魔族のお供をするにあたって・11
『な、なんと……』
形骸というか形式というか当り障りの無い感じの台詞を呟きながら、驚きを顔にペタリと糊付けしたみたいなシドルが一点を見つめるのに夢中になっていた。ヒゲで分からないけど、いつもよりヒゲが長い気がするので口も大きく開けていそう。
そんなシドルを見て、口元を隠すのにヒゲは便利そうだなぁと思ったけれど、ご飯を食べる時に邪魔くさそうなので欲しいとは思わなかった。
男女共にヒゲモジャなドワーフってチュウする時にヒゲが絡まったりしないんだろうか?
至極どうでもいい。
キス顔はちょっとアレだけど、キズのある顔が渋いシドルの視線の先には、大きなミミズを小さく細切りにする事に躍起になっているパナンシーの姿があった。
今はあんまり関係ないけど、場繋ぎがてらに豆知識として説明すると、パンシーとナンシーの二人を同時に呼びたい時はパナンシーと呼ぶのが正しいのだそうだ。
本人達が、
『我らをお呼びする時は』
『パナンシーとお呼びください』と言ったので、きっと正しいのだろう。
俺はひねくれ者だけど、本人達による認定を「え~? ほんとに~?」などと無粋に疑ったりはしない。時間の無駄だし、それに何の意味もないので。
世界に普遍的な理がある様に、二人の中に何か守りたい拘りでもあるんだろうと思ったので素直に了承しておいた。
合わせ鏡に写り込むが如き同じ顔の双子ゆえか、没個性の消却に余念が無い。
そのくせ、同じ顔の双子である事に個性を見出だそうと画策する。
それの具体例を挙げると、
頭からすっぽり布切れを被り、顔だけだして『シャッフル』『シンキングタ~イム』『『たんたらたたらりんりん♪ たんたらたたりんりん♪』』という謎のフレームと共に、ぐるぐると踊り、かと思えば芋虫の様に床を転げ回って、にゅびーんと跳び跳ね、そうやって、ひとしきり奇妙なダンスを披露し、ゼェゼェと疲労した後で、『どっちが』『どっち?』などと宣い、回答を求めて来たりするんです。
何度か遭遇したその二択。
二択の筈なのに一度も正解した事がないのが腑に落ちない。
被る布切れからちょっぴりはみ出した髪色を元に、白がパンシー黒がナンシーと、推理と呼べない推理を駆使して「あの~、俺分かっちゃったんですけど~」なんて台詞を吐いて回答すると、実はカツラで偽装していたりする。俺の気付かぬ内に黒のパンシー白のナンシーが爆誕していたわけだ。
何だか色々小賢しい。
そんな小賢しい双子は、どうも俺を玩具にして遊ぶのが好きらしく、それは城でもパカンスでも変わらない様で、
『あの娘ら……、さっき魔王がどうのと言っていなかったか?』
シドルがそんな事を口にする。
小賢しい双子の見事な置き土産。計画的犯行ではないだろうか。
「………………さぁ」
もうそれしか出てこなかった。
思考の大海原で、言い訳と誤魔化しの塊がゴボゴボと泡をふいて溺れている。圧倒的酸素不足。
何かの罰だろうか?
パナンシーの登場によって瞬く間に崩壊を始め、破綻しかけた"魔王というのはオフレコでね"という設定。酷い有様だ。
何かの罰だろうか?
これが何かの罰だと言うなら、おそらく、やる気になったドワーフ引き抜き工作を早々に忘れて、石のトカゲなんぞを作っていたせいだと思う。
石工技術向上の真の目的が、我が家の女性陣の裸婦像を作ってからかおう、などというものであったという情報が何処からか洩れたに違いない。努力を伴う不純な動機。そういう罪。
ただ問題として、俺はその事を誰にも言ってはいないので、洩れたとすれば情報の出所は十中八九俺からである。したがって、文句をつけようにも相手がいないのが問題だ。
そんな感じの凄くどうでもいい事を考えている間に、サンドワーム達はパナンシーによって次々と駆逐されていた。
パナンシーは、蝶のようには舞わないし、蜂のように刺してもないけれど、サンドワームに対して蜂のように突撃し、蝶のように切り刻んでいた。
蝶のように切り刻むってなんだろうね。
パナンシーの活躍もあって、パカンスに散らばっていたドワーフ達も今は一ヵ所に集結しつつある。ついでに言うと、パナンシーが暴れて注目を集めていたお陰で、サンドワーム達は目立つパナンシーを敵と見定め、わちゃわちゃと寄り集まっていた。
俺がやさぐれている間に、パナンシーが暴れ、シドルが声を張り上げて頑張った賜物と言える。
俺も避難誘導くらいは手伝えば良かったなと思ったが、凄く今更だ。役立たずは、こういう時に気が利かず臨機応変に立ち回る事もしないで役立たずであるから、役立たずと言われるのである。
役立たずではあった訳だが、俺的豆知識は、場繋ぎとしては優秀だったなと自画自賛しておく。
そして、やっぱり出番らしい出番は無かったなと現実逃避気味に笑っておく。Hahaha
折角、魔王になって俺つぇーを素で表現出来るだけの力を手に入れたのだから、ちょっとくらいは見せ場があっても良いんではないだろうか?
