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【妖精譚】勇者のお供をするにあたって   作者: 佐々木弁当
Ⅶ章【魔王篇・建国期】
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魔族のお供をするにあたって・5

 なんてこった! 全員ヒゲモジャだ!


 ドワーフの居住地であるパカンスへと案内された俺が一番最初に抱いた感想がそれであった。

 見渡す限りそれはもう暑苦しいまでにヒゲモジャで逆に清々しいという珍事。

 ヒゲを含めた顔面積比率が高い。

 ヒゲを含めた毛髪率も高い。

 中には、前髪を長く伸ばして顔を覆い、それは前向き? 後向き? と尋ねたくなるくらいのヒゲモジャもいたりする。

 認めよう。俺はドワーフという種族をなめていた。

 世界の広さに完敗だ。そんな世界に乾杯だ。


 俺が周囲を囲まれ、モジャモジャに圧倒される中。

 ブラウニーがドワーフの代表とおぼしきヒゲモジャと何らかのやり取りを行っていた。

 それを見て、ちょっぴり冷静になる。


 ちょっぴり冷静になったところで、改めて周囲を見渡してみる。

 今いる場所は洞窟内にしては広々とした空間。天井も妙に高い。洞窟内にこれだけの空間があるのも珍しいものだと驚いたが、それ以上に、明るい事に驚いた。

 松明を掲げている訳でもないのにどういう訳か真昼の様に明るいのだ。

 穴でも開いているのかと上を見上げてみたが、特に穴が開いている様子は無かった。不思議なものだと首をひねる。


 見上げた顔をやや落として、広い空間内の壁を見れば、要所々々に横穴が見られる。岩から掘り出したであろう階段や細道がそれらと地面を繋げており、察するにあれが各々の家、或いは部屋になっているのだろうと推測する。


 空間の奥。ドワーフ達の背後には木々や植物なども見受けられる。

 ここは洞窟の中だが、外は砂だらけの砂漠だ。

 飲み水は勿論、どうやって植物を育てているのかと頭に疑問符が浮かぶ。

 とにかく不思議な空間がそこにはあった。


 

 その後、どういう話をしたのか知らないが、俺がキョロキョロと観察をしている間に、ブラウニーの頑張りで話がまとまったらしく、シドルという名のここの代表に連れられ、彼の自宅へと招かれた。

 ドワーフ達の好奇の目にこそ晒されているものの、余所者の俺達が然程に警戒されていないのが有り難い。

 ブラウニー、なんとも有能な配下である。


 招かれたシドルの家は空間の一階部分、とでもいうのか、地面と直結する横穴の中にあった。

 テーブルに椅子にと、中にある物の殆どが鉱石から作り出された物である様だが、その割りに鉱石特有のゴツゴツとした印象はあまりない。角はツルッと、表面はピカッとしていて、逆に高級感すら漂う。


 シドルに促され椅子に座る。

 それとほぼ同時に、パタパタと足音が部屋の中に響き、奥から小さな少女が顔を出した。

 なんてこった! ヒゲモジャじゃない!

 驚くポイントがややズレていると自覚しつつも、驚かずにはいられない。ドワーフだからといって子供までもがヒゲモジャではない様だ。ただ、女性らしきドワーフはヒゲモジャだったので、この子もそう遠くない未来でヒゲモジャドワーフへと変貌を遂げるのだろう。なんだか居たたまれないが、ドワーフにはきっとそれが普通なのだと心に言い聞かせる。


 少女の手の中で透明なカップが二つ。水を湛えて握られていた。

 少女はこちらに軽く一礼すると、テーブルの上、俺達の前へと置いた。出来た少女である。有能だ。


 それから、改めて簡単に自己紹介を交わす。ドワーフの長シドル、そしてシドルの愛娘ラピス。

 シドルはドワーフという種族のご多分に漏れず、背は低いが体格のしっかりしたヒゲモジャである。頬の古傷が歴戦の戦士っぽくてカッコいい。ただ、ヒゲのせいで年齢がイマイチ分からない。そこまで歳を取っている様にも見えないので、意外と若いのかもしれない。

 

