魔族のお供をするにあたって・13
『つ、つまり、クリが魔王というのは事実であると?』
不安とも驚きともとれる表情で、そう尋ねてきたのはシドルという名のパカンスの長。
「うん」
軽い返事。
僕の軽い態度とは裏腹に、シドルを含めた周囲のドワーフ達がさわついた。
知り合いが魔王だったと知れば、当然の反応ではあるのだろう。
しばらく、ざわつきが治まるまで待ちながら、自分なりに流れを整理する。
なぜか、ふて腐れてしまった兄に代わり、ブラウニー同席で事のあらましをドワーフ達へと説明する運びとなった。
ふて腐れてしまった兄は、少し離れた場所で新しく増えた配下クリスタルサンドワームに見守られる様に、膝を抱え、地面に"の"の字を書いていじけている。
関わると文句を言われそうなので、こっちはこっちでソッとしておくとする。
『それで、』
いじける兄に目をやっていると、シドルがおずおずと口を開いた。シドルへと顔を向け直す。
『移住の話なのだが……』
「うん。勿論、無理にとは言わないよ。魔王と聞いて、簡単に信用を得られるものでもないだろうしね」
シドルが神妙な面持ちで黙り込んでしまう。
突然の話で無理もない事だとは思うが、黙り込まれても話が進まないので勝手に進める。
「さっきも説明したけれど、オヒカリ様がここにある以上、パカンスはもう安全とは言えないよ。
流石に、あのミミズ君レベルがわんさか居るとは思えないけど、あれだけの聖霊力の塊だからね。いつ狙われてもおかしくはない、と僕は思う。
僕や兄さん達がずっとここに居る訳にもいかないし、移住してもらえれば君達全員くらいを守る事は出来る。こちらも人手が欲しいからね。それを邪魔する脅威は優先的に排除するさ。
こちらは君達の安全と安心を。そちらは労働力を。そんなに悪い条件では無いと思うけれど、生まれ育った場所を離れるのも抵抗があるだろう。じっくり相談した上で決めるといい」
『オヒカリ様も一緒に持ってはいけないのか?』
シドルの問い。
『う~ん。今は難しい、かな? 僕達にアレを動かすのは難しいんだ。アレは僕達とは対極にある存在でね。言ってみれば、黒と白。アレだけの聖霊力を動かすとなると、ちょっと覚悟がいるな。動かす事で起きる影響も分からないし、本音を言えば動かしたくない』
『聖霊力というのは?』
「うん。僕や兄さん達が持つ力を"禍"と言うんだけど、聖霊力はその天敵みたいな物かな? ――――妖精って知ってる?」
『見た事は無いが……、確か、世界樹を守護する者達だとじい様達に聞いた事がある』
シドルの答えに頷いてみせる。
「その認識であってるよ。その妖精達が持つ力こそが聖霊力。まぁ、あれだけの聖霊力は妖精王が持つべき物なんだろうけど……。そう言えば、まだ妖精王に許可を貰ってなかったね。勝手に動かして機嫌を損ねては大変だ」
『妖精王……。つまりは、オヒカリ様を動かすにはその妖精王の許可が必要。しかし、肝心のその妖精王の許可が無いから動かせないと?』
「あ~……。妖精王の許可は取れるけど……。 ―――――ちょっと待ってね」
シドルに手の仕草と言葉で待ったをかけた後、再びいじけたままの兄へと顔を向ける。僕は所詮代理なので兄さんにお伺いを立てるべきであろう。
「兄さーん! オヒカリ様って動かしても良いよね?」
僕に呼ばれて、ぶすっとした表情の兄がこちらに顔を向けた。
ジト目で睨まれる。すこぶる機嫌が悪いらしい。
『……好きにしろよ。でも、アレをどうやって動かすんだ?』
「それはどうにか考えるよ。許可ありがとう」
そうやって短く用件を済ませたのち、シドルへと顔を戻す。
「良いってさ。まぁ、許可はあっても動かす方法も、動かして大丈夫かも分からないんだけどね」
『……妖精王の許可を得るんじゃ?』
シドルが訝しげな顔で尋ねた。
「うん。許可はいま貰った。兄さんは現魔王。現妖精王だからね。我が兄ながら色々と欲張りだよね」
軽く答える。殆んどからかいの域に近い。
『え?』
シドルだけでなく、周囲のドワーフ達も一様に口を開けて―――ヒゲで判りづらいけど―――驚愕の表情で兄を見た。
「クックックッ。そのリアクションは僕の期待通りだぜ?」
ドワーフ達の反応に腹を抱える。
駄目だな。妖精の聖域に住み始めたせいか、妖精の悪癖が移ってきている。
