海賊のお供をするにあたって・4
『砲手! クラーケンを船に近寄らせるな! 他は鳥共から砲手を守りつつ、船も守りな!』
迫りくるクラーケンと船の周囲に群がる鳥型魔獣を相手に始まった海上戦。船上のビクトリアが指示を出す。
『無茶ですキャプテン!』
『数が多すぎますキャプテン!』
『キャプテ~ン!』
『泣き喚く暇あったら手ぇ動かしな馬鹿共!』
船へ乗り込んで来たグーグイルの胸を剣で突き刺しながら、ビクトリアが子分達へと檄を飛ばした。
なんとも豪胆、且つ男前な女性である。
船から遠く離れた海上に目を向けると、アキマサ達三人が巨大亀を相手取っていた。
開戦と同時にタラスクへと放たれたキリノの特大岩石魔法は、甲羅へ衝突すると四方に爆散。クラーケン一体と数十匹のグーグイルを吹き飛ばす。が、肝心のタラスクは甲羅が僅かに欠けただけであった。
ならばと、プチを呼びつけたアンが、戦闘形態になったプチの背に乗りタラスクへと向かう。
あの~俺のシモベなんですけど、その子。
タラスクの紅い眼に狙いを定め、プチライダーと成ったアンが宝剣・紅蒼の命剣を構えたのと、ほぼ同時。
プチライダーの周囲の海水がいくつも渦を巻き、渦の中心から水属性魔法が発現しプチライダーを襲った。
魔法まで使えるのかあの亀。まぁ、確かに脳味噌はデカそうだ。
魔法の渦に囲まれたプチライダー。
しかし、そこは俊足快足韋駄天でお馴染みのプチさん。スルスルと潜り抜け、タラスクの顔へと跳躍する。
跳躍に合わせてアンが魔力を練り込んだ斬撃を飛ばすが、タラスクの身体から突如噴き出した熱い蒸気により届く事はなかった。
「おいおいおい、あのデカ亀のやつ。鼻息だけでアンの斬撃掻き消したぞ。規格外過ぎるだろ」
攻撃どころか、唯一、堅固な甲羅に守られていない頭部に近付く事さえ出来ないでいた。
事実、先程の風圧で飛ばされたアンが空中に投げ出され海にまっ逆さま。
しかし、寸での所を浮遊の魔法をキリノに施されたアキマサがが助け出す。お姫様だっこで。
「あ……」
余程恥ずかしかったのか、アキマサを突き飛ばしたアンがその反動で海に落下した。
「何遊んでんの?」
アキマサと、プチにしがみついて戻って来たアンに言う。
『『すいません』』
「いや、それよりもだ。アイツは厄介だな」
巨体ゆえ動きこそ緩慢なものの、恐るべきはあの頑強さ。
特大岩石魔法に続き、キリノが魔帝・轟炎という見るからにとっても熱そうな炎球を放ったのだが、顔を引っ込めたタラスクの甲羅の表面を焦がしただけであった。
それを受け、イラついた様子のキリノが船の柵を蹴飛ばしていた。ガキか。
『あの甲羅、魔法耐性が凄い高いみたいですね。かと言って物理でどうこう出来るレベルでも無いですが』
海に落っこち、ずぶ濡れのアンが告げる。
水も滴るなんとやら、着ているのが鎧な点が残念である。
『やっぱり狙うなら頭部しかありませんね。問題はどうやってあの風圧を』
「おい、アイツ何する気だ」
アキマサの言葉を俺が遮る。
俺達の視線の先、頭を引っ込めたままのタラスクが、甲羅から出した左の手足をゆっくりと持ち上げ始める。
持ち上げ、
持ち上げ、
垂直。
「あの野郎……」
――――タラスクが傾けた巨体を一気に水面へと叩き付けた。
『全員船にしがみつけ!』
ビクトリアが叫ぶと同時に一瞬船が沈み込む。
直後、水の山とも形容出来る程の巨大な津波が周りのグーグイルを巻き込みながら船を目掛け迫る。
これは船にしがみついてどうにかなるレベルじゃないだろ。
確実に海賊船ごと丸呑みだ。
暢気にそんな事を考えていた俺をアンが強引に引き寄せる。
アンはそのまま片手で俺を抱き締めると、空いた手で船の柵にしがみついた。
「―――ッ!」
アンに支えられながら、しばらく目を瞑り衝撃に備えて身構えた。
「……?」
が、一向に変化が無かった。
あれ? とうっすら目を開けるとキョトンとした様子でアキマサを見つめるアンの横顔が見えた。
その頭上には、驚いた様な表情のアキマサの横顔があった。
少し頭を動かし、アキマサの視線の先に目をやると巨大な津波が船の手前、視界いっぱいに広がっていた。
カチンカチンに凍った状態で……。
「えぇ……」
いやはや、呆れると云うか何というか、出鱈目過ぎるだろアイツ。
津波ごと海を凍らせたのは当然アイツ。そう、船首で何か言いた気に此方を見ている天才魔導士キリノだ。
何をどうしたら人間にこんな芸当が出来るのか全く理解出来ない。俺はキリノが、実は私は魔王でした。とか言って来ても信じるかも知れない。
俺達だけでなくビクトリア達も驚愕に目を見開き凍った津波を呆然と見詰めていた。
凍ったのは津波か、はたまた空気か。
俺の思いつき1発ギャグでも、人をここまで凍らせる事は出来ないわ。
此方を見ていたキリノが津波へと視線を戻し、手の平を正面に向け横に一降りする。
それを合図に凍った津波はガラガラと崩れながら海水へと戻っていく。そんな事出来るならさっさとそこの亀も何とかして欲しいものだが、魔法耐性が高いらしいので中々上手く行かないのだろう。
『あの、アキマサさん……』
俺を抱き締めたままのアンがおずおずとアキマサへ声を掛ける。
はい、何でしょう? とアキマサが応える。アキマサは特に気付いた様子もなくそのままアンの言葉を待つ。
『も、もう大丈夫ですから……その、大丈夫です! ありがとうございます!』
何を言われたのか良く分かってないアキマサが小首を傾げる。
コイツ、本当は分かってて演技してるんじゃないだろうな?