俺が介入する僅かな隙間すらないまるで虫ケラでも潰すような、あまりに一方的なパナンシーの大虐殺。描写すると中々に気持ち悪いので深くは語らない。まぁ、酷いもの。どん引き。
ところでミミズって虫?
ボーっとしていると、俺の真横をナンシーが通り過ぎていった。サンドワームの巨体から繰り出された体当たりで弾き飛ばされた様だ。危うく巻き込まれる所だった。
俺には危機感と緊張感が足りない。
背後から届く激しい衝突音。ついで、ガラガラと何かが崩れる音と、『ナンシー!』というパンシーの叫び声。
顔も声も同じなので実はそれはナンシーの声かもしれないが、サンドワームによってぶっ飛ばされたナンシー本人が、心配そうに『ナンシー!』と自分の名前を叫んだらちょっと間抜けで馬鹿っぽいので、きっとパンシーの声だと思う。
そして、当然の如く緊張感の足りない俺が、背後のナンシーに顔を向けると、直後に、今度はパンシーが真横を通り過ぎて、ナンシーの突っ込んだ岩のすぐ近くの岩に突っ込んでいった。ぶっ飛ばされても仲が良いみたい。
「大丈夫か?」
ようやく顔を出し始めた危機感を伴い、二人へと声を掛ける。
流石に死んでしまっては大変だ。丸投げしといてなんだけど。
『ナンシー平気』
ガラガラと瓦礫を崩しながら出てきたナンシーが告げる。
間を置かず、
『パンシー平気』
と、同じ様にしてパンシーも顔を見せた。
丈夫ですこと。
以前の魔王の配下の中では、共にトップ10に入る手練であるらしいのでパナンシーの強さはちょっと普通じゃない。
パナンシー曰く、
二人でなら大きな国すら1日で潰す自信があるのだそうだ。
純粋に凄いなぁ、とは思ったが、俺の城をどうしたの? どこから持って来たの? という話をしている時にその自慢はやめて欲しかった。
ホントに打ち捨てられていた城なんだろうな? という疑惑が頭の中にぷかぷか浮上する。
『アレちょっと硬い』
『アレちょっと強い』
顔を見合わせた二人がクスクスと笑う。
その言葉を受けて、二人から視線を外し、アレ扱いされたソレに顔を向ける。
オレの視線の先には一体のサンドワーム。
確かにコレはサンドワームではあるようだが、他の個体とはやや見た目が異なって見える。
今まで散々とサンドワームをミミズミミズと形容してきたが、じゃあ全くミミズと同じ見た目かと問われると、違う、と答える。単に、例えるにしても他に適切な生き物の見当が無かったのでミミズと言っていただけで、正確にはミミズみたいな何かである。
動き。身体の長さ。目が無く、口が半分以上を占める顔は、まぁミミズに良く似ている。
だが、ミミズっぽさの象徴の節とでもいうのか、あの独特の身体の線は見当たらない。それは鱗の無い蛇に近いかもしれない。
とにかく、サンドワームはそういう見た目の魔獣である。
しかし、コレは他とは少し違う。
黒い身体の表面を覆うようにくっついている白色や透明色のクリスタルがキラキラと光を反射した体表。
もう見た感じ、硬そうだなって思えるし、クリスタルとか何か強そうだなって思えちゃう。追加で、高そうだなとか。
お金には困ってないけれど。
見た目からして違うこの個体。多分、群れのボスとかそういうモノなんじゃないかと思う。これで群れの下っ端だったらサンドワームの倫理観を疑わざるを得ない。
まぁ、ボスでも下っ端でも異端な存在である事には違いない。
そうだな……。仮に、コイツに名前を付けるなら―――
『『クリスタルサンドワーム』』
俺が口を開くより先に、双子が愉快そうに声を揃えて言って、それから顔を見合わせ二人でクスクスと笑った。
俺が言おうと思ったのに……。
余計な駄文が多すぎて話が進まない。解せん。