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【妖精譚】勇者のお供をするにあたって   作者: 佐々木弁当
Ⅶ章【魔王篇・建国期】
235/237

魔族のお供をするにあたって・19

『混沌ともあろう者が、無様よのぅ』


 新たな力に目覚めたらしい俺が、ストイックな表情と空気を含ませながらサウスポースタイルで左、右、左と素振りをしていると、背後からこちらを見下す様な言葉が届けられた。


 無様?

 何を馬鹿な。人獣一体となったこのカッコいい姿が見えんのか? 魚だけど……。

 声の方を振り向き、―――絶句する。


 とっても沢山の人々が俺を見ていた。俺だけを見ていた。頼んでもいないのに。

 目ん玉だけを動かして左右を見渡す。


 魚の群れだ。

 いや、魚顔の人達だ。

 それはどうやら海の種族の様で、魚顔だったり、タコ顔だったり、とにかくバリエーションに富んだ顔が、ところ狭しと水面から上半身だけを出してこちらに顔を向けていた。中には海面に立つ非常識な奴もチラホラ見受けられたが、空中に浮いている俺にそれについて文句を言う権利はなかった。

 全部で軽く千はいるんじゃないだろうか?


 そんな思考の後。


「今日は俺のライブに来てくれてありがとう?」

 疑問系で感謝の意を示してみたけど、海の種族達はニコリともせず、ただ無表情―――というより、ちょっとピリピリした感じで沈黙していた。


 いつまでもライブが始まらないからイライラしてるとか、そういう感じ? 期待というのは高ければ高い程、がっかりした時の反動も大きいモノであるし。

 どうやら俺の、隠しても隠しきれず内から溢れ出るカリスマを多分に含んだオーラが、波を越え、水を越え、波紋の様に拡がって、知らず知らずに人々を魅力し、人気者になってしまったようだ。そんな自分が怖い。

 人気者には人気者の成すべき事がある訳で、それはつまりファンサービス。期待に応えてこその人気者であり、愛される秘訣であるからして、ならば素早く期待に応えねばなるまい。


「え~っと、では歌います。聞いてください【ポセイドンの酒】」

 こうして、大海原に押し寄せる波の音をメロディに、俺の即興ライブが始まった。


 ポセイドンというのは、かつて海の種族を率いていた海の王者の名である。

 彼は酒をこよなく愛した事で知られており、そんな彼の酒好きを元に作られたのが、ポセイドンの酒という歌である。


 今はバッグバンドが居ないのでアカペラだが、本来はその歌は陽気なメロディに乗せて歌い上げる曲である。

 歌詞の中身は、海の王者ポセイドンが戦の勝利を祝う場面から始まり、その祝杯を仲間と共にポセイドンが挙げるのだが、酒を待ちきれないポセイドンが、事もあろうに海の中で酒樽を開けてしまう。

 その酒樽の中には、とても強い酒が入っていて、ポセイドンがそれを海の中で開けてしまったが為、酒が海水と混じり、広がり、周囲に居た者が全員ベロンベロンに酔っ払う。

 と、まぁこんな感じの内容の歌詞である。



「ご静聴ありがとうございましたー!」

 そんな解説をしている間に、俺はポセイドンの酒を歌い終えた。

 久しぶりだが、やはり歌は良い。


『混沌め、この状況で本当に歌いきりおった』

『信じられませんね。心臓に毛が生えているとしか思えません』

『しかも微妙に上手いのが余計に腹立つわ』

 やりきった顔で満足感に満たされていると、そんな事を言われた。


 言ったのは、海の種族の中央、幾多の種族を従える様な位置に陣取る女性であった。

 馬鹿みたいなに大きな珊瑚の台座の上、デカイ貝殻の中にキラリと輝くこれまたデカイ真珠を椅子代りに、肘置きに体を預け、気だるげに頬に手を当てたまま、ふんぞり返っていた。

 

 おお、懐かしい顔だ。

 長生きだとは聞いていたが、態度も顔も昔とちっとも変わってない。


「久しぶりだなテティス! 俺だよ俺!」

 片手を挙げて、にこやかに顔を掛けた。

 とても嫌そうな顔をされた。


『気安くワシの名を呼ぶでない。馴れ馴れしい。―――一度死んだせいか貴様ちょっと性格変わっておらんか?』

 後半をブツブツと小声で言った後、『まぁよい』とテティス。


『貴様が何故ここにただの一人で居るのかは知らんが……この期を逃す程、ワシは馬鹿では無いぞ?』

 そう告げて、テティスが不敵に笑う。


 俺が一人で居るのってそんなに変な事だろうか?

 独身貴族の何がいけないと言うのか。


 ただ、―――気になるな。今の台詞。俺が一人でいるこの期を逃さない?

