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妹の頼みを聞くにあたって・9

 俺が魔王になってから数日が過ぎた。

 まだ住み処の決まっていない俺はダラダラと妖精の聖域(フェアルチェアリ)に居座っているのだが、それについてはスノーディアが探してくれている最中である。

 といっても、当のスノーディアは現在俺の横で優しい表情を浮かべて末っ子を愛でている。

 愛でているのだが、そんなスノーディアの姿は数日前とは少々異なる見た目となっていた。


 数日前、それまでは確かにスノーディアの頭にはなんとも厳つい巨大な角が二本、頭からニョッキリ生えていたが、今はそれらの形もない。

 むしろ、今のスノーディアの方が見慣れているし、あんな厳つい角がある妹など可愛いわけがない。


 数日前、兄さんの家探ししなきゃねと口にしたスノーディアが、何を思ったか突然自分の角を力任せにへし折った。

 スノーディアのまさかの自傷行為に驚愕し、心の病気なのではと心配していると、地面に投げ落とされた二本の角がモゾモゾと動き出した。

 その事に先程とは違う驚きを感じている俺の前で、角は二人の少女へと変化していった。

 長い黒髪を持つ少女と白いボブの少女。

 そっくりの顔をした二人の少女は俺の前で規則正しく整列すると、

『はじめまして。古き知恵の主、妖精王様』

『はじめまして。新しき魔の主、新魔王様』

 どちらがどちらともつかない台詞を口にして少女達は俺に深く一礼してみせた。


「……いや、誰?」

 びっくりしてそんな間抜けっぽい台詞を口にした俺に、


『僕の部下だよ。パンシーとナンシーっていうんだ』

 スノーディアが二人の名を告げる。

 どっちがどっち? と聞く前にスノーディアが更に告げる。


『じゃあ、頼んだよ』

 用件を省いてそれだけスノーディアが言う。


『スノーディアは角使いが荒い』

『スノーディアは角使いが酷い』

 顔を見合わせクスクス笑う二人。


『……さっさと行きたまえよ』

 そんな二人にスノーディアが憮然と言うと、また二人はクスクス笑って、それから何処かに飛んで行ってしまった。


『兄さんの新しい家探しはあの子達に任せるとしよう』

「あ、うん。――――なんでもいいよ、もう」

 詳しい説明も無しに、そういう事になった。

 元がスノーディアの角という事は俺の新しい妹だろうか? これは妹ハーレム展開? あまり嬉しくはない。



 まぁ、家探しはそんな感じに落ち着かないけど落ち着いて、話題は今も眠り続ける末っ子の事へと移る。

 この寝坊助。いまだ目を覚まさないのだ。

 流石におかしいと、スノーディアが何やら魔法を幾つかかけていたが特に変化はなかった。


『どうしよう?』

「いや、そんな泣きそうな顔で聞かれてもなぁ……」

 妖精魔王の肩書きこそあれど、基本的に俺は大した事は出来ないのだ。

 それからというもの、スノーディアは何かを思い付いては末っ子に魔法をかけたり、煎じた植物の汁を飲ませたり等々、色々と試しているが、それでも末っ子は眠り続けたままであった。

