魔族のお供をするにあたって・3
「さぁさぁ! そんなこんなでやって参りました南国パラダイス! ジリジリと肌を焼く真っ赤な太陽! 見渡す限り海! 海!! 海!!! 砂の!」
なんでや?
ブラウニーと共にやって来たのは南の大陸に程近い、とある島。島と言ってもかなり大きな島なのだが、見える景色は砂ばかり。砂の島。
なんでや?
オッケー、落ち着こう。冷静に何故こうなったのか整理しよう。
まず事の発端は、俺の日頃の頑張りを労ったメフィストの「南の島のパカンス」という言葉が始まりだった筈だ。
嬉しさのあまり小躍りして、滑って転んで肩をぶつけたが、あの時はまだ正気だった筈だ。むしろ、悶絶ものの肩の痛みが、これは夢じゃないぜ相棒、と肩を叩いて俺を激励してくれた感じだ。センキューブラザー、オゥセンキュー。
それから、ブラウニーの準備を急かして、「魔王様と二人でパカンスなんて、ちょっと緊張してしまいますわ」と恥じらうブラウニーに、「押し寄せるサファイアみたいなさざ波が、二人のロマンスを加速させるのさ」と調子こいた台詞を吐き出し、ブラウニーと二人、うふふあははと甘酸っぱい空気を堪能しながら、まだ見ぬ南の島へと思いを馳せた。
ここまではオッケー。何も問題ない筈だ。
でもって、準備万端で迎えた翌日。妖精達の妖精の抜け道を早朝に吹き抜ける心晴れやかなそよ風の如く潜り抜け、辿り着いたらココだった。砂漠だった。
おかしい……。
いや、おかしくないのか?
妖精達が妖精の抜け道をミスったのだろう。でなければ、今頃は、水平線の広がる砂浜でアハハハと爽やかに過ごしている筈だ。
ロマンス相手がブラウニーしかいないという点は置いておくとしても、楽しい旅になる事は約束されていたのではないだろうか?
で、ある筈なのに、何故に俺は砂漠を歩いているのだ?
時折、強く吹く風に舞いあげられた砂が、容赦なく全身を叩き、なんだか無性に目に染みるぜ。
妖精共は帰ったら説教だとして、問題は帰る手段がないという事だ。
妖精の抜け道は開いてさえいれば往復も出来るが、そんなものはとっくの昔に閉じてしまった。
せめて、ちゃんと目地的に着いたか確認してから閉じれば良いものを、何を慌てて閉じる必要があるのか。ふむ、それも帰ったら説教だな。
というか、仮に海に着いていたとしても、帰りはどうするつもりだったのだろうか? 謎である。
まぁ、過ぎた事は仕方無い。俺が夢見る素晴らしき休日の実現に向けて、前向きに考えてみよう。
まず、俺は何も持っていない。準備は全てブラウニーに任せ、大した量ではないが、その荷物も今はブラウニーが担いでいる。
俺が王で、ブラウニーは従者なのだから、そこはまぁ良いだろう。ブラウニーが疲れたら「代わるよベイビー」くらいは言ってあげるつもりだし。
そこは良いが、問題なのは俺が上半身裸だという事だ。
南の島に到着するなり、準備体操もそこそこに、海に飛び込もうと思っていたので半裸な訳だが、海は海でも砂の海に来てしまったので、真っ赤な太陽が俺の上半身を容赦なく焦がしてくる。
幸いな事に、魔王の身体を手に入れて以来、暑さも寒さもへっちゃらなスーパーな体質になったのが唯一の救いであろう。
そんな俺の旅仲間ブラウニーなのだが、彼女は何故か完全防備だ。
大きな布切れで身体全体を覆うブラウニー。それは顔にも及び、目だけを布切れから出して砂漠を突き進んでいる。
彼女は一体、海に何しに来たのだろうかと思わずにはいられない。結果だけ見れば正解なのだが、外れたらどうするつもりだったのだろうか? もしかしたら、自身の身体に自信がないので見せたくない、という可能性もあるので、紳士な俺はあえてそこには触れないでおく。
そんな事を考えながら、砂の上をジャリジャリと裸足で歩いていると――――余談だが、俺はこの時、「ここは砂浜、ここは砂浜」と自分に言い聞かせて正気を保っていた――――、ふと、俺の前を歩いていたブラウニーが足を止める。
