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【妖精譚】勇者のお供をするにあたって   作者: 佐々木弁当
Ⅶ章【魔王篇・建国期】
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魔族のお供をするにあたって・17

 エルフの森にて、許可を得た僕達はエルフ達の案内の元、森の奥深くへと足を踏み入れた。

 木々全体から淡い光が溢れ出る幻想的な深緑の木々を抜けると、その全てが草木作りだとおぼしき家々がポツリポツリと視界の中に収まり始めた。

 どうやらここがエルフの里であるらしい。


 僕が関わりを持ったエルフといえば、アビスとアビスの居た森のエルフ達。人数にして200人程。ただし、この森のエルフではない。

 

 そんな事を考えつつ、歩を進めながら周囲に目をやる。

 こちらに希有な者を見る目を向けた幾多のエルフ達の、あんまり歓迎していなさそうな少し居心地の悪い視線を全身にたっぷり浴びて、尚も奥へと進んでいく。


 兄さんの話に寄れば、ここに古くからの知り合いがいるのだそうだ。

 僕はその人物に特に用事があって兄さんに付いてきた訳ではないが、ついでだから挨拶をしておけ、と兄に言われ同行する事になった。

 エルフ達からグランドエント様と呼ばれ、尊ばれているところを見るに、この里の代表、もしくはそれに準ずる立場にある人物なのであろう。

 そう言う意味で挨拶しておくのはやぶさかではないのかもしれない。

 エルフ移住の話になれば、そういう発言力のある者の理解を得るのは必須であろうから。

 もしかしたら、兄さんもそういう意図を分かった上で、僕も同行する様に取り計らったのか?

 我が兄はちょっと何を考えているのか分からない時があるので、真意は不明だが……。


 

 そんな感じで、案内役のエルフの背を追って辿り着いたのは、シワの様な樹皮を幾重にも重ねる一本の大きな樹であった。


『お連れしました』

 ここまでの案内役を申し出たエルフが、そう言って一礼した。

 その様子に、ここに件の人物がいる様だと思ったが、その姿は確認出来ない。

 先程、アイツは動けないと兄が語った事を思い出す。

 姿が見えないというよりは体の自由が利かないと考えるべきなのだろうか?

 もっとも、だとしても出迎える態度とは思えないが。


 随分と年季の入った樹だとやや首を上に傾け眺めていると、僕のやや前方に立っていた兄が、『よぅ、爺様! 相変わらず暇そうだな!』と、気軽な態度と声色で口を開いた。

 そんな兄の背中にやや不可思議な者を見る目を向ける。

 僕には姿が見えないが兄には見えているのか?


 その姿を確かめ様と目を凝らしていると、突然声が降ってきた。


『お前さんこそ相変わらずよのぅ。お前さんには、来る度にいつも驚かさるわ。この悪戯者め』

 ギョッっとした。

 正面の巨木の幹に、ギョロリと目玉が生えたかと思う間もなく、鼻、唇と順に生み出され、非常にゆっくりながらも言葉を発したのだ。


 レイアにより生み出されてから幾星霜。

 今や大抵の事には驚かないと自負していた僕であったが、そのあまりにもな不意打ちに、身が震え、喉の奥から「きゃっ」と小さな悲鳴を上げてしまった。

 モンブランが廊下でひっくり返っている時も少なからず驚いたが、あれは残忍冷酷な主君という先入観があった為の驚きであったので、我が目を疑いこそすれ、不意打ちという訳でも無かった。

 しかし、これは完全に不意打ちだぜ?

