海賊のお供をするにあたって・2
『来たね! さぁ、乗っとくれ!』
宿にて荷物を引き取り港へ戻ると、周りの船より二回り以上大きな船が俺達を出迎えた。
その船上から声を掛けて来たのは女海賊ビクトリアだ。
俺は縄梯子を登るアキマサの背中にしがみつき船へと乗り込む。
既に日は落ちていたが、船の各所に掲げられた松明が船の甲板を照らしていた。
吹き抜ける風が少し肌寒く、風が通り過ぎる度に松明の炎を大きく揺らしていた。
『帆を張りな! 出港だよ!』
『アイアイキャプテン!』
掛け声の後、船はゆっくりと動き出す。
☆
港を出発してすぐ、今更ながら、とお互いに軽く自己紹介をした後に行き先を問われる。
とにかく東へ、と伝えると、『あっはははは! 呆れたねぇ、あんたら自殺でもするつもりだったのかい?』笑われた。
『まぁ、良いさね。漁船ならともかく、ウチは殆んどの時間を海に浮かんでるからね、食料や水もたっぷり積んである。飽きるまで付き合うさね』
そう言ってまた笑う。
『まぁ、もっともアタシらのお目当ての魔獣も、ここ! ここから東の海に行った辺りを縄張りにしてる。都合も良かったさね』
地図をトンと指差したビクトリアが続けて、
『順調に行けば3日ってところかねぇ』と口にした。
うっ、そんなに掛かるのか……。
海に出てまだ1時間も経っていないが俺は既に船酔い気味だ。
航海を後悔、とはまさにこれであろう。
『あの、ビクトリアさん』
地図を眺めながらアキマサが口を開く。
『なんだい?』
『魔獣を退治する、ってのが船に乗せて貰う条件なんですが、その魔獣というのはクラーケンですか?』
『いーや。クラーケン位ならアタシらだけでどうとでも出来るさね。伊達に海賊やっちゃいないよ。相手が一体ならの話だけどね』
カラカラと笑ってビクトリアが答えた後、『まぁ、魔獣については見てのお楽しみってとこさね』
『……俺、戦った事無いんでクラーケンに勝てるかも分からないんですけど……』
『謙遜するねぇ、勇者様は』
そう言って笑うビクトリアと対称的に、アキマサの表情は険しい。
いや、謙遜じゃなくて本気で心配してるんだと思うぞ?
なんせ勇者の加護もまともに受けてない勇者だからな。
もっとも、大悪魔すら簡単に屠ったアンと、大先生ことキリノがいるので、俺はその辺りは然程に心配はしていない。
『女性の海賊ってやっぱり珍しいんですかね?』
暗い未来図を払拭するかの様に、アキマサが話題を変え、尋ねる。
『そうさねぇ。珍しいかも知れないねぇ。元々、ワールド・ビクトリア号も、ああ、この船の名前なんだけど、アタシの死んだダンナの物でねぇ。ダンナが死んだ時に、この馬鹿共じゃ、あっという間に餓死しちまうってんでアタシが引き継いだんだよ』
呆れた様にビクトリアが答える。
『ダンナさんの……ワールド・ビクトリア号ですか……』
『笑っちまうだろ!船に自分の女房の名前付けるなんざ。小っ恥ずかしいったらありゃしないさね!』
そう言ってクククッと笑った後、『ところで』とビクトリアが俺に顔を向ける。
『このチビさんはどっちの子だい? 父親はアンタだろ?』
『どっちも違います! 俺も違います!』
慌ててアキマサが否定する。
面倒だから娘で通せよ、と思ったが今更である。
『そうかい? チビちゃん……、ラナだったかい? 色々苦労したんだねぇ』
そう言ってビクトリアは優しく俺の頭を撫でる。
『うちの連中は子供の扱い方も知らない馬鹿ばっかりだから、あんまり近付くんじゃないよ?』
「クリ」
『ん?』
「俺の名前はクリだ。宜しくビクトリア」
ビクトリアが怪訝そうに俺の顔をみつめる。
『クリさん、良いのですか?』
アンが少し不安顔で問うてくる。
「良いさ、別に。船旅の間だけの付き合いだ。それともお母さんって呼ばれたいか?」
『うっ、遠慮します』
ニヤリと笑う俺とアンを交互に見て、ビクトリアは訳が分からないと首を傾げるのだった。
☆
一夜明け。
見渡す限り、海、海、海のど真ん中の船の上、その船首にて俺は伸びをする。
昨日、演技が面倒だからという理由でビクトリアに俺の事を説明した。当然、真実1割嘘9割。要所々々を誤魔化し嘘八百を並べ、なかなか感動的なストーリーを仕立て挙げての説明だ。
俺の話を聞いていた数人の子分達は男泣き。
何故かその横でアキマサも泣いていた。
アンはさも真実です、とばかりに嘘をスラスラ語る俺に呆れ、キリノは我関せずを貫き通した。
サクセスストーリーの設定で、俺はアキマサとアンの剣術の師匠という事になった。ゆえに偉そうなのだ。
勇者の師として俺を恐れた魔王が呪いにより少女へと変えてしまった。涙無しでは語れない、悲劇と苦難の大冒険だ。
俺の横ではキリノが水平線を真っ直ぐ見つめ突っ立っている。
何をしているのやろ。大魔導士様の御心は俺には理解出来そうもない。
『快調だねぇ』
そう声を掛けて来たのはビクトリアだ。
曰く、航海はすこぶる快調で、このペースなら明日の昼には目的の水域に到着するだろうとの事だった。
『やっぱこれも勇者様の御加護かねぇ』
そう言うとカラカラと笑って、船の後方へと行ってしまった。
ふむ、どっちかと言うと大魔導士様の御加護かな?
