魔族のお供をするにあたって・8
石の形を探しているのか、椅子に腰掛けたまま微動だにせず石を眺め続けるミケの様子に、自分はどうしようかと考える。
今日は、良くて切り出し、と言ったミケの言葉通りなら、今日はミケが石を彫るところは見れないだろう。
仕事に戻るか、或いはサボって石トカゲの練習でもしようかと思った時、「ここに居ましたか」という声が耳に届いた。
声の方を見る。
工房の入り口からピョコンと上半身だけを覗かせたラピスがいた。
「ラピス、どうかしたか?」
『ブラウニーさんが探してましたよ』
「そうなんだ。ありがとう」
ミケの方へと顔を戻し、「んじゃあ、今日はこれで」と告げる。
『おう。また何かあったらよろしく頼むぜ』
「ウッス」
そう言って、ミケの工房を後にした。
☆
「ブラウニーはなんだって?」
工房を出た後、ラピスに連れられる様にしてブラウニーの元へと向かう。
『用件は聞いてませんけど、魔具を使って誰かと連絡を取っていたみたいです』
「……ふ~ん?」
砂漠に放り出された時はどうやって帰るのかと思ったが……、まぁ、あるわな。連絡手段くらい。出なければこんな南の島までは来ないだろうし……。
ブラウニーが連絡を取るとしたら、メフィストかスノーディアだろう。内容まではわからないが、俺の知らない第三者って事はあるまい。もしも俺の知らない第三者とコソコソ連絡を取り合っていたのならば、俺はショックで泣いてしまうかもしれない。
なんて事を考えていると、唐突に地面が揺れた。
本日も地震様は絶好調であるらしい。全くもってめでたくない。
「おっと」
冗談めかした思考の中にあっても、俺は周りの状況はしっかり見ていたらしい。
揺れる地面にフラフラと翻弄されるラピスの身体を片手で支える。支えついでに両手で掬う様に抱き上げて、ラピスを胸元へと収めた。
ラピスに限った話ではなく、子供というのは頭が重いらしいので実はバランスが悪いらしい。
『あ、あの!』
「うん?」
意地悪な地震の影響で驚いたのか、やや顔を紅潮させ、面食らった様な顔付きのラピスと目があった。
『いえ! あの……ありがとうございます』大きめな声量の否定の後で、言葉が尻すぼみに消える。
「うん」
地震にびっくりした様子だったので、安心させる様に微笑んで返し、特に重さも感じないので、ラピスをお姫様だっこしたままブラウニーの元へと向かった。
☆
『ブラウニーさん! お連れしました! ――――お連れされて来ました?』
俺に抱き抱えられたままのラピスが妙な台詞を口にする。
お連れされて来ましたってなんだ?
『あら? ありがとうラピス』
『いいえ!』
腕の中のラピスがちょっぴり誇らしげに言った。
ラピスはこの二週間の間ですっかりブラウニーになついたらしく、最近はブラウニーの後ろをぴょこぴょことくっついて歩くラピスの姿をよく目にする。
慕われているなら良いことだろう。ブラウニーの方も満更ではなさそうだし。
「で? 用件は?」
ブラウニーに尋ねながらラピスをおろす。ラピスがやや名残りそうな表情を見せた。
『地震の原因が判りましたので報告をと』
そう言えば、ブラウニーはそれを調べているんだったと思い出す。すっかり忘れていた。
俺は俺でオヒカリ様を調べる予定であったが、それもすっかり忘れていた。忘れて、石のトカゲ作りなんぞに熱中していた。いや、熱中していたからこそ忘れた訳だが。
忘れてましたなどと言えるわけもないので、顔に出さない様、平静を装ってブラウニーに対応する。
「ああ……。結局なんだったんだ?」
『結論から言いますと、どうやら大型の灰獣が暴れているのが原因の様ですわ。 ―――――サンドワームという名を?』
「俺が知ってると思うか?」
灰獣の名前など俺が知ってるわけがない。知らないくせに、愚問だな、などと心で宣う魔王とかいう役立たず。
『サンドワーム! 砂漠の大ミミズですね!』
無知で役立たずな魔王に代わってラピスが告げる。
知ってるらしい。
まぁ、地元の灰獣だし? ドワーフなら知ってて当たり前? と、無知なくせに言い訳がましく、そう自分に言い聞かせる魔王とかいう見栄っ張り。
「どんなヤツだ? そのサンドワームってのは」
『砂漠の、大ミミズです!』
それはさっき聞いた。だからそれがどんなヤツかと聞いているわけなんですよラピスちゃん。特徴とかさ、なんかあるじゃん?
