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【妖精譚】勇者のお供をするにあたって   作者: 佐々木弁当
Ⅶ章【魔王篇・建国期】
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妖精のお供をするにあたって

唐突に現在に戻ってきました

『よく来たね、小さき眷属。それに魔法使いのお嬢さん』

「お初に、グランドエント様。バルド王国付き魔導士キリノと申します」

 薄暗く淀んだ空の下。その下に広がる森の奥深くで、私はそう挨拶した。ファーストネームのみ。ファミリーネームは捨てた。殺したい程に憎いアイツらの名はいらない。


 挨拶相手はグランドエント。森の大樹。知恵の賢者。

 私、の頭の上には髪に隠れて座るナノ。やり取りを良い子で聞いている。


『魔導士キリノ。お嬢さんの名は私の耳にも届いているよ。稀代の天才だと木々達が噂をしていたからね』

 大樹、が笑う。乾いた樹の肌みたいな皺を作って。むしろ樹。


 考える。

 言葉には意味がある。そう教えられた。力があるとも。言葉の連なりこそが魔法なのだと。

 言葉を正しく紡ぐ事でそれに即した魔法が世界に顕著する。

 それは他者に喜びを。

 それは他者に憤りを。

 それは他者に哀しみを。

 それは他者に幸せを。

 それは誰でも使える魔法なのだと、私に教えるフォートレン様は笑った。目尻にいっぱいの皺を寄せて。


 意味、があるならきっと理解出来るはずだと思った。知り、学び、糧とする。

 だから考える。相手の言葉の意味を。

 グランドエント、は言った。知っていた。私を。木々の噂。

 私には分からないけれど。私には聞こえないけれど。彼には木々の声が聞こるのだろう。木も喋るという事を学んだ。今度からは、木々の立てる音にも少し意識を向けてみようと思う。

 私に聞こえるかは分からないけれど。


 私、は少し意識を向ければ他者の音が耳に届く。

 幼い頃からそうだった。

 人の音が聞こえた。思考が強弱のついた色彩を持って頭に直接届いた。それが普通だった。

 だから、アンに指摘されるまでそれが普通なのだと思っていた。普通は出来ないのだそうだ。

 私、は出来るので、私にはそれがどんな世界なのか分からなかった。


 考えた。

 表の言葉と裏の言葉、二つが混ざる私の世界。

 表の言葉で統一される私以外の世界。

 想像もつかなかった。

 裏の言葉、は隠れているせいか汚いものが多く隠れている。でも、表と混ざって丁度良い。

 表も裏も綺麗な人はいる。とても少ないけれど。

 友達の世界は綺麗で好きだ。いつも真っ直ぐで。真っ直ぐだから少し危なっかしい私の最初の友達。ただ1人の友達。


 1年、と少し前。

 そんな私の世界が揺れた。

 表の言葉しか持っていない初めての人。

 表の言葉しかないその子は良く喋る子だった。

 小さい体で生意気で、王様よりも偉そうで、でも、いつも楽しそうに笑っている。

 その子、が楽しそうに笑う傍で、私はその子といると少しイライラした。からかわれる度にイライラした。裏の世界が見えないから。

 これも初めてだった。

 色彩、の少ない私の世界に、ちょっとだけ黒いイライラが混ざった。でもちょっとだけ。

 何故イライラするのかを考えた。

 考えて、考えたら怖くなった。


 初めて怖くなった。

 表の世界しかないという世界が怖くて堪らなかった。

 それが普通だというのがにわかに信じられなかった。何故他の人は表しか見えない世界が怖くないのか、と。私はこんなにも怖いのに。

 私以外、誰もその子に怯えていない。表も裏も。

 驚く人はいる。

 初めて見る妖精。私も初めて見た時は驚いた。感動すらした。

 けれど、それも最初だけ。

 私以外は、その子をあっさりと受け入れた。近くにいる者も、遠巻きに見ているだけの者も、楽しそうにその子を見ていた。

 私だけがいつまでも怯えていた。


 居なくなれば怯える事も無くなるかと考え、からかわれる度に仕返しに乗じて何度か撲殺を試みたが、その子は意外と丈夫であった。また、仕返しに魔法を使うとアンに叱られたので魔法での反撃は不可となる。魔法以外は不得手な自分を呪った。

 そうして、結局、暗殺は失敗して、共に旅に出る事を余儀無くされた。


 裏の世界が見えないのは、その子以外にもう1人。

 ただ、その人は完全に見えない訳ではなかった。

 たまに、見えなくなる。観察して分かったが、おそらく意図的にそうしている。理由は分からない。

 表、にそういった素振りを見せないというのが怖くはあった。意図的ならば、私が裏の色彩を見る事が出来ると知っているという事だから。そんな風に、勘が鋭そうにも見えないのに。


