妹の頼みを聞くにあたって・8
ぶつぶつと頭の中で不満を並べ立てた後、スノーディアと666番
を伴い、妖精の聖域へと戻ってきた。
妖精の聖域には既に他の妖精達も戻って来ており、スノーディアが作戦の終了と成功を告げると喜びの声を上げ、それから、俺が魔王になった事を告げると絶叫した。
恐怖?
何を馬鹿な。妖精達がそんなタマである訳がない。
彼らは大歓喜したのだ。俺の魔王化を。
『すっげぇぇぇ!』『流石王様!』『偉さに拍車がかかったなの!』『いつかやるとは思ってた』『王様はやっぱりやる妖精だよ!』
『魔王!』『魔王!』
そして、妖精の聖域に響き渡る魔王コール。
基本、馬鹿なんだよなコイツらって。でもまぁそれで良い。妖精に不安や心配なんてナンセンスだ。どれだけの逆境であっても笑い飛ばすのが妖精たる者。
魔王魔王と騒ぎながら狂喜乱舞する妖精達に目をやりながら、そんな事を思う。
『妖精って変わってるよ、本当に』
これだけ煩くても起きる気配のない末っ子を腕に抱きながら、スノーディアがやや呆れた顔でそう言った。
「何か言ったか妹よ?」
『……いーや、何も。兄さん』
自分も同類、兄妹という事実を突き付けられたスノーディアが小さく嘆息をつく。その様子にケケケと笑う。
諦めろ。同じ母から産まれた以上はお前もこちら側だ。
ようこそ妖精の楽園へ。ようこそ妖精の聖域へ。ここは不安が裸足で逃げ出し、悩みが匙を投げる馬鹿達の溜まり場、理想郷だぜ?
『それで? これからどうするつもりだい?』
騒ぐ妖精達を視界と聴覚の角に追いやった様子のスノーディアが尋ねてくる。
「家を作る!」
仕方無いので素直に答えた。
『家?』
小さく疑問符を頭につけたスノーディアが小首を傾げた。
「だって妖精の聖域には住めないだろ? 妖精達は俺が魔王になろうが気にしていないのは見ての通りだが……」
『人間はそうはいかないだろうね』
「ああ……。妖精が灰人と手を組んだ、などと思われてはたまらん」
『そうだね。じゃあ、やっぱり住むとこ探さなきゃね』
「で、つかぬことを聞くが灰城は誰が作ったんだ?」
どうせ住むならやはり王らしく城が良い。大きくて威厳のあるやつだ。
『あの城は大昔にティータンがどこからか探して持って来たものだよ』
「ティータン? ってか持って来たってなんだよ」
『そういう名の巨人がいるのさ。でね? そのティータンが、言葉通り持って来たんだよ』
「……城だぞ?」
『そうだね。まさに規格外なんだ彼は』
小さく肩を竦めたスノーディアが、されど当然とばかりに現実を言葉に変える。
城を持ってくる。どういうデカさならそんな事が可能なのか見当もつかないが……。そこを気にしても仕方無い気がする。現実というのは良いも悪いもお構い無しにいつだって想像を越えてくる。
それは例えば、新たな魔王が誕生したり、行方不明だった妹や末弟が見つかったりするのだ。なので、城を持ってくる様な奴が存在したり、逆に壊す様な奴がいても不思議では無いのだ。それがどんなにインチキ臭くてデタラメであっても。
灰城が瓦礫と化していなければ、そのまま灰城を我が城にしていたところだが……。
「そのティータンってのは?」
『居場所は分かるけど……彼はあまり自分の住み処から離れたがらないから、兄さんがいくら魔王になったとはいえ、頼んで城を探して来てくれるのは難しいかもしれないよ?』
「なんで?」
『人見知りでね。あと怖がりなんだ』
「……ああ、そう」
規格外とやらじゃなかったのか? なんだよ怖がりって……。
「はぁ……せめて灰城が無事だったらなぁ、魔王らしくあそこに住むんだが……。ティアマットめっ、まさか全部予想した上で城を落として壊したんじゃないだろうな?」
「さぁ~? どうだろうね?」
俺の溢した愚痴と悪態に、スノーディアが明後日に顔を向けたまま応えた。
全く、あの黒トカゲめが。本当に余計な事をしやがる。
特に怨みは無いが、ティアマットが憎らしく思えてしょうがない。出来ればもう会いたくない奴だ。
『まぁ奪う訳にもいかないし、放置された城がそうそうあるとも思わないが……、出来るだけ立派な家を探してあげるよ』
「探してくれるのか?」
『まぁね。――――代わりと言ってはなんだけど、この子がここに住む許可が欲しい。きっとこの子に必要なのはこういう場所なんだ』
目を細め、相変わらず騒ぎ続ける妖精達を見つめながらスノーディアが言う。
「許可も何も最初からそのつもりだ。姿は違えど兄弟だ。その子はここに住むのが良い。と言うか、むしろ他に住むなんてそっちの方が許可出来ん」
『ありがとう。宜しく頼むよ』
礼を述べ、眠る末っ子の頭をスノーディアがいとおしそうに撫でた。
そんなスノーディアの綺麗な横顔に、いつかのレイアの姿を見た気がした。
あらやだマザー。お久しぶり?
