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【妖精譚】勇者のお供をするにあたって   作者: 佐々木弁当
Ⅶ章【魔王篇・建国期】
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妖精のお供をするにあたって・4

『竜の園に帰るなの?』

 グランドエントのいた森を抜け、森の外で待たせていた竜の背に乗ったところで、頭の上のナノが尋ねた。

 この一年、クリを探す為の移動手段には管理者から許可を貰い竜を使っている。竜は早い。けど、風は冷たい。


「このままメフィストフェレスのところに」

 そう告げ、竜の顎下に繋がれた手綱を握ると、竜は羽ばたき、空へと舞い上がった。

 やはり風は冷たい。

 大雨、に打たれたあの日程では無いけれど、冷たい風に触れると嫌なあの日を思い出す。クリが消えた日。歯車の狂ったあの日。

 でも、冷たい風に吹かれている方が都合が良いとも思った。

 屈辱的なあの出来事を忘れずに済むから。

 それで前へ進める気がするから。


『メフィストフェレスに会うのは久しぶりなの』

 頭の上のナノが言う。

 視界の中には居ないので、ナノがどんな表情をしているか分からない。

 でも、やはりメフィストフェレスを知っていたのかと小さく嘆息をつく。

 私がその名を口にしなかったので、ナノと共に過ごしたこの一年。その名が話題に出る事はなかったので、それは仕方ないとも思った。私は無口だと自覚している。ので、自分からナノに話し掛ける事はほとんど無い。口を開いても用件を告げるだけ。

 一方、ナノはお喋りなので良く喋る。私はそれに適当に相槌を打つだけ。

 自分が人付き合いが苦手なせいか、ナノやクリの様にぽんぽんと話題が口から飛び出す彼らは純粋に凄いと感じる。私には無理だ。


 ナノの話は特に中身がある訳ではない。けれど、私が一人で旅するよりも楽しい。すぐに落ちかける私の気分を払拭してくれる。余計な事を考える暇をくれないのがナノのお喋り。

 アキマサもそれを見越して私にナノを付けたのだろう。

 アキマサも竜を宛がわれているとはいえ、単独で今のアンを追うのは大変であるだろうに……。


 頼りなげに見えるけれど、優しい勇者だと私は思う。

 だからアンの事はアキマサに任せた。

 混沌の事も心配であったが、"私がぶっ飛ばしたからしばらくは大丈夫"、だと言った管理者の言葉を信じる事にした。アレは、私がちょっと引くくらい強かった。ので。


『あ~! 口を開けていたらなんか口に入ったなの! もっと上を飛んで欲しいなの。―――それはそれとして、メフィストフェレスの場所は分かるなの?』

 ナノに言われるまま少し高度を上げて先を進む。

 相変わらず世界を覆う黒雲が少し近くなった気がした。


「場所、は分かる。あいつは常に私を呼んでいるから」


『そうなの? メフィストフェレスはキリノに会いたい感じなの? 恋?』


「……」

 無言で頭を大きく頭を降って、頭上のナノを振り落としにかかった。


『あーーー!! 嘘なの! ちょっと言ってみただなの!』

 私に振り回されながら、髪にしがみつくナノの悲鳴が届く。

 風とナノのおかげで髪が乱れたけど、そういう事をあまり気にした事はなかった。アンがいたら怒られただろうけど……。女の子がなんだ、身だしなみがなんだ、愛嬌がなんだ、と。

 不服。


 だから、いつか言ってやろうと思う。

 兵団施設で同期の男共全員をねじ伏せた本人がそれを言うのか、と。

 必ず、言ってやろうと思う。



 荒れ狂う私の首が止まったところで、乱れた息を整えたナノが『本当にギリギリだったなの』と小言を言ったところで話を切り出す。


「メフィストフェレスとは何処で?」


『ん~? 昔、何度か妖精の聖域(フェアルチェアリ)に遊びに来た事があるなのよ。先代の友達だって言ってたなの』


「……クリと友達なのは本当?」

 老樹もそう言っていた。


『え? 多分。先代も友人だって言ってたなの。でなの、妖精の聖域(フェアルチェアリ)に来た時は、色んな話をしてくれて楽しかったのを覚えているなの。でもでも~、楽しかったのは覚えているけど、中身までは覚えていないなのだけれども。悪い人って印象は無いなのよ? マーちゃんは少し苦手そうだったなのだけれども』


