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【妖精譚】勇者のお供をするにあたって   作者: 佐々木弁当
Ⅰ章【お供になるまで】
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狼帝のお供をするにあたって

 バルド王国を出て三日目。

 とうの昔に季節は春を抜け、梅雨を越え、夏へと向かっているものの朝方はやや冷え込みを感じた。

 太陽が高くなるにつれ温かくもなるのだが、草原というのは遮る物が少ない為か、時折強い風が吹き抜け、それが大地を冷やしてゆく。


 昼は昼でまた暑い。

 影と呼べるものはたまに見掛ける木々の木陰くらいのもので、朝方には煩わしさを覚えた冷や風も、この時刻になると、今か今かと待ち遠しくなる。


 けどまぁ、俺などはまだ良い。

 ずっと馬車の中でごろごろと退屈を持て余し、思い出したかの様に、同乗者達に話題を振るだけ。

 一番大変なのは、やはり馬車を引くお馬さんであろう。

 馬車馬の如く、とは良く言ったものであると感心してしまう。同情はしないけど……。


 次に大変なのはアンだろうか……。なんせ馬をまともに操れるのは彼女しかいないのだ。基本的に、休憩時を除けば彼女はまる一日、ずっと手綱を握り続けている。

 ただ、そこは流石のアキマサも悪いと思っているらしく、アンの隣に座り、手解きを受けながら、時折、手綱を握ってはいる。

 握ってるだけ。

 素人と玄人でこうも違うものかと、ガタガタと揺れる馬車の中から二人の背中を眺めたりした。


 俺と同じくらい暇そうなのは、キリノだ。

 もっとも彼女の場合は、俺の様にただごろごろしているという訳でもなく、時々、馬車から顔を出したり、時には馬車の上部に移動しては、何やらぶつぶつと呪文を唱えて魔法を行使している。

 どうやら馬車に目をつけた魔獣なんかを追い払っている様だが、如何せん、ぶつぶつと呪文を唱えているだけなので全然大変そうに見えない。

 一人言なら俺だって負けてないのだ。


 まぁ、一人言はともかく、魔法とは本当に便利だなぁと思った。

 思い立ったら即行動。をモットーには全然してない怠け者の俺だが、暇潰しにと、魔法の習得に向けて、俺でも使えそうな簡単な魔法は無いかと、キリノに教えを乞うた。

 意味深にフッと鼻で笑われた。

 魔法の知識どころか、ストレスがたまっただけであった。



 夜。

 陽が完全に落ちきる前に、適当な場所を見繕い、野営の準備を始める。

 慣れた手付きでテキパキと準備するアン。

 料理も手際良くこなし、実に頼もしい。

 彼女はきっと良いお嫁さんになるに違いなかった。


 俺は最初から役立たずなので、何もしない。

 おんぶに抱っこの無能扱いだって、俺の鋼の心には傷ひとつつかないのだ。

 アキマサは準備の手伝いだか邪魔だか、アンの周囲をチョロチョロした後、剣を手に素振りなんぞをして鍛えている。

 それにもやはり、良いお嫁さんアンがあれやこれやとアドバイスをしている。

 良いお嫁さんで、良い先生。しかも美人ときてる。最強だな。


 キリノは食料調達担当らしく、ふらりと場を離れて、ふらりと戻ってくる。手に仕留めた獲物を携えて。

 暗闇の中から、音もなく忍びより、手には動物の死体をぶら下げる魔法使い。焚き火に照らされた無表情の顔が恐怖を煽る。

 絵に描いた様な怖い魔女を体現する女。それがキリノである。


 初日などはアキマサが小さく悲鳴をあげたものだが、流石に三日目ともなると、驚くまではいかなかった。若干ひきつった顔はしているけども。





 そうして、森の暮らしとは些か様相の異なる野宿にも慣れ始めた頃。

 アンの手料理を食べて、雑談なぞをしていた時の事。

 ふいにキリノが立ち上がり、背後の暗闇、一点を見つめ始めた。


 その様子を不思議そうに見つめていた俺達に、キリノは小さな声でアンとアキマサを名指しし、『武器を体から離して』と告げた。

 突然何を言い出すんだと、俺とアキマサが顔を見合わせる。

 そんな中、『アキマサさん、武器を』とアンがアキマサに告げ、アキマサも素直に応じる。

 理由こそ判らないが、武器が手元にあると不味いらしい、という事だけは理解出来た。

 どこぞのVIPな人でも登場するのだろうか?