顔はそっくり同じで、仕草まで母に似てきた妹に、ママーと甘える変態チックな趣味は無いので軽く流す。
「おいおいおいスノーディアちゃん、他人事の様に言ってるが、お前もここに住むんだぞ?」
『え?』
「え? じゃないよ当たり前だろうが」
『――――いや、僕はいいよ。有り難い申し出だけど、』
「駄目だ。妖精王として命令する、ここに住め」
『でもね兄さん』
「魔王として厳命する、ここに住め」
『それで本当に良いのかい? 有耶無耶に出来る程――――』
「お兄ちゃんからのお願いだ、ここに住んでくれ」
少しだけ嬉しそうに、だけど何処かげんなりとした様子でスノーディアが項垂れる。
『分かったよ、住むよ』
「それで良い」
満足気に頷いてみせる。それから少しの間を空け、
「あの頃を知ってるのは俺だけだ。コイツらはその後に産まれた連中だから昔の事は知らないんだ。話してもいない。だから、そんなに気にするんじゃない」
周囲で飛び回る妖精達を眺めつつ、スノーディアへと語り掛ける。
長命な妖精とて千年以上生きる奴など俺くらいのもんだ。あの頃から沢山の妖精が木に還り、沢山の妖精が木から生まれた。変わらないのは俺だけ。まぁ、スノーディアは例外か。
自分が他と違って何故こんなにも長生きなのかは分からない。
分からないが、――――それに無理矢理に理由を付けるなら、きっとお前達二人を見付ける為に俺は長生きだったんだろう。そういう事にしておこうと思う。
妖精にはそれぞれ役目があって、役目を終えると妖精は生まれ変わる為に木へと還る。
昔、レイアに聞いたその話が事実なら、きっとこれで俺の役目は終わったんだろう。終わったならばそう遠くない内に俺は木へと還る事になる。
筈だ。
筈なんだが、この身体だとどうなるんだろう?
禍ごと木に還るのか? それって大丈夫なんだろうか? 禍って毒みたいなもんだろ? 樹、枯れるんじゃないか?
Oh、そうなったら俺は生まれ変われないじゃないか。別にいいけど、いっぱい生きたし。
『兄さん?』
思考に耽っていると、スノーディアが声を掛けてきた。
このタイミングで黙り込むのは良くなかったかな。スノーディアが少し不安そうにしている。
「いや、こっちの事だ。―――――どっちみち、子の出来ない妖精に子育てなんて無理だからな、お前が居ないとその子の面倒を見れる奴はいないぞ。今の俺はここに一緒に住めないしな」
住めても役目を終えたら樹に還るのだから、少しの間だけだろう。
最後の瞬間を一人静かに城で、というのも中々オツなもんである。
と、強がってみる。
寂しいのを好いたがるのは騒がしいのに囲まれて生きた奴特有のカッコつけ。多分、ヒャッホー!お一人様自由だぜー!とハシャぐのも最初の数日だけだろう。俺は淋しがり屋だからな。やはり本気でメイドを雇う事を見当するべきか。
『子の出来ない者に子育ては無理、かぁ』
孤独な老後の心配をしていると、スノーディアが独り言の様に吐き出した。
「ん? ―――――ああ、お前は例外だけどな。母性があればどうとでもなるだろ?」
言って笑う。
母性ってのは凄いらしいぜ? 良く知らないけど。
『母性って……。まぁ最近は少々それを自覚する機会もあったけど―――――そうじゃなくて』
スノーディアが一旦言葉を止めてから、続ける。
『その台詞、最近何処かで聞いたなぁって』
「そう?」
『そう。確かティアマットが言ったんだったかな?』
またお前かティアマット。お前のせいで二番煎じ扱い。本当にお前は憎たらしい奴である。