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【妖精譚】勇者のお供をするにあたって   作者: 佐々木弁当
Ⅱ章【カーラン・スー~東方三国同盟篇】
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女中のお供をするにあたって

『おはようございます!』


 朝の陽射しの中、黒髪の少女がそう大声で挨拶した。

 瓦礫の撤去作業を行っていた兵士達が一斉に少女を見る。 

 武骨な視線を一身に浴びた少女はやや緊張した面持ちで言葉を続ける。


『朝食の準備が出来ました!』


 少女はそれだけ告げると、踵を返し小走りに去っていった。

 その愛くるしい少女の様子に兵士達は一様に頬を緩めると、作業を止め、少女の後を追う様にその場を後にした。



 昨日、アキマサ達三人が牢獄送りとなった。

 あれから一夜明け、俺は現在、カーラン・スーの城にて見習い女中として働いている。


 何故か?

 その方が城を歩き回るには便利だろうと思ったからである。

 アキマサ達が囚われている今、動きが取れるのは俺しか居ない為、必然的に宝玉探しは俺の役目となった。

 その際、当然、城を歩き回って探す事になるのだが、用も無いのにウロチョロしていては怪しいだろうなと考え、カシュルーに自分から働きたいと申し出た。


 俺の申し出に、カシュルーは怪訝そうな顔をしたが特に反対する事なく許可をくれ、俺に女中の纏め役を紹介してくれた。

 俺を紹介された女中纏め役は少々困惑した顔を見せたが、俺に聞こえない様にカシュルーが何らかの話をすると、そういう事ならば、と直ぐに仕事を与えてくれた。

 

 当初、城の中を忙しなく動き回る少女に兵士達も、何故こんなところに子供が? と不思議そうな顔を見せた。


 しかし、噂が噂を呼ぶかの如く、夜を迎える頃には俺がアンの娘である(実際は嘘だが)というのは兵士達の間に広く知られる事となる。

 アンは同盟国という事もあってカーラン・スーを度々訪れていた様で、その美貌を以てしてバルド王国同様、カーラン・スーでも根強い人気を獲得していた。


 アンの娘という事を知った兵士は皆、その愛くるしい笑顔と整った容姿も相まって、俺に好意的な態度を示してくれていた。中には俺を見て目頭を熱くする者もいる程である。


 後から知ったのだが、この時の俺は、囚われた母親の印象を少しでも良くしようと健気に働く少女、という事になっていた。

 何がどうしてそうなったかは分からないが、その時の俺には都合が良かったと言える。


 なんやかんやと城で過ごした数日で、美少女ラナの人気は城において不動のモノへとなっていくのである。


 それはさておき。

 そんな事態になるなど露程にも思っていなかった俺は、仕事の合間を見ては城を探索し、宝玉の行方を探し回っていた。

 城の扉という扉を片っ端から開けまくり、至るところで兵士と遭遇するが、『部屋を間違えちゃった、テヘ』『迷子になっちゃった、エヘ』等々、と可愛く笑って誤魔化しては城の探索を継続していく。


 そうやって広いカーランの城を所狭しと走り回る俺の首には、首元から脇下へと斜めに下げられた小袋から、妖精の人形が頭と腕を出していた。

 そのリアルドールも真っ青な、()()()()()()()()()()

 人形と言えば聞こえは良いが、実際は死体みたいなもんである。


 いつでも逃げ出せる様に常時持ち歩くにはこれがベストだと判断したのだが、俺が走る度に首がガクガクと暴れまわり頭がもげそうだ。既に首の骨くらいは折れているかも知れないが、その時はその時だ。

 プチは俺が宛がわれた部屋で大人しくお留守番をしていた。



 女中生活4日目。

 ここ数日、城の探索を続けていたが一向にそれらしい部屋も見当たらず、ふと『宝玉は城の中にはないのでは?』、と考えた俺は、唯一宝玉レーダーを持つ勇者ことアキマサへ助力を求める為になんとか牢獄の中へと出向く方法がないものかと思案する。

