表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【妖精譚】勇者のお供をするにあたって   作者: 佐々木弁当
Ⅶ章【魔王篇・建国期】
216/237

魔族のお供をするにあたって・6

「おー。旨そうだ」

 テーブルに並べられた皿に目を落としながら率直な感想を述べる。

 俺とブラウニー、二人分の料理を運んできた少女ラピスは、少し照れた様に笑った後、『どうぞごゆっくり』との言葉を残して、その場を後にした。




「食わねーの?」

 口の中でポキポキと小気味良い音を立てる具材に舌鼓をうちながら出された料理を食べる。

 一人で食べる。

 緑と赤と黄の野菜が8割を占めるスープ。

 旨いと思う。思うが、実は料理という物をあまり食べた事はなかったりする。

 妖精だった頃は、そこらに実る様々な果実を食べ毎日を暮らした。小さな妖精の身体。それで十分生きていけた。

 魔王になってからはそれも無くなった。不思議と腹が減らないのだ。それでも何の不都合もなかった。変な身体になったものだと自虐的に笑ったりした。


 そういった生活習慣が背景にあるせいか、調理された物を食べ、それを楽しむ、という感覚が新鮮に感じる。

 果実や野菜をそのまま齧るのとはまた違う感覚。

 ただ齧るだけの時とは違った食感の野菜。味のついたスープ。

 そういう微妙な変化が判別出来るのが何だか妙に楽しかった。

 無いに等しい俺の食歴。であるはずなのに、何故か料理に対して通になった様な気持ち。

 

 そんな駆けだしの食通な俺の対面、ブラウニーが難しい顔をしてスープとにらめっこをして遊んでいる。手に持ったスプーンで、スープの中で泳ぐ具材を右へ左へ、ひっくり返してまたひっくり返す。時々、不可解そうに眉を潜める。

 一体何がしたいのか。


 そんなブラウニーを眺めながらも食通の手は止まらない。口の中に放り込んだ具材が、噛む度にパキポキと小気味良い音を立てる。

 これが歯ごたえってやつだろうな。


 音が気になったのか、ブラウニーがスープから目を外し、こちらを見てきた。

 俺に対して、やや呆れつつも、何処か感心する様な表情を見せた後、ブラウニーが小さな溜め息をついた。


『出された物を食べない訳にはいきませんので勿論頂きます。ですが……。 ―――――まさか、小さなトカゲが丸々一匹入った料理が出てくるとは思っていませんでしたわ』

 神妙な顔をしたブラウニーが、さも深刻な事態でもある様な口調で告げる。


「旨いよ?」

『食に対して物怖じしないその精神に感服致しますわ』

 何故だか俺を誉めた後、ブラウニーは俺から視線を外し、また緑と赤と黄の野菜が8割を占めるトカゲ入りスープとのにらめっこを再開させた。




『以前に……』

 俺がスープを飲みきった頃、ブラウニーが呟く様に言葉を発する。そんな、ブラウニーの皿の中のスープは、一滴たりとも減っていない様だ。


「ん?」

『小さなモンブラン様がわたくしに言われた言葉がございます。ご飯を食べる拷問かと思ったと』

 ブラウニーは、そこで何かを思い出す様に小さく笑って言葉を区切る。


『その時のわたくしは、それの意味するところが判りませんでしたが……、今ならモンブラン様のあの言葉が判る気がしますわ。衣、食、住。どれひとつとっても知らない文化に触れるというのは、とても勇気がいる事でございますね』

 そう言った後、ブラウニーが何故か影を落とした表情で自嘲気味に笑った。


「…………トカゲだけでも食ってやろうか?」

 ブラウニーは特に何の表情も見せなかったが、無言で、静かに自身のスープをこちらに滑らせた。







「移住の快諾を得るって話だが、具体的にどうするんだ?」

 ブラウニーの、トカゲ抜きのスープの入った皿が空になった事を認めて、話しを切り出す。


『……メフィスト様からは、特に細かい指示は受けておりませんの』

「そうなのか」

『はい。遅くとも雪解けまでには、との事ですわ』

「雪解けまでには、か」

 おそらく植物の栽培的な事だろう。種や苗を植えるにしても、次期を逃すと収穫量などに影響する。多分、そういう懸念。

 メフィストの事なので他にも理由があるかも知れないが……。


『ですが、だからと言ってそう慌てる必要もないかと思いますの。今後、ドワーフ達と付き合っていく前提であるならば、ドワーフという種族の事を知っておく必要はありますでしょうから』