悪役志望から悪戯志望への変化。まぁ、所作に差はあれど、どっちも人に迷惑掛けるものなのだけれど。
「さて、ドワーフ諸君。僕は無理強いはしない。だからこれは僕からのお願いだ」
そう前置きした上で話を続ける。
「兄さんの国造りに協力してはくれないか? オヒカリ様ではなく、その正当な所有者である本物の妖精王が諸君らを必要としている。どうか力を貸して欲しい」
こちらの心情を見定める様なドワーフ達の視線が集中する。それを正面から見据え、じわりと滲み出た不安を表に出さない様に努めた。
しかし、それに待ったを掛けたのは他でもない我が兄であった。
『おいおい待て待てスノーディア! スノーディアちゃん? 俺をダシに使うんじゃない』
「人手が欲しいのは事実だろ?」
『それはそうだが、俺はドワーフ達に恩を売った覚えはないぞ。知らずに売ったとしても無理に取り立てる気は更々ない』
「兄さん。聖霊力を狙う輩がパカンスに来るかもしれないって話は聞いていただろう?
兄さんがずっとここでドワーフ達を守る訳にはいかないんだから、彼らが大切なら移住はむしろ推奨すべきだぜ?」
『それは……、そうなんだろうけど……』
「手柄取られたくらいで拗ねないでほしいな」
『拗ねてませんけど?』
「拗ねてたじゃん」
『拗ねてませんけど?』
「兄さんがごねると当のドワーフ達より厄介なんだよね」
『ごねてませんけど?』
「ごねてるじゃん」
『ごねてませんけど?』
「ところで兄さん。ここに来る前、ブラウニーにおイタしたらしいね?」
『…………生意気言ってすいませんでした』
「うん。口は固いから大丈夫だよ? いまのとこ」
大人しくはなったけど、更にいじけてしまった我が兄。
ブツブツと聞き取れない文句を吐き出しながら、部屋の隅で膝を抱えて丸まった。
その丸くなった後ろ姿は、世間一般の魔王像とは程遠い。
『ひとつ聞いても良いか?』
どうやってこのいじけ虫の機嫌を治そうかと考えていると、横から質問が飛んできた。
そちらに顔を向けると、白髪の老いたドワーフがシドルの斜め後ろ、集団から一歩前に歩み出て、こちらに厳しい目を向けている。
その眼差しにややたじろぐ。
迫力負けという訳でも無いのだが、どうも老ドワーフには苦手意識がある。多分、負けず嫌いなバーバリアを連想させるせいだろう。
シドルがその老ドワーフを止めようとする動きを見せたが、それを手で制止し、老ドワーフの発言を「どうぞ」と促した。
老ドワーフは、一度だけ頭髪と同じ位に真っ白なヒゲを上から下へと撫でた。
『国を造る目的は何だ?』
声に尖った様な響きが混じる。簡潔ゆえか殊更に強調して聞こえる。
「互いの発展の為」
簡潔な問いに簡潔に返す。
『自分達の、の間違いじゃないか?』
「そんな事はない。種族は違えど上手くやっていける筈さ」
僕がそう言うと、老ドワーフはもう一度ヒゲを撫でた。
一拍のち、
『お前らの国となると、それはつまり魔王の国だ。お前らがドワーフに限らず、人間や他の種族達に今までしてきた残虐な仕打ち、まさか忘れたとは言わねぇだろ?』
痛いところをついてくる爺さんだ。
全体として見ればその指摘は間違いではない。
その筆頭を挙げるなら、ニーグの散歩だろう。
灰人以外を咎人と区分し、千年近くも行われた殺戮。
僕を含めた僕の息がかかった者達はその限りではないけれど、それは僕らは関係ないと言った所で信じては貰えまい。
そんな大虐殺を起こしていた帳本人達がそれを棚にあげて、今度は手を差し伸べたとして一体誰がその手を取るというのか。
それを隠して話を進めた所で、国に移住すれば直ぐバレる。最初から隠す意味なんて無い。
どう繕うべきかと思案していると、ブラウニーが援護の言葉を述べ始めた。
『ミケさん、わたくし共の素性を隠していた事は謝ります。ですが、わたくし共は昔とは違うのです。魔王様が、――――いえ、クリが新しく魔王へとなった事で――――』
『同じ事だぜブラウニー』
ブラウニーへと顔を向ける事なく、老ドワーフがブラウニーの言葉を遮った。
『お前らが、他の種族に恨まれておる事に変わりはない。頭が変わった。それは事実かも知れんが、恨まれている事実は変わらん。
そんなお前らの国が、だ。俺らドワーフの手を借りねばならん程に力が弱くなったと他種族に知れ渡ればどうなる?