 宝物庫やメシュリトス王の部屋など、まだ探索していない場所もあるのだが、流石にずっと兵士が警護をしており近付けないでいた。


 とにかく、宝玉だ。

 宝玉さえ発見出来れば、最悪、プチと共に強行突破で宝玉を奪い、アキマサ達を助けて逃げれば良いと考えていた。

 当然、それを実行に移せば俺達への悪名やバルド王国への迷惑など、色々あるのだが俺の知った事ではない。気にしたら負けかな、って。


 牢獄前へと移動する。

 牢獄前の扉を警護する二人の兵士に『お母さんに会いたい』と何の捻りもなくお願いしてみたが、当然、駄目だと追い返された。

 さて、どうしたモノか。

 メシュリトス王にはおいそれと会えないだろうし、やはりここは王国兵団長のカシュルーに頼むのがベストだろう。

 あとはどのタイミングでどんな小芝居を打つべきか……。

 


 

 夜。

 作業を終えて、大食堂へと兵士達が集まってくる。

 その中には本日の対戦相手、カシュルーの姿もあった。

 ここ数日の女中仕事でカシュルーが兵士達と共に大食堂で食事を取るのは把握していた。

 バルド王国ではフオウやアンは自室にて食事を取っていたので、カシュルーが一般兵と並び食事を取る姿は少し意外であった。

 そこには、兵と気軽に接する距離だとか、戦場での絆だとか団長として彼なりの考えがあるのだろうが、今回はそこを利用する。

 俺は食堂の仕事をこなしながらもカシュルーの動きを監視、タイミングを待った。余所見でスープを二回ひっくり返した。

 



 カシュルーが半分程食べ終えたのを見計らい、近付く。クイクイとカシュルーの服を引っ張り、顔を俺へと向けさせる。

 少し言い辛そうにしてますという雰囲気を出した後、『お母さんに会いたい』と彼にだけ聞こえる様な小さな声で言った。

 カシュルーは少し悲しそうな顔をした後、『すまないが、それは出来ない』と返してきた。

 ここまでは予想通り。

 俺はいつか見たキリノを手本に、服の裾をギュッと握り締める。それからポロポロと涙を流した。


『お母さんに会いたい!』

 今度は大食堂に響き渡る様に大きな声で叫んだ。

 俺の声で静まりかえる大食堂。


『ラナちゃん、それは俺が勝手には決められないんだ。何度お願いされても俺は会わせてあげられないんだよ』

 大粒の涙を流す俺を諭す様に、困った顔をしたカシュルーが告げる。

 少し間を置いて、

『意地悪する団長なんてもう大っ嫌い!』

 俺は大声でそう吐き捨てると大食堂の外まで走り抜け、そのまま部屋に戻った。


 部屋に戻ってひと息つく。

 後はその場にいた兵士達に丸投げである。

 彼らが上手くカシュルーを説得してくれれば一先ずは成功だ。

 あの迫真の演技を成功させるべく、今日丸1日をかけて兵士や女中にもバッチリ仕込んである。

 数日の働きで兵士や女中に話し掛けられる事も多くなっており、今日は話し掛けられる度に『お母さん』という単語を口にしておいた。

 果物を貰えばお母さんはこれが好きだと言い、仕事ぶりを誉められればお母さんも頑張ってるとかお手伝いをしたら誉めてくると話し、可愛いと言われればお母さんもそう言ってくれると微笑んだ。

 そうやって彼らの良心を揺すぶったのである。

 当然、全部嘘だけど。そもそもアンは俺の母親ですら無い。

 泣き腫らした顔が良いだろうと思い、今日は徹夜する事にした。


 全ての計略を終え、あとは結果を待つばかり。




 女中生活5日目。

 寝不足で重い体に活を入れ、朝の仕事へと取り掛かった。


『おはようございます!』

 と、元気に挨拶し、大食堂にて朝食の手伝いをこなす。

 俺の元気な姿に安堵する兵士達だが、赤くなった目元を見るや少し悲しそうな顔をする。

 その顔を見せ付ける狙いもあり、水の入った瓶を抱え、昨日まではしていなかった水のおかわりを兵士に聞いて回った。その顔を見た兵士達が勝手に勘違いしてくれる事を期待して。