どうかしたかと尋ねる前に、ブラウニーの隣まで足を進めると、俺が隣に位置するのと同時、前方の砂がサラサラと盛り上がり始めた。
舞い上がった砂から目を庇いつつ、何事かと薄目で見ていると、盛り上がった砂の中から一匹の巨大なサソリが姿を現した。
サソリを見ながら、でっかいなぁ、黒いなぁなんて思っていると、「お願いします」と言ってブラウニーが数歩下がる。
ブラウニーは戦えないらしく、こうやって現れる魔獣は全て俺に担当が回ってくる。サソリはこれで二体目。他にも、なんかデカいトカゲとか、大きくはないけど集団で現れた犬コロなんかを退治した。
適材適所。戦えない者を無理に戦わせるつもりはないので、それは別に構わないのだが、こんな事ならスノーディアも連れて来るべきであった。
一度小さく溜め息をついてから、巨大なサソリに無遠慮に近付くと、サソリが尻尾をフリフリ威嚇し、顎をカチカチ鳴して脅迫した。サソリの言葉は分からないけど「やんのかコラ。刺すで? ブッスーいくで?」とか言ってるに違いない。どう好意的に見ても「私サソリのサーちゃん。仲良くしましょう」とは言ってないと思う。
「魔王パーンチ!」
全てまるっと無視して、サーちゃんを一撃でコナゴナに粉砕する。
妖精パンチとは比較にならない破壊力である。
強いのは素晴らしい。妖精体では味わう事が出来ない今までにない爽快感だ。
しかしながら、砂漠の真ん中で、半裸のまま正拳突きをする自分を客観的に見ると凄く馬鹿に見えた。いや……間違いなく馬鹿だろう。
『お見事です、魔王様』
魔獣を倒す度にブラウニーが誉めてくる。
おかしい。そもそも、魔獣は魔王の手下みたいなもんじゃないのか? 何故、襲ってくるんだ? これは何処かで連絡の行き違いがあったに違いない。そうでなくばメフィストの怠慢ではないだろうか? 帰ったら説教だな。
「なぁ、これって何処に向かってるんだ?」
辿り着いた時から何度も口にした同じ質問をもう一度ブラウニーにする。
『パカンスですわ』
返ってきたのは何度も聞いた同じ答え。
俺は目的ではなく、具体的な場所を聞いているのだが……。
「それはあとどの位で着くんだ?」
『そうイライラなさらずとも、もう見えております』
「え?」
ブラウニーの言葉に素早く周囲を見渡す。
しかし、視界に映るものは相変わらず砂ばかり。少し先に砂にまみれたいくつかの大岩が転がっている程度である。
「どこに海があるんだよ?」
ブラウニーは答えず、砂漠を歩いていく。
無視ですか、そうですか。
憮然としたままその後を追う。
しばらく歩き、転がる大岩の手前まで歩いたところでもう一度声をかけた。
「なぁ、岩陰でちょっと休憩しない?」
「その必要はありませんわ」
「なんで?」
俺の質問に答えるでもなく、岩陰まで辿り着いたブラウニーが顔から布切れを剥がし、ふー、と息を吐いた。
結局休憩するんじゃん、と口にする前にブラウニーが告げる。
「着きましたわ」
「は?」
「目的地、ここがパカンスです」
「は?」
「ですから、ここが、私達の目的地であるドワーフの住む地下洞パカンスの入り口です」
「パカンス? ん? バカンス?」
「"パ"カンス、ですわ魔王様」
なんでもない事のようにブラウニーが言う。
「パカンス……」
呪詛のように吐き出す俺の言葉を無視してブラウニーが告げる。
「では、行きましょうか魔王様。いざ、パカンスへ」
そう言ったブラウニーが手を広げて招く先に、ひと一人が通れる程の小さな穴が空いていた。
よくよく目を凝らせば、ご丁寧にも穴の入り口から奥へと続く階段らしきものも見える。
「パカンス……」
『パカンス』
「ふ、ふふふふふふふふふふふふふふふふ――――帰ったらまずメフィストを殺す」
『それは良いアイデアですわ』
胸の前で両手を合わせたブラウニーが満面の笑みを浮かべて微笑んだ。