必ず争いが起きる。お前らがそれを望んでいなくてもな。
そうなったらお前らはどうする? 俺らを守るか? それとも使い捨ての道具の様に戦場へと放り出すか?』
「そんな事はしない」
強い口調で返す。
『口では何とでも言えるぜ? 実際にその時が来たらどうなるか……。とても信用など出来ん』
老ドワーフの言葉に反論しようと開きかけた口が閉じた。
灰王の元では、何かと向き合った時に、何かを問われた時に、常に思考に耽り、研鑽を重ね、実績を積み上げて月日を過ごした。走り続けられた。
しかし、今は録な反論の言葉ひとつ出てこなかった。
自分も、他者すらも雑に扱えた昔より遥かに弱くなってしまった自分がいた。大切なモノが出来て、それに連なる全てが大切に見えて……。
『師匠。あんまり妹をイジメないで欲しいッス』
淀んでいた僕の意識を拾い上げる様な声が耳に届く。
いじけていた筈の兄が、何故か妙にニヤニヤと口角を持ち上げてこちらに顔を向けていた。
兄の言葉に老ドワーフが快活に笑う。
『少し意地が悪かったか!?』
先程の刺す様な表情とはうって変わり、愉快そうに笑う老ドワーフ。
その劇的な変化に面食らってしまう。
『スノーディア。お前の知り合いにバーバリアってのが居たろ?』兄の問い掛け。
「ああ……、うん」
『師匠はソイツのひ孫らしいぞ』
「え!?」
兄の言葉に驚いて思わず立ち上がる。それから、老ドワーフへと慌てて顔を向けた。
目が合うと、老ドワーフは動じず、むしろとても慣れた様子でニカッと歯を見せて微笑んだ。
『まぁ、俺も会った事はないがな。ガキの時に、親父がそのまた親父に聞いたと言って良く話してくれた。ひい爺さんの事を。そして俺らパカンスに住むドワーフの恩人の事もな。
親父が言うとった……。いつか会ったら、キチンと礼をせえと。そりゃあもう耳にタコが出来るくらいにな。
その恩人の名はスノーディア。お前さんの事だろう?』
そう言ってまた、老ドワーフは頬笑む。
その頬笑みを見た途端に、何だか妙に力が抜けて、ハハッと小さな苦笑いと共に椅子へと腰を落として項垂れた。
確かにここパカンスはバーバリアの一族の住む土地。
バーバリアが灰王の配下に加わった際に、自分がこっそりと手を回し、優遇した一族。300年程前の話だ。
300年という期間と、手を回したとは言え直接動いた訳ではないあくまで裏方ゆえか、バーバリアはともかく自分の名を知っている者がいるとは思ってもみなかった。
ドワーフが長命だとは知っていたが……、まさかひ孫とは。
『今の俺らがあるのはお前さんのお陰だ。ひい爺さんに代わって礼を言う。ありがとうスノーディア。俺はお前さんを信じてみようと思う』
礼を述べ、老ドワーフが頭を深く下げた。