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【妖精譚】勇者のお供をするにあたって   作者: 佐々木弁当
Ⅱ章【カーラン・スー~東方三国同盟篇】
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海賊のお供をするにあたって

 潮の香りが街を漂う。

 眼下に建ち並ぶ家々よりも頭1つ小高い街の入り口からは、何処までも広がる青い海と青い空が一望出来た。

 高さなど忘れた空と海が遠く水平線で交わり、世界をあやふやにしていた。

 蛇行し緩やかな勾配の坂を下ると、活気に溢れた人々の姿が目につく。

 街の中央に位置する広場には、様々な店が建ち並び景気の良い声がそこかしこから飛び響く。

 新鮮な魚、見た事も無い果物、鮮やかできらびやかな工芸品、世界を凝縮したかの様に市場にはありとあらゆる物が売られていた。

 大陸の東の玄関口として貿易で栄える街、それが港町カイセンであった。


 カイセンに着いたのは昼過ぎであった。

 騒がしい市場の近くにあった飯処にて、俺達は遅めの昼食を取っていた。


『どうですか?』

 海鮮パスタの皿の中でフォークをクルクル回しながらアンが尋ねる。


『この街では無いみたいですね。まだもっと東です』

 イカスミパスタに歯を黒くしたアキマサが答える。


「もっと東って言うがこの先は海だぞ?」

 アキマサの言葉にそう返したのは骨付き肉を片手に持った俺。

 ラナの体には量が多すぎたので運ばれて来た肉の半分以上はプチの腹に収まる予定である。

 キリノは静かにパエリアを食べ、時々、肉汁に汚れた俺の口を拭いていた。俺は子供か。いや、見た目は子供だが。


『海に沈んでるとなると少々厄介でしょうか』

 アンが愚痴る。


「まぁ、宝玉の近くまで行けば後は何とかなるだろ」

 何せ俺達には大魔導士様が付いているのだ、海底だろうとチョチョいのチョイだ。


『行ってみない事にはどうなってるかも分かりませんしね』

 アキマサの言葉にアンが頷く。


『では、私は港に行って船の交渉を行ってきます。三人は先に宿に行って部屋を取っておいて下さい』


『分かりました。では俺達はぁ!』

 寝言をほざき掛けたアキマサの脚をテーブルの下から蹴り飛ばす。アキマサが苦悶の表情でこちらに顔をやったが、それをまるっと無視して告げる。


「船乗りは荒くれ者が多いからな。アキマサ、お前も付いていけ」

『そ、そうですね。俺も一緒に行きます』

『はぁ……ではアキマサさんも一緒に』

 こうして各自の役割り分担が決まった頃、キリノのパエリアが4皿目に突入した。







「で、駄目だった訳か」

『面目ない』

 アキマサが申し訳ないと項垂れた。


 日暮れ前。

 宿に戻って来たアキマサとアンが首尾を説明してきた。

 結果としては、船を出してくれる者が居なかったそうだ。

 片っ端から交渉を行ったが全滅だったらしい。


 漁師の男曰く。

 今、この海域の東、カブリ海域と呼ばれる場所にはクラーケンという大型の魔獣が出没するらしく、そのクラーケンを恐れて船を出す者は居ないのだという。


『お陰でここ2週間、貿易がほぼストップしてしまっているそうです』

「なら、この勇者が退治してやろう!位言えば良かったのに」

『言いました。でも、みんな信用してくれなくて』

 そう言ってどんよりと落ち込むアキマサ。

 そりゃそうか、アキマサだしな。こいつには勇者の威厳とかオーラが全く無い。


『困りましたね。何とか船を出してもらわないと……。幸いカーラン・スーで得たお金もありますし、明日は船代を多少上げて、クラーケンの討伐も含めた上で再度交渉してみましょう』


「そうだな。どうせやる事も無いし、明日は皆で港に行ってみようか」


『では、明日の方針も決まった事ですし、ご飯でも食べに行きましょう! 港の近くに大きな食堂があったんですが、そこの看板メニューがとっても美味しいらしいんですよ!』

 アンが楽しそうにそう言った。







 アンに案内され港近くの食堂へとやってきた勇者一行。

 周囲の建物より一回り大きなその食堂は、船乗り達だけでなく他の町などから来た商人達も集まり、賑やかな雰囲気であった。

 席へと案内されると、アンが早速、人数分の看板メニュー【タコクジラシチュー】を注文する。

 注文を受けた店員に、タコクジラシチューって何だ? と聞いてみた所、店員の男はにやりと笑い、『タコクジラのシチューです』という答えを返してきた。


 だからそれが何かと聞いてるんだが、もしかしてアホなのか?



