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【妖精譚】勇者のお供をするにあたって   作者: 佐々木弁当
Ⅶ章【魔王篇・建国期】
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魔族のお供をするにあたって・9

 しばらくパカンスの不必要な程に高い天井をじっくり眺め、適当な場所に当たりをつける。

 少し距離がある。違和感はない。しかし、なにかが胸に引っかかっている感覚。引っ掛かるそれが、まさかトカゲの骨って訳でもあるまい。


 ひとつ、小さな溜め息をついてから意を決した様に頷いた。


 ここでボーと光のイルミネーションを眺めていてもしょうがない。突っ立って、上を見上げるだけの時間の見返りは、問題の答えなんかであるはずもなく、ただ首裏にもたらされる鈍い痺れを伴う痛みだけ。


 踏ん張る様に膝を曲げて、地面を蹴って上へ跳ぶ。先程当たりをつけた箇所。

 イマイチ加減の分からない高跳びは、余剰分の圧を含めて辿り着いた天井への衝突に上乗せされて、身体に必要以上の負荷をかける。痛くはない。むしろ、加減し過ぎて届かない、なんて事態よりかは幾分か気持ちの上で楽だと思う。

 届かない木の枝に向けて何度もピョンピョンとジャンプする子供じゃないんだ。一度で届いただけマシだろう。

 ただ、届かないって言われたってそのままジャンプしちゃうのが純心じゃないかなぁと思ったりもするが、年中反抗期でお馴染みの今の俺にそんな事を言った日には、余計な反抗心を増幅させて余計にめんどくさいだけだろう。バイバイのキスはない。

 昔はもう少し純粋に不純だった気もするけど、我ながら嫌な性格になったものだ。


 天井から突き出す不均衡な岩を掴まえ、握力だけでぶら下がる。

 宙に浮けたらこんな猿の様なぶら下がり姿を晒す事もないが、妖精の身体と違って今はそれが出来ない。

 俺が内包する禍は高いらしいが、いくら高かろうと、制御し、使えなければ何の意味もない。

 まぁ、幸いというか当然というか、誰に見られる訳でも無かったので、岩を掴んだ宙ぶらりんのまま空いた腕で周囲の岩に触れてみる。

 手の届く範囲をあらかた調べ終えると、別の突き出した岩へと移動して同じ様に周囲を調べていく。

 何度か繰り返していく。

 自分でいうのもなんだけど、そんな不安定な状況下でも支える腕に疲れは感じない。流石魔王だと自画自讃しておく。


 前触れなく天井の岩を手がすり抜けた。

 どうやら当たりを引いたらしい。

 視覚的にはちゃんとある。されど実体の無い岩。パカンスに入る手前で体験したあの岩と同じ状況。

 岩の中に手首を放り込んだまま、周囲を探る。文字通り手探り。

 幸いにして、周囲を調べる指先に、以前体感して冷や汗をかいた柔らかい何かが触れる事は無かった。


 直径にして1メートル無い位の穴。穴と言っても視覚的には岩はあるので穴という表現があっているのか分からない。

 もっとも、いまはそんな事には興味もないので、そんな疑問は思考の隅においやって、穴の中へと身体を滑り込ませる。


 滑り込んだ先には、言うなれば天井裏とでも形容すべき空間がポッカリと空いていて、なんとか真っ直ぐ背を伸ばせる程度には高い。


 そうして、その空間の中にそれはあった。

 空間のほぼ中央。注視せずとも判る程に分かりやすく佇む光の根源。いや、根元。


 天井裏のそのまた天井を這う様に横に真っ直ぐ伸びるのは根。

 太く、長いその根に埋もれる様にして光輝く物こそ、オヒカリ様に他ならなかった。

 触れてみようと手を伸ばし―――――じわりと汗が滲み出た。


 これは触らない方が良い。

 理由こそはっきりと分からないが直感でそう感じ、伸ばしかけていた手を引っ込める。と、見せ掛けてフェイントで手を伸ばしてみたら額から汗が吹き出して、首スジに鳥肌がたった。

 マンマミーア。洒落が通じないらしい。オヒカリ様に意志があるとは微塵も思ってないが……。

 


 禍と目の前のオヒカリ様は対極の存在。

 それは光と闇で、陰と陽。


 大きな聖霊力の塊こそがオヒカリ様の正体であった。



 こんなに大きな聖霊力を感じたのは久しぶりだ。どれくらいぶりだろうか?

