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【妖精譚】勇者のお供をするにあたって   作者: 佐々木弁当
Ⅶ章【魔王篇・建国期】
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妖精のお供をするにあたって・3

 幾度目かになる話の脇道を、再び正した老樹。

 すぐに逸れてしまう話題。気を悪くしただろうかと、謝罪の言葉を私が述べる。

 老樹は、『気にしないで。知りたがりのお嬢さん』。そう言って微笑んだ。


『木々のなんて事のない噂に耳を傾けるのも楽しいが、たまにはこうやって私もお喋りしたいのさ。お嬢さん達が来てくれた事で、私は今とても有意義な時間を過ごせているよ。ありがとう』

 言葉通りに、微笑み、楽しげな表情をした老樹。


 ナノはナノで、私が思考に耽っている間に老樹と少しお喋りを続けたのち、お礼と言って老樹のケアを始めてしまった。どうやら枝葉に住み着く虫を取ってあげているらしい。

 殊勝な事だ。と、忙しなく、けれど愉快そうに老樹の周囲を飛び回る妖精を無表情のまま目で追った。


 しばらくナノを眺めた後、

「役目、という物は妖精―――いえ、レイアの眷属ならば必ず持っている物なのですか?」


『そうだね。さっきも言ったけれど、役目は妖精が自分で考え、気付き、事を為す。だから、気付かぬ者もいるかも知れない。

 役目とはね、眷属にとっての本能みたいな物なんだろうね』


「本能……」

 私の呟きに老樹が続ける。


『私はその限りではないけれど、レイアの眷属である妖精というのは、知識こそ繋げはするが、次の世代に命を繋ぐ事をしない。ただ芽吹き、過ごし、枯れる。他の生き物の様に命を紡がない。種を残さない。

 子を残すという事は生き物の本能だろう。そうやって、生き物は繁栄し、世代を代えても脈々と続いてきた。

 しかし、次へと命を繋ぐ事のない妖精達。だからこそ、役目という概念を持って生まれてくるのだと、私は思う。

 ――――そう。……概念なのだろうね。他の生き物を補う意思ある概念。それが妖精という物であり、役目だ。生き物がそれを求めている。だからこそ、妖精は生まれる。生き物がそれを求めているから。

 そうして、役目を終えた時に妖精は終わりを迎えるのさ。静かにね』


「……アレにも―――クリにも役目があるのでしょうか……」

 問い掛けというよりも、自問に近い呟きを口にする。


『あるんだろうね。アレの寿命はとても長い。姿は幾度も変わりながらも意思は悪戯者のアレのまま、長く世界に留まり続けている。

 私でさえ、二度のバトンを種から芽吹いた次の私に渡して世界に居座り続けているというのに、アレはそれとは違う。姿が変わっているのは単にそういう流れになったから仕方無く。それだけ。それが無ければ、おそらく最初の体を持ったまま、いまも生き続けているだろうね。

 それはねお嬢さん。つまりは、あの者の役目が未だに果たされていないという事に他ならない。果たされるまでアレは生き続ける。たとえ世界に1人になろうともね。世界という存在が許す限り在り続ける。世界が生かし続ける』


「……生きている。と、言いたいの?」


『そうだね。生きているだろうね。そして、これからも生き続けるだろうね。役目を終えるその時まで』


 老樹を無表情で見据える。


 ―――そういうルールか……。

 妖精が長生き、という話は聞いている。しかし、それにしたって長過ぎる、と以前から思っていた。

 魔法に長けた者ならばそういう事も出来るだろう。意図的に長く生きる。外法ではあるが可能。

 だが、クリは魔法など一切使えない。どころか、魔力にしろ聖霊力にしろ、微々たるものゆえ持っていないに等しい。

 そんなクリが、神話の域にも達する世界樹を知り、混沌を知り、歴史を知る。知っている。独力で生きてこれたのが不思議だった。

 そしてその答えが、世界によって生かされている。というのも眉唾物ではある。

 あるが、なるほどとは思う。


 クリは、私達との旅の最中によく風景を眺めていた。

 小煩いクリもその時だけは静かで、だからか、とても印象深く私の記憶に残った。

 それはぼんやりと雲を眺める横顔で。

 それは少し楽しそうに星を見つめる横顔で。 

 それは気持ち良さそうにそよぐ涼風に身を委ねる横顔だった。


 私は世界というものが、あまり好きではなかった。というよりも、興味がなく、無関心であった。雲は雲であり、星は星でしかなく、髪や服を乱す風はやや迷惑なものでしかなかった。