仕方ないのでアンに代わってアキマサに言う。
「退けって言ってんだよ変態。いつまで抱き付いてんだ」
津波から庇うべく、アンの背後から抱き付く形で柵ドンの体勢をしていたアキマサが、しばらく逡巡した後、意味を理解したのか真っ赤な顔で慌てて離れる。
『す、す、すいません!』
『い、いえ……緊急でしたから』
そう言って顔を赤くして照れ会う二人。
「あのさぁ、人様の恋愛事情に口出しするつもりは無いんだけど、今、戦闘中だから」
『『すいません』』
戦闘中には違いないが、今の攻撃でタラスク以外の魔獣は数匹のグーグイルを残し、ほぼ全滅してしまった。それらは現在、ビクトリア達とプチが相手しているので問題ないだろう。
飼い主に似て何て働き者のシモベだろう。きっと飼い主の躾が素晴らしいんだろうね。
俺はキリノの元へ向かう。俺の中では魔王候補に名を連ねるキリノだが、やはり何だかんだと頼りになる魔導士様なのだ。
どこぞの二人とは違うのだよ。
「何か策ある?」
タラスクに視線を向けながらキリノに問う。
『……ひとつ』
「よし! それで行こう!」
『まだ何も言ってない』
「キリノ大先生の策に間違いはないよ」
気楽な俺にキリノが小さく溜め息をついた。
キリノ大先生の策はこうである。
タラスクは魔法、物理共に高い防御力を持っている為、現状の俺達では火力不足との事。ならばどうするか?
その答えが勇者だけが持つとされる聖霊力という力の行使であった。
世界には、火、水、土など、沢山の魔力属性が存在するらしい。
その中には光属性という回復魔法や結界魔法に優れた属性があるらしいのだが、その光属性とは似て非なる力、それが聖霊力。
これは妖精王と妖精王に認められた勇者のみが扱える力であり、キリノ大先生ですら全く使えないのだそうだ。
実は勇者アキマサ、キリノの見立てでは勇者の力の源たる宝玉を獲得する度にその聖霊力も格段に上昇しているとの事。
ただ、上昇率が急激過ぎてそれを殆ど使いこなせて居らず、聖霊力をほぼ身体強化にのみ使用しているのが現状なのだという。
そんな勇者の聖霊力の対となるのが禍という魔獣や悪魔などが持つ力。
この禍という力は聖霊力で浄化出来るそうで、対悪魔、対魔獣では絶大な力を発揮する、まさに勇者の力なのだ。
今回はその聖霊力をアキマサから無理矢理引っ張り出して、タラスクの禍を打ち消し、弱体化を行う。
いっそ倒せば?と質問してみたが今のアキマサの聖霊力ではタラスクの完全浄化には全然足りない。と返された。全力でやって弱体化止まりなのである。
タラスクさんどんだけ~。
全力使用がアキマサの役目なのだが、今のアキマサでは聖霊力を全力で扱うなど無理なのでキリノが力の誘導を担当する。自分では聖霊力を使えないのにそういう事が出来ちゃう辺りが天才なのだろう。
また、弱体化させたタラスクへの総仕上げは俺とキリノが行う。俺とキリノとは言うが、実際はほぼキリノの仕事だ。美味しい所は全部キリノが持って行くのだ。流石大先生、無慈悲だ。
これがキリノから受けた策の概要であった。
余談だが、禍という力。これは特殊な条件下であればキリノ大先生も使えると言っていた。いつかアキマサから聖霊力を奪って、是非とも属性コンプリートを頑張って頂きたい。
説明を受けたアンが『私は?』とキリノに聞いた所、応援係に任命された。要するに戦力外通告である。流石大先生、無慈悲だ。
まぁ、アキマサ的にはアンの応援はやる気の上昇に一役買い、結果、手数に繋がるので全く意味が無い訳でもないかも知れない。
「では、アキマサ君。作戦実行と行こう。準備は良いかね?」
『いつでも!』
「よし! では作戦開始!」