大蛇のお供をするにあたって・2
アキマサのくせにちょっと格好良い。アキマサのくせに。
そんなアキマサが構えて走り出そうとしたところに、オンフィスバエナの水ブレスが飛んでくる。
『ひゃあ!』と情けない声を上げてそれを横っ飛びで回避するアキマサ。
うんうん、アキマサはそうでなくては。
ちょっと残念なところがアキマサっぽくて良い。
『援護する。行って。アキマサ』
キリノはそう言って詠唱を開始する。
ん? と言うかこの間みたいにキリノ大先生が瞬殺してしまえば宜しいのでは?
アキマサに花を持たせるつもりなのか?
俺のそんな疑問に答えるかの様にキリノが口を開く。
『この雨に魔力の流れが阻害されている。過剰な期待はしないで』
なるほど。そういう効果のある雨なのか。
キリノ様が居れば楽勝っすよ! と過剰な期待をしていました。
という事は、ここはアキマサとアンに頑張って貰おう。
俺はプチの背中から飛び降り、キリノの後ろに陣取ると観戦体勢へと移行する。
恐怖はこれっぽっちも感じない。俺にあるのは野次馬根性だけだ。
プチにもアキマサの援護を頼む。
さぁ、これでアキマサ&プチ(セコンド付き)対オンフィスバエナ。夢のタッグマッチ戦の始まりだ。
オンフィスバエナは1体だって? 馬鹿言っちゃいけない。頭が2つあるだろう? あれは誰が何と言おうとタッグだ。
そんな事を考えていると、横から激しい衝撃音が響いた。
そちらに目をやると、アンが細剣を片手に大地を駆けていた。
その先には、いつの間にか地上へと降りたビブロスが立っている。
ビブロスは左手に浮かんだ魔法陣から次々と上級水属性魔法を繰り出しアンを迎撃しているが、それをアンはスルスルと潜り抜けビブロスへと突き進む。
そのまま、赤い刀身を持つアンの細剣がビブロスの首を刎ねる。
――――かに思えたのだが、高い金属音と共に細剣は動きを止めた。
『ほう、先日は不意打ちにて気付かなかったが、宝剣紅蒼の命剣をお持ちとは。流石はバルド王国の戦乙女といったところですかな』
いつの間にか手にした巨大な斧でアンの一撃を受け止めたビブロスが言う。
見れば腕が大きく膨れ上がっていた。
どう見ても人間の手ではない、恐らくあれが大悪魔ビブロスの本来の体なのだろう。
『ハァ!』
ビブロスは野太い声と共に斧を凪ぎ払いアンを弾き飛ばすと、全身を変化させる。身体の筋肉が膨れ上がる。メキメキと鈍い音を立てながら。
そうして、そこには伝承に残る大悪魔が顕著した。
3メートルはあるだろう筋肉の膨れ上がった体、牛の様な顔と左右から前面に突き出した大角、手には巨大な戦 斧を持っている。
これこそがビブロスの本来の姿だった。
正直、その姿を目にした時、俺は恐れおののいた。自分の軽薄さを呪った。
ブタだと思っていたらウシなのだ。詐欺である。レンガ推しした自分が恥ずかしい。
『フハハハハ! 行くぞ小娘!!』
ビブロスが叫び、巨大な戦斧を振り下ろす。
その質量と速度を持って戦斧を叩き付けられた地面が大きな破壊音と共に砂塵を巻き上げる。
『フハハハ! 甘いは小娘が!』
ビブロスの一撃を回避したアンがビブロスの背後へと回る、しかし、その姿を捉えたビブロスが後方へと腕を振り抜く。
そんなビブロスを無視し、アンはその場から動く事なく細剣をゆっくり頭上へ掲げる。
その刀身からは紅と蒼の魔力が揺らめく炎の様に立ち上っていた。
『――――ッ!』
驚愕の表情で硬直したのはビブロスであった。
後方へ振り抜いた筈の自身の二の腕から先が無かったのだ。
ガランと音を立て、ビブロスの足元に戦斧が落ちる。
その戦斧の柄には切り裂かれたビブロスの腕が握られていた。
『終わりです』
静かに告げたアンが紅蒼の命剣を振り下ろした。
『バ、バカな………』
その言葉を最期に大悪魔ビブロスは完全に消滅した。
ブラボー! おお……ブラボー!!
つ、つえぇ。ってかアンこえぇ。
普段の素敵な笑顔とのギャップが半端ではない。
お母さんとか大嘘バラ撒いちゃってるんですが平気ですか?