 原因も分からず途方に暮れる。

 そうして、いよいよスノーディアが疲れと焦りで本格的に泣きそうな顔をしだしたそんなある日の事であった。


『お困りですか?』

 と言って、いつもの笑顔を湛えた人物が妖精の聖域(フェアルチェアリ)にひょっこりとやって来たのだ。


「生きてたか」

『不死身ですので』

 メフィストが笑って返してくる。

 さほど心配はしていなかったが、その顔に少しホッとする。

 殺されたというより取り込まれたって感じだったからどうなるかと思ったが、相も変わらずメフィストはメフィストの様だ。


『信者としては、今のスノーディアさんの甲斐甲斐しいお姿を可愛らしく思う半面、モンブランさんに少しヤキモチを覚えてしまいますね』

『馬鹿言ってないで、目覚めさせる方法を考えて貰えると助かるんだけど?』

 スノーディアがそう言って、メフィストに簡潔に今の状況を説明し始めた。







『で、色々と治癒系の魔法も試してみたけど効果がなくてね。そもそも怪我もしてないし、病気でも無い様だからどうしたら良いか見当もつかないよ』

『病気でないなら、心的ショックってとこでしょうか?』

 ふむふむと聞いていたメフィストが思い付いた風にそう話す。


『心的ショック?』

『モンブランさん的に、余程ショッキングな事でもあったのでしょう。――――心当たりは?』

 メフィストがスノーディアに尋ね返す。


『―――――ある』

『で、あるならばそれを取り除く必要があるのでしょう。もっとも私のその診断が正しいとも限りませんよ? 私は医者ではありませんから』

『君はそこらの医者なんかよりずっと優秀な医者になれるよ』

『嬉しい御言葉ですねぇ。ですが、そこらの医者より優秀な医者の私とて治せない患者はいるものです。怪我や病気ならともかく、心の傷となると……。私よりお二方の方が得意分野なのでは?』

 メフィストの言葉に俺とスノーディアが顔を見合わせる。

 確かに、そういう事なら魂の導き手とも称される妖精の十八番。得意分野であろう。


『そうだね……。僕が試してみようか』

 そう言った後、スノーディアが末っ子の身体ににソッと手を置き、目を瞑る。


『あれ?』

 怪訝な声を上げスノーディアが目を開け、僅かに首を傾げた。

 それからすぐに『もう一度』と呟き、目を閉じる。


『駄目だ。入れない。なんでだい?』

 少し焦った表情でスノーディアがこちらを見る。


「末っ子なのにお前より格が高いのか?」

『格?』

 俺の言葉にスノーディアとメフィストが口を揃える。


「ん? ――――ああ、お前知らずに使ってたのか。まぁスノーディアなら格下の方が圧倒的に多いだろうし、そういう相手に出くわさないとそうそう気付かないんだろうな」

『格とはなんです?』

 メフィストが珍しく真面目な顔で問うてくる。


「格っていうか……、それも俺が勝手にそう呼んでるだけで名称がある訳じゃないと思うんだけど……。う~ん、そうだな、世界ランキング的な?」

『ランキングとは?』

「説明が難しいな。例えば、世界の偉い奴が分かるランキングみたいなものがあるとするじゃん?」

 あるじゃん、というが実際にそんな物がある訳はない。

 続ける。


「そのランキングは実力は勿論だけど、それに加えてそいつの境遇とか? なんかそういう生きてきた経験みたいなものの総合で決まるランキングな訳。

 そのランキングにおいて、格下の奴は格上の奴に魂の干渉は出来ない決まりになってる。だから、スノーディアは格上のこの子に干渉出来なかったんだよ」

 俺が説明を終えると二人は何かを考えている様な素振りをみせた。


『――――そっか。だからあの時兄さんだけ』

「え?」

『――――いや、なんでもないよ。そんな決まりがあったなんて知らなかったよ』

『私もです』

「いや、決まりって言っても別に誰かが作った訳じゃないし、世界の理? みたいなもんだろ。俺も良く知らんし」

『まぁ、とにかく。その世界の格付けとやらで、この子は僕より上って事かい?』

「まぁ、そうなる」

『ふ~ん、生意気だな』

 意地悪そうにスノーディアが笑って、眠る末っ子のホッペを軽く引っ張った。少し愉快そうに。


『あれ? でも以前は出来たんだよ?』

『そうですね。記憶を少しいじった、と仰ってましたね』

「格付けの順位なんてコロコロ変わるからな。その日の体調とか、弱ってる時とか」

『――――ああ、なるほど。弱ってる時、ね』

 ホッペを引っ張るのを止め、そのままスノーディアは慈しみように末っ子のおでこを一度撫でた。


『そう言えば、一度ニーグにも試して駄目だった事があったね。あれはてっきり魔法か何かでガードされたのだと……。ニーグに出来るなら他の二人も出来るだろうと、干渉を断念したのを思い出したよ』