 一体どこの生娘なのかと、自分で自分が信じられない。

 幸いにして兄には聞こえていなかった様で、キャラ崩壊甚だしい僕の失態にはこれといった反応を示さなかった。


 まぁ、そんな心配は置いておくとして。

 どうやらこの大きな人面樹が兄の知り合いという事であるらしかった。

 僕が自己のアイデンティティーに疑問を投げ掛けている間、兄は楽しそうな表情で眼前の人面樹、もといグランドエントという名の巨木と言葉を交わしていた。


『木々が噂していたが……。いやはや、まさか本当に灰王に成り代わっていたとは』

『まぁ、色々あってね。 ――――ああ、そうだ』

 誤魔化す様に頭を掻いて笑った後、兄が何かを思い出した様に言葉を続ける。


『おい、スノーディア』

 不意に名前を呼ばれた。

 グランドエントから視線を外し、兄に向ける事でそれを返事としておく。


『爺様、妹のスノーディアだ』

 そう言って、僕を大きな顔へと紹介する兄。何故だか妙にむず痒い。


『お初に、可愛いお嬢さん。最後のトレント、グランドエントと言います。宜しく』

「ああ……。こちらこそ宜しく頼むぜ?」

 どうにも慣れず、やや愛想の悪い挨拶になってしまう。


 しかし、そんな僕の態度などあまり気にした素振りも見せず、グランドエントはそのギョロリとした目玉をこちらに向けて、静かに僕を眺めていた。

 少しの間そうした後、少し嬉しそうに目を細める。


『お嬢さんは、懐かしき日の母に良く似ているね』

「そうだろ? 俺も初めて見た時はビビったよ」

 グランドエントの言葉に兄が笑う。


「レイアに会った事が?」

 尋ねる。


『勿論だともお嬢さん。私は妖精達よりも古いからね』

 妖精達よりも古い? そんな私の疑問を察してか兄が答える。


『爺様はレイアが最初に生み出した眷属なんだ』

『はっはっはっ。まさに古株、といったところだね』

 そう言って老木が笑う。頭上で髪の様に生えた樹葉が擦れた音を立てて揺れた。


 母の樹の眷属、か。

 白いだけの雪の島(スノーディア)で生まれ、育ち、故郷を離れて以降も妖精達と長く交流を持たなかった僕は、どうにもその辺りの知識は乏しい。

 自分達以外にも母の眷属がいるなんて可能性を考えた事もなかった。

 なにより、意外だったのは樹の姿をしているという事。それが意外であった。

 以前の兄や妖精達は元より、生まれた時は自分も妖精達と同じ姿をしていた。

 灰の中へと飛び込んだあの時から、姿こそすっかり変わってしまっているが、母の眷属はみんな妖精の様な体なのだと頭の何処かで思っていたのかもしれない。だからこそ意外だと感じたのだろう。

 加えて、もう一点。

 グランドエントからは聖霊力を感じない、というのも意外。というか妙だと感じた。

 もっとも、聖霊力に関しては眷属の事以上に知識が無いので、眷属だからといって必ず持っているものでもないのだろうか……。


『それで、悪戯者は今日は何の話を聞きたい?』

 ぼんやりと揺れる葉を眺めながら思考していると、少しだけ愉快そうな顔をしたグランドエントが言う。

 それで、葉から意識を兄へと移す。

 珍しく何かを考え込む素振りを見せた兄が言葉を選んでいる様だった。


『聞きたい事はいくつかあるんだが……』

『私の見返りは高いぞ? 文字通り』葉を揺らしてグランドエントが笑う。


『いつもの、で良いのか?』

『勿論だ』グランドエントの返答に、『ふむ』とだけ返した兄が僕へと顔を向ける。


『スノーディア。ちょっと仕事頼めるか?』

「……構わないけど」

 聞かれたくない話でもするつもりなのだろうか? 頼み事という形をした体の良いお邪魔虫の駆除。

 元々、旅とやらにも1人で行きたがっていたし、そういう事もあるのだろう。と納得して、了承する。


『んじゃ、悪いけどさ』言って兄が指をさした。グランドエントの頭上。大きく枝分かれして広がる葉っぱの頭に向けて。

 そうして、兄は指をさしたまま、何食わぬ顔で――――訂正。何故かちょっと半笑いで告げた。


『爺様の葉っぱについてる虫を適当に取ってやってくれ』

「……は?」

『うん、葉』

「……けど、それだと僕の耳にも入っちゃうと思うぜ?」

『……え? 虫が?』

「は?」

『え?』

 何故だか食い違う互いの会話に、二人で顔を見合わせたまま短い沈黙が流れた。

 

 先に兄が口を開く。

『……いや。爺様の葉っぱを食い散らかしてる邪魔な虫を取ってくれれば良いんだけど……。お前って虫触れない系だっけ?』


「そんな事は……ないけど」


『そぅ……。キャッ、とか言ってたから意外とキモイ系は駄目なのかと思ったよ』


 クッ……。しっかり聞いていたか……。態度に出さなかったのは後でからかおう、とでも思っていたに違いない。妙な仕事を頼まれたせいで、勝手に深読みして墓穴を掘ったかもしれない。


 そんな風に思って渋い顔を僕が見せると、兄は『まぁ、虫が耳に入ったら誰でも嫌だろうけど』と笑った。


 対照的な表情を見せる兄と妹の前。

 年老いた大樹が『私はキモイ系なのか?』と小さく唸った。

 

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