 いや、待てよ? わりと最近にも遭遇した気がするな。魔王になる直前くらいに。

 アレに匹敵する程の聖霊力だな。

 しばし、オヒカリ様を眺める。


 触れられないので確信はないが、―――――フェアル石の様に見える。

 フェアル石は聖霊力を当てると光る不思議な石だ。

 妖精の聖域(フェアルチェアリ)にある洞窟で見る事が出来るが、妖精の聖域(フェアルチェアリ)以外にもあったらしい。

 まぁ、世界は広いし大きいし、月は昇るし陽は沈むので、フェアル石がパカンスにあったという事自体は別に驚きはしない。他の場所でも探せばあるのかもしれないし。

 驚いた。と言うより妙だと思ったのは、フェアル石自体が聖霊力を発してるって点だ。

 フェアル石が聖霊力で光るのは分かる。原理が分かってるわけではないが、この石はそういう特徴を持った鉱石だ。

 だが、それはあくまで石に聖霊力を与えた場合に見られるだけであって、石自体が聖霊力を持っているわけじゃない。

 しかしながら、目の前のオヒカリ様は、確かに聖霊力を放っている。


 少し逡巡した後、オヒカリ様から視線を外し、天井を這う根を見る。

 触れる。


 何処か懐かしく感じる樹の温もり。

 ―――――レイアの樹か。

 レイアの樹の根が、ドワーフの住まうパカンスの上に広がっているのか。


 何故こんなところに樹の根がある?

 何故枯れてない?

 疑問もあるが、オヒカリ様の事が少し分かった様な気がする。


 この大きなフェアル石の塊。聖霊力の塊。

 直径でいうと30センチはくだらない。

 まるで根に埋め込まれた様にして、頭半分以上が根の中に隠れるそれは、誰かが埋め込んだというよりは、成長に伴い、根が巻き込んだのだと見てとれる。

 つまりは、以前の樹の成長中からこの石はこの根と共にあると云う事。百年や二百年ではきかない膨大な時間。


 その膨大な時間の中で、休む事なく聖霊力に触れ続けた結果、フェアル石が変質したのだと考える。

 それこそがオヒカリ様。聖霊力を持つ鉱石。

 聖霊力の光は物を透過する。巨大葉を広げる母の樹の下、妖精の聖域(フェアルチェアリ)に光が溢れているのはそのせいだと俺は考えている。

 洞窟内である筈のパカンスに光が溢れているのはその影響であろう。加えて、これほど大きくは無いが希に採掘場からフェアル石が掘り出される事があった。

 パカンスで取れるフェアル石は常に輝き続けていて、ドワーフ達の暮しに灯をともす。流石にパカンスから離れ過ぎると聖霊力が届かずただの白い石だろうけど……。


 そして、聖霊力は植物の育成も助け、促す。まぁ、樹の精霊たるレイアの力なので植物に有益な物であるのだろう。

 アプーの木はまさにその代表格。聖霊力が無ければ芽吹く事すらままならない特殊な植物。

 通常の方法ならば育成の難しいそれも、聖霊力の庇護下では量に比例して成長を遂げる。

 例えば、年がら年中聖霊力が溢れる妖精の聖域(フェアルチェアリ)のアプーなどは、種の発芽から1年ほどで成木となり、実をつけるし、一度実をつければ一年中実が成る。

 また、アプーの木は軽く、それでいて丈夫だ。資材として優秀であろう。

 他にも水や空気の浄化を助ける役割も担う。

 唯一の欠点と言えば、何故か妖精が食べると屁が出るって事。

 でも空気の浄化を助けるので気にしてはいけない。妖精の聖域(フェアルチェアリ)がオナラ臭いなんて事は無いのだ。空気の清浄は完璧ですね。一家にひとつあれば安心だ。小さなお子様のいるご家庭に強くオススメしたい。


 聖霊力の塊であるオヒカリ様に守られるパカンスも、水や空気は澄み渡り、その木は鉱石程ではないが暮しに利用されている。甘いアプーの実は、パカンス唯一の糖分と言っても差支えない。


 生命が生きる為、繁栄する為に必要なものがパカンスにはある。

 それを支えるのが聖霊力。生命と寄り添う母の樹の力。

 母たる由縁。


 しかし、そんな母の力だからこそ奪い合いが起き、争いが生まれ、それがのちの粛清へと繋がった。無駄な生命の使い方だなぁ。

 どうして始まる事になったのか、何故始まったのか、誰が始めたのかも定かではないけど、終わらせたのが誰なのかはわりと明確だったりする。

 皮肉といえば皮肉なのだろう。

 母は争いなど望んでいなかったのに、ただ母が力を持つゆえに争いが生まれる。

 母がそこに居るというだけで、子は何かを求めずにはいられない。無償の愛の見返りは口にするのも憚れる汚い何か。



 不意に頭がズキリと痛んだ。

 小さな呻き声を吐いて、頭を押さえる。

 なんだ? と刺す様な痛みに自問する。

 魔王。聖霊力と相反する禍の塊。

 それゆえかここで聖霊力に当てられているのはあまりよろしくないのかもしれない。

 とりあえず、オヒカリ様がなんであるか、という当初の目的は達成したので、他の事は後で考えよう。

 どの道、俺ではコレに触れる事すら出来そうにない。

 メフィスト達に相談して―――――


 痛みの中、しかめっ面みたいな顔をしてそう考えた時、大きく身体が揺れた。

 痛みによる脳震とうって訳ではないらしく、その証拠に、天井や壁から小石がパラパラと床に転げ回って遊んでいた。

 ――――地震か。だが……。

 身体が今までにないくらい大きく揺れている。


 それは、パカンスに来て以来、一番大きな地震であった。


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