 ―――これは……。


「ごめん。俺、結婚とか考えてないからさ。ホントごめん」


『……はぁ?』


「いや、別にテティスが嫌いとかそういう事じゃないよ? ただ、俺っていつまでも"みんなのアイドル"で居たからさ。だから特定の」俺の言い訳に、眉根を寄せたテティスの声が割って入る。


『貴様が一体何の話をしているのかさっぱり分からんが、なんとなく不愉快じゃ。凄く不愉快じゃ』


「すまない、許してくれ」


「黙れ。貴様とはこれ以上話しとぅないわ。 ―――殺せ」

 テティスの冷淡な表情から言葉が紡がれた瞬間、俺を取り囲んでいた海の種族達が一斉に飛び掛かってきた。


「うぇ!? なんで!?」

 振ったからか!? それとも振り方が不味かったのか!?

 理由は分からんがとにかく殺されそうになっているのは理解出来た。武器持って憤怒の表情で飛び掛かって来る奴らが、楽しくお喋りしたい、などと思っているとは、流石の俺とて微塵も思えなかった。


 正面から、左右から、死角から、武器を振り上げ襲い掛かって来る者達を冷静に見ていた。が、―――そもそも本気で目で追おうとは思っていなかった。同時多発的に迫るそれらを目で追ったところで受け止められるモノでもないだろうと思っていたからだ。


 ただ、彼らの動き自体はかなり遅い。腐っても魔王であるこの肉体と比べれば、の話ではあるだろうが……。


 正面から向かって来る者達に向けて、今の今まで当たり前の様に俺に食らい付いていた下半身の魚を、足の力で放り投げる。

 何人かは、俺から放たれた巨大魚の砲弾を避けたが、正面ど真ん中に居た者と、後方に居た者は位置が悪かったらしく、避けるに避けれず巨大魚にぶつかり、そのまま後ろに吹っ飛んでいった。


 魚を放り投げた同時に、その後ろを追い掛け、包囲網からの脱出を図る。

 吹っ飛んでいった者達が居なくなった事で開いた網の穴に体を滑り込ませた。


 瞬間、

 そこに巨大な顎が現れた。


「あっぶ!?」

 咄嗟に上顎と下顎を腕力で抑え込み、上半身へのお魚合体を阻止する。

 なんつーでかい口だ。これは上半身どころか丸飲みレベルだ。

 口がでか過ぎて今一つ全体像が見えないが、無数に生えた尖った歯と、顔の骨格から察するにさっきの下半身君と同じ種類の魚みたいだ。


 呑気に魚を観察していると、背後から海の種族達が怖い顔して俺に槍を突き出して来ていた。

 ギリギリまで引き付けてから体をひねり、上へと逃れる。

 突然、拮抗していた筈の支えを失った上顎と下顎が、ガチリと音を立てながら噛み合い、数本の槍を咥えこんだ。


「素晴らしい白羽取り」

 とりあえず、魚の鼻先に逆立ちのまま着地して誉めておいた。


 お誉めの言葉が気に入らなかったのか、魚が顔を振って俺を振り落としにかかったので、体勢を立て直し、魚の鼻先から額、背中、尾っぽに向けて駆け抜ける。

 魚の肌は思っていたよりざらざらしていて滑り難かった。走る分には丁度良い。


「ありゃ?」


 俺が尾っぽに辿り着く手前。一歩を踏み出そうとした俺の足が、行き先にあるはずの道を見失った。

 どうやら、魚が尾っぽを横に大きく振ったらしい。

 落とし穴にでも落ちた様な気分を一瞬だけ味わった後、俺の体目掛けて、横から振り払われた巨大魚の尾っぽがぶち当たる。


「回りまーす」

 妖精ならばいざ知らず、今の俺には尾っぽの衝撃は大した威力でも無く、軽々と腕で尾っぽを掴まえて、態度に合わせて軽い口調で振り回す宣言。

 ぐるぐる。

 ぐるぐる。


「ふははははは! 近付けまい! これぞフィッシュハリケ―――」


 技名の途中で上から襲いかかった何かにぶっ飛ばされて、大きな音と水飛沫をあげて海へと墜落した。

 突然の事に手から魚がすっぽ抜けて、魚は勢い余って何処かに飛んでいった。たぶん、俺は悪くない。


 海中でガボガボと水をひとしきり飲んだ後、海上へと浮上する。


 相変わらず椅子の上でふんぞり返って不敵に笑うテティスと目があった。


『なんじゃ? タコが水鉄砲でも食ろうた様な顔をして』

 テティスがさも愉快そうに口角を上げて微笑む。その傍若無人な様子を目にし、一瞬眩暈に支配されかけた。


「恐ろしい。女の執念とはかくも恐ろしいモノなのか……」

 求婚をお断りしただけで、まさか配下まで駆使して殺そうとしてくるなんて……。


 つい最近まで性別の無い妖精だったせいか、世界に産み落とされてから数千年経った今日この日。俺は女という生き物の恐怖と異常性を思い知らされる事となった。

 

ポセイドンの酒は、Ⅱ章【海賊のお供をするにあたって・5】で海賊達が歌っていたアレです。

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