少女のお供をするにあたって・5
「と、言うわけなんだ」
俺が、分かっただろ?みたいな顔でウンウン頷く。
『部屋に帰ってくるなり何を言ってるのかな?』
ですよねー。
オアシスで厄介事になる前に部屋に逃げて来た俺の、一度は言ってみたい鉄板ギャグ、をスルリと躱してアンが問う。
「う~ん、実はかくかくしかじか、と」
『もう、良いですから』
「あ、はい」
しょんぼりする俺。可哀相。
シリアス展開の後くらい、ちょっとボケても許されそうな気もするのだが……。
『えっと……、ラナちゃん、なんだけど……、何となく性格がクリさんっぽいと云うか』
「ふむ、なかなか良いところを突いているねアキマサ君」
椅子に脚を組んで座る俺がビシッとアキマサに指をさす。偉そうに。
「正確には、魂写の儀、という遥か昔の奥技だ。空を飛ぶなんていうそんじょそこらの特技とは訳が違うぞ。お、う、ぎ、だ。おっと、やり方を聞かれても教えんぞ。何故なら俺も良く分からんからだ。何となくハッとやってヤァって感じだ」
ちょっと呆れた感じで俺を見る三者。
詳細を教えない事に不満でもあるのだろうか? まさか迫力が足りない?
宜しい。ならば、腕をこう……、「ハッ!」バッ! として、「ヤァ!」シャキィンだ!
更に視線の温度が下がった気がする。
「そ、それでな? この魂写の儀で何が出来るかと言うとだな。別の誰かの肉体に自分の魂を写すっていう、読んで字の如くな儀式なのだ。で、その儀式をした結果、今、ラナの体には俺の魂が入ってる」
『え? それだと』
「まぁ、最後まで聞きなさいアキマサ。……いや間違えた」
俺はコホンと一つ咳をする。
「もう! ラナのお話、最後まで聞いてよアキマサおにいちゃん!」
『『『………』』』』
「で、でな?」
もう泣きそう。ノリが悪いにも程がある。俺の旧い友人ならば、『いや~、ごめんごめん。おにいちゃん失敗失敗』くらいは言ってくれるだろうに。
「本当は生きてる相手に使う儀式なんだよねコレ。相手の了承を得て、初めて成功する奥技なんだ。つまり死人が生き返ったりする様な奥技じゃないワケ。 ―――ここまでは分かったかな? おにいちゃん!」
『『『………』』』
「いや、うん、ごめん。空気が堪えれんのだ。 ――――えー、本来なら死人には使えない奥技なんだけど、ラナの場合はちょっと特殊、って言うのかな? 一つの体に魂が2つ入ってたんだ」
『魂が2つ、ですか?』
アキマサが問う。
「うん、そこがまさに今回の奇跡なんだよ」
『それは……』
キリノが口を開き、何かを逡巡する素振りを見せて一拍ののち『それはラナ、が水神の巫女な事と関係ある?』
「ある。ついでに言うとキリノのアレも無駄じゃなかった」
キリノのアレとは、オアシスで放った超回復魔法である。
アレは凄まじいまでの回復魔法だったなぁ。
溢れる魔力が辺り一面を覆い、枯れていた草すらも花を咲かせているのが妙に印象的であった。
慢性的な頭痛、腰痛、肩凝りくらいなら完治してしまったかもしれない。
「俺もこの体に入ってからハッキリ分かったんだけど、水神の巫女は産まれながら魂を2つ持ってる様だ。それもラナの魂と誰かの魂、じゃなくて2つともラナの魂だ」
『どういう事です?』
「うん。神に仕える巫女というのは神と共に生きるもんなんだ。産まれながらに持っていた魂の片方を、産まれ落ちたと同時に神に捧げる。魂の半分を捧げるって言った方が分かりやすいか? 俺とプチがそれに近い関係かもな。
しかしだ、400年前に水神は死んだ。これはつまり400年間、魂を捧げるべき相手がいない状態だったわけだ。
そうするとどうだ? 一つの肉体に2つの魂を持つ生命の誕生だ。
で、さっきラナは死んだ。人が死ねば魂は失われるがラナにはもう1つ魂があった」
『あ! その魂を使った魂写の儀って事ですか?』
「正解だよ! さっすがアキマサおにいちゃんだね!」
キャハッと可愛くウインクしておいた。
『今、クリがラナの体に入ってるなら、ラナの魂はどこに?』
キリノがウインクを無視して質問する。
おかしいなぁ、ラナの体だからとてつもなく可愛い筈であるのに……。中身が駄目なのかしら?