 だが、クリは違った。彼は世界が好きである様に私には見えた。何気ない風景を一瞬の宝物でも見るかの様に世界を見ていた。

 そんな彼が不思議で、いつからか私も空を眺める様になった。星を見つめる様になった。風に自分から吹かれる様になった。

 それで、少し……ほんのちょっとだけ好きになった気がした。


 そんな彼だったけれど、彼は世界の事を口にする時、見つめるその目とは裏腹に世界に悪態をついた。

 世界はクソだと言った。醜いと口にした。


 訳が分からなかった。


 少なくとも私には、世界を眺める彼の目から、醜い物を見ている様な印象は受けなかった。だから不思議だった。

 私の目でも裏の世界が見えない彼。

 彼は世界が好きなのか、嫌いなのか私には分からなかった。


 ―――けれど、老樹の言葉でなんとなく分かった気がした。

 彼はきっと世界が好きなんだと思った。それは表の世界という世界の外見。世界の何処にでもある、でもそこにしかない世界の外見を彼は好きなんだと思った。


 そして、彼はきっと世界が嫌いなんだと思った。それは裏の世界という世界の内面。

 自分を生かし続ける世界の意思が嫌いなんだと思った。

 自分()()を生かし続ける世界の内面が嫌いなんだと思った。



 逡巡の後、


「―――――――――悪趣味な」と、呟いた。世界に悪態をついた。


『そう思うかい? 優しいお嬢さんだね。悪戯者が気に入る訳だ』

 老樹が微笑む。

 少しだけイライラしていた私を宥める様に。

 小さく息を整える。


「……クリが、……どんな役目を持っているか知っていますか?」


『分からない。口が軽いわりにあまり自分の事を話さないからね。あの悪戯者が自分の役目を知っているのか、それとも知らないのか。それすらも私には分からない』


「……たとえば―――仮に知っていたとして……。クリは役目を終わらせる気があると思いますか?」


『……お嬢さんはどう思う?』

 質問に質問が返ってくる。表情は読み取れないが、なんとなく、老樹も私と同じような答えなのかと思った。 


「終わらせるつもりはあると思う。だからこそ、面倒だうんざりだと喚きながらも私達と、―――勇者と共に行く事を選んだ。のだと思う。


 ―――ひとりは寂しいから」


 私の言葉に、老樹はちょっとだけ驚いた顔をみせて、それから優しく微笑んだ。


 ひとりは寂しいから。

 ひとりになるのは寂しいから、彼はひとりでいる事を選んだのだろう。勇者と出逢うその時まで。


 フレアが亡くなる前に、クリの事を私やアン、アキマサに話してくれた。

 その中で、彼はフレアと会うまで"何か"を探して世界をふらふらしていたらしいと聞いた。

 その"何か"が何であるかはフレアも聞き出す事は出来なかったそうだ。

 おそらく……、フレアでさえ聞き出せなかったその"何か"こそがクリの役目なのではないかと考える。

 彼は自分の役目、為すべき事を探していたのかも知れない。


 フレアと離れて以降、彼はひとり森の中で生きていたらしい。

 今際の際、彼はフレアが家に戻るかと森で待ち続けたと語ったが、探しには行かなかったようだ。

 フレアの話では、クリは意図的に自分の居場所を隠したのだそう。フレアの魔術から自身を隠し、身を潜めた。


 「フレアの居場所が分からなかったから」と口にした彼の言葉は本当だろう。探しに行かなかったのだから分からなくて当然だと思う。

 しかし、多分、探せばフレアはすぐに見つけられたのではないかとも思う。赤い魔女の名を持つ魔導士として名を馳せるフレアの居場所など、魔法などないクリでも容易に分かった筈だ。