 その娘ラピス。7~8歳くらいだろうか。ヒゲこそ無いが目鼻立ちはシドルに良く似ている。

 ややぽっちゃり気味の体型と、伸びた赤色の癖っ毛が快活そうな印象を見る者に与え、笑った時のえくぼにも愛嬌がある。


「可愛らしい娘さんだな」

『そうだろう!? 将来はパカンス一の器量良しになるぞ!』

 シドルが歯を見せて大きく笑う。自慢の娘であるようだ。


『すいません。ととは口を開くと私の自慢ばかりで』

 少し困った顔をしたラピスが言う。


「それだけ君の事が自慢なんだろう。良いお父さんだ」

 俺がそう返すと、ラピスは照れくさそうに頬をかいた。


『たらしですね』

「何が!?」

 真顔で俺を罵るブラウニーの視線がやけに冷たく感じた。

 何故だか罵倒された俺が変に渇いてしまった喉を潤そうかと、テーブルの水に手を伸ばす。

 それとほぼ同時。


『きゃっ!』

 突然、足元が大きく揺れた。

 大きな揺れで、部屋の中で一人だけ立っていたラピスがふらふらとよろける。

 カップに伸ばしかけていた手を、座ったまま素早くラピスへと向け直し、地面に弄ばれるラピスの身体を咄嗟に支える。

 しばらく、そうやって揺れが収まるのを待つ。

 10秒程して揺れが完全に治まった事を認めてからラピスの身体を支えていた手を離した。


『あ、ありがとうございます』

 ちょっぴり頬を赤くしたラピスが礼を述べる。

 それに手の仕草だけで返した後、ふと、隣に目を向けると、汚いモノでも見る様な眼をして俺を見ているブラウニーと目が合った。

 今のは完全に不可抗力であると思うのだが……。


『すまんな。最近、どうも地震が多くてな』

 ブラウニーの冷たい視線を全身に浴びていると、シドルがやや神妙な面持ちで告げてきた。

 シドルの言葉にやや心配が顔を出す。ここは洞窟。地面の下に位置する場所。

 万が一にも崩れようものなら生き埋めである。

 もっとも、魔王の肉体を得た俺が生き埋めで死ぬのかどうかは微妙な気もするが、ブラウニーやドワーフ達は駄目だろう。

 俺がそんな怖い想像をしていると、それを察したのかシドルが安心させるかの様な声色で言葉を吐き出した。


『ここは、オヒカリ様に守られている地。そうそう崩れる事はないだろう』

「オヒカリ様?」

 見知らぬ土地の、会ったばかりの人から届く、見知らぬ響きの言葉。それを耳にして、何か遠くまで来たんだなぁ、と今更ながらに感嘆を覚える。


『地下にあるこの地に、光りが溢れている事を不思議に思わなかったか?』

「あぁ……、確かに思ったな。見た所、植物を育てて自給自足出来るだけの環境もあるみたいで不思議ではあった」

 広場で感じた事をそのまま伝える。


『そうだろう? この恵みこそがオヒカリ様だ』

 どこか誇らしげにシドルが頷いてみせる。

 シドルの言葉は続く。


『オヒカリ様がいつからこの地にあるのかは儂らも知らん。分かる事は、儂らの祖先がこのオヒカリ様の恵みある土地を偶然にも見付け、そうして住み始めたという事だけだ。オヒカリ様が何なのかは儂らにも分からん。分からんでも良い。恵みをもたらすオヒカリ様への感謝の気持ちがあれば良い』

 妙に力強いシドルの言葉に納得して様な気にさせられる。


「まぁ、ある種のオアシスみたいなものだな……。けど、良かったのか? 初対面の俺達にそんな大事そうな事話しちゃって?」


『なに、悪人だと思うなら最初からここに案内はせんよ。 ――――それに、咄嗟に子供を庇う者がそうそう悪人という事もあるまい。もしそうなら、いよいよ世も末だ!』

 そう言って、何故かシドルが愉快そうに笑った。

 今、実は魔王ですなんて言ったらこの人はひっくり返るんじゃないだろうか? なんとなくそう思った。

 ――――言わないけど



『さて、客人よ!』

 ひとしきり笑った後、両の膝を大きく叩いたシドルが口を開く。


『人間の迫害を逃れてきたと語るお前達のワケを深くは聞かん。この地を一時の休息の場とするも良し。ここに住むも良し。お前達が選べ。好きなだけいろ。どちらを選ぼうと儂らはお前達を歓迎しよう。 ―――――しかしだ。働かざる者に食わす飯は無い。ここにいる間の飯分はしっかり働いてもらうぞ!』

 言ってシドルがまた笑う。

 荒々しいとまではいかないが、感情や、思った事を真っ直ぐ口にしてぶつけて来る様な豪気な性格なのだろう。変に気を使わず、それでいて相手を思いやれる。

 シドルはそんな風に好感の持てる人物であった。


 正直言って、俺はドワーフ達の移住にそこまで興味はなかった。それは別にドワーフに限った話でもなく、そもそも国造りに興味が無いと言った方が正しいかもしれない。

 しかし、何故だか俺は初めてあったばかりのシドルが妙に気に入った。

 コイツがいたら絶対楽しいと思った。そう俺に思わせるだけの何かをシドルは持っていた。


 国造りには興味がなかったが、シドルに会って、どうも気が変わったらしい。メフィストの思い通りに働くのは癪だが、徐々に乗り気になって来た自分がいる。

 シドルは元より、ドワーフは全部まとめて俺の配下に。


 そう決めると、俄然やる気が沸いてきた。


 ―――――さて、どう勧誘したものか。


 静かに思考にふける俺の様子に、ブラウニーが小さく、少し不敵に笑った気がした。


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