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妹の頼みを聞くにあたって・10

「それで、結局どうしようかこのお寝坊ちゃん」

 脇へと逸れた話を戻す為に軽く言って反応を待つ。


『どうしようと言われてもね……外からの干渉で起こせないならば、今のところ自然に起きるのを待つ以外に無いからね……ただ』

「ただ?」

『眠りっぱなしってどうなんだろう?』

「健康面って事か?」

『そぅ』

 お寝坊ちゃんの頬ぷにぷにともてあそびながら、スノーディアの問い掛けに対する答えを模索する。なんだこれ? なんでこんなに柔らかいんだ? ぷにぷにしながら指に少し力を込めると包み込まれる様に指が頬へと沈んでいく。きっと雲に感触があるならこんな感じに違いない。


『割りと真面目に聞いてるんだけど?』

 やや諌める口調のスノーディアの声が耳に届いたところで、指を頬から離す。ポヨンと擬音を生み出しながら頬が本来の形へと戻り、それを確認し終わってからようやくスノーディアへと顔を向けた。


「いつまで寝るのか知らないが、どうせ寝るなら快適な方が良いよなやっぱ?」

『そりゃまぁね』

「ぐっすり寝る、ってだけならうってつけの場所がある」

 問いを含んだ言葉を投げて、スノーディアの返事待ち。

 スノーディアは少しだけ間を空けた後、

『案内してよ』

 と、了承とお願いを同時に届けてきた。

 それを二つ返事で承って、「じゃあ、とりあえずその子を」と口に出したところで、メフィストが『あ』と何かを思い出した様な呟きを吐いた。


「なんだよ?」

『いえ、思い出したと言いますか、興味が無かったと言いますか―――――まぁ、今はあまり関係ありませんので先にそちらを』

「ああ……?」

 ニコニコとそう返してくるメフィストにやや怪訝な顔を見せつつも、生まれた疑問をすぐに頭の隅へと追いやって、眠るモンブランを両腕に抱えたスノーディアを促し、妖精の聖域(フェアルチェアリ)の奥へと向かう。

 奥と言っても妖精の聖域(フェアルチェアリ)自体が母の樹を中心とした一帯である為、樹の正面が普段常住している場所だとすると、そこから樹の裏側に当たる場所まで移動するだけに過ぎない。

 ただ、樹の裏側とてそこらの木々の様にヒョイと覗いて見える大きさに母の樹はなっていない。縦には、雲に手がかかるのではと思う程の巨大さ。その根元の太さたるや「足太いな」なんてレベルではないのだ。母の足は逞しいのだ。


『何を一人でニヤニヤしてるんだい?』

「え? ……してた?」

『美少女二人を裏手に連れ込む変態の目をしてたぜ?』

「やめろ」

 クックッと笑うスノーディアを非難の目で一瞥した後、ここだと告げる。

 俺の言葉を受けて、スノーディアが目だけを動かし簡単に周囲を見渡した。


『特に変わった感じはしないけど』

「特に何かあるわけじゃないからな。―――――そこの地面から頭出してる根っ子の傍に寝かせてやるといい」

 周囲には絨毯の様に大地に広がる草が茂るだけの広々とした空間。その中心付近。隆起し湾曲した根が丁度スノーディアの膝の辺りの高さまで飛び出していた。

 俺の言葉にスノーディアが大丈夫なのかと聞きたげな表情を見せたが口には出さず、言われた通りに腕の中のモンブランを丁寧に根の傍へと寝かせた。

 そうして、それらをゆっくりと、眠り子を起こさない様にといった風に行われた一連の所作。起こしたいのか起こしたくないのか……。

 まぁそれはともかく。

 モンブランを寝かせた後、スノーディアが膝立ちのまま隆起する根をマジマジと見つめ、それから軽く手で触れた。


『なんだろう? ――――懐かしい』

「やっぱお前でもそう思うか?」

『――――これは?』

 根に向けていた顔をこちらに向けてスノーディアが尋ねる。


「それはな、燃え残った樹の根のひとつだ」

『燃え残った? 以前の母の樹という事かい?』

「ああ」

 スノーディアは再び根に視線を戻し、触れていた手を一度だけ動かし根を撫でた。


『地面の下なんだ、燃え残った事自体に疑問は無いけど――――ひとつという事は他にも?』

「これより大きく地面から飛び出してたのがあったんだがな、今はない。今の樹の苗床に使ったからな。まぁ元は1つの樹だし、掘って確認なんかしてないが、多分地面の中では繋がってるだろうから、ひとつふたつと数えるもんでもないんだろうが……以前の樹で目に見える形で残ってるのは今はその根だけだ」