『この地域特有の灰獣の様です。見た目は……まぁ、ラピスの言う様に大きな口をしたミミズでございますね』
ブラウニーが言う。
ミミズはミミズであるらしく、大きな口、以外になんの情報も貰えなかった。じゃあもうミミズで良いじゃん。オオミミズとかで。サンドワームとかいう名前いらないと思うよ?
「……あ、そう。 ―――――まぁ、とにかくそのサンドワームってのが地震を引き起こしてる犯人って訳か」
『その様ですわ』
ブラウニーが小さく頷く。
そこで一緒に話を聞いていたラピスが割って入る。
『地震の原因を調べていたんですか?』
「うん」
『そうですか……。けど、サンドワームが地震を起こすなんて出来るんですか? 大きなミミズって言っても大人の人くらいの大きさしかありませんよ? 数はいっぱい居ますけど……』
怪訝そうなラピスの表情。
「意外と小さいな、サンドワーム。でも、そうだな……。それ位の大きさで地震を引き起こすってのはどうなんだ?」
ラピスと二人して首をひねって、二人してブラウニーを見る。
『わたくしも最初そこに疑問を持ちましたので詳しく調べてみたのですが……、どうやら生態系に何らかの異常があったらしく、かなり大型のサンドワームが出現している様ですわ。地震を引き起こせる程の個体が』
事も無げに、淡々と説明するブラウニー。
「マジ?」
『マジでございますわ』
マジでございますらしい。とラピスに向けて言ってみた。
マジでございますか。とラピスが返してきた。
ブラウニーが淡々とし過ぎていて状況の深刻さがまるで伝わってこず、変に余裕があるせいかラピスと二人で笑いあう。
「なぁ、ブラウニー」
『いかがなさいました?』
「灰獣……、魔獣が意思を持つか否かは禍の量次第、だったよな?」
ラピスと二人で笑ってはみたものの、笑ってる場合でもきっとないのだろうと気持ちを切り替えて尋ねる。
スノーディアから聞いた話ではそういう事であるらしい。大して興味もなかったのでほぼ聞き流していたその話を、自分の認識に誤解が無いのか一応確認しておく。
『ええ。その様に認識しておりますわ』
「地震起こす程のヤツなら、禍の量も相当だろう……。意思があると思うか?」
『ハッキリとは申し上げられませんが、可能性はあるかと』
「……もしも、だ。その異常なサンドワームに意思があるとしたら」
『狙いは、オヒカリ様』
「ああ、俺もそう思う。初めてパカンスに来た時に、オヒカリ様の正体はなんとなく察しはついていたしな。なにより、パカンスの所々にアプーの実が成ってるとこを鑑みるに、当たらずも遠からずってとこだろうよ。 ―――――で、その予想通りならサンドワームの狙いはオヒカリ様ってのが濃厚だろうな」
『―――――どうりで』
「え?」
『調べると言っておきながら、トカゲ作りに夢中になっていましたから、忘れているものかと……。当たりがついていたからこその余裕だったわけですね』
「……あ、はい」
なんか適当に誤魔化す空気にしてみたけれど、ブラウニーには忘れていた事はバレているみたいであった。その証拠か、誉めているともとれる台詞を吐き出したブラウニーの目が全く笑っていない。
『あの……』
ブラウニーの冷たい視線にさらされていると、おずおずとラピスが言葉を発する。
『オヒカリ様の正体って? 知ってるんですか? オヒカリ様の事』
「なんとなくね。 ―――――で、だ」
一旦言葉を区切り、二人を見る。
「サンドワームの狙いがオヒカリ様なら、なんで直接狙って来ないで遠回しに地震起こしてるのか? っていう疑問もあるんだけど、それは一先ず置いといて。地震にしろ直接狙らうにせよ、相手が魔獣であるなら警戒はしておくべきだとは思うんだ」
『そうですわね』
「って事でブラウニー、悪いけど今の話をシドルの耳にも入れておいてくれ」
『わかりましたわ。 ――――クリはどちらに? まさかサンドワームの所に行く。なんて言いませんわよね?』
『え?』
ブラウニーの言葉に驚いた様な表情を見せたラピスが、素早く俺の服の端を掴まえた。
行くなという事らしい。
微笑み、不安そうに俺の顔を見上げるラピスの頭を撫でながらブラウニーに返答する。
「違うよ。場所も分からないし……。オヒカリ様を見てくる。サンドワームの場所は知らないけど、オヒカリ様の方は大雑把だけど把握してあるし」
『そうですか。では、わたくしはシドルの元へ』
『私も行きます!』
ラピスが同行の意を伝え、それからブラウニーとラピスは、俺を残してその場を後にした。
二人の背中を見送った後、さて、と一人言を呟いて、部屋を出る。
見上げた広い洞窟の天井は、相も変わらず不思議な光で溢れていた。
俺が向かうはオヒカリ様の元。