンが、背後からアキマサの身体を押し戻したのである。
その一瞬の支えを見逃さず、アキマサが一気に全ての聖霊力をタラスクに流し込んだ。
聖霊力を使い果たしたアキマサが風圧に耐えきれず吹き飛ぶ。
と、同時に巨大な魔法陣がタラスクのいる海面へと浮かび上がる。
聖霊力と打ち消し合い、弱体化を招いたタラスクへキリノが儀式を行使する。それは魔獣と主従関係を生み出す儀式。
血と魂の契約。
しかし、弱体化したとは云え、元々の膨大な禍と、魔法耐性、加えて意思の力によりタラスクが契約への抵抗を見せる。
「残念。お前に許否権は無いんだわ」
気配を殺し、タラスクの背へと忍び寄っていた俺がデカ亀にそう吐き棄てる。
甲羅に触れ俺が力を込めると、――――視界が暗転。
と、同時に押し寄せる形容しがたい誘惑に身を任せる。
これが今回の総仕上げ、魂写の儀による血と魂の契約への強制介入。
本来なら両者の同意の上に成り立つ魂写の儀なのだが、契約を挟む事でタラスクの魂に揺さぶりを掛け、強制的に魂写の儀を行った。
アキマサが肉体を弱体化させ、キリノが魂を弱体化させる。その2つを弱体化させた上で俺が両方を奪ったのだ。その上で主従の契約を結ぶ。
倒せないから無理矢理仲間に入れちゃった訳だ。
これがキリノ大先生によるタラスク攻略策であった。
アンが海に落ちた瀕死のアキマサを海賊船に引き揚げるのを確認して、俺は再びラナの身体へと戻る。
タラスクの背中でしばらくボーと辺りを眺める。
キリノがアキマサを回復させているのが視界に入る。
今回、一番痛い思いをしたのは間違いなくアキマサだろう。
全身が裂けるわ、腕は焦げるわ、散々だ。
今は気絶している様だが、アンに膝枕されているのだ。それで少しは報われるだろう。
まぁ、それはそれとしてだ。
巨大亀タラスクが俺の配下になった。
こんな化物従えるとか、どこの魔王だよ。
などと、やや懐かしさを滲ませた思考の介入を自傷気味に笑って、迎えに来たプチに跨がり船へと戻った。
☆
『あっはっはっは! まさか子分にしちまうとはね!』
俺の説明を受けたビクトリアが腹を抱えて笑う。
そりゃそうだ。俺も立場が逆なら笑うと思う。
それから、一時間程して目を覚ましたアキマサに宝玉の事を聞いてみたが、やはりタラスクからは宝玉の気配は感じないという。宝玉の力を借りず、素でこの強さとは呆れたもんである。
で、その宝玉方位磁石アキマサはというと、船室のベッドにて療養中。聖霊力を全快使用した反動による全身疲労でまともに動けない為、アンの看護を受けていた。
食事は当然『あ~ん』である。そんな二人のイチャイチャ姿にイラッとしたので、アンのあ~ん、と言ってからかったらキリノに凄い睨まれた。
『厳密には倒した訳じゃないかも知れないけど、これでアイツが暴れる事も無くなった。無茶な頼みだったけど、聞いてくれてありがとうよ。本当に感謝してる』
そうビクトリアは感謝を述べる。その顔はいつものビクトリアとは違って、何処かホッとする様な優しい表情をしていた。
船に乗るのが俺達の目的だった事もあり、敢えて詳しく聞いてはいないが、今回の頼み事には彼女なりの理由があったのだろう。
『さあ、こっちの憂いは終わった事だし、後はあんたらにトコトン付き合うよ!』
ビクトリアの申し出に改めて礼を言い、とにかく東へ向かいたいと告げる。
俺の言葉に、ビクトリアがテーブルの上に丸めて置かれていた地図を手で広げる。
『今が、大体この辺りさね』
地図を指差しながらビクトリアが説明する。
この辺りさね、と指差すそこは何も無い海の上。思うのだが、ビクトリアに限らず、船乗りというのはどうやって自分達の現在地を把握しているのだろう? 海に目印があるわけでもなし。勘?
