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妹の頼みを聞くにあたって・7

 周囲を囲む沢山の顔が見える。

 様々な種族の顔。

 様々な声。

 様々な体躯。

 様々な人々にあって同じ物。一様に悪意に満ちた顔。

 耳をつんざく怒声。

 聞くに堪えない罵声。

 掻き回す混乱。沸き上がる恐怖。溺れる圧迫感。

 薄く漂う血の匂いが熱気に混じり鼻孔に貼り付く。


 ただただ彼らが怖かった。







『大丈夫かい?』

 目を開けると、上から覗き込む様にこちらを見るスノーディアの顔があった。


「……スノーディア、だよな?」

『そりゃあ勿論だとも。可愛い可愛いスノーディアちゃんだぜ?』

 悪戯っぽく笑ったスノーディアが言って、覗かせていた顔を引っ込める。

 途端に、目が眩む程の陽光が視界の中に飛び込んでくる。

 どうやら地べたでひっくり返っていた様だ。


『随分うなされていた様だけど……。それとも、どこか痛むのかい?』

 こちらを心配してくるスノーディアの言葉に促される様に、横になった身体をゆっくりと起こす。

 それから、何度か軽く上半身を捻り、身体の異常を確認しつつ「いや……問題ない」と返した。


 うなされていた、か……。

 なんだっけな? 夢を見ていた気がするが、忘れてしまった。


 一度忘れた夢を思い出すのは中々に難しい。きっともう思い出せないだろう。忘れた事を忘れて頭を切り替える。

 そうして、何気無く横を見た。

 穏やかな表情をしたスノーディアが直ぐ隣で膝を折って座っており、その膝の上には小さな子供が幸せそうに寝息をたてていた。


「……産んだの?」

『……兄さんがね』

 表情を変えず、眠る子供に目を向けたままスノーディアが言う。

 いま明かされる驚愕の事実。どうやら俺はメスであったらしい。

 妖精譚・第二部、子育て編――――


 は、始まらない。予定もない。俺達の冒険はこれからだ。


 まぁ、そんな事はどうでもいい。

 何はともあれ、あの得体の知れない醜悪な物体から無事に666番を助け出す事が出来た様だ。

 思っていたのとは逆だったが、結果オーライ。分離出来れば何でもいいや。


 666番。初めて会う末っ子。

 末っ子の頭に優しく触れる。温かな体温が伝わってくる

 もう妖精の姿ではないけれど、それでも、末っ子には違いない。その証拠に、この子供の中から確かな聖霊力を感じる。妖精達の持つ物よりも強い、レイアの半分。

 ん? 半分?

 ――――何か

 ――――何か引っ掛かる……。


「あれ?」

『どうかしたかい?』

「俺の手、デカくない!?」

 末っ子から手を離し、自分の手の平を見る。スノーディアと見比べても遜色ない程の手の平。


「巨人だ! 巨人になってしまった!」

 立ち上り、自分の身体を見、寝る子など気にも留めずにそう喚く。


『巨人って程大きくも無いけど……。まぁ背は高いかな』

 立ち上った俺を見上げながらスノーディアが告げる。


「背が!? モテモテか!? ついに俺の時代が来たか!?」

『……兄さん、無性の妖精なのにそういう願望があったのかい?』

「ふむ。――――言われてみればそんなに無いな。こう――――ノリ?」

 そんな冗談を飛ばす俺に、スノーディアが何だか疲れた様な顔をして小さく溜め息をつく。


『気楽だねぇ。……そこが良い処なんだろうけど……』

「ムードメーカーだからな俺って!」

 自慢気に言うと、再びの溜め息。

 誉めてから呆れるのやめてくれんか?


