仮面のお供をするにあたって・11
俺やアキマサ、エルヴィス達も見守る中。
そこに地面でもあるかの様に空中で静止していた仮面がゆっくりとその高度を下げて大地へと足をつける。
『お見事です』
そんな仮面からまず発せられたのはお褒めの言葉。
次いで、仮面はやはりゆっくりとした動作で顔に手をあて、そのまま仮面、フードと順に外し、隠していた素顔を露にする。
そうして、仮面の下から出てきたのは付けていた仮面と同じくらいに真白な肌をした少女。
整った目鼻立ちと、一際目を惹く薄紅色の唇を持った絵に描いた様な美少女。
フードの下から溢れ落ちた薄く青みがかった長髪。その前髪の右半分を留める様に銀の髪飾りが頭にチョコンと2つ付いている。
あれ? この顔……何処かで……。
『あ、入国した時に居た子だ』
アキマサが少女をそう指摘した。
「入国の時?」
『ほら、門から宿に行く間中、ずっと子供達がプチの後ろを付いてきてて』
「あー! 居たな確かにその中に。手が届きそうなくらい近くに居た子だよな?」
『そうですそうです』
居た。確かにこの少女はあの時に居た少女だ。
ひそひそ話する子供達の輪から外れ、こちらをただ興味深そうに眺め、宿の近くまでくっついていた少女だ。
と言う事は、あの時には既に
『あーーー!』
俺の思考を真っ二つにする様な大声が届く。
何事かと声の方へと顔を向けると、シャルロが少女を指差して口をこれでもかと開けて突っ立っていた。
『シャルロ、どうした!?』
エルヴィスが問う。
『キリノ導士! キリノ導士ですよね!?』
シャルロが少女に叫ぶように問い質す。
キリノ導士? キリノというのが名前なのだろうか?
『キリノ導士? あの子……いや、あの方が……』
『キリノ導士って言やぁ、バルド王国最強……いや、世界でも五本の指に入るって程の天才魔導士』
エルヴィスと、それからイーサンがそう口にする。
「有名人なのか? ってか王国最強? このガキんちょが?」
『ちょっと! あなた失礼よ!』
ややきつめにシャルロが俺を諫めてきた。
どうやら偉い人らしい。見た目は美少女。うん、ガキんちょだ。
しかし、――――なるほど。
人は見た目で判断出来ないと言うか、王国最強、世界でも指折りの実力というならば色々と納得出来る部分もある。
え~っと、マジックボックスだっけ? この空間。ま、とにかく、この魔法によって生み出された灰色の空間。シャルロの話では大変に高度な魔法であるらしい。加えて、ゴーレム達。それらを操る事実が、この少女が実力者であるという確たる証拠に等しい。シャルロが言う様に本当に王国最強なんだろう。ガキんちょだけど……。
『……年齢は。――――いえ、それは後で。……勇者アキマサ殿』
こちらをやや不機嫌そうに横目で見ていた少女キリノだったが、一度居住いを正すと、名を呼び、アキマサを真っ直ぐに見定めた。
『試す様な真似をした事、まずはお詫びします』
『え? あ……いえ』
敵かと思っていた者から唐突な謝罪を受けたアキマサがやや疑問符を浮かべつつも返事をしてみせる。気持ち目が泳いでいる様に見えるのは唐突な謝罪ゆえか、はたまた美少女に真っ直ぐな視線を向けられているからか……。両方かもしれない。
『見苦しい言い訳になりますが、王国としてはあなたが本当に勇者なのか、それとも、ただの運び手なのか見極める必要がありました』
「運び手?」話に割って入り、問う。
『……聖剣とは、勇者のみが扱う事を許された選択の剣。扱う事とただ持つ事では意味も、意図も違う。剣は自らの主を見定め、選び、歩む。人の手から人の手へ。自らの主の出逢うその時まで』
聞いていた俺とアキマサが顔を見合わせ、互いに首を傾げる。
