大蛇のお供をするにあたって・3
「うおおぉぉぉ!」
雄叫びと共にポーズを取る。シャキーンだ。
「ここに! クリさんパワーが溜まってき―――『さっさと行け』
キリノがそんな俺を蹴り飛ばしてきた。
この野郎、妖精の体になった途端に雑な扱いかよ。人を見た目で判断してはいけない、という教えも、中身が腐っている場合に限れば外見って大事だよね。
「アキマサ!」
蹴られた勢いのままアキマサの後頭部へと突進しておいた。
後頭部への不意打ちに、頭を押さえながら振り返ったアキマサは涙目であった。
ざまぁ。アキマサは何も悪くない。
『クリさん!? 戻ったんですか!?』
「ふむ、それは後だ。長くてデカイあん畜生の口を開けるのを手伝ってくれ」
アキマサにそう話を持ち掛ける。悪巧みではないけど、やや小声。悪戯のし過ぎで物事を持ち掛ける態度が悪人のそれに染まりつつあると自覚した。もうちょっと良い子になろうかな? なれるかはさておいて。
『口をですか?』
「ふむ、どうもな宝玉はアイツの体内にあるらしい」
『ああ、やっぱり。俺も気配の位置からしてそうではないかと思ってました』
「やはり、そうか。宝玉探知機のお前が言うなら確実だろう」
『宝玉探知機……。いや、それは良いとして、口を開けて宝玉を吐き出させれば良いんですか?』
「いや、俺が飛び込む」
エッヘンと胸を反らして威張って告げた自主参加表明。良い子になろうかなと思ったばかりなので、役に立てそうな事は進んでお手伝いを買ってでる意気込み。威張って偉そうなのはデフォである。
『いやいやいや、自殺行為ですよ! それなら宝玉の大体の場所は分かりますし、僕とアンさんで土手っ腹に穴でも開けますよ!』
「それで、宝玉が壊れないと言い切れるか?」
『いや……それは』
アキマサが言い淀んだので強引に納得させる為、強い口調で畳み掛けておく事にする。
「俺の心配は良いから早くしろ! 間に合わなくなっても知らんぞぉ!」
うっ、それは、とアキマサが一度苦笑いしてから、真面目な顔をして俺を見た。何だか苦い薬でも飲み込んだみたいな変化。
『なら本当に行きますよ?』
「ああ、宜しく頼む。信用してるぜ勇者様」
俺はニヤリと笑うとアキマサの肩にしがみついた。
ふぅ、と小さく息を吐いて、アキマサが力強く、
『行きます!』と口にした。
そうして、言うが早いかアキマサがオンフィスバエナに向い疾走する。
それを迎え撃つ様にオンフィスバエナの尾が頭上へと振り下ろされる。
アキマサは聖剣絶対王者を両手に持ち、尻尾に目掛け下から斬り上げた。
衝撃が地面を這う様に真っ直ぐ伸び、迫る尻尾を切り開いて行く。
アキマサがオアシスの手前で大きく跳躍すると、アキマサに合わせる様にプチがアキマサの真下の水面を駆ける。
そんな空中のアキマサを待ち構える様にオンフィスバエナが口を開き、オンフィスバエナの右頭がブレスを放つのと同時に、プチが水面を跳ねた。
垂直に跳ね飛び、そのまま空中で体を捻ったプチは、空中のアキマサとぶつかると、後ろ脚でアキマサを更に上空へと押し上げた。
下から迫るアキマサを迎え撃つべく、オンフィスバエナはもう一方の首で更にブレスを放とうと構えるが、それをアンが高速の突きと魔力の上乗せによって繰り出した真空波によって阻止する。
アキマサは飛翔する勢いのまま、下から右頭の顎を横凪ぎで切り裂き、クルリと反転、天地を逆さに上牙へと着地すると、背中の俺を掴み口の奥へと放り投げた。
投げ出された勢いのまま、奥へと進む。
こいつの腹の中ははっきり言って暗い、臭い、怖い、の3Kを体現していた。
好きに遊んで良いぞと許可を得た訳ではないけれど、放し飼いにされた俺は至る所に体をぶつけながらも奥へと進む。体液がネチャッとして気持ちが悪い。キモイを追加して4Kに昇格。おめでとう! 4冠だ!
なんてオンフィスバエナを嫌味混じりに誉めていたら、ドボン、と急に水の中に落ちて慌てる。
目が痛い。というか全身ヒリヒリする。これが世に聞く酸の海か。
溶けちゃう、タダレちゃう!
