魔族のお供をするにあたって・7
集中し、神経を研ぎ澄ます。
僅かな狂いも許さず、力を一定に、緻密に。
流れに逆らわぬ様に、ゆっくりと―――――パキッ。
「あっ」
俺が間抜けな声を出した途端、周囲からいくつもの笑い声が上がった。
ぬぬぅと呻きつつ周囲へとジト目を向ける。
『クリ、おめぇほんと不器用だな!』
『力の加減ってもんを分かっちゃいねぇ』
周囲のドワーフらのからかいの声に表情が更に険しくなる。
「ほっとけ」
周囲に向けて強がりにも似た悪態をついた後、作業台の上で転がる拳大程の石を手に取った。
練習用にと与えられたその石は、元は長方形をした鉱石であったが、いまは表面にいくつもの溝が彫られており、多くの曲線と彫りの深さによって歪で不細工ながらも石のトカゲが創造されていた。ただし未完成。どころか失敗作である。
パカンスに住むドワーフ達と過ごす事、二週間。
共に汗を流し、同じ釜の飯を食って過ごしたかいもあり、今やすっかりドワーフ達と打ち解け合った。
そして、現在。
俺はというと、仕事の合間を見ては石細工の練習にせいを出していた。
しかし、成果はイマイチ。
ドワーフ達の様な細かな装飾はおろか、練習の石トカゲさえまともに彫り出せない有り様である。
何度やってもトカゲの足が折れてしまう。
自分の不器用さが悲しくなる。
ここパカンスには洞窟内という事もあって沢山の物が石作りでまかなわれている。
そうして、それらの物には、誰に売る訳でもないのに様々な美しい装飾が施されており、パカンス内はさしずめ美術品の倉庫の様相を呈していた。
ドワーフ達が暇潰しにと彫ったそれらは、どれも暇潰しとは思えない程の出来栄えで、見る者の目を楽しませる。
面白いのは、ドワーフによって描かれる装飾の趣味がマチマチであるという点。
ある者は、草木などの自然を石に刻み込む。
またある者は、動物を。その躍動感を。
別の者は、自分の想像の中の紋様を、形ある物として顕現させたりしている。
中でも俺のお気に入りは、裸婦像である。
初めて目にした時こそ、「なんてもんを作るんだ」と、冷ややかな視線を送ったものだが、石細工という物を知れば知る程、像が形作る女性特有のふくよかで丸みを帯びた身体の曲線と、石本来の輝きが見事に合致し、艶やかさを超えて芸術の粋にまで昇華されている作品であるという事が分かってくる。
なんて事を僅かな感動と共に想ったりしたのだが、肝心のドワーフ達が『あの尻が良い』だの『胸の形が好み』だのとゲスい話をしていたので、おそらくそんな高尚な意識で彫られた物ではないのだろう。
だがまぁ、出来は素晴らしいと思うので、外の世界ならば金を出してでも手に入れたい者がいるかもしれない。
像のモデルがヒゲの生えたドワーフ女性で無ければの話だが……。
『なんだまた失敗したのか』
右前足の折れた不細工なトカゲをネタにドワーフ達と雑談に興じていると、背後からそう声を掛けられた。
振り向くと、ヒゲから髪まで真っ白なドワーフが俺の手の中のトカゲに視線を落としながら立っていた。
「師匠みたいにはいかないッス」
若干の諦めが混じった声で白髪のドワーフへと返す。
『トカゲ一匹彫れねぇんじゃ、俺の作品に追い付くまで100年はかかっちまうぞ』
『違いない!』
白髪のドワーフの言葉に、周囲のドワーフ達が口を開けて笑う。
この白髪のドワーフ。名をミケという。
ドワーフ達からはオヤジさんとかオヤっさんと呼び慕われている老ドワーフだ。
手先の器用なドワーフ達の中においても一目置かれる程の彫刻技術の持ち主で、例の裸婦像を作った人物でもある。
裸婦像に限らず、ミケの作品群はずば抜けて素晴らしい物ばかりで、そんなミケの技術に一目惚れした俺が勝手に師匠と呼んでいる。弟子は取っていないらしいので、俺は頭に自称がつく弟子である。
「何か用ッスか?」
