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【妖精譚】勇者のお供をするにあたって   作者: 佐々木弁当
Ⅰ章【お供になるまで】
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美女のお供をするにあたって

 見上げれば視界いっぱいの広い空。

 青と白の柔らかい空気が世界を包みこんでいた。

 見つめた先の流れる雲は風の行方を教えてくれた。

 耳に届くのはそんな風景には似つかわしくない金属音。

 空に別れを告げて音のする方へ目を向ける。

 視線の先には見知った顔が二人、模擬刀を激しくぶつけ合っていた。


 今、俺が居るのはバルド城のすぐ傍に位置する訓練場。

 その脇に設置されたテーブルにて、何をするでもなくぼんやりと過ごしていた。





 王国に着き、キリノという謎の美少女の罠に嵌まったのが4日前。

 あの後、俺達はキリノに促されるまま、その足で国王と謁見する事になった。


 第9代バルド王国国王ディーノ・バルドはイカした顎髭の似合う壮年の男性だった。

 俺達が到着するより早く、事の顛末を既に受けていた様で、いくつかのやり取りをして、敵対しないと約束するならばと条件付きで魔獣であるプチも受け入れてくれた。

 俺やアキマサはともかく、正直プチに関しては問答無用で処刑、などという未来も覚悟していた俺は安堵し、バルド国王に感謝した。

 嬉しさの余り思わず『その顎髭、超イカしてますね』と口走りそうになったのは内緒だ。

 






『ふふっ、退屈そうですね。城にはもう慣れましたか?』

 ぼんやりとアキマサの訓練を見ていた俺に、そう声を掛けて来たのはアンという女性。

 長いまつ毛に大きな目。整っているのは顔立ちだけでなく、スタイルも抜群の美女。

 長く美しい金色の髪が風に揺らめき、なんだかとっても良い匂いがしそう。いや、実際良い匂いなのだが、森で見た厳つい姿は見る陰もない。

 アンは、苔台の森と呼ばれる俺の住んでいた森にて遭遇し、相棒の後ろを追っかけ回し、あまつさえ森最強を自負していた相棒のプライドを軽くへし折ったあの兵である。

 いまは森で見た鎧ではなく可愛らしい服を着ている。

 アキマサも異世界の服でも村で譲り受けた服でもない、バルドの城にて支給されたラフな服装をしている。

 アキマサが親戚の素朴なお兄ちゃんなら、アンは近所でも評判な綺麗なお姉さんである。

 

「ああ、まぁ」

 俺の返事に、アンは優しく微笑むと対面の椅子に腰掛ける。


『おいで、プチ』

 椅子に座ったアンはそう言って俺の隣で寛いでいた子犬サイズの魔獣に手を伸ばす。

 一見すると黒い子犬、果たしてその実態はサイズを極限まで小さく留めた相棒のプチであるが、プチはアンが腕を差し出すと嬉しそうに駆け寄り、腕の中に収まった。


 クソ、この野郎、美女の抱っことは……。

 子犬という権限をフル活用しやがって、プチのくせにナマイキだ。

 ふと、子犬とは言え魔獣がOKなら妖精たる自分もOKだろうと思って、プチとじゃれあうアンの胸元に狙い定め突撃を敢行しようかと画策した。


 スコーン

 とたんに、突如として俺の後頭部に風属性魔法の付与された小さな木の実が飛んでくる。かなり痛い。


『もう! また、キリノってば!』

 アンが唇を尖らせ、俺の背後にいるであろう人物を叱った。


『……問題ない。そんなことより』と、背後のキリノがアンに用件を切り出すと、二人は連れ立って何処かに行ってしまった。


 おのれ、何が問題ないだ。何がそんなことよりだ。

 このキリノ、出会った当初こそ俺に対して一定の敬意を払う素振りを見せていたが、今となってはそれも無い。おそらく、というか元々今現在の対応が素であり、四日前のあれは営業姿勢みたいなものだろう。

 態度の豹変にも驚くが、あれで成人女性というのだからそちらの方が驚きだ。なにより、この国においてはその地位も高い。良くは知らないが"魔導士"というのは魔法を扱う者の中では一番凄いのだそうだ。

 しかし、そんな事は王国の民でもなんでもない俺には関係ない話。

 キリノのポジショニングとしては親戚の生意気なガキンチョだ。

 そうポジショニングを定めてからというもの、城でキリノを見掛ける度に罠に嵌めた復讐だという大義名分を掲げてからかっていたら、いつの間にか非暴力の美少女から暴力の悪魔へと変貌してしまった。