 実に腹黒い少女である。


 昼過ぎ。

 城の二階にあるテラスを掃除をしていた俺にカシュルーが話し掛けてきた。

 王の許可が下りたのでアン達と会っても構わない、と告げられる。

 面会のお許しに満面の笑みを浮かべて喜び、団長に礼を述べた。


『案内するから今から会いに行こうか』


 そう言われ、少し逡巡した俺は、「場所は分かるので、お掃除が終わったら自分で行きます。大丈夫です」と返した。


『そうか。じゃあ警備の兵には俺から声を掛けておくよ』

 それだけ言い残してカシュルーは去っていった。


 直ぐに行かなかったのはカシュルーに付いて来られると面倒だと思ったからである。

 俺が用があるのはアキマサでありアンではない。

 まして、カシュルーが一緒だと宝玉の話なぞ出来る筈もなかった。

 俺はさっさと掃除を終わらせるべく素早く手を動かす。

 砂漠の真ん中にあるせいか、毎日掃除していても城のテラスには砂埃が多い。テラスの広さもあって中々の重労働である。

 唯一の救いは先日の爆発でテラスの3分の1程が跡形もなく消えてしまっていた事だ。それでも結構広いのだが。

 そんな俺の元に大きな鳥の羽根を重ねて作られた箒を抱えた数人の兵士がやってきた。


 俺とカシュルーの話を聞いていたのだろう。

 良かったね~と口にしながら、掃除に加わってきた。俺は彼らに笑顔で礼を述べた。

 チョロい奴らめ。


 兵士の協力もあって掃除は短時間で終わり、俺は兵士達にもう一度礼を言うと足早で城の地下へと向かった。

 俺が牢獄前につくと、昨日、俺を門前払いした警備の一人が扉を開いてくれた。

 警備兵に礼を言うと、俺は薄暗い牢獄へと入っていった。


 ここは先日、俺達が捕まった牢とは別の場所らしく天井の穴などは見られなかった。

 牢獄は地下にも関わらず真っ暗ではなかった。

 頭上を見ると、天井付近の壁に等間隔で水晶が埋め込まれており、それが淡い光りを放ち暗い部屋を照らしていた。

 更に進む。

 牢獄の1番奥、三人は別々の牢屋に入れられていた。


『クリさん!』


 俺の姿を見たアンが声を掛けてくる。


「やぁ、お母さん」

 俺は笑顔でアンに手を振る。


 アキマサやキリノも顔を見せ、お互い当座の無事に安堵した。


 俺は三人に、ここ数日の状況を簡単に説明した。

 女中として住み込みで働いている事、その合間を見て宝玉を探している事、最後にアンの娘で通っているから話しを合わせる様にと告げる。

 俺の話に、知らない間に子持ちになったとアンが床に手をつき項垂れ、キスもまだなのに等々ブツブツと呻いていたが無視する。


「で、本題なんだけど宝玉の場所がどこか分からないか?宝物庫とか王の部屋とか一部を除いて城の中はほぼ探し尽くしたがそれらしい部屋すら見つからん」

 アキマサに向かって質問する。


『う~ん、この国にあるのは間違いないと思いますが、、城、よりもオアシスに行った時の方が気配を強く感じましたね』


「オアシスか……抜け出せるかな~」

 アキマサの問いに俺が愚痴る。


 本来ならば城の外に行くのは自由であるはずなのだが、俺は今、人質に近い状況にある。

 俺が城に居る限りアキマサ達は逃げづらくなると踏んでの、言わば足枷の様な状態だ。

 城を吹き飛ばす様な連中だ。そういった策も必要なのだろう。

 

 抜け出す策は無いかと思案していると、誰かが近付いてくる足音が聞こえた。


『ラナちゃん、そろそろ時間だよ』

 そう声を掛けてきたのは警備兵の一人だった。

 カシュルーの話では面会は1日10分だけ、という話だったのだが俺の感覚では30分位経っている。

 警備が気を利かせて長めに時間を取ってくれたのかも知れない。


 分かりましたと警備に告げ、アンに振り返る。

『またね! お母さん!』

 笑顔でウィンクして牢獄を後にした。


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