美女のお供をするにあたって・4
「なぁ、そういえばどこ目指してんだ?」
『草原を抜け、砂漠の先にある隣国カーラン・スーへと向かいます』
俺の、不毛とも言える退屈さを消し去る役目を兼ねた問いに答えたのは、御者台で手綱を引く金髪の美女アン。
その隣には冴えない男アキマサが、アンと肩を並べて座っている。
バルド王国を出て4時間程。
魔獣が増えている、って割には特に何事もなく馬車は快適に進んでいた。
王国出発時、根性でキリノの猛攻に耐えていた俺に気付いたアンが、キリノを叱りつけ、それで漸く馬車内へと乗り込めた。
全身に走る傷みと疲労で横たわる可哀相な俺。
それを慰める様にプチが鼻を擦り付けてくる。
優しいのはお前だけだぜ相棒。
相棒に慰められながら視線を横に向けると、試合直後の格闘家の様に、キリノが疲れた様子でグッタリと馬車内に設置された椅子にもたれ掛かっていた。
そんなにキツかったなら蹴るのを止めろよ。余程連れて行きたくなかったのか……。ちょっと悲しい。
で、馬車内で少し疲れを取った後、御者台に視線をやると、楽しそうに会話をするアキマサとアンの後ろ姿が目に付いた。
最初こそ顔も耳も真っ赤にしていたアキマサだったが、アンが色々と話し掛けている内に馴れて来たのか、今では時々笑い声も聞こえてくる。
おのれ、アキマサ爆発しろ。
俺の相棒たるプチはプチでキリノとじゃれあっている。
プチータス、お前もか。
腹いせ混じりに、談笑するアキマサとアンの間にしょうもない質問を引っ提げて割って入った。ただの嫌がらせである。
目的地はどこだの。
あの花はなんだの。
あの雲の形は何に見えるだの。
かなりどうでもいい事を聞いてみたりした。
だが、そんなどうでもいい質問も真面目な二人は笑顔で答えてくれる。
それだけなら良いのだが、そこから何故か二人だけの会話へと発展するのが気にいらねぇ。
あーだこーだと更に難癖気味に話題を振る。
しかし、悲しいかなココは走行中の馬車の上。
目に付くモノが代わり映えのしない草原と空しか無い為、すぐに話題が尽きる。
仕方ないので思い切って聞いてみた。
『なぁ、旅の最中ってさぁ、ウンコとかどうすオゴァァ!』
キリノの杖が飛んで来た。
『お前は、デリカシーの欠片も、無いな』
「ウッ……クッ、俺はただ純粋に素朴な疑問をだなぁ」
『黙れ』
俺を睨むキリノの手には炎が燃え盛っていた。
恐かったのでアキマサに泣きつく。
「うわ~ん! キリノが怒ってる~! アキマサが聞けって言うからだぞ!」
『言ってないですよそんな事一言も!』
俺は、裏切り者ー! と捨て台詞を残し、馬車の床にうつ伏せとなり足をバタバタさせてみた。お世辞、謙遜、妥協、その他諸々を抜きにしても俺の性格は悪いと思う。逆に誉めて欲しい。
しばらくそうやって床に這いつくばっているとキュゥと腹が鳴った。
ガバッと半身をお越し「飯はまだかな?」と聞く。
キリノが小さく溜め息をついた後、馬鹿にした様に小首を傾げ、
『クリさんや、ご飯はさっき食べたでしょ?』などとほざいてくる。
「いや! 食ってねぇし!」
場を和ませるつもりなど更々ない冗談だったが、そのやり取りを聞き、クスクス笑ったアンがひと休みしましょうか、と提案してくれた。言ってみるもんである。
☆
馬車を降り、大きな樹木の木陰で簡単な食事を取る。
食べながら目的地であるカーラン・スーの事を聞いてみる。
『カーラン・スーは砂漠の大国と呼ばれています。国の周囲には広大な砂漠が広がっていてバルド王国とは同盟国の関係にあります。私も何度か行った事があるのですが、国の中央に大きなオアシスがあります。それが国の生命線となる水源であり、とても大事にされています』
『砂漠かぁ、暑そうだな』
アキマサが軽く感想を述べる。
『ふふ、暑いですよ~。夜は逆に寒いくらいなんですけどね』
『そうなんですか。なら暑さと寒さ両方の対策が必要なんですね。あれ? そういえば砂漠を越えるのに馬で大丈夫なんですか? 砂漠にはラクダってイメージなんですが……』
『ラクダ、というのがコチラの世界には居ないので、恐らく異界の生き物かと思いますが……。砂漠に入る手前にサンドホースという砂漠の生き物を貸し出している中継地の様な場所があるんですが、そこで一旦、馬車を預けるんです。そこからサンドホースに乗り換えてカーラン・スーを目指す事になります』
『サンドホースかぁ。馬や犬なんかはコチラにも居るし呼び名も同じなのに、ちょいちょい知らない生き物が出てきますね』
『そうですね~。言葉も通じますし、偶然という訳ではないのでしょうね。コチラとアキマサさんの世界、何らかの繋がりがあるのでしょうか』
真っ先に食べ終え、俺はプチとじゃれつつも二人のやり取りを聞いていた。
その様子を見ていたアンが声を掛けてきた。
『そういえば、プチのソレ、外し忘れていました』
「え? これ外して良いの?」
プチのソレ、とは、魔獣であるプチの力を抑え込む為に付けられた首輪の事である。間違っても去勢ではない。元からメスだが。
『はい、陛下の許可は頂いています』
「おお、良かったなープチ!」
俺の嬉しそうな言葉にキャンキャンと跳び跳ねるプチ。多文、意味は分かってないだろう。
王国に居る際、プチを城に置く条件として提示された事がある。
ひとつは、魔獣の力を抑える首輪を付けるという事。これは一度付けると、付けた者にしか解除出来ないらしく、無理に外すと首が吹き飛ぶと脅された。脅迫だ。
ふたつめ。
それは"血と魂の契約"という謎の儀式を行うというもの。
その話しを聞いた俺がまず思った事は、契約ってなんだ? 壺でも買わされるのか? 俺から財産を搾り取ってから始末しようとかそんなんか? だとしたら何て悪い奴らだ。
だが、残念だったな! 森暮しの俺は無一文だ!