『そう……』

「何かカッチョいいだろ? その曲線が」

『……兄さんの美的感覚は分からないけど』

 ちょっぴり冷めた口調でスノーディアが言って、『触れていると少し安心する』と付け加え、小さく笑った後、『自分で焼いておいて安心してたんじゃ世話ないね』と自虐混じりに締め括った。

「それは気にするなと言ったろ」

 あの時の母は俺から見ても異常だった。

 冷酷で、残忍で。


 少し沈黙が流れた後でスノーディアが根から手を離し立ち上がる。

『しかしこれは、さしずめ膝枕といった感じだね』

 根の傍、頭を根に向けてスヤスヤと眠るモンブランを見たスノーディアがそんな感想を述べてくる。

 まぁ、そう言われればそう見えなくもないが――――根っ子だぞ?


『けど、地面にほったらかしみたいで良くないなぁ』

 それは確かにそうだ。根と、その周囲に背丈の低い草が茂るだけで他は何もない。壁もなければ屋根もない。そもそも妖精の聖域(フェアルチェアリ)には家とかそういうモノ自体が無い。何故か虫も寄って来ない場所だが、見た目には草原でのお昼寝にしか見えないのだ。昼寝ならばまだ良いが、いつ起きるとも分からないの者にずっと野宿の様な真似をさせる事になる。


「そこは何とかしろ。根を傷つけるのは駄目だが、周囲を改装する位なら構わん、スノーディアの好きにしろ」

『自慢じゃないが……僕の美的感覚は悪役寄りだぜ?』

 言って、スノーディアが悪ぶって微笑む。


「寝てる美少女に悪戯するなよ?」

 ここぞとばかりにそう吐き出して笑っておく。


『……仕返しのつもりかい? それ』

 スノーディアが少し呆れた様に言った。









 雨風凌げる物を。

 なんて、先程の改装についてをスノーディアと話しながら居住地区に戻ると、何やら妖精達が集まって騒いでいた。騒がしいのはいつもの事だけど……。

 ただ、いつもと違うのは、その騒ぎの中心に妖精の聖域(フェアルチェアリ)の住人ではない人物がいるという事。二人もだ。

 一人は、ニコニコと愛想を振り撒くメフィストフェレス。

 そして、メフィストの隣。給仕の様な服を着た女性が見える。

 誰だ?


『ブラウニー?』

 騒ぎをやや遠目にぼんやり眺めていると、俺の隣で同じ様に眺めていたスノーディアがそう口にした。


「知り合いか?」

『ああ、うん。僕の部下だよ。――――元、ね』

 そう答えて、スノーディアが騒ぎの塊へと足を進めた。

 それから、スノーディアが傍から離れたのと入れ替わる様に将軍ことリョウフが俺の元へとやってきた。


『すまん、気付くのが遅れた。メフィストが姉上の知り合いだと言ったらしくて、それを聞いた連中が招いたそうなんだが……不味かったか?』

「いや……いいよ。スノーディアの元、部下だそうだ」

『元?』

「ああ……。俺が魔王になって、事実上、前の灰王連中は瓦解した様なものだろうからな。今の構図は良く分からんが、スノーディアがそう言うならそうなんだろう」

『……』

「……何か聞きたげだな?」

 リョウフは、聞き難いのか言葉を選んでいる様で、少しだけ間を空けた後で尋ねた。


『姉上は、魔王の元で何をやっていたんだ?』

「……さぁ?」

『聞いてないのか?』

「……あいにくと興味が無くてな」

『………………はぁ。信用しろって事だな? 姉上を』

「スノーディアを信じる俺を信じろ」

『ご立派ご立派、羨ましいくらい』

「だろ? 俺が言うとかえって、説得力が増すだろ?」

『いつか足元をすくわれなきゃ良いけどな。むしろ、()()()。良い薬だ』

「あらやだ怖い願望。――――心配し過ぎなんだよリョウフは」

『……言うがね。少なくとも、この位でないと危機感の足りない妖精の聖域(フェアルチェアリ)の将軍はやってけんよ、王様』

「わっはっはっーのは。ならいっそ将軍辞めてみる? どっちか譲るよ? 妖精王と魔王、どっちがいい?」

 リョウフは、こちらを一瞬だけ横目で見た後、『どっちもいらないなぁ~』と小さく笑った。


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