「うん? いるよ。まだこの体の中に。魂写の儀はあくまで一方通行で、儀を行った者が表に出て来て、行われた者の魂は力へと変換される。
ただし、これは相手が了承した場合だ。今回は俺が強引に入ったからラナの魂はそのままの形で残ってる。
元々、使われていなかった魂だから肉体に馴染むまで時間が掛かるんだ。
死んだ瞬間に、はい、もう1つの魂と交換、って訳にはいかない。ある程度の期間が必要なんだけど、そのある程度を待ってる間に肉体は朽ちてしまう。そうなったら2つ目の魂もクソもないだろ?」
そこまで言って、やや間を空けてから続きを言う。
「そこでキリノの超回復魔法が役に立った訳」
キリノの体がピクッと震える。
「例えば今回のラナの場合だと、死んで直ぐの状態で魂写の儀を行うと俺は死ぬ。なんせ胸を貫かれてるからね。
でも、その傷をキリノが回復したお蔭で俺は怪我が元で死ぬ心配は無くなった。ならば、後はさっさと憑依してラナの魂が馴染むまで肉体が朽ちない様に代理で過ごせば良いわけよ」
『なるほど! じゃあ時間が経てばラナちゃんは元に戻るんですね!』
アキマサが嬉しそうに話す。
「さて、そこで問題です! ババーン!」
俺はベッドに置かれた妖精を指差し三人に問う。
「魂写の儀を行うには、お互いに魂を持った肉体が必要です。
では、あの空っぽの肉体に、魂写の儀を用いて、俺はどうやって戻れば良いでしょうか?」
俺は笑顔で問題を出してみた。
「ぶー、残念、時間切れ~。正確は! 俺にも分からない! でした!」
『『えええぇぇえ!』』アキマサとアンが揃って驚いた。
それ、そのリアクション。最高。ゾクゾクする。
「いや、だって緊急だったしさぁ。死ぬよりはマシじゃん? そもそも魂写の儀は元の肉体を捨てる前提の技だから戻る方法なんて考えた事無いし」
『じゃ、じゃ、じゃ』
「じゃ~ん!」
『からかわないで下さい!』
アンがプンスカ怒りの声をあげる。
『じゃあ、ずっとこのままって事ですか!?』
「いや~、だからさぁ、それをみんなで考えようよ。幸いあのちっこい体は腐ったりする様なシロモンじゃないし」
そう言って、アンに目配せして、「おねえちゃ~ん! ラナとっても不安なの。だからぎゅってして? ね?」と、可愛らしい仕草と猫撫声とで宣う。
『うぅ……、見た目がラナちゃんなだけにやるせない気分!』
抱き付こうとする俺の体に必死に腕を伸ばして抵抗するアン。
「ぐすっ、おねえちゃん、ラナの事嫌いになっちゃったの?」
『ズ、ズルイですよクリさん!』
「おねえちゃ~ん! ゲヘ」
『ラナちゃんはそんなデブロースみたいな顔しません!』
そうやってアンにちょっかいを出していた俺の体をふいにキリノが抱き締めた。
何も言わず、ただ力強く。
ポロポロ涙を溢しながら。
俺は妙に照れくさくて、されるがままにキリノの温もりを受け入れた。受け入れたって、それはそれで照れくさいんだけれども……。
『ラナは、守るから。私が。今度はちゃんと』
「うん」
抱き締めるの止め、俺の肩に手を置いたキリノが真っ直ぐ見つめる。とびっきりの笑顔と、涙で潤んだ瞳とのギャップがえげつないくらいに可愛い。
でも強がりたいお年頃の俺は冷静沈着。クールルッキングガイ。なんでもない風に装おう為に、ニヘラと気持ち悪い笑顔を作って自爆した。マンマミーア。
『……1つ、聞いても良い?』
可愛い顔したラナは不気味な笑顔でも可愛いのか、特に気にした様子もなくキリノが優しく問い掛ける。
「うん」
『あなたが死んだらラナの魂はどうなるの?』
「え? そりゃあ死んだ瞬間に主導権がラナに行くんだけど、魂が馴染んでないならやっぱりラナもそのまま死んじゃう」
『馴染んでいたら?』
「うん? その時は、まぁ死ぬ様なダメージが体に残ってなきゃラナに主導権が―――」
―――ハッ!
その瞬間、俺は気付いた。気付いてしまった。
キリノを見ると、俺を見つめて変わらず優しく微笑んでいた。
『ありがとう。お蔭でラナを元に戻す方法が分かったわ』
俺の体から汗が吹き出る。
『馴染んだら……クリを殺せば良いのね?』
いやぁぁぁぁぁあ―――――!
『大丈夫、私、天才だもの。殺した瞬間、全快、させてあげる』
こいつ、――――本気だ。
「キ、キリノ様、そこを何とか殺さない方向でどうかひとつ」
えっへっへっへ、と手揉みしながらキリノのご機嫌を取ってみる。悪い商人にでもなった気分だけど、俺は命乞いをしているわけで、つまりはやっぱり俺は悪くないので、情状酌量の余地は有ると思ったりする訳です。
『それは、態度次第。あなたの』
そう言ってキリノは悪魔よりも邪悪な笑みを浮かべた。
執行猶予は付いたらしい。