妹の頼みを聞くにあたって・11
『メフィストが連れて来たのかい?』
『ええ。先程まですっかり忘れていましたけど』
『ふ~ん……まぁいいけど』
『全然良くないわよ!』
スノーディアの気のない言葉に怒りの声をあげたのは視線の中心にいた、かの人物。"元"部下さん。
そのあまりの大声に、楽しそうに集まっていた妖精達も迫力負けして押し黙った。
『突然クビにされた挙げ句、地上に放り出されて、こっちは全然良くないの! 納得してないの!』
『別に納得する必要はないだろう? 部下を雇うも雇わないも、上司である僕の裁量次第だ』
やれやれと言った風に片手をあげて怒る"元"部下の女性に反論するスノーディア。なんだか少し楽しそうにも見える。
『違う! 部下とか部下じゃないとか、そんな事で怒ってるんじゃない!』
そこまで叫び、金切声をあげていた女性が急速に萎んでいく雰囲気があった。
『……なんで? 何かあれば力になるって、何でも言ってって言ったじゃない……』
消えてしまいそうなか細い声。それでも、その目は真っ直ぐスノーディアを捉え続けていた。悲しそうに。
『何もするな、と言っても君は聞かないだろ? 今回の事は、ハッキリ言って君は役立たずの戦力外なんだ』
なかなかに厳しい事をスノーディアが口にする。
言われている本人でもない俺にも少なからずダメージを与えたのは、きっと俺が普段から自分を役立たずだと卑下しているからに違いない。
『知ってるわよ……自分の実力くらい……でも、それでも』
『分かっているなら身の程を弁えろよブラウニー。僕はね、君を必要としてないんだよ。いらないんだ。なので、たまたま、まぁいい機会だからとクビにした。それだけだ』
薄く笑った悪役顔でスノーディアがそう言った。我が妹ながら怖い顔である。あの顔とあの口調で『にいさんキモい』とでも言われた日には立ち直れない自信がある。酷い。言い過ぎだ。
横目に、隣で聞いていたリョウフが何か口を挟みそうな様子を見せていたので、それを軽く仕草だけで止める。
やめとけよリョウフ。こういう時、部外者が簡単に口を出すものじゃないぞ? なにより飛び火してはかなわん。俺は『にいさんキモい』と言われたくはないのだ。
少し静寂が流れた後、スノーディアの言葉で俯いてしまっていた"元"部下、ブラウニーがおもむろに口を開く。
『……いいわよ別に。必要にされてなくたって……。勝手につきまとうから』
ブラウニーがそう言うと、スノーディアが深く息を吐いた。
『分からんないかなぁ? 僕は』
『分かってるわよ。人並みに幸せになれって言いたいんでしょ?』
スノーディアの言葉を遮ってブラウニーが言う。
今の会話の流れで、どうしてそうなるのかは俺には分からないけども、二人には分かるのだろう。スノーディアにはブラウニーの意図が。ブラウニーにはスノーディアの意図が。
それだけ長く時間を共有したという事。
『けど、その命令は受けないわよ? もうあなたの部下じゃないわけだし、何より普通の人の生なんてとっくの昔に捨てちゃったし』
『…………捨てたのは自己責任だぜ?』
スノーディアが愉快げに笑う。
『そうよ? 自己責任。自分の意思でそう決めたの。だから、今度も自分の意思で決める。決めて、私があなたに勝手につきまとう』
『言っとくけど、いくらしつこく付きまとわれたって僕は君を部下に再雇用する気なんてこれっぽちも無いぜ?』
『いいわよ? 別に。部下になるのが目的でもないし』
ブラウニーのにべもない返事。
是が非か。そんなブラウニーの態度に、返答に窮困したスノーディアが一瞬だけ横目で俺を見た。
『……つきまとうのは勝手だけどね、ここは妖精の土地。妖精の聖域。君が勝手に出入りする事は許されない場所なんだぜ?』
スノーディアが妖精の聖域について触れてくる。
ああ……これは巻き込まれる。ノータッチのお触り禁止を貫いたのに……。スノーディアめ、よほど返答に困ったのだろう。もしかしたらワザとなんじゃないかとすら思う。スノーディアならもっと上手く言いくるめられそうなものだから……。