 つまりは、意図的に探さなかった。身を潜めたのも向こうからの接触を拒んだからだろうし……。


 ひとりは寂しいから、ひとりになりたかったのだ。

 誰とも関わろうとはしなかったのだ。

 生きているのか死んでいるのか、それすらも分からない曖昧さで満足させた。

 死んでいるのか分からないから寂しいけれど悲しくはない立ち位置で、生きているのか分からないから会いたいけれど寂しい立ち位置で。

 そんな疲れる立ち位置を選んでまで他者との接触を避けた。理由はたぶん―――


 別れが悲しいから。


 悲しいよりも寂しいを選んだ。

 私はたかが十数年の生ゆえ想像するしかないのだが、長く生きるとは、多分そういう事なんだと思う。


 不変の意思持つ概念として長き生きる彼は、同じ不変的な世界の外面を好み、同族嫌悪の様に世界の内面を嫌った。

 嫌いな自分を終わらせたくて、役目を探して勇者と共に旅に出た。そうやって出逢う事で始まる別れを受け入れた。生き物の生には必ず終わりがある。別れがある。彼には訪れない死がある。


 ―――彼は、死にたいのかもしれない。



『優しいお嬢さんは、―――それでもあの子を探すのかい? どういう形にしろ、あの子の終着点は世界から自分が消える事のようだよ?』

 老樹の問い。

 少し間を置き、表情を崩さず答える。


「アレは寂しがり屋なので」


『そうだろうね』

 老樹がさも愉快だと大きく笑った。


「最後にひとつ」


『何かな?』


「クリ、の行き先に心辺りは?」

 私の問いに、今までで一番長く老樹が間を置いた。

 長い間ののち、


『優しいお嬢さん、気を悪くしないで欲しいのだけど……』老樹がそう前置きしつつ、やや渋る様な表情を見せ、続ける。

『あの悪戯者の事ならば、あの子の友人であるメフィストフェレスに聞くのが一番早いと私は思う』


「……友―――というのは初耳。 ―――そう……。やはり知り合いだったの」


『あの悪戯者の事だ。無理に今探さずとも、いずれ向こうからお嬢さんの前に現れるかもしれないよ。会いたくない者に会う必要はないともさ』


「……現れないかもしれない。とも思っているのですね」


『或いは……。

 元々ひとりを望んでいるし、混沌が本格的に動き始めた事を思えば、おそらくあの子もまた本気で動き始めるだろう。

 メフィストフェレスに加え、妹であるスノーディア、それに連なる双子、古の巨人、相棒としている魔獣に、英雄、竜、一部の灰人もあの子の側にいる。

 あの子のカードは強力だ。あの子自身に力は無いが、あの子に組する者は多い。それだけの足跡をあの子は残し、築いてきた。本気で動けば混沌とて打ち破る可能性は大いにある。

 しかし、決定打である勇者が手元から離れている。勇者がいなければ、ただ疲弊するのみ。混沌の復活までは止められないし、何より、それだけの事が起きれば、お嬢さんならば気付くだろう。そうなれば、お嬢さんの赴いた先で自然とあの子と再会出来る筈だ。無理にいま会う必要はないと言ったのはそう思ったからだよ』


「――――ありがとう。でも、私は私のやりたい様にする。メフィストフェレスが近道ならば会いに行く。それだけ。―――また聞きたい事が出来ればここを訪ねます。ありがとう」


『……そう。……行くんだね。―――あの子は幸せ者だね。またいつでもおいで、知りたがりのお嬢さん』

 老樹の言葉に一礼して、踵を返す。


 ふわりと柔らかな感触で頭の上へと戻ったナノを乗せ、私は老樹の住まう森を後にした。

 

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