『……つまりは、剣は自分の主たる者、勇者に出逢うまで旅をするのです。とは言え、剣は剣。自分では動く事など出来はしない。時には人の力を、時には自然の力を、時には獣の力を借りて旅をします。そうして、永く、長い旅の果てに出逢うのです。その終着点こそが勇者。ですから、先程も申し上げた通り、見極めねばなりません。あなたが勇者なのか、それともただの通過点であるのか』
「ふ~ん……。何となく言いたい事は分かったけど、随分回りくどい事をするんだな」
相手の意図が見え始めたせいか、やや余裕の生まれた俺が少しの嫌味を交えて言葉を吐き出す。
キリノは表情こそ変えなかったが、ばつでも悪そうにちょっとだけ間を空けてそれに答えた。
『……今回は、状況が特殊、だったのでこういう形に』
「特殊?」
『特殊……』
俺とアキマサが同時に呟く。
『……順を追って説明すると……まず始め、きっかけとなった1つの報告がありました。それは、苔台の森へと赴いた王国の兵からの報告です』
「……苔台……あ~」
俺の呟きにアキマサが、心当たりでもあるのかと目だけで聞いてきた。
『森にて力を持った魔獣と遭遇した、という報告――――これだけなら、さして珍しくもない事ですが、その時は事情が違いました。……報告によればその魔獣、驚くべき事に人語を介したのだとか』
そこまで聞いて、心当たりが確信に変わりつつあり、俺の目が若干泳いでいる気がした。
『人語を操る魔獣。それは前例が無い事もありませんが、それらの例の1つをとってもどれも災厄級の事象ばかり。王国の存亡に関わる様な由々しき事態です』
アキマサが横目で俺を見た気がして、露骨にその視線から顔を背けた。
よせ、そんな目で見るな。
『これだけでも王国の上層は混乱を極めたのですが、そこに更に混乱を加速させる一報が届けられました』
言って、キリノがアキマサから視線を外して俺に目を向けてきた。やっぱり居たたまれなくて視線を反らした。
『人語を介すその魔獣が、妖精らしき者と共に居たというのです』
うぅ、知らん……。俺は何も知らん。だからお前ら、俺をそんな目で見るんじゃない。
大体、それ俺か? 俺が悪いのか? 混乱するしないもそっちの勝手で俺は悪くないんじゃないか? 俺は静かに森で暮らしてだけで、これと言って何かしたわけではないのだし、そんな俺に責任の所在を求められても困るんですけど?
『その後、王国では詳しく調べる為に再調査が行われる事が決定したのですが、予期せぬ展開であった為に人員、戦力共に不安という事で、報告をもたらした部隊と新たに派遣した部隊とが合流するまで近くの村にて待機する手筈となった訳ですが……、そこで更に新たな問題が起きました』
あ、はい。もう言わなくても察しがつきました。近くの村のくだりで……。
『合流場所であったその村は、苔台の森からすぐにある小さな村で、村には王国から派遣された警備の兵が何人かいるのですが、苔台の森の調査の為に警備の者達は数日だけ村を離れなければならなかった。しかし、その事が何処からか警備不在を聞き付けた盗賊に狙われる要因となってしまいました。これは王国の不手際であり、内通者を含め王国の恥ずべき事です。
しかしながら、不幸中の幸いにして、この盗賊の蛮行は達成されずに幕を閉じました。村長の話によれば、魔獣使いのアキマサなる者が、事前に村の危機を察し、警告、のみならず迫り来る盗賊の一団をたった一人で退けてしまったのだそうです』
キリノの話を聞いていたエルヴィス達の視線がアキマサへと集中する。露骨に。
『更に詳しく村長から話を聞くと、盗賊の使役したレイスすらも一刀の元に切り捨てたその人物は、人語を操り知識にも長けた魔獣を使役し、更に見た事もない小さなお供を連れていたのだそうで……』
『……はい、俺です』