変わらず水平線を見つめるキリノを横目でチラリと見て、そんな風に思うのだった。
昼過ぎ。
依然、帆は風を受け順調に航海を続ける。
時折、船と競い会う様に海鳥達が空を泳ぐ。
唯一、近付いて通り過ぎる雲だけが代り映えしない風景の中で船の歩みを知らせてくれた。
順調な船旅に水が差されたのは、俺とアキマサが退屈しのぎに帆の扱い方などを教えて貰っていた時だった。
『おい! 何を!?』
船尾で舵を握っていたビクトリアが、突然そう叫ぶと驚いた様に船首を見ている。
釣られて俺も船首へと目を向けると、船首の先端ギリギリのところにキリノが立っている。伸ばした杖の先には宙に浮かんだ魔法陣も見えた。
キリノが杖の先で魔法陣を突く様な仕草を見せる、と同時に魔法陣からは炎弾が飛び出し、船の前方の水面からはドデカいイカが現れた。海の魔獣クラーケンだった。
クラーケンの出現と共に炎弾がクラーケンへとぶち当たる。
一瞬でクラーケンの半身が消滅する。
しかし、間髪入れずに更に2体のクラーケンが現れるが、キリノも慌てず2発の炎弾を放つ。
1つはクラーケンを消滅させるが、もう1体は触腕を伸ばして炎弾を止める。が、そのまま炎弾は触腕の殆んどを焼き落とす。
クラーケンは残った腕を振り回し船へ攻撃を仕掛けてくる。
しかし、キリノの展開した結界によって阻まれ船には届かなかった。
キリノは展開した結界を大きく引き伸ばすと、結界で海水ごとクラーケンを包み込む。
更にトンと杖を鳴らすと、結界内に灼熱の炎が吹き荒れる。
結界で包んだのは、クラーケンの位置が船に近いゆえの配慮であろう。
結界か消える頃には、海水ごとクラーケンも跡形もなく蒸発してしまっていた。
ポカーンと口を開け、その様子を見ていたビクトリア一行。
初めて見たらそうなるよねー、などと考えつつ「終わりか?」とキリノに問う。
キリノがコクンと首肯き、再び定位置に戻る。船首に仁王立ちである。
終わったと言うなら終わったのだろう。気楽に構える。
「クラーケンって食えると思うか?」
何事も無かった様に、帆と繋がるロープをいじくりを再開したアキマサに問うてみる。
『さぁ? イカの形とはいえ魔獣ですからねぇ』
アキマサが、どうでしょう? と首を捻る。
『お、お、おい! 何だあれ!?』
船尾の上、舵をほったらかしにして柵から身を乗り出し興奮した様子のビクトリアが聞いてくる。
『え? クラーケンでは?』
アキマサが、違うのか? と怪訝な顔をビクトリアに向ける。
『そっちじゃない! あのお嬢ちゃんだ!』
『え? キリノですけど?』
一度船首に目をやったアキマサが、もう一度ビクトリアに向き直り、名前を聞かれたのかと思ったのか素直に答える。
『……もういい』
そう言い、一人であたふたとする自分が馬鹿らしくなったのか、諦めた様にビクトリアが溜め息をついた。
船は順調に航海を続ける。