「妖精の()()は魔法じゃ防げないんだ」

『そう――――じゃあ兄さんに頼もうかな? 兄さんならこの子より格は上だろう?』

「ああ、うん、たぶん。この黒いの引き剥がすのに使ったし」

『ああ……。そういえばそうだったね』

「ただ――――今は無理かな~って……」

 エヘヘと頭を掻いて誤魔化すように笑う。


『無理? 何故だい?』

「いや、あのね? 実はもう試したんだ」

『試したのかい? でも無理? やっぱりこの子の方が格上って事なのかい?』

「いや、そうじゃなくて……」

 妖精としての矜恃だかプライドだか、とにかくそういう何かが俺の口を重くする。鉛の様に重い唇。仕形がないので腕を伸ばしてある一点に指を指す。

 その指された方へとスノーディアが顔を向けると、そこには一本のアプーの木。

 アプーの木だ。アプーの木には違いない。違いないのだが、木は黒く変色し、歪で不気味な容姿へと様変わりしていた。


『寝惚けた兄さんが変質させたというアレかい?』

「怒らないで欲しいんだけど……」

『怒る様な事を告白するつもりかい? そいつは聞いてから考えるよ』

「寝惚けてたっていうかね、どんな夢見てるのかな~って覗こうとしただけなんだよ」

 眠る末っ子に目を落としながら出来る限り、スノーディアに怒られない事を意識した声色で、探るように言葉を紡いでいく。


「そしたら、術が発動しなかった変わりに何か変なの出ちゃって」

『……この子にアレを当てたのかい?』

「当ててはない!」

 素面を晒すスノーディアが無惨な姿となった木を見やりながら尋ねてくる。その淡々とした口調がひどく恐ろしく感じて、慌てて否定する。当ててはない。当たってない。と、思う。口にはしない。


「当ててはないけど、術が上手く使えなくなったみたいで、何回やってもああいうのが出るんだ」

『……ああ、そうなのかい? 身体が魔王仕様に変わったせいかな? 何にしても、だとすれば兄さんの干渉も望めないんだね』

「すまん」

『別に兄さんのせいではないさ』

 言って、俺の弱気な態度が面白かったのか、スノーディアが小さくクックッと笑った。


『ひとつお聞きしたいのですが』

 俺の兄の威厳がちょっぴり失われている最中、何やら真剣な表情で考え事をしていたメフィストが口を挟んできた。


「なに?」

『妖精王、かつ魔王である今のあなたの格はどの程度のものでしょうか?』

「さぁ? 本当にそういう格付けがある訳じゃないし、仮にあっても目で見えるもんでもないし……。大体、妖精王ってのも自称だしな。でも――――。 そうだな……。昔、ザ・ワンに悪戯で何度か干渉した事があるから、ザ・ワンよりは上かな。今は魔王って肩書きが加わったけど、それが格付け的にプラスなのかマイナスなのかも分からんから、やっぱり結局分からんな」

『……そうですか』

 あまり納得した様な顔はしていなかったが、メフィストはそれだけ言ってそれ以上の質問を投げ掛けては来なかった。

 笑顔がデフォルトである筈のメフィストの真剣な顔。俺が勝手に、こうだ、と解釈して理解した気になってる格付けランキングに何か気になる所でもあるのだろうか?


『ちょっと失礼』

 メフィストに気を取られていると、横からスノーディアの声がして、俺がそちらに振り向くより先に身体に触れる感触があった。


「あ! ちょっ!」

 すぐにスノーディアが何をしようとしているのかを悟り、慌てて止めようとする。

 が、時既に遅し。


『うん。駄目みたいだ。やっぱり僕よりは格上なんだね』

 そう言ってスノーディアが笑い、トントンと俺の肩を叩いた。


「ま、まぁな!」

 恐ろしい事をさらっと試す妹に、余裕の言葉と強気な態度で戦慄する。

 それで試して干渉出来たらどうするんだ?

 兄の威厳など木端微塵に砕け散って立ち直れなくところである。

 そうなったらきっとショックで1週間くらい寝込む羽目になるのは想像に難くなかった。

 俺が寝込んだら一体誰が干渉して助けてくれるんだ? 俺が知る限り、俺より上はいまだ母たるレイア以外に出会った事がないぞ?

 まぁ、もっとも――――

 仮に居たとしても、俺は偉い奴が嫌いであるからして、偉い奴に関わるのはごめん被りたい。


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