 話に聞く限り人格者であった様であるマロン・ウッドニート様が、苦手だと思う何かをメフィストフェレスに感じたのであろう。

 私、もあいつは嫌いだ。大義名分さえあれば、いつか殺してやろうと思っている。


 そう思う程に嫌いな人物を前に、私は冷静でいられるだろうか……。

 そんな不安を抱えたまま、竜は砂漠を目指して飛び続けた。



 


 何度かの夜を越えてたどり着いたのは砂漠が広がる荒野の中にある村であった。

 飛ぶ竜の背から見下ろした村は小さい。

 少し遠くに目をやれば、暗闇の中に小さな明かりが視界に映った。それが砂漠の大国カーラン・スーの明かりなのだとは、方角的に見当がついた。

 竜を空に残したまま、背を飛び降りた。

 格好に頓着は無いとはいえ、流石にローブの下を風で捲らせてまで見せるのもはしたないので、ローブの裾を膝で挟んで降下していった。


 村から少し離れた場所。

 地面との衝突の直前に、ふわりと体を浮かせて大地に降り立つ。風に撒かれた砂が僅かに舞い上がって、すぐに暗闇へと消えていった。


『一切躊躇しない飛び降りは毎回心臓に悪いなの』

 頭の上から届くそんな小言を聞き流して、村へと足を進めた。



 村の入り口、と呼べるような物もなく、砂漠にそのままテントを張ったようないくつかの住居が目につく。

 その中央にはカーラン・スーのものと比べると遥かに小さなオアシスが水を湛えていた。


 この御時世に呑気なものだと住居を見渡す。同時に、日常的に使い、もはや癖になってしまっている魔力による感知も広げる。普段は私を中心にした10メートル程の円。広げた今は村を全てカバーする程。

 住居の中に人の気配はある様だが、まだ私には気付いていない様子であった。

 やや異様に感じる。のは、こんな風になってしまった世界のせいだけではないように思う。

 一年前から、黒雲が空を覆い魔獣が跋扈する世界になってしまってから、人は前程気楽には生きられなくなった。

 そんな世において、この村の住民は危機意識が足りないと感じる。

 常に薄暗い世界は昼と夜の区別がつきにくくなってしまったが、暗闇の深さで全く分からない訳ではない。今は夜。カーランの明かりからもそれは分かる。なのに、松明はおろか、見張りすらいないのはどういう了見だろうか……。


 何気なく、異様さの正体を探ろうかと感知の精度を上げた途端、ゾクリと背筋が僅かに震えた。


 村の住民全てから禍の気配がした。

 一人一人の禍は魔獣よりもずっと大きい。

 その中にあって、一際異様な気配。

 他と比べてやけに小さな魔力。しかし、異質なそれ。

 頭が冷えていく反面、心に激情が渦巻く。


 それを、冷静な頭で抑え、ナノを頭から引きずり下ろして胸元へと押し込んだ。

 戦闘前のいつもの合図。

 ナノも慣れたもので、何も言わずただ周囲に険しい―――と自分では思っているらしい―――目を向けて警戒した。


 しばらくどうしたものかと警戒しながら立ち尽くしていると、感知の中に、1人だけ住居から外に出る動きがあった。


 ニコニコと、見ていると腹の底から沸き立つ私の憎悪などお構い無しに近付く人物。

 その男は、笑顔と共にある。


『これはこれはキリノ。わざわざこんな所までどうしたのです?』

 白々しい台詞に嫌悪感が増す。

 表情に出ない様に努める。けど。すぐに破綻しそう。


『メフィストフェレスなの』

 胸元のナノがちょっと安心した様な声色で告げる。ナノからは特に警戒する様な素振りは見えない。

 けど。


 私は、とてもイライラした。

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