 城の客という事もあり、下手に出るキリノを良い事にからかった罰だろう。それでも俺は悪くない。


 大体、キリノは感情の吐露が直球一直線過ぎる。こんな可愛らしい姿をした妖精に暴力で訴えてくるか普通? しかも、故意に体目掛けて投げてくる。たまには小手先も絡めて変化球とか、紆余曲折あっても良いんじゃないだろうか? 例えば、近くの誰かに八つ当りするとか、である。


 イライラしたので、丁度稽古を終えてこちらに歩いて来るアキマサへ向けて『咬め!』とプチをけしかけておいた。


 なお、王宮に住む条件としてプチには魔力を封じる首輪が付けられている。これにより現在プチは子犬以上の力を発揮出来ない。

 また、何故か子犬サイズの姿は禍禍しい感じが抜けて愛くるしい黒子犬といった見た目になっている。ホクロ犬と読んだ人は次のアキマサの台詞を声に出して読もう。


『え? え? ちょっ、ちょ待っ、クリさん! ちょ待てよ!』

 子犬の強襲にあわてふためくアキマサ。

 ざまぁみろアキマサめ。

 アキマサは何も悪くない。俺も悪くない。

 悪いのはアキマサを強襲する子犬である。俺はそれをただ眺めるだけ。

 眺めるだけで、今日の天気も相まって、心晴れやか、大変清々しい気分であった。

 てぃってぃりー。クリはスキル【子犬強襲(ゴー・トゥ・ザ・プチ)】を覚えた。使うと俺のストレスが解消される効果があるのだ。





 こんな感じで王宮の生活に慣れ始めた俺だったのだが、兵士達からは余り良く思われていない。


 正確には俺ではなく、プチが、である。

 魔獣というのは個であっても、それが全とみなされがち。

 つまりは、プチにではないが、人と魔獣、これまでの両者の長い戦いの歴史において同僚を何人も殺されたのだろう。魔獣とは本来そういうもの。キリノの非殺生な暴力とは違う本物の殺意と悪意。人に仇なすモノ。それこそが魔獣の本質。

 なので、そんな魔獣と急に仲良くしろと言われても土台無理な話しだろう。

 それを知ってか知らずか、アンがプチをとても可愛がってくれていた。

 アキマサ曰く。

 アンはバルド王国の三大美女の一人で、癒し系マドンナとして君臨しているらしかった。

 そのアンがプチを可愛がっている事で兵士達の恨み辛みを少なからず軽減する効果が出ているのだろう。兵士がただの子犬と化したプチに危害を加える様な事態にはなっていなかった。


 流石、癒し系マドンナ。アン様様である。 


 ちなみに、キリノも三大美女の一人で、クール系マドンナとして人気を誇っているそうだ。

「無い無い! それは無いわ!」と、大笑いしていた俺の脳天に何処からともなく飛んで来たイガグリが突き刺さった。

 鋭い突起物が脳天を直撃し、悶絶ものの痛みの中、涙目になりつつもサッと素早く手をあげる。


『なんですか? 急に手を挙げたりして?』

「いや……、痛かったから」

『歯医者か』

 アキマサからそんな突っ込みが入った。



 





 俺とアキマサが昼食を終え、そのまま食堂で雑談をしていると、隊長がお呼びです、と兵士の一人が声を掛けて来た。

 そうして、兵士の後に続いて辿り着いたのは大会議室だった。


 許可を取り、中へ入る。

 部屋の中には、全兵士を束ねるフェイク隊長、それにアン。アンは王国の副隊長であるらしい。それはバルド兵団のNo.2に位置する。道理で。

 それに加えて各部隊長と、キリノを含めた魔導士など三人が中央にある大きなテーブルを囲んで座っていた。


 そのテーブルの奥、少し段差を上った場所にバルド国王や重鎮達の姿も見える。

 この国の錚々たるメンバーが集まっていた。


 な、何かやらかしてしまったのか? とビビる俺。ザ・小心者。

 このまま部屋に入らず目立たずフェードアウト出来ないだろうか? いっそ床にへばりついて、そのままズクズクと溶けて吸い込まれてしまいたい。

 

『来たね。まぁ座りなさい』と、フェイク隊長が俺達を席へ促す。

 このフェイク隊長、豪快な笑い声が特徴的な筋骨粒々のナイスミドルガイである。趣味は掃除。


 そんな情報はともかく。

 ナイスミドルガイに目を向けていると、重鎮の一人が、オホン、と大きく咳払いをした。

『では、これより会議を始めたいと思います。本日の議題は、予てより各部隊長より報告がありました、ここ数週の魔獣の増加についての最終報告と、その対策について、皆様の御意見を頂戴したく存じます』


 こうして始まった会議が、後の俺の人生を大きく変える切っ掛けになろうとは、この時の俺には知るよしもなかった。


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