これは不味いと更に加速する。力み過ぎて屁が出る。
液体の海を飛ぶ様に泳ぎ、底へと向かう。
そうして進んだ先、いつかバルド城で見た、淡い光を放つ宝玉がそこにあった。
急いで宝玉を抱え、引き返す。
が、この体には宝玉がデカ過ぎる。俺の身長の半分はあるのだ。
重さで全くスピードが出ない。その上、4冠蛇が暴れる度にフラフラと液体に押し流される。
まずい、指の感覚が無くなってきた。
気力だけで宝玉を支えるが、液体に翻弄されてどうにもならない。
全身に激痛が走る。
意識が飛びそうだ。目の前も真っ白だ。
非常にマズイと奥歯を噛みしめ意識を奮い立たせる。
自分から飛び込んでおいてこのまま蛇の栄養になるなど、恥の上塗り以上の意味がない。
意気込みはあれど身体はそれに着いて来ない。どころか完全無視である。
ああ……、なんか背中が温かくなって来たぞ。
心なしか力も戻って来た気がする。
ん? あれ? 何か行けそうだ。うん、むしろ超いける。
ふははは! 背中にクリさんパワーが溜まって来たぞ!
酸の海を飛び出し、上へ上へと進む。
ヒャホーイ! 軽い軽い! 速い速い!
どんどん上へと進んでいく。
突然沸き上がった火事場の馬鹿力に疑問も沸くが、わけの判らないそれが、わけの判らないボロを出す前に事を終わらせてしまいたい。そういう快活性。
その勢いのまま頭をぶつけて止まると、その視線の先に光りが見えた。出口だ。
『うりゃあ――!』
叫びながら飛び出した。空気が美味い! 実際味なんかしないけど。
『クリさん!』
「よう、アキマサ! 見たまえ!」
俺は頭上にババーンと宝玉を掲げる。この仕事をやり遂げた達成感。出来る男のニヒルな笑顔がまぶ――――。
『後ろ――――!』
へ?
振り返るより前にパクッとひと飲み。自重とか空気を読むという言葉を知らないらしいオンフィスバエナの口の中へ再出荷。そんなー。
だが、咄嗟に宝玉をアキマサへ向かって投げたので任務は成功といえた。
喉を下へと転がっていると、突然、視界が開け、光が差し込み、俺の目の前でオンフィスバエナの肉体が大気へと霧散していく。
遂に、オンフィスバエナが消滅を迎えたのだ。
はぁ、終わった。
安堵した俺の目に映ったのは、剣を振り下ろしたままカッコいいポーズで水面に落下するアキマサの姿だった。
流石アキマサ君。カッコいいポーズもさることながら、オチが落下とは基本を忘れない見事なオチだ。実に素晴らしいポテンシャル。
と、のんびりしてる場合じゃない。
俺は急いでラナの元へと向かうと魂写の儀を行う。ハッとしてヤァである。
途端に暗転する視界。
俺は直ぐに起き上がるとラナの体の調子を確かめた。
うん、特に問題ないみたいだ。
それから、転がっている妖精を持ち上げる。
と、そこに至って持ち上げた妖精の背中に魔力で作られた魔法陣がタトゥーの様に描かれているのが目についた。背中についているのに目につく不思議。
うん? なんだ?
……あ、これか、さっきのクリさんパワーの正体は。火事場の馬鹿力じゃなかったのか……。
こんな真似を出来るのはウチには一人しか居ない訳でして……。
俺は視線だけを動かしキリノを見る。
キリノは真っ直ぐ正面を見据えたままだった。
『あんがとさん』
俺は一人言の様にそう言うと、視線を空へと向けた。
黒雲は消え、青空が広がっていた。
何日かぶりの陽の光りに照らされて、雨に濡れた大地と澄んだ湖がキラキラと輝く。
俺は大きく伸びをした後、オアシスから這い出してきたアキマサとハイタッチを交わし勝利を喜んだ。
そうやって勝利の余韻に浸る俺達へ駆け寄って来る者達がいた。
カシュルーと部下達である。
まだ居たの君ら。忘れてたよ。
『お見事です! 勇者様!』
カシュルー達が膝を突きそんな事を言うんです。突然。
『貴方様の御活躍によりこの国は救われました。国に住まう者としてお礼を申し上げます!』
『い、いえ、そんな。勇者の役目を全うしただけですから』
アキマサが照れ臭そうに頬をかく。
うんうん。無事に汚名返上出来たな。
俺的にはアキマサが詐欺師のままの方が面白かったが。
『加えて、これまでのご無礼の数々、誠に申し訳ありませんでした!』
『いや、ほんと、お気に為さらずに!』
困った様にアキマサが言う。
と、同時に、
いつの間にかオアシスの周りに集まっていた大勢の人々から、俺達へ向けて大歓声が飛んできた。先程まで降り続けていた大雨よりもずっと五月蠅い。
巻き起こる勇者コール。
押し寄せる感謝の波紋。
吹き荒れる黄色い悲鳴。
大歓声の中心。
勇者アキマサは顔を真っ赤にして死にそうだ。