 そうして、謎の食材タコクジラについて語りながら、料理を待っていた時である。

 賑わっていた店内が急に静かになった。

 何だ? と店内を見回すと、入り口付近にイカツイ男数人を引き連れた赤毛の女性が立っているのに気が付いた。

 店の客も明らかに彼女らを警戒し目を合わせない様にしている。


 赤毛の女がこちらへ近付いてくる。

 赤毛は俺達のテーブル前まで来ると、空いていた椅子を片手で掴み、椅子を床に打ちつけて不必要な程に大きな音を立ててから、背もたれを前にして座った。


『あんたらだろ? 船を出してくれって交渉し回ってる命知らずな連中は?』

 赤毛の女は挑発する様に不敵に笑い、そう質問をぶつけてきた。


『多分、私達の事だと思いますが何かご用でしょうか? あと、初対面の方への礼儀としてお名前くらい名乗って頂けませんか?』

 アンがキツい口調で女に返す。


『あっはははは! 気の強い嬢ちゃんだ!』

 女は楽しそうに笑うと言葉を続けた。


『アタシはビクトリアだ。この辺の海で海賊をやってる。ハグレもんさね』

『海賊……で、その海賊が私達に一体何の用でしょうか?』

 海賊と聞いてアンの顔が険しくなる。


『別に用って程の事も無いさね。この荒れた海に船を出そうなんて命知らずな連中がどんな顔をしてるのか見ときたくてね』

 ビクトリアが俺達を見回し、クックッと笑う。


『見た感じお嬢ちゃんはどっかの騎士様かい? まぁ、それにしちゃ随分若い様だけど。世間知らずの姫さん騎士がお供を連れて旅行とは、気楽なもんさね』


『旅行などではありません! それに気楽でもありません! 私達には大事な使命があります!』

 アンが声を荒げて反論する。

 アンがここまで露骨に怒るのも珍しい。どうもこのビクトリア、アンとは合わない様だ。


『アッハハハハ! 大事な使命と来たか! そうかい、そりゃ済まなかったね!』

 そう言いながらさも可笑しそうに笑うビクトリア。


 アンが再び反論しようとした時『あれって勇者様じゃないか?』と、成り行きを見ていた商人の一人が隣の者に話し掛けた。

 余計な事を。俺は内心で舌打ちする。

 ビクトリアにも聞こえた様で、説明しろ、とばかりに後ろを振り返り商人を睨みつける。

『あ、ああ、いや、最近、バルド王国に商売で行ってね、そ、その時に丁度、勇者の姿を見る機会があってんだよ』


『ああ、勇者の話なら俺も聞いたぞ。ついこの間、砂漠のカーラン・スーを救ったとか』

 ガヤガヤと勇者の話で騒がしくなる店内。


 ダン!


 ビクトリアが足を踏み鳴らすと、再び静まり返る店内。


『へー、なるほど、勇者様ご一行って訳かい。って事はさっきからずぅぅっとアタシを睨んでるそっちの兄ちゃんが勇者様かい? 別に嬢ちゃんを取って食ったりしないさね』


『え、いや、別に睨んでた訳では』

 指摘されたアキマサが慌てて否定する。


 いや、お前は睨んでた。自覚がないのかも知れんがめっちゃ睨んでた。


 それから、ビクトリアは何か考え込んで黙ってしまった。

 少しして。

 そんなビクトリアを見兼ねてアンが言葉を発する。


『あの! 用が無いならもう帰って頂けませんか!?』

『よし!決めた!』

 急に大声を出すビクトリアにアンがビクッと驚く。


『アタシの頼みを聞いてくれるんなら、うちの船を出してやるさね。金もいらない。どうだい?』

 ビクトリアがそう提案してきたのだ。


『海賊の船に? 笑えない冗談ですね。それに私達は勇者一行です海賊とつるんで悪さなど出来ません! お引き取り下さい!』

 アンがピシャリとビクトリアの提案を突っぱねる。


『一応、言っとくがいくらアンタらが勇者でも、その辺のちっぽけな漁船じゃクラーケン相手にあっという間に海の藻屑さね。それに何も悪い事頼もうって訳じゃないさね。ちょーっとばかし、魔獣を退治してくれりゃ良いんさ』


『あなたが何を言お『引き受けましょう!』

 アンの言葉を遮る様にアキマサが返答する。


『アキマサさん……相手は海賊ですよ? それに』

『心配入りません。俺は勇者です。何かあっても俺が守ります』


 アキマサがアキマサのくせにそんな事を言うんです。

 アキマサのくせに。


『あっははは、男だねぇ勇者様は。じゃあ交渉成立さね』

 そう言ってビクトリアが手を差し出してくる。

 アキマサはその手を握り返す。


『ええ、宜しくお願いします』

『いつ出発するんだい? 海が荒れてるせいで暇でねぇ。こっちは何時でも構わないさね』

『宿に荷物を預けてあるので、それを取ったら直ぐにでも』

『オーケー、んじゃ、一時間後に港に船を寄越すさね』

『分かりました』


 ビクトリアは振り返ると連れの子分達に指示を飛ばす。


『聞いたねお前達! 40分で支度しな!』

 アイアイキャプテン! そう言ってビクトリア達は店の外へと出て行った。


『すいません、アンさん。勝手に決めてしまって』

 アキマサがアンに謝罪する。


『いえ、そんな。アキマサさんが謝る必要は』

『本当すいません! 冷静になったら本当に自分でも何偉そうに言ってるんだろうって!』

 頭を抱え、アワアワと狼狽えるアキマサの手をアンが取る。


『守ってくれるんですよね?』

 アンが握ったアキマサの手を見つめながら問う。


『期待、していますよ、アキマサさん』

 そう言ってフワリとアンが微笑んだ。

 そんなアンに耳まで真っ赤にしたアキマサが硬直する。


 アキマサのくせにアキマサのくせに。

 硬直するアキマサの背中を殴りつけて、活を入れる。


「オラ、さっさと荷物取りに行くぞ!」

 八つ当たり気味にそう言ってアキマサを促した。



 その横で、悲しそうな顔をしたキリノが『タコクジラシチュー』と呟いた。


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