そんな感じであった。
そんな俺の失礼な心の声を読んだかの様にキリノが儀式について説明し始める。
『契約……とは、なんびとも侵す事の出来ない縁を結ぶ事。貴方と、この子、形だけの口約束ではない主従関係を結ぶ。魂という揺るぎない鎖をもって貴方がこの子の主となる。これが血と魂の契約』
あ、はい。
何かイチイチ仰々しいと言うか黒いと言うか。
まだ若いし可愛らしい顔なのに、残念です。
そう思った矢先、まるで心を読まれたかの様にキリノに睨まれた。この子恐い。
契約とやらをする為に城の広場へと出る。
広場には数人の兵が居たのだが、この時は今よりも断然に嫌われていたので、俺、というか魔獣の姿を見るなり彼らはそそくさと何処かに引っ込んでしまった。
そんな落ち込む俺の姿を見たキリノがフッと鼻で笑う。
クッ……、なんかコイツ嫌いだ。
俺を鼻で笑った後、キリノが地面に落書き『魔方陣』 ―――キリノの訂正が入る―――を描き始めた。
ってお前、勝手に心を読むんじゃねぇ。
いや、え? ホントに読めるの? 心を?
おーい、聞こえるかー、キリノさーん。
おーい、ペチャパーイ。
ここぞと悪口を頭で宣う俺を無視して、キリノが三メートル程の魔方陣を描き終え『入って』と、俺と相棒を魔方陣の中へと促す。
キリノは、魔方陣の中に入った俺に今度は『我慢して』と告げ、唐突にナイフで俺の指先を傷つけてきた。
いったぁ、急に何すんのこのペチャパイ。
あからさまな俺の睨みを完全に無視して、キリノはしれっと魔法陣の外へと出ていった。
そうして、キリノの憎たらしい背中を眺めていた俺の指先から滴った血が地面へと落ちると、魔方陣が赤い光を放ち始める。
それから、キリノが何やらブツブツと呪文を唱え、トンっと持っていた杖を地面に突き立てると、なお一層光が強くなった。
おいおい本当に大丈夫かよコレ。
俺が怪しく光る魔法陣に一抹の不安を感じた時、
『あ、失敗……死ぬ』
キリノが小さく呟いた。
な、なに!?
空気が吹き出る様なボシュゥーという大きな音を奏でて、魔方陣から白煙が噴き出す。
モウモウと立ち込めていた白煙が薄れてくると、魔方陣の外には、涼しい顔でこちらを見ているキリノの姿があった。
失敗というキリノの呟きに驚愕し硬直していた俺に、薄笑いを浮かべたキリノが『なん、ちゃ、って』と忌々しくクソ憎たらしい口調で告げた。
クソアマがぁぁああ。
と、まぁそれが、血と魂の契約という儀式の顛末である。今思い返しても腹立たしいが、そのあとでアキマサにイライラをぶつけておいたので、この件はヨシとしておこう。
俺の回想が終わりを迎えた頃、ぶつぶつと呪文を唱えていたキリノがプチの首輪を指で触れた。
そうして、淡い青色の光が首輪を包むと、カチャという音と共にプチの身体から首輪が落ち、相棒は晴れて自由の身となった。依然として、俺と契約とやらで主従関係にある状態を自由と言って良いならの話ではあるが、俺は別に相棒を束縛するつもりは毛頭ない。いくらかこき使いはするが、そこは今まで通りなので気にしてはいけない。
「ふむ、ご苦労キリノ君、誉めて使わす」
俺は偉そうにうんうんと頷くと、プチを抱き締めた。
キリノは眉を曲げ、何か言いたげにしていたが、結局何も言わずに落ちた首輪を回収、懐へとしまった。
「よしよし! プチよ! 久々にでっかくなってみようじゃないか!」
上機嫌のプチがぶんぶんと尻尾を振って答える。
「んじゃ行くぞ? プチが……でっかくなっちゃった!」
何故かアキマサが吹き出した。
俺の掛声でプチの身体がみるみる大きくなり、あっという間に2メートルを超す巨体となる。
ちょっと禍禍しいが気にしてはいけない。ビッグなのにプチという事も気にしてはいけない。
その背中にふわりと乗って、ビシッと前方を指差し指示を出す。
気分は将軍、或いは、名軍師である。
『さぁ、プチよ! 食後の運動といこうではないか!』
言うや否や、プチは凄まじい速さで草原を駆け抜けた。
背中の俺を振り落として。
地べたに這いつくばる俺を見る三人が笑いを堪える気配がした。形式的な慰めの言葉すら無い。別に慰めて欲しい訳ではないが、何か言ってくれないと虚勢だってまともに張れない。
憮然とした俺がそちらへと顔を向けると、キリノが前方へビシッと指を差して堂々とした態度で告げる。
『いこうではないか!』
残りの二人が堪えきれずに吹き出した。