証拠を突き付けられて自供する犯人の様に、アキマサが肩をおとして自分だと告げた。俺もアキマサも、別に何も悪い事などしていないのに何だか責められている様な気がして、すこぶる居心地が悪かった。
『……気になったのは、村の者が何気なく言った剣の事。真白の刀身をした美しい剣だった、と。……剣の数こそ数あれど、刃が白いという特徴を持つ剣というのは一般的ではないし、まして、レイスをも切り裂く名刀となると世に知られている限りでは無いに等しい。この時点で、我々はいくつかの仮説を立てました。それは、真白の刀身は聖剣であり、兵や村人が見た小さなお供が本物の妖精であり、その者は力ある魔獣を従える実力者である、これを踏まえてその人物が勇者ではないか、という仮説です。無稽で大胆な仮説に聞こえるかもしれませんが、王国にとって今回の一連の出来事はそれだけ大きな事であったのです』
粛々と流れるキリノの話を、俺とアキマサは居たたまれない気持ちのまま静かに聞いていた。
そんな俺とアキマサの心はひとつ。
なんだか俺達の知らないところで大変な騒ぎになってしまった事、その事に対してどうやって言い訳をしようというそんな気持ちと、出来る事ならそういった諸々が杞憂に終わって欲しいという願望。
そんな思いには1ミリだって伝わっていないだろうキリノの話はそこからまだ続く。
『そうして、その人物……いえ、あなた方が王国へと向かったと知った私達は、その真意を読み解くべく、一計を案じました。国民には魔獣使いという噂をそのまま流布し、念の為、私が直接宿までの道程に加わっているていで同行する事で、大きな騒ぎにもならず、あなた方を宿までお連れする事が出来た。門番の兵には少々連絡が遅れましたので、あなた方への対応が少々おかしなものになりましたが……。
私が直接、この眼でアキマサ殿と魔獣を見定めた結果、大きな危険は無いと判断し、その後は、ご存時の様に私の案に則り、子供を使ってあなた方を呼び寄せた、というわけです』
「……そう」
興味なさげにそう返したが、俺の中の、屈託せず、純真無垢な心根が小悪魔的に微笑む。
私の案と言ったな? つまり発案者。
企画、計画の苦情は立案者に並べ立てておくのが、対峙する側としては良いスケープゴートにするには不都合ない。
さんざ裏方に徹したが、そろそろ表側に回って責任の所在を相手に押し付けてしまおうと思う。それは、自己弁護という皮を被った責任転嫁。要領の善し悪しはこの際置いておこう。
「……に、しても随分と雑なお呼び出しだったな。最初に危険な罠かと心配した自分が馬鹿みたいだったよ」
『……私の場合、相手を見極めるにも姿を直接見る必要がありますが、あなたは……妖精とおぼしき小さき者は、警戒からか姿を隠し、見せてはくれませんでした……。書物によれば、妖精は警戒心が強く、人前には姿を見せないとあり、それでいて知に富んでいる、と。ゆえに、私などが緻密に策を巡らせたところでバレてしまうだけであり、そうなれば、より強く警戒させてしまう結果しか生まないでしょう。かと言って、こちらが素直に接触を図って応えてくれる保証もない―――――ならば、いっそ雑に、わかりやすく、あからさまに露呈させてしまった方が危険の無いものと判断して頂けるかと』
え? なに? つまり全部分かった上の策謀だったって事?
たしかに、嘘をついて大人を騙くらかそうと躍起になる子供の浅知恵の様な、バレバレでわかりやす過ぎる流れであったし、入国前に散々渋った当初の危機感なんか何処かへ飛んでいってしまった。冗談の様な冗談ではない罠。実際、わざとでは?とも思ったりした。
それも込みで、まんまと乗せられたのか……。
『ああ……、ちなみに演技が大根なのは種も仕掛けもない、純水たる大根でしたが』
あ、そう……。
もっとも、控え目に言うその大根すら織り込み済みだったのだろうけど……。