『もっと東っていうなら、あんたらの探し物はここに在るのかも知れないね』
そう言ってビクトリアが1つの島を指差した。
「東方三国? この島の名前か?」
島の横に書かれている文字を読み、質問する。
『いや、この島にある国の名前さね。広さがカーラン砂漠とほぼ同じ大きさのこの島を統治してるのが東方三国同盟っていう国さね』
「どういう国なんだここは?」
『そうさね~、アタシは何度も行った事があるが、大陸とは違った文化を持つ国って所さね。アタシが聞いた限りじゃ、元々、島には3つの国があったんだけど、20年程前に3つの国がくっついて1つの国になったんだそうだよ』
「ふむ、それで三国同盟ってわけか」
『文化こそ独特だけど良い国さね。初めて訪れた時に死んだ旦那が気に入っちまってねぇ。5年程前に魔獣が頻繁に現れるまでは時々、遊びに行ってたよ』
そう言ってビクトリアは何かを思い出したのか、懐かしそうに目を細めて微笑んだ。
「そっか」
人の思い出にズケズケと入り込む趣味は無いので、それだけ返す。
「まぁ、ここに宝玉が在るかは分からないけど、行くだけ行ってみるか」
こうして、東方三国同盟行きが決定した。
『よーし! 行き先も決まった事だし、勝利の宴と行こうじゃないか! お前ら! 酒と食い物の準備だ!』
周囲に居た子分達に、片手を高く上げたビクトリアがそう声を張り上げた。
『アイアイキャプテン!』
豪快な返事で子分達が口を揃える。
そうして、海賊船ワールドビクトリア号の船上にて、タラスク攻略を祝した宴が始まったのである。
☆
『かっちどきあっげろ♪ こっえ張り上げて♪ 俺たちこそが、そう海の覇者~♪』
海賊達の陽気な歌が船上に響き渡る。
随分懐かしい歌だな。俺も結構好きな歌だ。
『おらおら! あんたも呑みねぇ呑みねぇ! はははは!』
酒の匂いをべったり貼り付けたビクトリアが、果物の味がうっすらついた水をチビチビと飲む俺の肩を抱いて絡んでくる。
くせぇ。
『ほらほら♪ あたしの酒が飲めないってのかい?』
俺のグラスに無理矢理酒を注ごうとビクトリアが迫る。
酔っ払いって本当にこんな台詞吐くんだな。
「えーい、酒臭い。離れろ離れろ」
しっしっと手で追い返すと、ビクトリアは口を開けて笑いながら、今度はキリノに絡みにいった。
キリノは宴が始まった直後から、ただひたすらに黙々と食い物を腹に詰め込む作業に没頭しており、酒臭いビクトリアに肩を組まれ様とびくともしない。
アレはアレで、キリノの何がそこまで食い物に執着させるのか不思議でならない。
『こうなりゃいっそ五つの海ーを♪ 美酒に変えーて飲み干そうか~♪』
顔を赤くし、肩を組んで揺れる海賊達の歌は続く。
『随分楽しそうですね。これって何の歌ですか?』
アキマサが海賊達に顔を向けながら尋ねる。怪我に触るからと、酒を控えたアキマサであったが、雰囲気のせいか酔わずとも楽しそうにしている。
『船乗りの歌ですね。かなり古い歌ですけど、海賊に限らず船乗りは皆この歌を歌うそうです』
アキマサ同様、こちらも酒を控えて宴に望んだアンがニコニコと答える。
『良く知ってるじゃないか』
キリノに絡み飽きたのか、アンとアキマサの間に体を滑り込ませたビクトリアが二人の肩を抱いて自分へと力任せに引き寄せる。
『ま、こいつは、港のある街や村ならガキでも知ってる歌だかんね。 ―――こいつはね、めでたい時には飲んで飲んで飲みまくれって歌なのさ』
言ってビクトリアが笑う。
次いで、『だから~』と、赤い顔のビクトリアが不敵に笑った後、『もっと飲め飲め!』と、小脇に抱えたままのアキマサの口に、酒の入った瓶口を突っ込んだ。いきなりほぼ垂直。
当然ながらアキマサが咳込み、その様子を、同じくビクトリアの小脇に首根っこを抱えられていたアンが『大丈夫ですか!?』と慌てる。
昼間死にかけた奴に酒を飲ますな。
ビクトリアの強引な所業のせいで、アンとアキマサ、二人の顔が不必要に近くなり、少しだけ互いに顔を見合わせた後、ほぼ同時に慌てて顔を逸らした。
笑うビクトリアはそんな二人には気付かず、二人の顔を小脇に挟んだまま、海賊達の歌に声を重ねた。
『真っ赤なフグが次々沈む♪ 酔い潰れたなら海の底♪ なんの臆すな、かっちどきあっげろ♪ 俺たちこそが、そう海の覇者~♪』
夜の波間に船が漂う。
陽気な歌を歌いながらゆらゆらと。
こうして、宴の夜はどんちゃん騒ぎの内に過ぎていったのであった。