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【妖精譚】勇者のお供をするにあたって   作者: 佐々木弁当
Ⅶ章【魔王篇・建国期】
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魔族のお供をするにあたって・18

「なんかどんよりしてるし」

 ほの黒く染まった雲に目をやりながら、ひとり言を呟いた。


 エルフの森で、グランドエントから話を聞いて適当に雑談をした後、その足で東の大陸のそのまた東。マリアナと呼ばれる諸島までやって来た。

 二週間もかかった。


 いや、まぁそれは良い。特に急いでいる訳でもないし、家に帰るとやりたくもないお仕事とやらが待っていそうなので、むしろのんびりと景色を楽しみながらの二週間であった。実に素晴らしい。

 諸島の小さな島のひとつ。その砂浜。

 バカンスに来たらパカンスだったなどという意味の分からない真冬のサマーウィークを迎える事もなく、有意義な旅である。曇ってるけど。


 スノーディアとはエルフの森で別れた。

 今頃はエルフ達の勧誘に忙しいかもしれない。二週間前の事なので勧誘自体が終わって、既に移住が始まってるかもしれない。

 元々一人旅をするつもりだったので、あのままズルズルとエルフ勧誘に引き摺り込まれなくてホッとしている。

 まぁ、エルフにも多少興味があったのだが、それよりも優先すべきを優先した。向こうはスノーディアやメフィストがどうにかするだろう。


 それよりも、だ。

 俺は知るべきだろう。

 自分の事を。

 混沌の事を。

 母の事を。


 とは言うものの、自分の事については半分諦めている。数千年以上、自分の役目について色々考えてきた。色々試してきた。

 だが、どれもしっくり来ない。

 多分アレだ。俺がひねくれているせいだ。反抗期真っ只中の俺にアレコレと役目とか物事を押し付け様とするもんだから、もう訳の分からない思考の迷路にでも陥ったのだろう。

 オマケに魔王とか言う妖精ですらない存在になったがゆえ、にっちもさっちも行かなくなった。

 もうどうしたら良いか分かんない。

 と、まぁ、愚痴ったところで、野を越え、山越え、谷越えて、余生はどこまでも続くっぽいので、古い馴染みに相談しつつ、自分探しの旅に出掛けた訳だ。


 そういう理由から物知り爺様のグランドエントに、色々質問してみたが、意外と役に立たない爺様であった。途中からただの雑談になったのがいけなかった気がしないでもないけれど……。


 で、爺様の次に向かったのが、二人目の古い馴染みの元。

 ここマリアナ諸島の近海にて居を構える海の種族の女王。

 女帝テティス。母レイアを知る数少ない人物でもある。


 海の深くに住んでいるという事もあり会うかどうか迷ったが、そこはグレイトな魔王の肉体。深海だってへっちゃらだと考えを改めて、テティスへと会いにやってきた。


 会いに来たのは良いんだけれど、正確にマリアナ諸島の何処かまでは分からなくて、諸島周辺の海中をウロウロと探し回る。

 妖精の頃は海の中が苦手だったという事もあってか、海中の景色を眺めるというのはとても新鮮さを感じ、感動的であった。

 色々とりどりの魚に、見た事もない生き物。

 森に広がる緑の背景なんて見飽きました。時代は青ですよ青。ブルーオーシャン。まさにバカンス。海水なので目が痛いのだけれども。

 しかし、だ。

 これですよ俺が求めていた休日は。ドワーフのもっさりとしたヒゲを「ワカメです」などと言われて誰が納得するものか。

 

 そうやって、目につく景色と体を包む水の感触を楽しみながら海中を探索していると、突然何かに襲われた。背中に何か尖った物が当たった感触がした。痛くはないけどびっくりしちゃう。


「がぼぉぉぉぉおぉぉ!」

 水の中での不意打ちに、慌てず騒がず落ち着いて冷静に行動しようなどという、前もって決めておいた「溺れそうになった時の心構え」というものは何の役にも立たなくて、ガボガボと間抜けで不穏な音を耳に木霊せながら悲鳴を上げた。


 だけれども、何故かあんまり呼吸が苦しいという事もなくて、その代わりに鼻に水が入った事で鼻詰りにも似たむず痒い感触と、口の中に広がった海水のしょっぱさで、ああ、やっぱり海水って塩味なんだなぁ、という妙な感心を覚えた。

