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悪意のお供をするにあたって・2

『名前はどうするの?』

『そうねぇ。何にしようかしら?』

『早く出て来ないかなぁ~』

『もうすぐ会えるわ』

『みんなで名前考えようよ!』

『『『賛成ー!』』』

『素敵な名前を考えてあげてね』




 レイアと妖精達が交わしたそんなやり取りを覚えている。

 樹の中腹。

 小さなツボミの隣で優しげに微笑むレイアの姿。そしてそれを囲む様に辺りを飛び回る妖精達。

 ここ最近、話題の中心はずっと小さなツボミの事だった。

 666番目の末っ子。

 みんな楽しみで仕方無いのだろう。

 俺も楽しみだった。思わずツボミに頬擦りしたくなる程に。実際した。


 レイアによる本格的な粛清が始まる少し前。

 俺のすぐ上、一番目が土に帰った後に、レイアの樹に産声のツボミが芽を出し始めた。

 一番目が居なくなった事は寂しかったけれど、妖精達にとって死ぬ事は新しくなる事。寂しいけれど辛くはない。

 二番目だった俺は繰り上がって一番になって、一番だった者は新しく末っ子となって生を受ける。

 産声のツボミはその予兆。

 だから皆楽しみなんだ。ワクワクするんだ。今は665個しかない笑顔と笑い声が一つ増えるのだ。楽しみじゃないなんて嘘だろう。


 しかし、そんなワクワクな日々もあまり長くは続かなかった。

 レイアの粛清が始まったのである。

 世界は混乱を極め、さながら地獄の様な光景がいつ終わるともなく横たわり続けた。

 争う事を知らぬ妖精は、ただ遠くからそれを眺める。それはまるで悪夢を見ている様だった。


 そして、レイアが妖精達を招いたあの日。

 俺だけが母に呼ばれ、未だ花開かぬツボミの元に招かれた。

 葉や枝を幾重にも重ね、以前よりも厳重に守られていた産声のツボミ。絶対の結界内ゆえ、何故ここまで厳重にする必要があるのかと疑問に思い、その事をレイアに尋ねた事を覚えている。