 少し離れた位置に武器を置いたアンが戻ってくる。

 それを確認した後、キリノに顔を戻すと、キリノも持っていた杖を足元に置いて、脚で前方に転がしていた。

 俺の隣では、小さくなったプチが更に体を縮こまらせて、不安そうに鼻を鳴らす。

 一体何が起こるのかと、しばらくキリノの背中ごしに、暗闇を注視し続けた。


 シーンと静まりかえる空間。

 長い時間、誰一人言葉を発する事なく、暗闇に見いっていた。


 更に待つ。


 唐突に、うっ、とアキマサが唸り、立ち上がりかけるが、アンがそれを落ち着いた様子で制止する。

 暗闇から小枝を踏んだであろう音が響く。

 それは極小さな音であろうが、静寂の中にあって、とても大きく聞こえた。


 小枝を踏み締める音の数が増し、それに伴い、音も大きくなっていく。

 そうして、暗闇の中から現れたのは、黒い体をした二メートル程の犬であった。犬というよりは狼に近いかもしれない。

 その瞳は赤い。すぐに魔獣だと気付いた。

 プチに良く似ているとも思ったが、漂う雰囲気がプチとは比べものにならない程に尋常では無かった。

 その魔獣は、キリノに鼻を寄せると品定めでもするかの様に、小刻みに鼻を鳴らした。

 十秒程、キリノを確かめた後、更に歩みを進め、同じ要領で、アキマサ、アンと続け、最後に俺へと鼻を寄せた。

 隣のプチがやたらと縮こまってしまっていたので、刺激しない様にゆっくりと頭に手を置いてやった。ただの気休めだろうが、興奮して暴れられても困る。

 元々、戦力外であるが、そんな俺でも分かる。

 コレと戦ってはいけないと、空気が、本能が、伝えてくる。

 実際は十秒程であろうが、圧倒的強者が目と鼻の先にいるというのは、とてつもなく恐ろしく、時間の長い事の様に感じた。


 全員を確かめて満足したのか、それは来た時と同じ様に、またゆっくりと暗闇の中へと消えていった。


 消えた後も、しばらくは誰一人として口も開かず、身動きひとつせず、ただ強者が遠ざかるのを静かに待ち続けた。


 それから、たっぷり間を空けて、キリノが『行った』と告げたところで、全員が同時に大きく息を吐いた。

 張りつめていた空気が一気に弛緩し始める。


「なんだあれ?」

狼帝(ろうてい)

 キリノが簡潔に答えを口にする。


『魔獣……なんですよね?』

 アキマサの問いにアンが口を開く。


『七大魔獣、そう呼ばれています。あれはその一角。狼帝フェンリルの名で、ここ西の大陸に君臨する魔獣の君主とも呼ぶべき存在です』

『魔獣の大ボスってとこか?』

『まぁ、そうなりますね。ただ、あれは群れを嫌う孤高の存在らしく、表だって魔獣を率いるという事はしませんね。

 唯我独尊とでも言いましょうか……。プライドも高くて、弱い者を不必要に殺す事もしません。ですが、だからといって狼帝に手を出せば無事では済みませんよ』

「討伐とかはしないのか?」

『過去に何度もそういった試みはされた様ですが……。

 ―――まぁ、狼帝がこうして気ままに散歩なんかしているのが結果を物語っているのでしょうね。今ではどの国も狼帝を倒そうなどとは言いませんよ。怒らせなければ手を出して来ない、というのもあるのでしょうけど』


『バルドも500年程前に一度、滅びかけて以来、狼帝への武力行使を禁止している』

 キリノが無表情のまま告げる。

 西の大陸でも指折りの大国バルドが手出し厳禁とする程の強者か……。


「勇者たるアキマサの相手に取って不足なし、だな」

『え?』

 言われたアキマサが素っ頓狂な声を吐き出す。


『ふふ、勇者たるアキマサさんにこんな事を言って良いのか判りませんが、 ――――止めた方が良いですよ。

 一度、先代の勇者ロゼフリート様が狼帝と戦ったそうですが、『魔王より強い』と言って引き分けた程ですから』


「あ~、そりゃ無理だ。アキマサなら瞬殺だな」

『指先ひとつで負ける自信ありますね』

「自慢気に言う事かよ」

 そう言って笑う。

 


 こうして、軽口を叩き合いながら、狼帝という強者の洗礼を浴びた夜はふけていった。 


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