『おう。東の採掘場で良い石が取れたんだが、なにぶんデカくてな。悪いんだがクリよぉ、そいつを俺の工房まで運んじゃくれねぇか?』
「いいッスけど……。師匠が彫るの見学してもいいッスか?」
『好きにしろ。けど、今日は良くて大雑把な切り出ししかやんねーから、参考にはならねぇぞ?』
「それでもいいッス」
了承し、手に持つトカゲをテーブルへと置いて、腰をあげる。
『悪いがしばらく借りるぞ』
ミケが言うと、周囲のドワーフ達が片手を上げて了解の意を示した。
それを認めた後、ミケの後ろに続いてその場を後にした。
☆
東の採掘場からミケの工房へと石を運び終え、一息つく。
今回運び込んだのは二メートル四方はある大きな岩の塊。表面は真っ白で、目立った傷もない。
『相変わらず、おめぇの怪力っぷりには呆れちまうな』
「まぁ、今んとこそれしか取り柄が無いもんで」
ミケが愉快そうにカッカッカッと笑う。
「これで何彫るんスか?」
真白な岩の表面を手の平で数度叩きつつ尋ねる。
『まだ分からん』
「え!? もしかして今から考えんの!?」
『だから、今日は良くて切り出しだっつったろーが』
言ってミケがまた愉快そうに笑う。
「折角こんなデカイんだし、またああいうの掘ったら良いんじゃないッスか?」
ミケの工房の隅っこへと指をさしつつ提案してみる。
俺の指の先には、人程の大きさがある一体の石像が工房の隅に鎮座していた。
その石像は一体のサソリの姿をしている。パカンスの外に広がる砂漠でみたあの大サソリだ。
サソリの石像は、大きさこそ実物よりは小さいし、色も魔獣特有の黒さではなく、石そのままの白色ではあるものの、驚くべきはその躍動感。
威風堂々と尾を高く上げ、今にも動き出しそうな程の精巧さ。生き物の持つ生命の力強さ、気高さ、美しさ、それらが見事に表現されている。本物のサソリをそのまま石にしたんじゃないかと疑いたくレベルの作品である。
まさに圧巻の芸術作品。流石師匠と拍手喝采したくなる。
『石にそれが見えりゃあ彫るがな』
石のサソリを一瞥したミケが一人言の様に告げる。
「見えりゃあ?」
『おう。 ―――――そういやおめぇは俺が彫ってるとこは見た事なかったな』
「ウッス」
ミケは運び込んだ石に顔を向けると一度小さく溜め息をつき、それから、近くにあった椅子を引き寄せ腰を落とした。
それからおもむろに口を開く。
『俺が石を彫る時はなぁ、何を彫ろうかとアレコレ考えて彫る訳じゃねぇんだ』
「ほぅほぅ?」
『こうやって、ジーっと石とにらめっこしてるとなぁ、見えて来るんだ。この石の形みたいなもんが』
ゆっくりとした口調のミケが石を静かに眺め、吊られる様に俺も石を眺める。
石の形?
『石によって見える形は色々だ。サソリだったり女だったりな……。ハッキリしてんのは、この石にはこの石でしか彫れない形ってもんがあるっつぅ事だ。俺はそれを見極め、ただその通りに石を彫ってるだけに過ぎん。石の中に、最初から決められた形があるんだから、あとは取り出すだけ。難しいこっちゃない』
「ん~~~? 分かんねー。魔力の流れ的な?」
『カッカッカッ! 言い得て妙だな。 ――――俺は魔法は使えねぇし魔力の流れなんてもんも見えねぇが、多分似た様なもんだろう。石には石の、魔力には魔力の。それぞれ合った形ってのがあるんだろうよ』
ミケが小さく頷く。
『ま、半分は俺の感覚的なもんだろうから、俺以外にゃ分からねぇ話かもな』
そう言ってミケが笑う。
石には石の形。
正直、今の話を聞いてもミケの技術の裏打ちが抽象的、感覚的なモノである。という事以外は分からなかった。
きっとそれは才能なのだろう。感覚型の天才だからこそ成し得る芸術。
だからまぁ、才能どころかトカゲ一匹まともに彫れない俺には、どんなに石を眺めたって、石は石にしか見えないのだ。
――――ただ、これだけは言える。
俺がこの境地に辿り着くには、100年では足りないな。