『ここからが大変だよ……。特に兄さんは』

「ほう? そうなのか?」

『そうなんだよ』

「参考までに聞くのだが、具体的に何が大変なんですか?」

 偉そうに丁寧に聞いてみた。


『兄さん、魔王になった自覚あるかい?』

「マオー?」

『魔王』

「いや? 俺は妖精王だが?」

『なら兼任かな? いや、でもどうだろうね? それは不味いかな?』

 スノーディアはそう言って、口元に手をあてる。

 他問して自問して自問自答するスノーディア。忙しい奴だ。


「そうか、俺は魔王になったのか。来たな、俺の時代」

『あ、割りとすぐ受け入れる感じなんだね。我が兄ながら器が大きいねぇ』

 そう言ってスノーディアが声を出して笑った。


 実際はいっぱいいっぱいである。

 笑って誤魔化しお茶を濁さないと今にも泣いてしまいそうだ。

 お兄ちゃん、妹の前で強がってるだけなんです。


 心の中で泣きべそをかきながら、頭の中で何故魔王になったのかを考える。ちょっと巻き戻し。


 引き摺り出すか、そんな台詞を吐いて黒い塊に向かって行ったのは覚えてる。

 あれは俺の長い妖生の中でもかなりかっこ良かった。決まったと思った。強敵に立ち向かう勇敢な背中を自分で見れないのが残念だったくらいだ。

 あの時はまだ妖精だった。かなりイケてる妖精だった。

 その後もかなりイケてる妖精だったと思う。

 とにかく痛い。痛過ぎる。という思いが半数以上を占めているがイケてたと思う。なんせ痛かった。頭がではない。感覚的な意味でだ。誰が痛い奴だ。


 痛みに耐えて良く頑張った。感動した。

 そう、頑張って、アレの中へと潜り込んだ。肉体の内側、精神とでも言えばいいのか……。とにかくアレの中に入って、目的であった666番の意識の欠片と黒いアレらを引き剥がした訳だ。

 ふむ、この時はまだ妖精だっただろうか? 微妙なところだな……。

 ――――妖精ではあったかもしれないが、黒いアレを引き剥がした訳で、消滅させた訳じゃない。あ、つまり持ったままか。

 持ったまま妖精の身体に持ち帰って取り込んでしまった、或いは取り込まれたかのどちらか。

 あれ? じゃあやっぱり兼任か?


「なぁ」

『なんだい?』

「俺の妖精の身体って、やっぱり取り込んで今の姿に変化したんだろうか?」

 俺の問いに、スノーディアが少し眉をひそめる。

 少しだけ間を空けて返ってくる。


『今のその身体からは、聖霊力だったかな? それは感じない。――――残念だけど、消滅したと見るべきだね。あぁ、だとすると兼任は無理だね』


 え?


「俺、ずっとこのまま?」

『それ、魂写の儀(たまうつしのぎ)だろ?』

 声は出さず、首だけ動かし肯定する。


『なら、肉体が無ければどうしようも無いんじゃないか? その辺りは僕より兄さんの方が詳しいだろ?』

「肉体……があっても中身が無いならどの道無理だ」

 なんという事でしょう。

 劇的ビフォーアフター。

 俺はこの先、魔王として過ごさねばならない様です。


 魔王ってなんだよ……。何すんの?

 世界征服?

 悪役じゃん。もろ悪役じゃん。

 って事は何、命狙われたりとかすんの?

 最悪だろ。お先真っ暗。



『僕が代わるよ』

 見るからに意気消沈する俺にスノーディアが言う。そう提案してくる。

 それから更に続ける。


『兄さんには本当に感謝してる。ありがとう。馬鹿な妹でごめん。昔も今も、沢山迷惑をかけてしまって……。だから、今度は僕が兄さんの役に立つ。……立ちたいんだ。……だから、魔王には僕がなるよ』

 そう告げ、スノーディアが微笑む。優しい眼差しで俺を見る。


 代わる?

 魔王代わってくれる?

 マジで?

 やったー!

 ラッキー!

 嬉しい、ありがとう!

 持つべきモノは可愛い妹だぜ!


「は? なんで? 魔王だよ? 王だよ? 背も高いよ? モテモテだよ? これから俺のモテモテライフが今まさに始まろうとしているのに、何で代わらないといけないの? モテたいの? ビッチなの? 俺の昔からの夢だったハーレムランド壊すの? 何の権限があって? 代わる? お前が? 魔王を? ヤだね。やなこった。頼まれたって代わってやんねー。どいてやんねー。おめぇの席ねぇから」

 そう早口に捲し立てると、スノーディアは何か言いたげな表情で僅かに口を開く。

 が、結局、何も言わずにそのまま膝の上で眠る末っ子に顔を向け、視線を落とした。


 しばらくの静寂が流れる。

 ちょっとだけ気不味い。


「何だよ? 泣くくらい残念なのか? でも代わってやんないからな?」

 憮然とした表情で俺がそう言うと、スノーディアが小さく声を出して笑った。

 そうして、俺に顔を戻すと、両端に涙を湛えた眼を向けて『それは、残念だね』と溢し、綺麗に微笑んだ。



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