「衣、食、住か?」

『勿論それらも含めた上で、ですわ』

「まぁ、文化や習慣なんかは、一緒に暮らしてみればおのずと見えてくるだろうな。さしあたって、積極的に調べなきゃいけないのはオヒカリ様だと思う」

 ブラウニーが相槌をうつ。


『話を聞く限り、ドワーフ達からは守り神の様に扱われている様でございます。大切な物の度合いが大きい程、いざ移住の話になった際にそれと比例して大きなネックになるやもしれません』

「だな。とりあえず、仕事はしないと飯は食えないらしいし、しばらくは仕事の合間をみてのオヒカリ様調査ってとこだな」

 俺がそう言った直後。

 地面が大きく揺れ、パラパラと砂埃や小石が頭上から降り注いだ。

 本日2回目の地震。 

 

「と、思ったけど…… ―――――先に地震の原因を調べといた方が良さそうだ」

 シドルは大丈夫だと言ったが、やはり不安だ。

 大体にして、大丈夫だと宣ったシドル本人が、オヒカリ様を良く知らないと何故か誇らしげに言っていたので、オヒカリ様が洞窟の崩落から守護してくれるのかなんて判る筈もないのではないだろうか?


『……そのようですね。まぁ、二人で調べる事もありませんでしょうし、両方同時進行で行うのがよろしいかと。わたくしは地震の原因についてを調べてみる事に致しますわ』

「そうだな、折角二人いるんだしな。じゃ、俺はオヒカリ様を調べてみるよ」

『かしこまりました』

 了承の返事の後、ところで……。と、ブラウニー。


『参考までにお聞きしますが、トカゲはどんな味が致しますの?』

「え? あ~……。果実と野菜以外って食べた事ないから分からんけど、口に入れるとムニュとしてて……。で、噛むと中のちょっと苦味のある汁が口に溢れてくる。んで更に強く噛むと骨が――――」

『お待ち下さい。そこで結構ですわ。分かりました。ありがとうございます』

「ん? うん」

 何やら口元に手をあてたブラウニーが焦った感じで待ったをかけて、味の感想を半ばで打ち切らせた。

 そんなブラウニーの態度に小さく首を傾げる。

 旨かったよ? トカゲ。







 食事の後は労働だ。

 俺はシドルに、ブラウニーはラピスにそれぞれ連れられて仕事場へと案内された。

 初日という事もあってか大した仕事でもない。俺に与えられたのは良く分からない鉱石運びの仕事。

 洞窟の奥で採掘されたそれらを加工場まで運ぶ。それを永遠とやらされた。

 正直言えば退屈であった。魔王になってから腕力がとても高くなったせいか採掘された鉱石程度ならば殆ど重さを感じなかった。ゆえにただ採掘場から加工場を散歩でもする様に往復し続けただけ。

 これが退屈で無ければ何が退屈なのかと問いたいくらい。

 

『お前さん、とんでもない力持ちだな』

 そんな感じの事をガタイの良いドワーフ達から口々に誉められた。それで気を良くして調子に乗る。誉められる度に運ぶ鉱石の量や大きさが増えていって、それでまた誉められる。

 誉められると伸びるんです、俺。


 メフィストやブラウニーも何かと誉めては来るが、あの二人はどうも称賛に打算的な物が混じっている気がして素直に喜べない。

 それに比べてドワーフ達は、初対面の俺の事を笑顔で誉めて、時々冗談なんかも飛ばしてくる。それが、何だかむず痒く、それでいてとても居心地が良い。輪の中に受け入れられた様な、そういう居心地の良さ。

 働く前は多少の不安もあったが、これならドワーフ達と上手くやっていけそうな気がする。


 そうして、仕事は退屈だったけど大変上機嫌のまま、その日の仕事は終わりを迎えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
続きが気になった方は是非ブックマークを。ブクマでクオリティと更新速度が上がります(たぶん) script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