「レイア、何故こんなん厳重に守ってるの? 結界の中なのに」

 俺とレイア。ツボミを挟み、川の字に座り、レイアに問うた。


『この子はね、他の子とは少し違うの』

 ツボミを優しく撫でながらレイアが微笑む。


「どう違うの?」

 俺の問い掛けにレイアが少しだけ悲しそうに微笑む。


『見て』

 そう言って、レイアは自身が纏っていた衣の袖を肘下まで捲ってみせた。

 レイアの腕は斑模様に黒く変色し、以前見た美しく透き通った肌とは大きく様変わりしていた。


「怪我をしたの?」

 心配してそう尋ねた。


『いいえ。――――私はね、罪を犯し過ぎた。だから……これは罰なのよ』

 何の罪かは聞かなかった。容易に予想出来た。


『この争いが終わっても、どのみち私は長くは持たないでしょうね。コレはいずれ全身を蝕み、私という生命(いのち)を終わらせる』

 真面目な表情のレイアが言う。

 彼女が言うならきっとそうなのだろう。呪いの様な物かと結論付ける。


「治せない?」

 レイアの口振りから、無理なのだろうと思ったが、聞かずにはいられなかった。


『ええ』

 そうして、返って来た答えはやはり予想通りのものであった。


 死ぬと聞かされ、泣きそうな顔をする俺の頭を、レイアが優しく撫でた。

 その手はどこまでも温かかった。


『だからね、私は生まれ変わる事にしたの』

 やや弾んだ声。

 俺を慰める為か、レイアが明るい声でそう告げた。


「生まれ変わる?」

『そう。穢れたこの体を捨てて、皆の末っ子として生まれ変わるの』

「末っ子……」

 レイアの言葉に促される様に、産声のツボミに目を向けた。


『ほら、見て』

 言って、レイアがツボミに手をかざす。

 途端に、ツボミの中が白く輝き始めた。淡く、優しい光。


「樹のピカピカ?」

『うん。樹のピカピカ。だけど、皆とは少し違う。この子には私の半分を、精霊の力の半分を与えてある』

「精霊の半分」

 レイアの言葉を反復する様に呟く。


『今の私よりは力は落ちてしまうけれど、この罰は今の私が持っていく。何処か遠い、理の中に。この体と一緒に』

「うん……」

『私が居なくなったら、皆の事お願いね』

「うん」

『生まれ変わった私にも優しくしてあげてね』

「うん」

『心配しないの。大丈夫だから。あなたは一番目でしょ。しっかりなさい!』

「うん。大丈夫。大丈夫だよ。ちゃんと出来るよ」

『よろしい!』

 そう言って、もう一度俺の頭を撫でながらレイアは笑った。







 ――――ああ、出来る。出来るとも。いつまでも半べそかいたガキじゃないんだ。

 性格は曲がってひねくれちまったし、反抗期真っ只中だが、約束の一つくらい守れるさ。

 引き摺り出そうと決意し、黒い悪意に触れた途端、それは這う様に腕を、体を、蝕み始めた。

 脳を突き抜ける程の激痛が襲って来る。

 しかし、手は離さない。離してやらない。

 背後でスノーディアが何か叫んでる様だが、メリメリと何かが肉に食い込む異質な音しか聞こえちゃ来ない。


 お前が食い込んでくるなら、こっちだって食い込んでやるよ。

 僅かな間隔すらも開けずに全身を走り抜ける激痛は、虎視眈々とこちらの意識を刈り取る隙を伺う。だが、それでも、触れた手を通じて悪意の中へ、心の深くへと潜り込む。

 それは暗い海を泳ぐよりも遥かに困難を極めた。

 進む道は暗く、粘つく闇は体にベタリとまとわりつき重い。方向さえ定まらず、それでも真っ直ぐに進み続ける。

 正直、痛いのは苦手だ。苦手な、不得手な分野は、警戒心を全開に、緩やかに、一定に進めざるを得ない。

 治癒魔法を使えたならば今頃はきっと連発していただろう。魔力が空になるまで。

 回復アイテムを所持していたならば今頃はきっとがぶ飲みであっただろう。懐が空になるまで。

 残念ながらどちらも無いので考察するだけ無駄なのだ。ただちょっと、痛みを感じるスペースにゆとりが出来た、その程度。

 痛みというのはどうしてこうも、やる気とか決意とか、そういった諸々を容易く破壊しに来るのか。解せん。

 かと言って今更戻る事も出来ない。

 きっとある。進行形で迫る状況にそう檄を飛ばす。

 何処かにある。相談するは自身の心。

 そう信じ、躍起になってひたすらに前へ。

 前へ。



 

 ――――ほらな?



 奥深く、ベチョベチョとした悪意の色の中で、何者も寄せ付けず、何色にも染まらず輝くソレ。

 とても美しく透き通った光の渦。

 それはとても小さくて、でも力強い。

 レイアの力。精霊の力。半分だけど。

 触れる。泡の様に今にも弾けてしまうのではないかと、ややおっかなびっくりに。

 ――――温かい。いつか触れた母の手のよう。

 全身を全壊せしめんと全力で暴れていた痛みが全部嘘みたいに消えていく。

 そうやって、触れたソレを引き摺り出そうと力を込める。

 途端に世界が揺らぐ。黒い悪意が歓喜と狂喜に身震いし、静かに首元へと凶器を突き付ける。

 それはまるで引き離される事を善しとしない堅く結ばれた恋人達の駈け落ちの如き鋭さ。


 離れるのが嫌らしい。

 あー、そう? 嫌なのか。

 好きだよ? そういうの。嫌がらせで引き裂くの。

 なんせ俺はひねくれ者だからね。

 見守る群衆すらも唖然とするくらいに、それはもうバッサリ、ばっちり、真っ二つにしてやるよ。



 けど、まぁ安心しろ。

 妖精の悪戯の後にはハッピーエンドが待ってるモノだぜ?

 なんせ俺はひねくれ者だからね。


 


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