そんな事を思いつつ、自分から薮蛇をつつくつもりもないので巻き込まれたくないという一心で静観していると、お呼びじゃないのにブラウニーが俺へとゆっくり近付いてきた。
来なくていいよ? 逃げ出したいけど自分んちだし、他に逃げる場所はない。残念です。ナンシーパンシー、俺の城早く。
ブラウニーは、俺の前までやって来るとスカートの裾を軽く摘まんで丁寧に頭を下げた。
『申し訳ありません。まずは挨拶が遅れた事をお詫び致します。はじめまして妖精王様。並びに、ご就任おめでとうございます魔王様。ブラウニーと申します』
「……………………はい」
『以前は、妹君でもあらせられますスノーディア様にお仕えし、ひいては灰王様を主君としておりました。今後は新たな主君をあなた様と定め、お仕えしていきたいと考えております。如何なる雑務とて喜んで致す所存。恥ずかしながら実力不足ゆえ戦う事は出来ませんが、御身を狙う不逞な輩の振るう凶刃の盾くらいにはなりましょう。その覚悟はございます。どうぞこのブラウニーをあなた様の配下に加えては戴けませんでしょうか?』
なんだか仰々しい口上を述べ、その間中、ずっと頭を下げ続けるブラウニーに大変、非常に、とっても困惑する。
どうしたものかとスノーディアに視線を向けると、スノーディアは声には出さず、唇だけを動かして拒否しろと言ってきた。
よ、よし……じゃあ断るぞ? 良いんだな? 大丈夫だな? 断ったら刺されるとか無いな? 盾かと思ったら凶刃の方だったとか無いよな?
よーし、断っちゃうぞ! 俺がノーと言える妖精だってとこ見せてやるぜ!
「え~と、ブラウニー……さん」
意気込みとは大きな差がある貧弱にして貧相な言葉が口から出てくる。
『はい』
「折角なんだけど」
『素晴らしい覚悟ですね。どうです? 部下になさっては?』
断ろうとした直後、まるでタイミングを図った様に嬉々とした声でメフィストが口を挟んできた。
ちょっと黙ってろメフィストのくそったれ!
『御進言ありがとうございますメフィストフェレス様』
頭を下げていた筈のブラウニーがパッとメフィストへ振り返り礼を述べる。
間髪入れず、
『さしあたって、魔王様の今後について、この不肖ブラウニーにひとつプランがございます』
にこりと微笑んで、ブラウニーが俺の今後のプランとやらを提案してくる。頼んでもいないのに……。
『それは素晴らしい。是非、聞かせてください』
こちらもにこりと微笑んでメフィストフェレス。
いや、待て……。なんでそうなる?
周りを置き去りにする勢いの二人の様子に再び困惑し、もう一度スノーディアへと目をやると、スノーディアが片手を額に当てて何やら険しい顔をしていた。
えぇ……何でそんな顔するんだよ……。ヘルプ。ヘルプミー。
『それではお聴きください。と言っても、スノーディア様の二番煎じ、引き継ぎの様なモノですが』
そう言って、聞いてもいないのになんか勝手に語り始めるブラウニー。
それを嬉しそうにウンウンと聞き始めるメフィスト。
あ………こいつら………。
最初からグルだな? そうなんだな? この展開読んでやがったな?
スノーディアが断る事も、俺が断る事も。読んでいた上で妖精の聖域に来る前に二人で打ち合わせしたに違いない。こちらに口を挟む暇を与えない、早く、強引にして怒濤のやり取りがそれを物語っている。
いまもスノーディアが口を開きかける度にメフィストが不必要な程の大きな声と仰々しい態度でそれらを打ち消し、呑み込んでしまっている。二の句が告げられない。
この分だと、メフィストがブラウニーの事を忘れていたというのも絶対嘘だな。タイミングを見計らっただけだろ。
なんて性格の悪い奴らなんだ……。そりゃあスノーディアも頭抱えるわけだ。
こうやって、俺の知らないところで凶悪な二人が手を結び、俺の魔王ライフが勝手に決定されていったのである。