 しかし、彼も友達と同じように真っ直ぐな裏の世界を持っていた。少しだけ……えっちぃけれど。

 彼の事も怖かったけれど、いつもあの子が近くに居るせいかあの子の存在感に塗り潰されて、そこまで怖いとは思えなかった。

 何より、いつからか友達が彼に好意を寄せ始めたので、それで私も自然と怖くなくなった。

 勇者という肩書きのせいもあったのかもしれない。



『それでお嬢さん。私に何か聞きたい事でもあるのかな?』

 考え事をしていると眼前の老樹が尋ねてきた。


 聞きたい事は沢山ある。私の知らない事。


「あの子の……。クリの居場所が知りたい。アレはいま何処に?」

 問う。

 老樹は目を瞑り、小さく唸った。


『あの悪戯者の噂はこの1年とんと聞かないね』

 沈黙で返す。

 老樹は『本当だよ』と笑った。

 老樹の言葉が続く。


『最後に会ったのは……随分昔の事だね。800年……いや、もっとかなぁ。あの悪戯者が魔王を名乗っていた頃だよ』

「……魔王モンブラン」

 思わず、呟く。


 しかし、特に驚きもしなかった。

 1年程前。エディンの地にて彼が自分でそう言っていたから。

 彼、は冗談だと口にしていたが、すぐ後でその事を隠蔽しようと画策していたので本当なのだろうと思っていた。冗談ならば隠す必要も無い。


「魔王モンブランとはどういう存在だったのです?」

 問う。


『私も、木々の耳が届く範囲の事しか知らないのだが……』

「構わない」

『ふむ……。 ―――順に話そうか。 ――――その前に言っておくけれど、誰かに言ってはいけないよ。時に、沈黙という選択を選ぶのも大切な事だよ。君達だから話すんだ。それを忘れてはいけないよ』

 私は静かに頷く。

 のち、老樹はゆっくりと口を開き始めた。


『あの悪戯者が魔王になったのは私の元を訪れる数ヶ月程前の事だ。きっかけとしては、最初の灰王モンブランが再誕した事から始まった』

 老樹の言葉に疑問が浮かぶ。


「灰王モンブランの再誕とは? 彼が灰王モンブランであるのでは?」

『灰王モンブランは最初の魔王の事。最初の魔王モンブランは、竜に敗れ、その約千年後に再び世界に舞い戻った。

 しかし、復活を果たした魔王は完全に最初と同じではなかったのだ。 ―――まず、見た目が違った。直接私が見た訳ではないが、人の子の姿をしていたそうだ』


「何故?」


『ふむ。灰王の城の中での出来事なので何故なのかは私にも分からない。ただ、あの悪戯者達が里に、妖精の聖域(フェアルチェアリ)に連れて来た魔王の姿は人の子のそれであった』


「その頃のルールとして、妖精は外との不干渉というものがあった筈です。魔王がそれを破り、妖精の聖域(フェアルチェアリ)に干渉を、危害を加えた、と?」


『そうではない。 ―――人の子の姿となった魔王モンブランは、中身も変わってしまったそうだ。それはただ禍を統べる空の器の様なもので、それを善しとしない灰人に、王たるモンブランは命を狙われる事になる。

 そうして、それを見かねた悪戯者の妹が、兄に―――当時は妖精王であった悪戯者に助けを求めた。木々の噂ではそういう流れであるそうだ』


「つまり、反乱が起きた?」


『そういう事だね』


「それを妹が……。 ―――妹?」

『妖精に性別は無いなのよ』

 そこで、頭の上で大人しくしていたナノが口を挟んできた。


『妖精達を表す時は、眷属とか、同胞とかゆーのがただしーなの。ナノは自分の事をナノと呼ぶなのだけれども、他のみんなは、俺とか僕とか、私、あたし、と呼んだりもしてた。だから、性別があるみたいに聞こえるけど、妖精に性別は無いなの。

 でも、みんな大抵は自分の事を名前で呼んでたなの』


 そこまで言ってから、頭の上のナノは、あっ、と声を出す。


『でも~、マーちゃんだけは違ったなの。でもでも~、マーちゃんは特別だから。特別だから性別があったのはマーちゃんだけなの』

 ナノ、の言葉にエディンの地にて見た石像を頭に浮かばせる。

 あれはどう見ても女性。あの胸で性別が無いと言う方が無謀。無性に負けているなど有ってはならない。ので。あれは女性。だと。私はナノの話を信じる。


「妹、というのはマロン・ウッドニート様の事ですか?」

 ナノの言葉を受けて、老樹に問う。


『いや、違う。悪戯者と最後に会ったあの日、妹である彼女も一緒にここに来た。私の葉を食べてしまう虫を取ってくれた可愛らしいお嬢さんだ。そのお嬢さんはスノーディアと名乗っていたよ』

 愉快そうな声色をした老樹の言葉。


「スノーディア……。それは、七大魔獣と同じ名ですが?」


『同じだからね』


「……名前だけが?」


『全てさ』


 妹。つまり妖精なのではなかったのか? しかし、それは魔獣と同じと老樹は言い切る。


 ワケが分からない。

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