いざとなったらアキマサを盾にしよう。そうしよう。
さて、そんな俺の盾ことアキマサ君は、オンフィスバエナ相手にプチと共に頑張っていた。
アキマサの攻撃により、鱗を砕き、身を切り裂き、オンフィスバエナに確実にダメージを与えていた。
のだが、そんなオンフィスバエナの傷がみるみると消えていく。
アキマサによって輪切りにされた尻尾もいつの間にか元に戻っていた。
『この再生の早さ、厄介ですね』
アキマサが愚痴る。
今もプチの背に乗り、オンフィスバエナの猛攻を潜り抜けて顎から喉に掛けて切り裂いていた。
しかし、そんな傷でさえほんの数秒で再生してしまっている。
ドパン
突然、大きな音と共にオンフィスバエナの頭部が弾け飛ぶ。
ビブロスとの戦いを終えたアンが大魔獣の隙をついて、頭上から強烈な突きを放ったのだ。
衝撃は軽く10メートルはあるだろう長い首の半分程にまで伝わり、力を失ったその首はオアシスへと落下していく。
そのままオアシスの藻屑となるかと思われたオンフィスバエナの首だったのだが、水面へと到達する直前、瞬時に首が再生された。
再生された頭部は、突きを放った反動で空中へ投げ出されたアンへと牙を突き立てる。
アンは空中で身を捻り、鎧を擦りながらも何とか牙を避ける、が、その直後、振り抜かれた尾がアンの身体を吹き飛ばす。
尾が当たる寸前にキリノの結界がアンの前に構築されたが、一瞬で砕け散ってしまった。
しかし、それでも少なからず威力が落ちた様で、吹き飛び地面に激突したアンは受け身で衝撃を散らす事に成功する。
『いったぁ……』
『アンさん! 大丈夫ですか!?』
アキマサがアンへの追撃を警戒し、素早くアンの前に立ち塞がる。
『はい、なんとか』
『頭を潰しても駄目なんて』
アキマサが軽く舌打ちする。
『はい、ほんと厄介ですね』
「なぁ、キリノ。あの再生能力は何とかならんのか?」
観戦中の俺が、自分で立案する作業を早々に放棄し、気楽な気持ちで聞いてみる。
『……ならない』
「あ、そ」
『ただ、あれだけの再生能力を有するには、それを支える魔力が必要なはず、大量の。けど、あの魔獣からは、それだけの魔力を感じられない』
「つまり?」
『どこから、か魔力を補給している可能性が高い』
ふむ、とキリノの言葉に小さく返して、放棄してその辺に転がっていたやる気を拾い直して思案する。
その間にもアキマサ、アン、プチがオンフィスバエナ相手に上手く立ち回っている。
それを視界の隅で捉えながら、
「例えばオアシスかこの雨から、とか?」と、キリノに尋ねた。
『その2つから、はその手の効果は感知出来ない。魔力阻害と厄災の顕著』
「ああ、体調不良か」
『そう。放って置けばいずれ死に至る。呪い』
ほほう、雨に打たれたり、水を飲むだけで呪われたら堪ったもんじゃないな。
水を飲まなきゃ人は死ぬけど水を飲んでも死ぬらしい。おまけに雨は今も景気良く降り続いていて、地面のところどころに身体を張って水玉模様を描く事に余念がない。数日間休みのないブラックな職場とか死にたくなるだろうに。雨と見せ掛けた飛び降りという可能性も?
「あれ? でも俺オアシス来てからずっと雨晒しの上、水にも落っこちたけど平気だな?」
『私に感謝し、褒め称えると良い』
は? 何いってんのこの子?
そう思った時、ふと、手首に巻かれたキリノお手製の御守りが目に止まった。
「あぁ、これってそういう感じなんか」
ドボッ
アキマサの放った技でオンフィスバエナの首が千切れ、頭が落ちる。
そっちはそっちで忙しそうだ。俺が暇に見えるのは肉体労働と頭脳労働の違いだろう。健全な職場で大変嬉しい。
「キリノ、ありがとう」
御守りの礼を言い、立ち上がる。汚れる事に抵抗のないせいか座って濡れた地面に触れていた部分が泥々であった。
あとでアンかキリノ、もしくは両方に怒られる気がした。
『どこへ?』
立ち上がった俺にキリノが問う。やや険しい表情をしているのは心配ゆえか。服の汚れに憤りを感じていない事を切に願う。
「アイツの補充先が雨でもオアシスでも無いなら、残る可能性は1つだけだろ?」
『宝玉』
「だろうな。多分、飲み込んでんじゃないか? なんせあの巨体だし」
『それは……。でも、確実じゃない』
「かもね。でもこのままじゃジリ貧だ。いずれ押し負ける」
『ラナの身体で無茶は―――』
「分かってるって」
そう言ってキリノの背中をポンポン叩く。
しまった……。手が汚れていたせいで叩いたキリノの服を汚してしまった……。
まぁ、気付いてないので黙っておこう。雨に打たれていればそのうち流れるだろう。バレぬなら、黙っておこう、ほっとこう。
「ちょっとだけラナの身体頼むぞ」
そう告げ、俺は首から下げていた小袋を手に取る。
更に小袋の中の妖精を取り出し握る。
後は簡単。ハァとしてヤァって感じだ。
瞬間、視界が暗転。
ラナの身体がパタリと倒れ、キリノがそれを支える。
そして、俺は、
「ご……めん―――首、の骨……マジ……はや……く」
地面でピクピクと痙攣し、虫の息で助けを乞うた。
王宮での無理な肉体労働が俺の体を壊したようだ。おのれカーラン。
キリノが物凄く残念な奴を見る目で俺を一瞥したのち、回復魔法を詠唱し始めた。