 それでちょっとだけ冷静になれた。流石塩分。溺れる恐怖にも塩対応。


 冷静になれたので、何が襲って来たのかと周囲を見渡す。

 しかし、海中は静かなものであった。

 とても静か。

 先程まで周囲に見えていた色彩豊かな魚達も居なくなってしまっていた。ちょっと残念な気持ちになる。


 襲ってきたモノの正体を探ろうかと周囲に目を凝らしていたが、それよりも先に海中から出ようかと考えを改めて、海面を目指しと泳ぐ。

 今日の今日まで、俺は、泳ぐ、などという事をした事がなかったのだが、海を探索するにあたって俺が今日編み出したクリスペシャル泳法は今日も絶好調だ。

 この泳法の何が良いって、素人でも簡単に真似出来るところである。決して、適当に手足を動かして泳いでいるフリを演出している訳ではないのだ。だってフリって言葉を付けちゃうと、それは、泳いでいる、じゃなくて、溺れている、と云うんだぜ?

 何でもソツなくこなす俺が溺れるなど、いやいや、そんなまさか。


 まぁ、そんな些細な事はともかく、海面目指して泳ぐ俺の視界の隅にチラリと黒い影が走る。

 上を目指しながらもそちらに目をやると、透き通った海の中、大きな魚が俺に向かって突進して来ているのに気がついた。


 雑魚めが。

 先程のたまたま上手くいった不意打ちに調子づいているのかもしれんが、海中の妖精とも称される俺に遊泳速度で勝とうなど10年早いわ。


 あっという間に片足を噛まれた。

 こんなに必死に泳いでいるのに……。解せん。


 痛くはなかったけれど、納得はしかねたので、足に食らい付く魚の顔を残った足で蹴飛ばした。

 蹴飛ばしついでに魚の顔を足場にして、海面に向けて勢い良く踏み込む。

 思いの外勢いがついて、海面を跳び出し空中へ。

 魚だって水面を跳ねるので、何でもソツなくこなす俺が出来ない訳がない。

 とりあえず空中でカッコいいポーズ。

 無数に飛び散る飛沫が良い感じだ。静止画で見たい。


 そのまま空中で浮遊すれば良かったのだか、カッコいい自分に酔っていて、惜しくて、ポーズを崩したくなくて、再びドボンと音と飛沫を上げて海中へダイブ。


 海中に入った途端、待ち構えていたのか魚に腕を噛まれた。

 くそったれ!


 腕を噛んだまま俺を水中深くへと引き摺り込もうとする動きを見せたお魚。

 魚の言葉は分からないけれど、噛まれた腕で「Shall we dance?」と問われた気がして、無言で殴って引き剥がした。ダンスの相手は君と同じ魚から選んでくれ。タコなんか良いんじゃないか? ダンス上手そうだ。


 魚とのダンスの機会を先送りにした後、海中から空中へ。

 空が飛べるのだから、最初から泳ごうとせずに水中だろうと飛べば良かったと今更気付く。

 ずぶ濡れのまま、海上から5メートル程の高度でポタポタと雫を垂らす自分の真下を見ると、魚の背中に生えていた背ビレが海面に突き出ていた。


 雑魚め。

 貴様は所詮魚よ。空中では手も足も出まい。魚なので手も足も無いけれど。ケケケ。


 海中からジャンプして来た魚に両足を噛まれた。

 ヒィ、しつこい。

 俺のファンなの? 追っかけなの? 魚の真意を図りかねた。


 こちらの両足を口の中に突っ込んだままの魚が、俺にぶら下がる様にプラプラピチピチと尾ヒレを揺らしていた。


 よくよく観察してみると、魚の口の中には無数の尖った歯がビッシリと並んでいるが、噛まれたままの足は痛くはない。重さも然程に感じない。

 だからか、まるでそれが元から自分の身体の一部だったのではないか? という思いさえ芽生えてくる。

 ―――感じる。

 ―――今までにない一体感を。



 こうしてここに、合体魔獣王シャークキメイラが爆誕したのである。


 とりあえず自由の利く上半身で決めポーズをしておいた。 

 何の感慨も湧かなかった。

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